いじめの原因は、被害を受けた子どもの性格や弱さにあるのではありません。加害側が抱えるストレスや自尊感情の揺らぎ、集団の中で働く同調と排除の力、ネットのように大人から見えにくい場の広がりが重なって起こります。文部科学省の最新調査(令和6年度)では、全国のいじめ認知件数は約76万9千件と過去最多になりました。この記事では、いじめの原因を整理したうえで、学校と企業がいま実際に進めている防止の取り組みを紹介します。
いじめの定義は、2013年(平成25年)に制定された「いじめ防止対策推進法」で定められています。行為を受けた児童生徒が心身の苦痛を感じているものはすべていじめにあたり、ネット上の行為も含みます。加害側の意図や行為の大きさは、いじめかどうかの条件になりません。
数字で見るいじめの現在地|認知件数76万9千件をどう読むか
いじめの原因を考える前に、いまの状況を確認します。数字の読み方を誤ると、「いじめが急に悪化した」と受け取ってしまいやすいためです。ここでは文部科学省が2025年10月29日に通知した、令和6年度の調査結果を見ていきます。
認知件数と重大事態はどちらも過去最多
令和6年度の小・中・高等学校と特別支援学校におけるいじめの認知件数は、約76万9千件で過去最多でした。この記事の初出時点で取り上げていた平成29年度の約41万4千件と比べると、約7年でほぼ倍近くになっています。
生命や心身、財産に重大な被害が生じた疑いなどがある「重大事態」も、1,405件と過去最多です。前年度から99件増えました。いじめの解消率は76.1%(解消件数585,349件)で、4件に1件ほどは、調査時点では解消に至っていません。
ネット上のいじめも約2万7千件に上り、前年度より約2,700件増えています。端末やSNSが子どもの日常に入り込むほど、被害が教室の外へ広がりやすくなっている様子がうかがえます。
件数の増加は「見つける力が上がった」面もある
認知件数の増加を、そのまま「いじめが増えた」と読むのは正確ではありません。文部科学省は、認知件数の多い学校を「初期段階のものも含めて積極的に認知し、解消に向けた取組のスタートラインに立っている」と肯定的に評価しています。
実際に、都道府県ごとの1,000人当たりの認知件数には約6.1倍の開きがあります。子どもたちの間で起きている出来事の差だけでは説明しにくく、見つけ方や記録の仕方の違いが含まれていると考えられます。いじめを1件も認知していない学校も5,407校あり、文部科学省は認知ゼロの学校に対し、その旨を公表して認知漏れがないか検証を受けるよう求めています。
「見えていないいじめ」が残っている
重大事態1,405件のうち、重大事態として把握する前からいじめとして認知していたものは915件でした。つまり、残りの事例には、深刻な状況になるまで学校がいじめと捉えていなかったものが含まれています。
数字は「これだけ増えた」という警告であると同時に、「ようやく拾えるようになってきた」という途中経過でもあります。最新の令和7年度の結果は今後公表される見込みなので、公表されたら、認知件数だけでなく解消率と重大事態の内訳もあわせて確認してください。
いじめが起こる原因|個人・集団・環境の3つの層で考える
いじめの原因は一つに絞れません。研究や現場の報告を踏まえると、個人の内面、集団の力学、取り巻く環境の3つの層が重なって起きると整理できます。加害の背景を知ることは、加害を正当化することではありません。再発を防ぐために、どこに手を入れられるかを見つけるための作業です。
個人の層|ストレスと自尊感情の揺らぎ
加害に至る子どもの背景には、不安やストレスを抱えていることがあります。「自分を大切に思えない」「誰かに認めてもらいたい」といった気持ちをうまく言葉にできず、他者を下げることで自分の位置を保とうとしたり、八つ当たりをしたりする形で表れることがあります。
家庭や学校での居場所のなさ、成績や進路へのプレッシャー、きょうだいや友人との比較など、子どもが抱えるストレスは大人から見えにくいものです。感情を整理して伝える経験が少ないと、行動として噴き出しやすくなります。
集団の層|異質なものを排除して結束する力
学級や部活動などの集団には、「みんなと同じ」であることで安心し、違いのある人を遠ざけて結束を強める傾向があります。誰かが周りと合わない行動をとったとき、違和感を持った子どもが「ムカつく」「見ているとイライラする」と感じ、その感情に同調する子が増えると、排除が集団の空気になります。
ここで起きているのは、個人の悪意の足し算ではありません。誰が標的になってもおかしくない仕組みです。国立教育政策研究所の追跡調査(2010〜2012年度)では、小学4年から中学3年までの3年間に6回調査した結果、7〜8割の子どもが被害か加害のどちらかを経験していました。被害と加害が入れ替わるケースも多く、特定の子どもだけの問題ではないことが分かります。
環境の層|ネット空間と人間関係の変化
スマートフォンやSNSの普及は、いじめの舞台を広げました。ネット上のやり取りは、表情や声の調子が伝わらないため、冗談のつもりが攻撃として受け取られやすくなります。グループチャットから外す、特定の人の悪口だけを別の場で共有するなど、大人が気づきにくい形も生まれます。
また、地域や家庭のつながりが薄れ、年齢の違う人と関わる機会が減ったことも、対人関係の練習の場を狭めているという指摘があります。ただし、これは原因を単純に「現代の子どもの未熟さ」へ押しつける話ではありません。大人も含めた社会の側の環境が変わったと捉えるほうが、対策につながります。
誤解されやすい点|被害者に原因はなく、傍観者も構造の一部
いじめの話題では、善意から出た言葉が、被害を受けた子どもを追い詰めることがあります。ここでは、特に誤解されやすい3つの点を取り上げます。
「いじめられる側にも原因がある」は成り立たない
「空気が読めない」「目立つ」といった特徴は、排除のきっかけとして使われることはあります。しかし、特徴があることと、攻撃されてよいことは別です。いじめの定義は、行為を受けた側が苦痛を感じているかどうかで決まります。原因を被害者の側に探し始めると、本人が自分を責めて、相談できなくなってしまいます。
見て見ぬふりも、いじめの構造を支えている
直接手を出していない子どもも、笑って見ている、スタンプを押す、黙って距離を置くといった形で、結果的に排除を後押しすることがあります。傍観者を責めるためではなく、「止めなくても関係している」という現実を知ることが、集団の空気を変える第一歩になります。
同時に、止めに入るのが怖いと感じる子どもを責めるのも適切ではありません。後の章で触れるように、先生や大人にこっそり知らせる、被害を受けた子に声をかけるといった小さな行動も、立派な関わり方です。
「ささいなこと」と判断する大人の側に落とし穴がある
重大事態の中に、把握する前にいじめと認識されていなかった事例が含まれていることは、先に見たとおりです。「ふざけ合いの延長」「本人も笑っていた」という見立ては、苦痛を我慢している可能性を見落とします。「これもいじめかもしれない」と立ち止まる意識への切り替えが、学校にも家庭にも求められています。
学校の取り組み|積極的な認知と組織での対応
学校の防止策は、近年「起きてから対処する」から「起きる前と初期に見つける」へ重心が移っています。国の方針の変化と、現場で行われている具体策を見ていきます。
重大事態ガイドラインの改訂と平時からの備え
文部科学省は2024年8月30日に「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」を改訂しました。改訂版では、重大事態が起きた後の調査の進め方に加えて、発生を防ぐための未然防止と平時からの備えが新たに盛り込まれています。
2025年3月6日の通知では、学校の教職員全員がいじめ防止対策推進法や基本方針、ガイドラインなどを理解しておくこと、学校のいじめ対策組織を中心に情報と対応の判断を見える形にすることが示されました。教職員が声を上げやすい心理的な安全性をつくることも求められています。あわせて、チェックリストを使った学校ごとの点検も呼びかけられています。
早期発見の仕組みとスクールカウンセラー
令和6年度の通知では、ネットいじめへの対応として、端末の利用ルールを明確にし、教師が書き込みを確認できる設定にすることが挙げられています。小さなトラブルも記録して教職員全体で共有する、教育委員会が定期的に情報を集約するといった運用も、広がっています。
教師だけで対応しきれない心のケアには、スクールカウンセラーなどの専門職が加わります。通知は、いじめを受けた側の支援だけでなく、いじめた側への指導や支援も、専門的・継続的な体制で行うことを求めています。加害側の背景にある不安やストレスに向き合わなければ、再発を防ぎにくいためです。
警察や外部との連携
通知は、学校と警察の連絡員を決めて、日常的に情報を共有する体制を整えるよう求めています。いじめの中には犯罪にあたる行為があり、生命に関わる場合は、学校だけで抱え込まない判断が必要です。
また、保護者などから重大事態の申立てがあった場合は、原則として重大事態として扱うことも示されています。学校が「重大とは言えない」と判断を先送りすることを防ぐための考え方です。
企業の取り組み|出前授業と職場のハラスメント対策
企業の関わり方は、大きく2つに分かれます。一つは通信系企業などが子どもに向けて行う情報モラル教育、もう一つは、自社の職場でハラスメントを防ぐ義務を果たすことです。
通信系企業の出前授業|子どもに気づかせる設計
LINEみらい財団は、全国の学校や自治体を対象に、情報モラルの出前授業を行っています。旧LINE社時代からの活動を含め、累計1万2千件以上の実績があります。「楽しいコミュニケーションを考えよう!」をテーマにした教材で、ネット上のやり取りが誤解を生みやすいことを、子ども同士が会話しながら体感するワークショップ形式です。正解を教えるのではなく、考えを共有して気づく設計になっています。
NTTドコモの「スマホ・ケータイ安全教室」のように、通信事業者が講師を学校へ派遣する取り組みも、長く続いています。年齢や発達段階に合わせた内容で、実際に起きたトラブルの事例をもとに、自分の使い方を振り返ります。
いずれも、ルールを押しつけるのではなく、子ども自身に気づいてもらうことを重視しています。申込条件や費用は年度ごとに変わるため、学校や自治体が利用するときは、各団体の公式サイトで最新の条件を確かめてください。
職場のいじめにあたるパワーハラスメントの防止措置
職場のいじめは、法律上はパワーハラスメントとして扱われます。優越的な関係を背景にした言動で、業務上必要な範囲を超え、働く人の就業環境を害するものを指します。2022年4月からは、中小企業を含むすべての事業主に防止措置が義務づけられています。
具体的には、ハラスメントを許さない方針を明確にして周知すること、相談窓口を設けること、相談したことを理由に不利益な扱いをしないことなどが挙げられます。子どもの世界の「見て見ぬふり」と同じく、職場でも周囲が黙っていると被害が長引くため、相談しやすい経路づくりが肝心です。
2026年10月から義務化されたカスタマーハラスメント対策
今月1日(2026年10月1日)からは、カスタマーハラスメント対策も全事業主の義務になりました。厚生労働省は、毅然と対応して従業員を守る方針の明確化と周知、対処方法のあらかじめの決定、相談窓口の整備、事実確認と再発防止、相談者のプライバシー保護などを措置として示しています。
カスタマーハラスメントは顧客などから受ける行為で、社内のいじめとは種類が異なります。ただ、「一人で抱え込ませない」「相談した人を守る」という考え方は共通しています。学校で進む組織的な対応と、職場で進む仕組みづくりは、同じ方向を向いています。
今日からできること|子どもの周りの大人と、悩んでいる本人へ
仕組みの話だけでは、目の前の子どもを守れません。最後に、保護者や周囲の大人、そして悩んでいる本人ができることを具体的に整理します。
保護者や周囲の大人ができること
まず、子どもの変化に気づく姿勢が大切です。学校の話をしたがらなくなった、持ち物がなくなる、スマートフォンを急に隠す、体調不良を訴えるといった様子は、サインの可能性があります。ただし、サインがあるからといって問い詰める必要はありません。「何かあったら話してね」と伝え、話し始めたら最後まで遮らずに聞くことから始めてください。
話を聞いたら、「あなたが悪いわけじゃない」と最初に伝えます。そのうえで、学校の担任やスクールカウンセラーなど、どこに相談するかを子どもと一緒に決めます。子どもの了承なしに動くと、さらに話してくれなくなることもあるため、順序には気を配りましょう。
悩んでいる本人が使える相談先
文部科学省は、いじめなどの悩みを24時間受け付ける「24時間子供SOSダイヤル」(0120-0-78310、通話無料)を案内しています。学校に言いにくいときは、こうした外部の窓口を使うことも選べます。夜間や休日、学校の先生に話しづらいときのための入り口です。
周囲の友だちとして、いじめを見かけた場合にできることもあります。被害を受けている子にあとから声をかける、信頼できる大人にこっそり伝える、といった行動です。その場で止めに入ることだけが勇気ではありません。
まとめ
いじめの原因は、被害を受けた子どもの側ではなく、加害側のストレスや自尊感情の揺らぎ、集団の同調と排除、ネットを含む環境の変化が重なる構造にあります。令和6年度の認知件数が約76万9千件、重大事態が1,405件と過去最多になったことは、状況の悪化を示す面と、初期のいじめを見つける力が上がった面の両方を含んでいます。
学校では、ガイドライン改訂を受けて、起きる前の備えと組織での情報共有が進んでいます。企業は、通信系企業を中心に子どもへの出前授業を行い、職場ではパワーハラスメントに加え、今月からカスタマーハラスメントの防止措置も義務になりました。どの取り組みも、一人に抱え込ませず、早く見つけて早く相談につなげる考え方で共通しています。
すぐに解決できる問題ではありませんが、身近な子どもの変化に気づいて話を聞くこと、悩んでいる人に相談先を伝えることは、今日から始められます。まず1つだけ、お子さんや周りの人に「最近どう?」と声をかけてみてください。
- いじめの原因は、個人のストレス、集団の同調と排除、ネットなどの環境が重なる構造で、被害者の性格には求められない
- 令和6年度の認知件数は約76万9千件、重大事態は1,405件でともに過去最多。増加には「見つける力の向上」も含まれる
- 学校は2024年改訂のガイドラインを軸に、未然防止と組織的な対応を進めている
- 企業は出前授業で子どもを支え、職場ではパワハラに加えて2026年10月1日からカスハラ対策も義務になった
- 悩んでいる本人にも周囲にも、24時間子供SOSダイヤル(0120-0-78310)という相談の入り口がある
参考文献
- 文部科学省「令和6年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果及びこれを踏まえた対応の充実について(通知)」(2025年)
- 文部科学省「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」改訂に関する通知(2025年)
- 厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために」(2026年)
- 国立教育政策研究所「生徒指導リーフ」(発行年は資料に記載)
- LINEヤフー「子どものネットリテラシー、どう育てる? LINEみらい財団と考える『楽しいコミュニケーション』」(2024年)
- 文部科学省「子供のSOSの相談窓口」

