カーボンオフセットとは、削減努力をしてもなお出てしまう温室効果ガスの排出量を、ほかの場所での削減や吸収で埋め合わせる考え方です。環境省は、排出量に見合った温室効果ガスの削減活動に投資すること等によって埋め合わせる取り組みと説明しています。
仕組みそのものは単純ですが、2026年のいま、読者が知りたいのは定義の先にあるはずです。日本ではどんな制度が動いているのか。EUでは何が禁止されたのか。「オフセット済み」という表示を、自分はどこまで信じてよいのか。この記事では、日本の制度と実例をたどりながら、そうした疑問に答えます。
カーボンオフセットの基本|「減らす」が先、「埋め合わせる」は最後
カーボンオフセットは、カーボン(炭素)とオフセット(相殺する、埋め合わせる)を組み合わせた言葉です。環境省の説明では、排出を避けられないCO2等について、まず自ら削減に努め、それでも出る分を他所での削減活動への投資などで埋め合わせる流れが基本です。順番が大切で、「埋め合わせれば減らさなくてよい」という仕組みではありません。
個人でも企業でも、日常の活動や事業では必ず温室効果ガスが出ます。電気、移動、物流、製造のすべてを一瞬でゼロにはできないため、削減の努力を続けながら、残った分に責任を持つ手段としてオフセットが使われています。
オフセットの流れは3つの段階
実際の流れは、おおむね次の3段階に整理できます。第1に、自分の活動で出る排出量を算定します。第2に、省エネや再生可能エネルギーへの切り替えで、減らせる分を減らします。第3に、どうしても残る分に見合うカーボンクレジットを購入し、そのクレジットを無効化(償却)します。
カーボンクレジットとは、温室効果ガスの削減量や吸収量を数値にして、取引できる形にしたものです。購入して手元に置くだけでは足りず、無効化の手続きで「もう二度と使えない状態」にして初めて、埋め合わせに使ったと言えます。同じクレジットを別の誰かが重ねて使うことを防ぐためです。
カーボンニュートラルとの違い
よく並べて語られるカーボンニュートラルは、事業全体や社会全体で、排出量と吸収量・除去量を差し引きゼロにする状態を指します。目指す到達点の名前です。一方、カーボンオフセットはそこへ向かうための手段の1つで、特定の活動や商品、イベントの排出量に対して行います。
つまり「カーボンオフセットをしたから、この会社はカーボンニュートラル」とは限りません。オフセットは、削減努力とセットで初めて意味を持つ道具だと押さえておくと、後の章で出てくる問題点が理解しやすくなります。
日本の削減目標とのつながり
日本は2025年2月に新しい削減目標(NDC)を決め、2035年度に2013年度比で60%、2040年度に73%の削減を目指すとしています。2030年度の46%削減、2050年のネットゼロへ向かう道筋の途中に置かれた目標です。
この水準は、削減を積み上げていく以外に道がないことを示しています。オフセットは、その積み上げを補う位置づけであり、主役ではありません。
日本で使われる5つの方法
日本のカーボンオフセットは、「何をオフセットするか」で整理すると見通しがよくなります。身近な接点から見ていきます。
製品・イベント・活動ごとの5類型
日本でよく使われる方法は、次の5つです。
- 商品やサービスの排出量にクレジットを充てた「オフセット製品・サービス」を購入する
- 会議やイベントの開催で出る排出量を算定し、削減しきれない分をオフセットする
- 自らの活動の排出量を把握して減らし、残りをクレジットで埋め合わせる
- 購入するとクレジットが付いてくる商品やサービスを選ぶ
- 環境団体などへ寄付し、その資金が森林保全や再エネ導入に使われる寄付型を利用する
個人が触れやすいのは「付いてくる」タイプ
個人が日常で出会いやすいのは、航空券に付けられるオフセットや、オフセット付きの商品です。企業が自社の排出量を埋め合わせるタイプは、取引の窓口が法人向けになるため、消費者の目に触れにくくなります。
どの類型でも、確認すべき点は共通しています。排出量をどう算定したか、どのクレジットを使ったか、無効化まで行われたか、の3点です。この確認の仕方は、後半の選び方の章で具体的に整理します。
日本の制度の現在地|J-クレジットと環境省の指針
日本のカーボンオフセットを支える中心の制度が、J-クレジット制度です。国が運営する国内クレジットの仕組みで、オフセットの質を考えるうえで外せません。
J-クレジット制度とは
J-クレジット制度は、2013年度からJ-VER制度と国内クレジット制度を統合して始まりました。環境省、経済産業省、農林水産省が共同で運営しています。省エネ設備や再生可能エネルギー設備の導入、森林管理などによる排出削減量や吸収量を、国がクレジットとして認証します。
特徴は、削減や吸収が「ベースライン(何もしなかった場合の排出量)と比べてどれだけ減ったか」という考え方で測られる点です。認証の対象になる活動は、方法論と呼ばれる計算ルールごとに決まっています。
森林由来のクレジットが急増
林野庁の資料によると、森林管理のプロジェクトは2025年度末までに累計355件が登録されました。2025年度の新規登録は94件で過去最大です。認証量は累計で240.1万t-CO2に達し、そのうち100.5万t-CO2が2025年度に認証されたと記載されています。2023年3月末時点の累計認証量が17.8万t-CO2だったことと比べると、短い期間で大きく伸びています。
背景には、森林による吸収を資金に変えたい林業・自治体側の動きと、国産クレジットを調達したい企業側の需要があると考えられます。地域の森林整備の資金が、都市部の企業のオフセットを通じて循環する形です。
環境省の指針とラベル
環境省は、カーボン・オフセットの信頼性を確保するための指針とガイドラインを公表しています。基本の考え方は、排出量を認識し、自ら削減する努力を行ったうえで、削減が難しい分を埋め合わせるというものです。第三者の認証を受けた取り組みには、カーボン・オフセットのラベルを使える仕組みも用意されています。
表示だけを見て判断するのではなく、「第三者のチェックを受けているか」を確かめる習慣が、読者の側の備えになります。
2026年度から変わったこと|GX-ETSでクレジットの需要が動く
2026年度から、日本のクレジット市場を取り巻く環境が変わりました。排出量取引制度(GX-ETS)が、法的な義務を伴う制度として本格的に動き始めたためです。
何が義務になったのか
IETA(国際排出量取引協会)などの解説によると、対象は直接排出量(Scope1)が年間10万トン以上のCO2を出す事業者です。対象の事業者は、排出量に見合う排出枠を用意する必要があります。不足する分は、排出枠の取引のほか、J-クレジットやJCMクレジットで充てられますが、その利用には排出量の最大10%までという上限があるとされています。
排出枠の価格は、2026年度は下限が1トンあたり1,700円、上限が4,300円とされ、毎年3%ずつ引き上げられると報告されています。対象企業の数は資料によって数字が異なるため、ここでは取り上げません。
オフセットとの関係
GX-ETSの対象外の企業や個人にとっては、直接の義務はありません。ただし、制度上の「買い手」が生まれたことで、国内クレジットの需要が増え、価格や入手のしやすさに影響する可能性があります。
重要なのは、GX-ETSでのクレジット利用が「義務を果たすための調達」であるのに対し、本記事で扱うオフセットは「自主的な取り組み」である点です。同じクレジットが使われても目的が異なるため、一方の枠組みでの説明を、もう一方にそのまま当てはめないよう気をつけてください。
主体別の使われ方の違い
義務の枠組みで使う企業は、制度のルールに沿って調達量や使い方が決まります。自主的にオフセットを行う企業や自治体は、どの活動を、どの水準で埋め合わせるかを自分で決められます。その分、説明責任も自分で負います。
表示を受け取る消費者の側から見ると、「義務対応のためのクレジット購入」と「自主的なオフセット」を混同しないことが、情報を読み解く第一歩です。
日本の実例|空の移動、地域施設、顔の見えるオフセット
実際にどんな場面で使われているのかを、日本の例で見てみます。ここでは個別企業の評価ではなく、使われ方のパターンを知る目的で紹介します。
航空会社の個人向けプログラム
JALは2009年から個人向けのカーボンオフセットを提供しており、2022年2月1日にリニューアルしました。J-クレジットを採用し、搭乗に伴うCO2排出量に応じた金額を支払うと、その分が埋め合わせに使われます。リニューアル時の案内では、羽田から新千歳の普通席1名の場合、オフセット金額は216円で、約69.6kgのCO2に相当すると示されました(2022年時点)。
ANAグループも、搭乗に伴う排出量を算定してクレジットで埋め合わせるカーボンオフセットプログラムを提供しています。航空はいまの技術では排出をすぐにはゼロにしにくい分野のため、利用者が自分の移動の排出に向き合う入口として、オフセットが用意されています。
地域施設と表彰制度
地域でも取り組みは広がっています。鳥取県日南町の道の駅「にちなん日野川の郷」は、開業した2016年に、施設の排出をオフセットする設計が評価され、カーボン・オフセット大賞の農林水産大臣賞を受けました。この大賞は、カーボン・オフセット推進ネットワーク(CO-Net)が主催し、環境省が後援する表彰で、環境大臣賞、経済産業大臣賞、農林水産大臣賞などが設けられてきました。
大賞の対象になるのは、企業だけではありません。自治体、NPO、学校、地域の事業者も含まれます。1社の取り組みを真似するというより、「自分たちの活動のどの部分を数えて、どう埋め合わせるか」を考える参考事例として読むのが向いています。
実例から見える共通点
これらの事例には、共通点があります。まず、排出量を算定している点です。次に、国内クレジットを含め、種類が分かるクレジットを使っている点です。そして、利用者や来訪者に仕組みを見せている点です。
逆に言えば、この3点が見えない「オフセット済み」の表示は、中身を確かめにくい状態にあります。これが、次の章で扱う問題点につながります。
問題点と批判|「オフセットしたから安心」にならない理由
カーボンオフセットには、世界的に見ても厳しい批判があります。メリットだけでなく、限界も知っておくことが、誠実な使い方の前提になります。
クレジットの質をめぐる疑問
2023年1月、英ガーディアン紙、独ディー・ツァイト紙、非営利メディアのSourceMaterialが、約9か月にわたる共同調査の結果を公表しました。世界最大級の認証団体Verraが認証した熱帯雨林保全のクレジットについて、29のプロジェクトを衛星データなどを使った研究で分析し、その94%について、実際の排出削減につながっていない可能性が高いと報じたものです。Verra側は、この分析の手法は信頼できないとして強く反論しました。
この件は評価が割れている点も含めて、重要な教訓を残しました。同じ「クレジット」でも質に大きな差があり、本当に削減になっているかの検証が難しいという事実です。環境省の指針が、第三者の認証や透明性を重視しているのも、この問題意識と重なります。
質を測る国際的な動き
質の問題に対し、国際的な基準づくりも進んでいます。自主的炭素市場の誠実性評議会(ICVCM)は、質の高いクレジットに「CCP(コア・カーボン・プリンシプル)」のラベルを付ける仕組みを運営しています。ICVCMによると、2023年から2025年11月末までに、7つの大手クレジット認証プログラムと36の方法論を承認しました。
ただし、CCPラベルの付いた未償却のクレジットは5,100万と、MSCIの集計(2025年10月)では、2024年の発行量の約4%にとどまります。CCPラベル付きは平均で約25%高く取引されているとも報告されています。質の高いクレジットは、まだ数が多くなく、価格も高めです。
削減の先送りという構造的な問題
もう1つの問題は、仕組みの外側にあります。オフセットは、排出そのものをなくすわけではありません。「オフセットで済ませればよい」という発想が広がると、自社の排出を減らす投資が後回しになりかねません。
また、「オフセット付き商品」を買った消費者が、「この商品はCO2を出していない」と受け取ってしまう誤解も起こりえます。実際には、排出は商品の製造や輸送の段階でそのまま起きています。埋め合わせられているのは、どこか別の場所の削減・吸収量との差し引きです。
EUでは表示が禁止の対象に
こうした誤解を防ぐため、EUは表示のルールを変えました。EUの「グリーン移行に向けた消費者のエンパワーメント指令(指令2024/825)」は、2026年9月27日から適用されています。この指令により、温室効果ガスの相殺(オフセット)を根拠に、商品が「気候中立」「CO2ニュートラル」「気候にプラス」であるかのように伝える消費者向けの広告は、禁止の対象です。
禁止されるのは、商品についての表示です。企業が自社の気候への取り組みとして、実施したオフセットを説明する広告まで一律に禁じられるわけではなく、そうした説明も、正確で誤解を招かないことが求められます。EU市場に商品を出す日本企業には関わる可能性があり、日本国内でも表示の見直しを促す動きとして参考になります。
個人と企業の選び方|質の高いオフセットを見分ける確認ポイント
ここまでの話を、行動に移せる形に整理します。オフセットを「使うか使わないか」ではなく、「どう使うか」を考える視点です。
個人が確認したい5つの点
航空券のオフセットやオフセット付き商品に出会ったとき、次の順に確認してみてください。
- 排出量の算定方法が示されているか
- 使われるクレジットの種類が分かるか(J-クレジットなど、制度名が明示されているか)
- クレジットが無効化(償却)されると説明されているか
- 第三者の認証やラベルがあるか
- 自分の排出を減らす行動と、組み合わせて考えられているか
すべてが完璧に分かる必要はありません。情報の開示が少ない表示ほど、中身を確かめにくいと考えれば十分です。
企業が表示するときの注意点
企業側は、「オフセット済み」の言葉を使う前に、何を、どの範囲で埋め合わせたのかを具体的に書くことが求められます。「環境に優しい」「CO2ゼロ」といった広い言葉で包むと、EUの新ルールの趣旨とも、環境省の指針の趣旨ともずれやすくなります。
また、オフセットと並行して、実際に減らした排出量も開示することが大切です。「減らした量」と「埋め合わせた量」を分けて示せば、読み手は取り組みの重心を判断できます。
個人の暮らしで意識したいこと
個人にとってのオフセットは、削減の代わりではなく、削減の後に添えるものです。先に、移動の手段を見直す、電気を再生可能エネルギー由来のメニューに替える、といった減らす行動を考えてみてください。
そのうえで、年末年始の帰省や来年の旅行など、どうしても飛行機を使う場面があれば、オフセットの選択肢が出てきます。その時に、上の5つの確認ポイントが役に立ちます。
まとめ
カーボンオフセットは、削減努力を前提に、減らしきれない排出量を別の場所の削減・吸収で埋め合わせる考え方です。日本ではJ-クレジット制度が基盤にあり、森林由来のクレジットが2025年度に大きく伸びました。2026年度からは排出量取引制度(GX-ETS)が始まり、国内クレジットを取り巻く環境が動いています。
一方で、クレジットの質には差があり、国際的にも検証と基準づくりが続いています。EUでは2026年9月27日から、オフセットを根拠にした商品の「気候中立」表示が禁止の対象になりました。「オフセット済み」という言葉は、それだけで安心の証拠にはならないと言えます。
読者が最初に取れる行動は小さなものです。次に目にするオフセットの表示で、排出量の算定、クレジットの種類、無効化の説明の3点を探してみてください。まず1つだけ試してみてください。
- カーボンオフセットは「まず削減、残りを埋め合わせる」順序が前提
- 日本の中心はJ-クレジット制度で、森林由来の認証量が近年大きく伸びている
- 2026年度からGX-ETSが本格稼働し、国内クレジットの需要の背景が変わった
- クレジットの質には差があり、EUでは相殺を根拠にした商品の気候中立表示が禁止された
- 算定方法・クレジットの種類・無効化・第三者認証の4点が、選ぶときの確認ポイント
参考文献
- 環境省「カーボン・オフセット」(環境省)
- 林野庁「令和7年度 森林及び林業の動向」事例資料(J-クレジット制度)(2026年)
- 林野庁「J-クレジット制度と森林」資料(2023年)
- IETA「Japan unleashing the green transition」(2026年)
- 環境省「国内の温暖化対策(日本のNDC)」(環境省)
- 日本航空「JALカーボンオフセット」リニューアルのお知らせ(2022年)
- ICVCM「CCP Impact Report 2025」(2025年)
- Carbon Brief「Revealed: More than 90% of rainforest carbon offsets by biggest provider are worthless, analysis shows」(2023年)
- Heuking「Advertising environmental or climate-friendliness through greenhouse gas offset measures under the EmpCo Directive」(2026年)

