買い物弱者とは、自宅の近くに食料品などを買える店が少なくなり、高齢や体調、移動手段の制約から日常の買い物に困っている人のことです。農林水産省は「食品アクセス問題(買物困難者)」とも呼び、過疎地域だけでなく都市部にも広がる課題として扱っています。定義を知っただけでは、いま全国でどれくらいの人が困っていて、自治体や企業が何をしているのか、自分や家族に起きたときにどう動けばよいのかは見えてきません。この記事では、最新の公的データと各地の実践を手がかりに、そうした疑問に順に答えていきます。
買い物弱者の現状|数字で見る904万人と都市部への広がり
買い物弱者の規模を知る手がかりになるのが、農林水産政策研究所の推計です。ここでは「食料品アクセス困難人口」という名前で、全国の状況が示されています。
2020年は全国で904万人
農林水産政策研究所は、食料品アクセス困難人口を「食料品を扱う店舗まで500m以上離れていて、かつ自動車の利用が困難な65歳以上の人」と定義しています。対象の店舗には、食料品スーパーや青果店などの専門店のほか、コンビニエンスストアやドラッグストアも含まれます。
この定義で2020年を推計すると、全国で904万人、65歳以上人口の25.6%にあたります。75歳以上に絞ると566万人で、75歳以上人口の31.0%です。アクセス困難人口の63%を75歳以上が占めるため、年齢が上がるほど困りごとが重なりやすいことが読み取れます。2015年と比べると、全体で9.7%、75歳以上で5.7%増えています。
「買い物弱者」「買物困難者」「食品アクセス問題」の違い
似た言葉がいくつもありますが、おおむね同じ課題を指します。メディアでは「買い物弱者」「買い物難民」がよく使われ、農林水産省は調査名に「食品アクセス問題(買物困難者)」を使っています。
数字を比べるときは、どの定義で数えたかを確認する必要があります。上の904万人は「500m以上かつ車が使えない65歳以上」という物差しで数えた値です。別の機関が別の距離や年齢の基準で推計すれば、人数は変わります。ニュースで人数を見かけたら、定義と調査年をあわせて確かめると、数字を取り違えずに済みます。
都市部でも起きている理由
買い物弱者は山間部や離島の問題だと思われがちですが、飲食料品店の減少や大型商業施設の郊外化によって、都市部でも店まで遠い地域が生まれています。農林水産省の整理でも、過疎地域のみならず都市部で食料品の購入に不便や苦労を感じる状況が顕在化しているとされています。
都市部では、駅前に店があっても坂道や階段が負担になる、高層階の住宅でエレベーターが止まると外出しにくくなる、といった形で困りごとが現れます。距離の数字には出にくい事情も、実際の買い物のしやすさを左右します。
なぜ増えるのか|店の減少と移動手段の制約が重なる
買い物弱者が生まれる背景は、「店の側の変化」と「暮らす人の側の変化」の2つに分けると整理しやすくなります。どちらか一方だけでなく、両方が重なったときに困りごとが大きくなります。
店の側に起きている変化
人口が減る地域では、お客さんが減って小さな商店やスーパーの経営が続けにくくなります。後継者不足で店を閉じるケースもあります。大型店が郊外に出ると、住宅地の近くにあった店が減ります。
店が遠くなると、車のある世帯には大きな問題になりません。ところが、運転しない人や運転できなくなった人には、同じ距離が一気に重い負担へ変わります。つまり店の減少は、移動手段の有無と組み合わさって初めて、買い物の困難として表に出てきます。
暮らす人の側に起きている変化
年齢を重ねると、重い荷物を持つ、長く歩く、バスの乗り降りをするといった動作が負担になります。運転免許を返納した人や、家族に送迎を頼みにくい一人暮らしの人は、店が近くにあっても足が遠のきやすくなります。
けがや持病で一時的に外出しにくくなる場合も、同じことが起こります。買い物弱者は「ずっと困っている人」だけでなく、ある日突然その状況になる人もいる、と考えておくほうが実態に近いといえます。
買い物が「食事の質」と「つながり」に影響する
買い物に行きにくくなると、日持ちする食品や手軽な食品に偏りやすくなり、生鮮食品を買う機会が減ることがあります。買い物は、外に出て人と顔を合わせる機会でもあります。それがなくなると、外出や会話が減ることもあります。
そのため、移動販売などの対策では、商品を届けることに加えて、顔を合わせて様子を見守る役割も期待されています。この点は、後の節で詳しく見ていきます。
買い物弱者をめぐる誤解されやすいポイント
買い物弱者という言葉には、思い込みを生みやすい面があります。支援を考えるときに、取り違えやすい点を3つ整理します。
「店が近い」だけでは解決しない
自宅から500m以内に店があっても、道に段差や急な坂があれば、買い物の負担は大きいままです。重い米や飲料を運べなければ、必要なものを必要な量だけ買えません。
距離の数字は目安にすぎず、困りごとの感じ方には個人差があります。支援を考える側は、一人ひとりの体力や住まいの条件に目を向ける必要があります。
年齢や地域だけで「困っている人」を決められない
高齢の人が全員、買い物に困っているわけではありません。自分で運転して遠くの店へ通い、むしろ買い物を楽しんでいる人も大勢います。年齢で一括りにすると、本人の望まない「支援される側」の扱いを生んでしまいます。
大切なのは、年齢ではなく、いま買い物の手段が足りているかどうかです。足りていると感じる人には、そのまま続けられる環境を残し、足りなくなったときに選べる手段を用意しておく、という考え方が現実的です。
ネット通販があれば十分とは限らない
オンラインショッピングや宅配サービスは便利ですが、スマートフォンの操作やクレジットカードの登録が壁になる人もいます。実物を見て選びたい、店員と話したい、という気持ちも買い物の大切な要素です。
農林水産省の2025年度調査では、移動販売車が増えている一方で、宅配や買物代行は減っているとされています。直接顔を見て届けるサービスが、地域で求められていることを示す動きともいえます。
自治体の対策|2025年度の全国調査からわかること
国や自治体は、買い物弱者の課題にどう向き合っているのでしょうか。農林水産省が毎年行っている市町村調査から、現在の状況が見えてきます。
多くの市町村が「対策が必要」と感じている
農林水産省は、令和7年8月から令和8年1月にかけて、食品アクセス問題(買物困難者)に関する全国市町村アンケートを実施し、令和8年3月27日に結果を公表しました。対策が「必要」または「ある程度必要」と答えた市町村は1,106団体で、89.3%にのぼります。
行政または民間事業者のいずれかが対策を実施している割合は86.8%です。令和6年度の調査では、対策が必要と答えた市町村は910団体で88.1%、いずれかで対策がある割合は89.2%でした。調査ごとに回答した市町村の数は異なるため、単純な増減としては読まず、高い水準で推移していると受け止めるのが妥当です。
規模の違いで対策の中身が変わる
対策が必要と答えた市町村のうち、行政が何らかの取り組みをしている割合は74.1%です。農林水産省の整理によれば、人口の多い都市では宅配や買い物支援サービスの取り組みが目立ち、人口の少ない市町村ではコミュニティバスや乗り合いタクシーへの支援が中心になる傾向があります。
つまり、「どの手段が正解か」は地域によって変わります。店が点在する都市部では届ける仕組みが効きやすく、店までの距離が長い地域では、移動そのものを支える仕組みが必要になりやすいといえます。
民間との分担と見守りの連携
民間事業者が行政とは独立して取り組んでいる市町村は58.2%で、前年度の60.1%からやや下がりました。移動販売車は増えている一方で、宅配や買物代行は減っています。
見守りとの連携も進んでいます。行政が実施する移動販売では約50%、民間事業者が実施する移動販売では約30%が、行政と福祉の見守りで協力する体制を持っています。商品を売る場が、異変に気づく場にもなっているわけです。
民間と地域の実践|移動スーパー、コンビニ、買い物バスを比べる
自治体だけでなく、企業や地域団体もさまざまな形で買い物を支えています。ここでは代表的な3つの形を取り上げ、それぞれの特徴を見ていきます。
移動スーパー|地域のスーパーと個人事業主が組む仕組み
「とくし丸」は、地域のスーパーと提携する移動スーパーです。2019年7月の同社発表によれば、400品目1,200点の商品を冷蔵機能付きの軽車両に積み、販売パートナーが各地を巡回します。稼働台数は、2016年5月末の136台から2019年6月末に415台へ増えたとされています。
この仕組みの特徴は、スーパーの商品をそのまま玄関先近くまで運べる点です。販売パートナーが顔なじみになることで、見守り機能も期待されています。同社の発表では、高齢者の見守りの機能にも触れられています。
コンビニの移動販売|自治体との協定をもとに広がる
コンビニエンスストアも移動販売に参入しています。たとえば千葉県佐倉市では、2025年11月12日から、セブン-イレブン・ジャパンの移動販売が始まりました。自治体との包括連携協定をもとにした取り組みで、公共の場所や、事前に申し込んだ個人宅・施設を訪ねる形です。
コンビニの強みは、日用品や冷凍食品まで幅広く扱えることです。一方で、巡回の曜日や時間が決まっているため、利用する側が自分の暮らしのリズムに合わせる必要があります。
買い物バス|移動そのものを支える
青森県は「持続可能な買い物支援サービス網構築事業」として、八戸市の笹ノ沢地区と新郷村で、令和5年11月から令和6年1月までの約3か月間、無料の買い物バスを運行する実証事業を行いました。食品スーパーを核にして、買い物に行きにくい地域と店をつなぐ試みです。
結果は令和6年3月に報告会で共有されています。買い物バスは、店まで行く楽しみを残せる半面、運行を続ける費用をだれが負担するかが課題になります。実証事業で見えた課題を、他の地域にも共有する取り組みは参考になります。
自分や家族に起きたときの選び方|困り始めたら確認したい観点
制度や事例を知っても、実際に困り始めたときに何から手をつければよいのかは迷いやすいものです。ここでは、手段を選ぶときの観点を整理します。
4つの手段を比べる
主な手段を、使い勝手の観点で比べてみます。
- 移動販売は、実物を見て選べて顔も合わせられるが、来る曜日と時間が決まっている
- 買い物バスや乗り合いタクシーは、店に行く楽しみを残せるが、運行日が限られる
- 宅配や買物代行は、自宅で完結できるが、注文の操作や配送料の負担がある
- 家族や近所の人の支援は、柔軟に頼めるが、頼む側の遠慮や支える側の負担が大きくなりやすい
どれか1つに絞る必要はありません。たとえば、日常の食料品は移動販売、大きな荷物や重い飲料は宅配、気分転換にはバスで店へ、というように組み合わせると、1つが使えない日にも困りにくくなります。
確認しておきたいこと
まず、お住まいの市町村の窓口や社会福祉協議会、地域包括支援センターに、移動販売や買い物支援の情報があるかを尋ねてみてください。市町村によって、利用できる事業は異なります。
そのうえで、巡回の曜日と時間、支払い方法、配送料、見守りの有無を確認します。現金払いが使えるか、不在のときはどうなるかも、あらかじめ聞いておくと安心です。
離れて暮らす家族ができること
離れた家族が気にかけるなら、「買い物に困っていない?」と聞くより、「最近どこで買い物しているの?」と日常の様子を聞くほうが、本音が出やすくなります。手段が足りているかどうかは、会話の中で自然にわかります。
冬に向かうこれからの時期は、寒さや路面の凍結で外出が減りやすくなります。足りなくなる前に、頼れる手段を1つ見つけておくことが、備えになります。
まとめ
買い物弱者は、2020年時点で904万人と推計される、過疎地域だけでなく都市部にも広がる課題です。店の減少と、運転できない、歩くのがつらいといった移動手段の制約が重なることで、日常の買い物が難しくなります。
全国の市町村の約9割が対策の必要性を感じており、行政と民間が移動販売、買い物バス、宅配、見守りなどを組み合わせて取り組んでいます。大切なのは、年齢や住む地域で一括りにせず、いまの暮らしで買い物の手段が足りているかを一人ひとりの状況で見ることです。
困り始めてから慌てずに済むよう、地域でどんな手段が使えるかを、元気なうちに知っておくことが備えになります。まずは、お住まいの市町村の窓口で、使える買い物支援を1つ聞いてみてください。
- 2020年の食料品アクセス困難人口は全国で904万人、75歳以上が63%を占める
- 店の減少と移動手段の制約が重なって、都市部でも買い物の困りごとが生まれる
- 2025年度調査では、対策が必要と答えた市町村が89.3%で、移動販売車は増えている
- 移動販売・買い物バス・宅配は組み合わせて使うと、1つが使えない日にも困りにくい
- 困る前に、市町村の窓口や地域包括支援センターで使える手段を確認しておく
参考文献
- 農林水産政策研究所「2020年食料品アクセス困難人口の推計」(2024年)
- 農林水産省「令和7年度 食品アクセス問題(買物困難者)に関する全国市町村アンケート調査結果」(2026年)
- 農林水産省「令和6年度 食品アクセス問題に関する市町村アンケート調査結果」(2025年)
- 青森県「青森県持続可能な買い物支援サービス網構築事業の実施結果について」(2024年)
- 株式会社とくし丸 プレスリリース「デリシアおよび松源と新たに事業提携」(2019年)
- 佐倉市「セブン-イレブン移動販売の開始について」(2025年)

