ウォーカブルシティ(walkable city:歩きやすいまち)という言葉を聞いたことはありますでしょうか?
ウォーカブルシティのコンセプトは、車社会の国アメリカから生まれました。アメリカでは車が生活に必須であり、街もおのずと車ありきのデザインに形成され、そうすると自ずと他の課題が生じていきます。
今回は、ウォーカブルシティの概要を解説すると共に、海外や日本における実際の取り組みについても詳しく見ていきます。
ウォーカブルシティとは
近年、新しいまちづくりのトレンドを表す「ウォーカブルシティ」という言葉をよく見かけるようになりました。ウォーカブルシティとは直訳すると、Walkable(歩くことができる)City(まち)で、歩行者のニーズに配慮して設計された歩きやすい都市を指して使われる言葉です。
ウォーカブルシティのコンセプトは、先述の通り車社会の国アメリカから生まれました。
いくつかの大都市を除いた典型的なアメリカのまちでは車が生活に必須であり、まちもおのずと車ありきのデザインに形成されていきました。その弊害として肥満を抱える人の割合が増え、健康への環境的なアプローチとして「歩きやすいまち」「歩くのが楽しくなるまち」を求める動きが生まれたのです。
現在では健康面だけでなく、脱炭素=地球環境への配慮、様々な商業活動やコミュニティの創出といった新たな目的を含むさらに注目度の高いキーワードとなっています。
海外におけるウォーカブルシティの取り組みは?
アメリカから生まれたウォーカブルシティの取り組みですが、具体的にはどのような取り組みが行われているのでしょうか。
ここでは、アメリカの「ポートランド」と「テンピ」の事例をご紹介いたします。
ウォーカブルシティの事例:米国・ポートランド
世界一の自動車保有台数を誇る米国におけるウォーカブルシティの先駆けといえるのが、オレゴン州ポートランドです。
それまでは他の都市と同じく工業化に邁進していたポートランドですが、1970年代に「歩くのが楽しいまち」へと大きく舵を切ります。
国の政策により全土で高速道路が建設されるなか、ポートランドにも高速道路拡張の計画が持ち上がりましたが、市民の反対運動により計画は中止となり、既存の高速道路も撤去され、その跡地を利用して公園が作られました。
また、高速道路建設のための予算を使って公共交通機関が整備されました。
まちの区画は歩くことを前提に、一辺が通常の半分の長さである60cmに整備され、歩ける距離に住居や職場、その他の生活インフラが配置されました。
また、建物の1階を商業施設に利用しその上を住居やオフィスにすることで、まちを活性化させる仕組みが取り入れられています。
市のガイドラインに沿って交差点や横断歩道がより安全なものに改善されるなど、歩行者優先の取り組みは現在も進行形で進められています。
参照元:
・「世界の統計2021」|総務省統計局
・ポートランド市はビジネスインサイダーの2020年best place to live in Americaで8位にランクインしている。|INSIDER
ウォーカブルシティの事例:米国・テンピ
アリゾナ州テンピは州都フェニックスから東に17km離れた都市で、市内にアリゾナ州立大学のメインキャンパスがあり、学生を含む多くの若者が住んでいます。
今米国で画期的な実験として注目されているのが、このテンピに2022年に完成予定の賃貸アパートコミュニティ「Culdesac Tempe」です。
このコミュニティでは自動車を乗り入れることが禁止されています。
代わりに地下鉄の無料乗車、敷地内に100台以上の貸スクーターや1000台以上の駐輪場、安価なカーシェアリングや配車サービスなどが用意されており、車を持たない生活をサポートするシステムが整えられています。
また、歩きやすさを意識した都市設計により、自分の住む場所から5分も歩けばコーヒーショップやスーパー、レストランにアクセスが可能です。
広い駐車場が不要となるので、そのスペースにプールやドッグランなど生活を楽しむ施設を作ることができるといいます。
先駆的な試みであるがゆえに、成功するか否かは意見が分かれているようです。
少なくとも、このようなコミュニティが計画されること自体が、車社会のアメリカにおいては注目に値するといえるでしょう。
日本におけるウォーカブルシティの取り組みは?
健康増進を目的として生まれたウォーカブルシティのコンセプトですが、日本では人口減少や少子高齢化によるまちの活力低下という社会的課題に対する解決策としても、政府を中心に導入が進められています。
令和2年に「都市再生特別措置法等の一部を改正する法律」が施行され、官が法律・予算・税制面の支援を行うことで、民間との協力によるウォーカブルなまちづくりを促進しようとしているのです。
日本の事例:富山県富山市
富山市は日本の多くの地域同様、少子高齢化という課題を持った都市です。
平坦な地形で可住面積が広いことや持ち家率の高さなどを理由とする「市街地の低密度化」が顕著で、以前から中心市街地の活性化が叫ばれていました。
また、市民の多くが⾃家⽤⾞で移動し⽇常生活であまり歩かない生活を送っていることも認識されていました。
そのような背景から、自治体は健康づくりと融合した「歩きたくなるまちづくり」に取り組んできました。
まず、居住地・商業地域・オフィスや文化施設といった拠点を公共交通でつなぐ「お団子と串の都市構造」を持ったコンパクトなまちづくりが進められました。
利用者の減少が激しいJR線の代わりに、全国初の本格的なLRT(次世代型路面電車)を導入し、既存の市内電車を延伸して環状線化するなど、「串」となる公共交通をより利用しやすいものにしました。
また、「お団子」となる拠点をつくるための支援を行い、公共交通の沿線への居住を推進しました。
そうした様々な取り組みは、公共交通利⽤者や公共交通沿線人口の増加といった一定の成果をあげ、令和3年には「新しいまちづくりのモデル都市」の1つに選出されています。
まとめ|「歩きやすいまち」がもたらすものとは?
当初は健康を目的として現れたウォーカブルシティというキーワードが、現在さらに注目されている理由は何でしょうか。
ひとつには、車社会がもたらす環境への負荷が、これ以上看過できないものとなっていることが挙げられるでしょう。
水素や電気といったクリーンな動力への変換と併せて「車をもたない暮らし方」にシフトすることで、脱炭素化を進めていこうという考え方です。
また、歩きやすいまちにすることによって、そこに住む人と人とのコミュニケーションを活発にするという狙いもあります。
人口減少による過疎化が進めば、同じまちに住んでいてもお互いの様子は見えづらくなり、他の地域へ自由にアクセスする手段をもたない人は孤立を深めます。
誰もが歩いてアクセスできるコンパクトなまちつくりには、個人間の繋がりを生み出し、経済や文化の活動を活発にするという効果も期待されているのです。
自分の生活の中心となるまちのあり方を考えることは、自らの日々の幸せを考えることにほかならないのです。