災害備蓄品である「乾パン」と「アルファ米」から生まれたクラフトビールとは、賞味期限が近づき廃棄される予定だった備蓄食品を、麦芽の一部の代わりに使って醸造したビールです。造っているのは横浜市のスタートアップ、株式会社Beer the Firstです。2022年に「Brown Thumb Kanpan」と「White Thumb Rice」として発売され、その後は三菱地所の丸の内エリアのビルの備蓄食品や、アルファ米メーカーの製造端材にも広がりました。この記事ではビールの中身に加えて、期限が近い備蓄食品にどんな行き先があるのか、担当者や家庭は何を基準に選べばよいのかまで整理します。
備蓄食品はなぜ期限切れで捨てられるのか
備蓄食品は、使わなければ使わないほど期限が来るという性質を持っています。乾パンやアルファ米のように長期保存できる食品でも、数年単位で入れ替える前提で備えるものです。災害が起きなければ、備えた分はそのまま入れ替えの対象になります。
量の面では、家庭と組織で大きな差があります。新潟県の防災ページは、大規模災害の直後は物流が止まりうるため、最低3日分、できれば1週間分を自分たちの備蓄でまかなうよう呼びかけています。この目安を従業員や職員の人数分で備える企業や自治体では、入れ替えのたびに大きな量が動くことになります。
配布で減らす方法が止まると余る
入れ替えの時期が来た備蓄食品は、防災訓練での配布や職員への配布で消費されてきました。ところが、この方法は配る機会があって初めて成り立ちます。兵庫県加古川市では、新型コロナウイルスの影響で防災訓練や配布の機会が減り、備蓄していた乾パンやアルファ化米が大量に期限を迎えたと、2021年11月に神戸新聞が報じています。
Beer the Firstが2022年に出したリリースにも、同じ構図が書かれています。自治体や大企業は職員や社員に備蓄品を配って廃棄を減らそうとしていますが、大量に備蓄している団体では、配った後にも余りが出るというものです。
「期限切れ」は直ちに「食べられない」ではない
賞味期限は、おいしく食べられる期間の目安です。期限を過ぎてすぐに安全上の問題が出るわけではない、という趣旨の説明が加古川市の報道でも紹介されています。ただし、期限を過ぎた食品を配るか、食べるか、捨てるかの判断は、自治体や企業それぞれの基準に従うことになります。担当者にとっては、基準の中で動かせる行き先をいくつ持っているかが、廃棄量を左右します。
Beer the Firstの備蓄品ビール|乾パンは麦芽10%、アルファ米は20%
Beer the Firstは、日本各地で廃棄予定だった食材をクラフトビールにアップサイクルする事業を2021年に始めた会社です。アップサイクルとは、廃棄物や不要になったものを、元より価値の高い商品に作り変えることを指します。第1弾は、横浜高島屋のパンのセレクトショップで廃棄間近になったパンを使ったホワイトエール「RE:BREAD」で、本来使う麦芽の23%をパンで置き換え、2022年8月18日に販売を始めました。この事業は、2022年6月に東京都が募集した「フードテックを活用した食のアップサイクル促進事業」にも採択されています。
第2弾にあたるのが、災害備蓄品を使った2本です。どちらも、期限が近づき廃棄される予定だった備蓄食品が原料になっています。
乾パンのブラウンエール「Brown Thumb Kanpan」
使う麦芽の10%を、賞味期限切れ間近の乾パンで置き換えたブラウンエールです。ローストした麦芽のコクに、乾パンの香ばしさが重なる味わいとされています。アルコール度数は5%です。
アルファ米のコールドIPA「White Thumb Rice」
使う麦芽の20%を、同じく期限が迫ったアルファ米で置き換えています。ラガー酵母を使ったコールドIPAスタイルで、アルコール度数は6%、キレのある飲み口にホップの香りとトロピカルなフレーバーが感じられると紹介されています。
買える場所が、備蓄を考える場になっていた
2本は2022年8月31日から、横浜高島屋の「備蓄食品活用フェア」で先行販売されました。価格は330mlで各715円(税込)、賞味期限は240日、保存は常温です。麦芽の使用比率の関係で、酒税法上の品目は発泡酒にあたります。備蓄食品を扱うフェアの売場でビールが並んだことで、買い物のついでに備蓄の入れ替えという問題に触れられる場ができていた点は、見落とされがちです。
広がる備蓄ビール|三菱地所・佐川グローバルロジスティクス・尾西食品
備蓄品ビールは、Beer the Firstの自主企画にとどまらず、備蓄を持つ側の企業との協業に広がっています。ここでは3つの形を見ます。
不動産会社のビルの備蓄食品を使った「Loop Marunouchi」
神奈川新聞は、三菱地所が東京・丸の内エリアで所有するビルの災害備蓄食品を使ったクラフトビール「Loop Marunouchi」を、Beer the Firstが発売すると報じました。ビルの利用者のために備えた食品が、入れ替えの時期に、同じ街で飲まれるビールとして戻ってくる形です。備蓄を持つ側が、自分たちの食品を行き先まで見届けられる点が特徴です。
物流会社の乾パンをクラフトエールに
物流業界の専門メディアによると、佐川グローバルロジスティクスは2023年4月に、Beer the Firstと協力し、消費期限が近づいた備蓄の乾パンをクラフトエールにアップサイクルしたと発表しました。事業の継続に欠かせない災害備蓄品でも、入れ替えのたびに食品ロスが生じるという課題意識が背景にあります。
アルファ米メーカーの製造端材を使った「RICE ALE」
2026年2月のプレスリリースによると、アルファ米メーカーの尾西食品が原料の端材を提供し、Beer the Firstと連携してクラフトビール「RICE ALE」が開発されました。2026年2月10日の発表会で初公開され、3月に成城石井の一部店舗で先行発売する予定とされています。
この事例は、期限切れの備蓄食品を使ったものとは性質が違います。使われるのは、アルファ米の製造工程で出る端材です。端材は粗砕工程で毎日出ており、1日あたり約100kgで、これまでは主に飼料として循環利用されてきました。ビールに使われるのはそのごく一部です。備蓄の「出口」だけでなく、備蓄食品をつくる側の「工程」にも、アップサイクルの余地があることを示しています。
期限が近い備蓄食品の行き先を比べる
ここまでの事例を踏まえると、期限が近い備蓄食品の行き先は、大きく「食べて減らす」「寄贈する」「加工する」の3つに分けられます。どれが優れているかではなく、期限までの残り時間と量に応じて使い分ける考え方が現実的です。
食べて減らす|訓練・職員配布・フードドライブ
いちばん手前にあるのが、防災訓練での配布や職員への配布です。食べ物のまま人の口に届くため、備蓄食品の本来の用途に最も近い方法です。家庭向けには、仙台市のように未開封の常温保存食品を回収するフードドライブを案内している自治体もあります。条件は自治体ごとに違い、仙台市の例では賞味期限まで1か月以上ある米や缶詰などが対象です。
弱点は、先ほどの加古川市のように、訓練や行事が開かれなくなると止まってしまう点と、配りきれない量には対応できない点です。
寄贈する|フードバンクへ
次が、期限前の備蓄食品をフードバンクなどに提供する方法です。神奈川県内でも、期限前の備蓄食料を炊き出し訓練で配ったり、フードバンクに提供したりする自治体が報じられてきました。食べ物を必要とする人に届くため、食品としての価値をそのまま生かせます。
ただし、受け入れの条件は団体ごとに違い、多くの場合は期限までに一定の余裕が必要です。期限が目前になってから相談しても、受け入れられないことがあります。
加工する|ビールなどへのアップサイクル
食べて減らす方法でも寄贈でも吸収しきれなかった分の受け皿が、加工です。Beer the Firstの事例のように、期限が近い乾パンやアルファ米を、ビールの原料の一部として生かします。まとまった量を一度に扱える点が強みで、備蓄の物語を商品に載せて発信できる点も、他の方法にはない特徴です。
整理すると、次の順に検討するのが筋の通った選び方になります。
- 期限まで1年ほど余裕があるなら、訓練や職員配布で消費する計画を立てる
- 期限まで数か月あり品質に問題がなければ、フードバンクなどへの寄贈を相談する
- それでも残る量には、アップサイクルの受け入れ先を探す
「ビールにすれば解決」とは言えない理由
ここまで読むと、備蓄食品をビールにすれば問題は片づくように見えますが、実際の効果は限定的です。理由は、使える量に上限があるからです。乾パンもアルファ米も、麦芽の一部を置き換えるだけで、ビールの主原料にはなりません。Brown Thumb Kanpanでは麦芽の10%、White Thumb Riceでは20%が置き換えの割合です。1回の仕込みで受け入れられる備蓄食品の量には、おのずと限界があります。
視野を広げると、日本全体の食品ロスは、環境省と農林水産省の公表で2024年度に約461万トンと推計されています。内訳は事業系が約237万トン、家庭系が約224万トンです。事業系は2000年度比で57%減ったものの、国は2030年度までに60%削減という新しい目標を掲げています。ただし、このうち備蓄食品の入れ替えで出る廃棄が何トンなのかを示した全国集計は、本稿で調べた範囲では確認できませんでした。備蓄ビールが全体にどれだけ効くかは、現時点では数字で言えないのが実情です。
では、意味がないのかというと、そうではありません。備蓄ビールの価値は、廃棄量の削減そのものより、入れ替えに伴う廃棄という見えにくい問題を、手に取れる商品として見える形にした点にあります。食べ物としての行き先を最大限つくったうえで、残りを加工に回す。ビールは、その最後の受け皿のひとつとして位置づけると、期待と実態のずれが小さくなります。
担当者と家庭が今日から試せること
秋は、来年度の備蓄計画や予算を検討する時期にあたります。入れ替えの出口を決めておくには、ちょうどよいタイミングです。
企業・自治体の備蓄担当者は、期限の1年前に出口を決める
廃棄が増える典型的な理由は、出口を決めずに期限が近づくことです。次の入れ替え対象を一覧にして、品目ごとに、期限から逆算した配布、寄贈、加工の時期を決めておくと、判断に余裕が生まれます。アップサイクルを検討する場合は、原料として受け入れてもらえる量や品質の条件を、期限に余裕のあるうちに醸造や加工の事業者に確認しておく必要があります。
家庭は、ローリングストックで入れ替えを日常に組み込む
家庭では、普段食べる缶詰やレトルト、乾物を少し多めに買い、古いものから食べて買い足すローリングストックが、期限切れを防ぐ基本です。9月の防災の日に備蓄を点検した方は、そのとき期限が近かったものを、今月の食卓に出してみてください。乾パンやアルファ米も、試しに一度食べておくと、非常時に初めて口にするよりも安心です。
まず1つだけ、手元の備蓄で最も期限が近いものを確認するところから始めてみてください。
まとめ
乾パンとアルファ米のクラフトビールは、期限切れ間近の備蓄食品に新しい行き先をつくった事例です。Beer the Firstは、麦芽の10%を乾パン、20%をアルファ米で置き換えたビールを2022年に発売しました。その後、三菱地所の丸の内エリアのビル、物流会社の佐川グローバルロジスティクス、アルファ米メーカーの尾西食品との協業へと広がっています。
一方で、ビールにできる量には上限があり、備蓄食品の廃棄全体を減らす決め手にはなりません。食べて減らす、寄贈する、加工するという3つの行き先を、期限までの残り時間と量に応じて使い分けることが、現実的な考え方です。
出口が決まっていれば、備蓄の入れ替えは廃棄ではなく循環の一部になります。備えることと無駄にしないことは、両立できます。
- 乾パンは麦芽の10%、アルファ米は20%を置き換えて、ビールの原料の一部にしている
- 三菱地所、佐川グローバルロジスティクス、尾西食品など、備蓄を持つ側との協業が広がっている
- 行き先は、食べて減らす、寄贈する、加工するの順に検討する
- ビールにできる量には限りがあり、最後の受け皿のひとつと考える
- 期限の1年前に出口を決め、家庭ではローリングストックを続ける
参考文献
- eleminist「「Beer the First」廃棄間近の災害備蓄品「アルファ米」と「乾パン」をクラフトビールにアップサイクル」(2022年)
- VOIX「株式会社Beer the Firstが災害備蓄品由来のクラフトビールを横浜高島屋の備蓄食品活用フェアで先行販売」(2022年)
- Gizmodo Japan「Good Tech, Good Future」(2022年)
- 神奈川新聞 カナロコ「Beer the First、三菱地所の災害備蓄食品を使ったクラフトビール「Loop Marunouchi」を発売」
- Logistics Today「佐川グローバルロジスティクス、災害備蓄品のアップサイクル」(2023年)
- 共同通信PRワイヤー「アルファ米製造端材をアップサイクルしたクラフトビールを初公開」(2026年)
- 神戸新聞「災害用備蓄食料、大量に賞味期限切れ コロナで配布機会減 加古川」(2021年)
- 新潟県「災害への備え」
- 農林水産省「報道発表資料(食品ロス量の推計)」(2026年)
- 環境省「報道発表資料(令和6年度の食品ロス量)」(2026年)

