近年、シカやイノシシによる農作物被害が深刻化しています。この背景には、狩猟を担う人材不足や農村地域の過疎化があるといわれています。
そんな中、早稲田大学では学生たちに狩猟や地域の課題を実体験してもらう授業を2017年から開始しました。この授業では、命をいただくという狩猟の本質に触れるとともに、地域おこしのボランティア活動にも取り組んでいます。
今回は、授業を担当するする早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター(WAVOC) 准教授の岩井雪乃先生と同授業ティーチングアシスタントの小島さん(早稲田大学3年生)に、授業の狙いや取り組みについて詳しくお話を伺いました。
授業開始の経緯と狩猟への関心を持つ学生たち
―授業開始の経緯を教えてください。
岩井先生)2017年に実習授業を開始しました。獣害問題が拡大している状況には、猟師不足、農村の過疎高齢化が原因にあります。
早稲田大学生に、まずは狩猟に関心をもってほしい、農村の問題に関心をもってほしい、そんな想いから授業をスタートしました。
―岩井先生ご自身が獣害問題に取り組もうと思われたきっかけは何ですか?
岩井先生)実は、2014年に夫が千葉県鴨川市に移住して農業を始めました。そのとき田んぼがイノシシに食い荒らされてしまったんです。そんなきっかけから、どうにかしたいと思い自分で狩猟免許を取りました。
しかし、狩猟免許は比較的簡単に取れるものの、実際に動物を捕るには山の地形や動物の習性を何年にもわたって学ぶ必要があり、一筋縄ではいきません。自分一人だけ猟師が増えても限界があると気づき、大学の授業として多くの人に興味を持ってもらう場をつくり、将来的に猟師を増やす方が社会貢献になると考えました。

罠の設置方法を猟師さんから学ぶ様子
狩猟と地域おこしボランティアの実践
―現在の主な活動を教えてください。
岩井先生)半期で現地実習を2回行います。コロナ前はみんなで泊まり込みで行なっていましたが、現在は日帰りです。
狩猟の現場は山梨県の丹波山村です。そこで実際の罠猟や銃猟の仕組みを猟師さんに教わり、解体施設の見学やタイミングによっては一緒に解体を体験させてもらいます。
同時に、地域おこしのボランティアとして、農作業のお手伝いや空き家の片づけなど、現地のニーズに合わせて活動しています。

空き家の片付けの様子
―狩猟以外にも幅広いボランティア活動も現地で行なっているのですね。
岩井先生)やはり狩猟は初心者の学生がお手伝いできることが少なく、基本的には「学ばせてもらう」形になります。一方で、ボランティアセンターが主催している授業なので、「地域に貢献する」という目的があります。そのため、農作業や空き家の整理など地元の方に喜ばれる活動も組み合わせています。
具体的に空き家の整理とはどのような作業ですか?
岩井先生)丹波山村は、移住希望者がいるのに、住める家がないのです。急峻(きゅうしゅん)な地形で平地が少ないため、住宅を新規建設できません。一方、空き家がたくさんあるので、それを活用できればいいのですが、相続の問題などで所有者が不明だったり、ボロボロで修理に費用がかったりするケースが多いんですね。
私たちが手伝うのは、所有者から「使っていいよ」と許可が出た空き家を修理する際に、中に残っている荷物を運び出す作業です。荷物を全部出さないと修理や解体ができないのです。住める状態にするには長いプロセスが必要になりますが、学生はその初期段階のお手伝いをしています。

空き家の片付けの様子
―授業はどのぐらいの人数の学生が参加しているのですか?
岩井先生)春クラスと秋クラスがあり、それぞれ履修生は15名、つまり年間30名が履修しています。そこにティーチングアシスタント学生も1〜3名が参加します。
学生たちの学びと今後の展望
―授業に参加する学生はどんな動機が多いですか?
岩井先生)大きく3つあると感じています。もともと狩猟そのものに興味があり、狩猟を学びたい学生。ジビエを食べたい、ジビエ料理に興味がある学生。あとは、地方出身で実際に身近で被害に遭っているなど、獣害問題をなんとかしたい、地域おこしの必要性を感じているという学生ですね。
小島さん)あと近年は漫画『ゴールデンカムイ』などのメディアコンテンツやYouTubeなどをきっかけに狩猟に興味を抱く学生も多いようです。
―この授業を履修した学生は、実際どこまで狩猟体験を行うのですか?解体シーンなど衝撃は大きいのでは?
岩井先生)現地では、先ほど述べたように猟師さんによる罠のかけ方やモデルガンを使った銃猟の実演を見学します。タイミングが合えば解体を見学したり、実際に刃物を入れさせてもらうこともあります。
初めて解体を見た学生は驚いたり、思いのほか平気だったりと反応はさまざまです。学生には、「いつからこれは動物ではなく“肉”に見えるのか」を意識するよう伝えています。それによって、食べること・生きること・殺すことを改めて考えるよう促しています。

運ばれてきた鹿
小島さん)僕自身も最初は「自分は平気かも。」と思って行きましたが、本当に目の前にするとやはり気持ちの変化がありました。死生観も一緒に考える機会になります。
―獣害問題や狩猟の担い手不足は、今後どのように推移していくと考えられますか?
岩井先生)国の補助金や地方自治体の助成の成果があって、シカやイノシシの数は少しずつ減少傾向にはあります。ただ、地方の人口減少や高齢化が根本にあり、人間の手が入らなくなった農地や山林が増えるため、動物の活動範囲は拡大しています。
獣害を完全にゼロにするのは不可能なので、被害を「地域住民が耐えられるレベル」に抑える“共生”がカギになっていくと思います。
―将来的に社会人をしながら週末ハンターをしたり、狩猟免許を生かす人は増えそうですか?
岩井先生)最近は「会社員になった後も週末猟師になりたい」という学生の声が増えています。卒業生でも、平日は都内で商社勤務、週末は千葉の鴨川市で狩猟を続けている方がいます。働き方が多様化する中で、“都会と地方の二拠点生活”という形で狩猟を実践する可能性は広がっていると感じます。
―最後に今後の活動方針を教えてください。
岩井先生)引き続き「狩猟と地域おこしボランティア」の授業を継続し、より多くの学生に“獣害問題”や“命をいただく”という経験をしてもらい、将来の選択肢に「猟師」や「農村暮らし」をイメージしてほしいと考えています。
―今回はお話を聞かせていただきありがとうございました。
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