2022年に起きた、「アサリの産地偽装問題」をご存じでしょうか。外国産のアサリを干潟に撒き、すぐに回収し、国産として販売する「産地偽装」が行われていたという内容でした。
このような不正を行う漁業を「IUU漁業」と言い、現在、世界的に問題となっています。本記事では、IUU漁業の何が問題なのか、原因や対策、SDGsとの関係性などをまとめました。まずは、IUU漁業について知りましょう。
IUU漁業とは
IUU漁業の「IUU」は、「Illegal, Unreported and Unregulated」の略であり、それぞれの単語の意味は下記の通りです。
Illegal(違法漁業) | 国や漁業管理機関の許可なく行う漁業や、国内外の法律に違反して行う漁業。 例:他国の海域で漁業を行う |
Unreported(無報告漁業) | どの水産物を、どれだけ獲ったか報告しない。または、嘘の報告をする。 例:産地偽装 |
Unregulated(無規制漁業) | 無国籍や当事国以外の船が、規則やルール、海洋資源の保全管理措置を守らずに行う漁業。 例:密猟 |
「違法・無報告・無規制」で行われるIUU漁業は、海洋環境の悪化や海洋資源の減少だけではなく、船の乗組員や漁業監視員、加工場の労働者などの人権問題にも関わってくるとして、国際的な問題となっています。
そして、日本も実際に問題が起こっているため、IUU漁業に対して真剣に向き合わなければならないのです。
参照元
・IUU漁業について|WWFジャパン
・IUU漁業とは?世界中で無くそうとしています!|魚食普及推進センター
IUU漁業の原因
ここからは、IUU漁業が起こる原因について触れていきますが、まずは、世界の漁業の現状を確認しましょう。
世界の漁業の現状
国際連合食糧農業機関(FAO)によると、世界の水産物(海藻類、哺乳類を除く)の漁獲と養殖を合わせた漁業生産量は、1950年以降ほぼ増加傾向にあり、2020年には177.8百万トンという結果になっています。
理由としては、世界的な人口増加や水産物の需要増大などが挙げられるようです。
また、近年は養殖での生産量が増え、漁獲のみの生産量は20年ほど横ばいになってはいますが、依然として海面漁業の役割は大きく、持続可能な漁業や海洋資源の利用が求められています。
過剰な漁獲利用の増加
続いては、過剰な漁獲利用の現状を見ていきましょう。FAOによると、過剰に漁獲利用され、持続可能ではない状態になってしまった水産物の割合が、1974年は10%であったのに対して、2019年には35.4%まで増加。そして漁獲拡大の余地のある資源は、1974年の90%から2019年には64.4%まで減少しています。
過剰に漁獲利用された状態や漁獲の拡大余地のない資源は、適切な資源管理を行い、資源を回復または維持しなければなりません。また、拡大余地のある資源も、科学的根拠にもとづいた資源評価と管理を行う必要があります。
IUU漁業の背景には経済的な問題もある
IUU漁業は、汚職が蔓延し法律も未整備な、開発途上国で行われることが多く、準地域漁業委員会(SRFC)が作成したリストには、IUU漁業の原因が下記のように記載されています。
・関係当局に訓練を受けた人員が不足している
・経済的に貧しい国や州では、IUU漁業対策に投資する余裕がない
・船主が漁師の収入が低いことを利用し、オブザーバーや漁業管理者に不規則な支払いを行い、活動を隠蔽している
・巡視船や航空機を購入する費用がない。あったとしても、維持費や運用コストが高く、効果的な管理ができない
原因を確認すると、経済的な理由が大部分を占めていることが分かります。IUU漁業をなくすためには、国や漁業関係者の経済面も改善しなければならないでしょう。
参照元:What is Illegal Unreported and Unregulated (IUU)Fishing? |Earth.Org
IUU漁業がなぜ問題なのか
続いては、IUU漁業のどのような点が問題なのか見ていきましょう。今回は、環境・生態系、人権、漁業者に分けて説明します。
環境・生態系
IUU漁業では実態を隠すために、使用した漁網や釣り具などの漁具を海中に捨てることも珍しくありません。捨てられた漁具は「ゴーストギア」と呼ばれ、海洋プラスチックごみの約10%を占めています。
そして、ウミガメや海洋哺乳類、海鳥などは、ゴーストギアが絡まり、動けなくなったり窒息して死んでしまったりと、多くの被害を受けているのです。その他にも、サンゴの破壊や付着動物(※)の住む海底の地形・植生を破壊するなども起きています。
(※)付着動物:イソギンチャクや貝など。
参照元:深刻な海洋プラスチック問題の原因「ゴーストギア」を無くそう!|WWFジャパン
人権
IUU漁業は、船の乗組員や漁業監視員、水産物加工場などの労働者の人権や健康を、おびやかす危険性もあります。例えば、2020年4月に発覚した、中国企業が運営する漁船「Longxing629号」内で働くインドネシア人への人権侵害問題。
乗船していた多くのインドネシア人の乗組員は、食事を十分に食べられなかったり、18時間働かされたりと、過酷な環境の中で働いていたそうです。また、中国人乗組員から継続的な暴行も受けていましたが、パスポートを没収されていたため、逃げることもできなかったと報告されています。
IUU漁業を行う船は、違法行為の発覚を逃れるために海上へ長期間とどまります。定期的に物資を供給する船も用意されているため、長期的な航海が可能となり、内部の状況が外部へ漏れにくいのです。
参照元:水産業における人権侵害と日本企業の関りに関する報告|認定NPO法人ヒューマンライツ・ナウ
漁業関係者
IUU漁業によって集められた水産物は、通常より安価で市場に出回ります。何も知らない消費者の多くは、安価な方を選択するでしょう。すると、規制やルールを守り、漁を行っている漁業関係者の収入が減ってしまいます。この状況が長期的に続くと、真面目に仕事をしていた漁業関係者が、廃業に追い込まれてしまうのです。IUU漁業の増加に、つながる危険性もあります。
IUU漁業への対策
IUU漁業をなくすために、さまざまな対策が行われています。
違法漁業防止寄港国措置協定
2016年に、FAOによって発行された国際協定です。2023年3月時点で日本やアメリカ、韓国などの73カ国と1機関が加入しています。入港を希望する船が、IUU漁業を行っている明確な証拠がある、または行ったと疑うに足りる明白な根拠がある場合は、入港や港の使用を拒否することや、船の検査を行うことができます。
地域漁業管理機関(RFMO)
水産資源の、持続可能な利用の実現を目指す国際機関です。沿岸国や遠洋漁業を行う国などが参加しており、地域や魚種別の保存管理措置を法的拘束力のある形で定めています。IUU漁業への対策として、IUU漁業を行う船のリスト作成や漁船の監視・取締なども行います。
参照元:地域漁業管理機関|外務省
水産物流通適正化法
IUU漁業のような、違法に漁獲された特定水産動植物の流通を防止するために制定された法律です。これにより、特定第一水産動植物(※)の採取・捕獲を行う事業者や所属する団体は、事業が適正に行われていることを、行政機関に届け出ることが義務づけられました。
その他にも、届け出を行った業者は、名称や漁獲番号などの情報を事業者間で伝達。特定第一水産動植物を譲受・譲渡する場合は、必ず取引記録を作成・保存する。輸出する際も、国が発行した「適法漁獲等証明書」を添付したものでなければならないなど、厳しく定められているのです。
また、特定第二種水産動植物(※)は、外国の政府機関が発行する、正規の方法で採取・捕獲されたことを示す証明書を添付したものでなければ輸入できません。
(※)特定第一水産動植物:アワビやウナギの稚魚、ナマコなど、違法かつ過剰な採捕が行われる恐れの大きい魚種。
(※)特定第二水産動植物:サバやサンマ、マイワシなど、国際的にIUU漁業のおそれが大きい魚種。
参照元:特定水産動植物等の国内流通の適正化等に関する法律の概要|外務省
IUU漁業とSDGs
SDGsとは、2015年に開催された国連総会で可決された国際目標です。世界中で起きている、環境・社会・経済の課題を解決するために、17個の目標と169個のターゲットが設定されました。
そしてIUU漁業の減少は、目標8「働きがいも経済成長も」や目標14「海の豊かさを守ろう」の達成に貢献すると期待されています。今回は、とくに関わりの深い、目標14との関係性について見ていきましょう。
目標14「海の豊かさを守ろう」
目標14は、「持続可能な開発のために、海洋や海洋資源の保全に努め、持続可能な形で利用できるようにしましょう」という内容です。そして目標14のターゲット【14.4】と【14.6】は、IUU漁業に関する内容になっています。
【14.4】
水産資源を、実現可能な最短期間で少なくとも各資源の生物学的特性によって定められる最大持続生産量のレベルまで回復させるため、2020年までに、漁獲を効果的に規制し、過剰漁業や違法・無報告・無規制(IUU)漁業及び破壊的な漁業慣行を終了し、科学的な管理計画を実施する。
【14.6】
開発途上国及び後発開発途上国に対する適切かつ効果的な、特別かつ異なる待遇が、世界貿易機関(WTO)漁業補助金交渉の不可分の要素であるべきことを認識した上で、2020年までに、過剰漁獲能力や過剰漁獲につながる漁業補助金を禁止し、違法・無報告・無規制(IUU)漁業につながる補助金を撤廃し、同様の新たな補助金の導入を抑制する。
ターゲットには、「2020年までに」と記載されていますが、達成できていないのが現状です。私たち個人も、IUU漁業に対する正しい知識を身につけ、持続可能な漁業や養殖によって生産された水産物の証である、「MSC認証」や「ASC認証」のついた商品を購入するなどできることから始めましょう。
まとめ
IUU漁業への影響は、海洋環境や資源、生態系だけではありません。その範囲は、船の乗組員や漁業監視員、加工場の労働者などの、健康や人権にも及びます。SDGs目標14のターゲットとしても取り上げられていることから、世界的に改善しなければならない問題の1つだと言えるでしょう。
個人も、「自分には関係のないこと」ではなく、まず知ることから始めましょう。内容を理解することによって、自分に何ができるのかも見えてくるはずです。