脱炭素社会とは、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量を、排出と吸収の差し引きで実質ゼロにする社会のことです。日本は2020年10月に脱炭素社会の実現を目指すと宣言しました。その実現には、工場や物流、オフィスで多くのエネルギーを使う企業の対策が欠かせません。この記事では、脱炭素社会に向けて対策を行う企業の取り組み事例を、BASF、花王、パナソニック、キユーピー、スズキ、YKK APの6社で紹介します。あわせて、企業が電力の再生可能エネルギー100%化を約束する国際イニシアチブ「RE100」の日本の状況と、各社の目標を読み解くときの見方も整理します。
企業に脱炭素対策が求められる理由|日本の現在地
企業の取り組みを見る前に、日本全体の排出量がどこまで減っているのかを確認します。数字を知っておくと、各社の目標が国の流れの中でどんな位置にあるのかが見えてきます。
脱炭素社会の考え方そのものを先に確認したい方は、次の記事もあわせてご覧ください。
日本の排出量は2013年度比で28.7%減
環境省が2026年4月に公表した2024年度の温室効果ガスの排出・吸収量は、CO2換算で約9億9,400万トンでした。2013年度と比べて28.7%、2023年度と比べて1.9%の減少です。排出量が10億トンを下回ったのは、比較できる2013年度以降で初めてと報じられています。
減少の要因として、電力の脱炭素化(再エネの拡大や原子力発電所の再稼働)に加え、製造業の生産量の減少によるエネルギー消費の減少が挙げられています。排出量の減少のなかには、企業の対策の成果だけでなく、生産活動の増減が含まれる点には注意が必要です。
2035年度は60%減、2040年度は73%減が目標
政府は2025年2月に地球温暖化対策計画を改定し、新しい国の目標(NDC)を示しました。温室効果ガスを2013年度比で、2035年度に60%、2040年度に73%削減することを目指し、2050年にネットゼロ(排出と吸収の差し引きでゼロ)を実現するという道筋です。2030年度の46%削減の目標は維持されています。
2024年度の実績は28.7%減なので、2030年度の46%減までにはまだ開きがあります。この差を埋める担い手として、排出量の大きい企業の設備更新、電力の切り替え、サプライチェーン全体での対策が期待されています。
企業の排出量は「3つの範囲」で数える
企業の脱炭素の目標を読むときは、排出量を数える範囲を知っておく必要があります。国際的な算定基準(GHGプロトコル)では、排出量を次の3つに分けます。
スコープ1は、自社の工場や車両で燃料を燃やして出る直接排出です。スコープ2は、購入した電気や熱を使うことで間接的に出る排出です。スコープ3は、原材料の調達、物流、製品の使用、廃棄など、自社の外のサプライチェーンで出る排出を指します。
多くの企業は、まず手を付けやすいスコープ1・2から目標を立て、その後スコープ3へ広げていきます。以降の事例でも、各社がどの範囲を対象にしているかに注目すると、取り組みの違いが分かりやすくなります。
脱炭素に取り組む企業6社の事例
ここからは、業種の異なる6社を紹介します。素材、日用品、電機、食品、自動車、建材と、排出の出どころが違う企業を並べました。目標の数値は、いずれも各社の公開資料にもとづく内容で、最新の進捗は各社の報告書で更新されます。
1. BASF(ドイツ・総合化学)|2050年ネットゼロと、2030年に2018年比25%減
世界最大級の総合化学メーカーであるBASFは、2021年3月に気候保護の目標を発表しました。2030年までに世界全体の温室効果ガス排出量を2018年比で25%削減し、2050年までにネットゼロを目指します。2018年の排出量は2,190万トン(CO2換算)で、2022年3月の更新では、2030年の水準を1,640万トンとする見通しが示されました。ネットゼロ目標の対象はスコープ1とスコープ2です。
この目標の特徴は、中国南部での大規模な生産拠点の建設など、事業を拡大しながら削減を進めるとしている点です。手段としては、天然ガスなどの化石燃料に由来するエネルギーを、再エネ由来の電気に切り替えていくことが中心に置かれています。BASFは2021年の発表で、2025年までに約10億ユーロ、2030年までにさらに20億〜30億ユーロを関連の投資に充てる計画を示しました。
化学産業では、高温の熱を化石燃料に頼る工程が多く、電化の技術を新しく開発する必要があります。そのため、新しい低炭素技術の多くは試験段階にあり、大規模な展開は2030年以降が中心になるとも伝えられています。
2. 花王(日本・日用品)|2040年カーボンゼロ、2050年カーボンネガティブ
花王は2021年5月に、事業活動に伴うCO2排出を2040年までにゼロ、2050年までにネガティブ(排出量より吸収・削減量が上回る状態)にする長期目標を打ち出しました。あわせて、パリ協定の1.5℃水準に沿ったSBT(科学的根拠にもとづく目標)への引き上げを申請し、事業で使う電力を100%再エネにするRE100にも参加しています。
電力の面では、2023年末時点で国内の購入電力の100%再エネ化を達成したと報じられています。製品づくりでも、使う原料やプラスチックの量を減らしたり、使用済みの容器を再利用したりして、資源の循環を進めています。
日用品メーカーでは、製品を使う段階の排出も大きくなります。シャンプーや洗剤はお湯を使う場面が多いため、少ない水量やぬるめの温度で使える製品設計が、使用段階の削減につながります。
3. パナソニック(日本・電機)|2030年に全事業会社のCO2排出量を実質ゼロへ
パナソニックグループは、2022年1月に環境コンセプト「Panasonic GREEN IMPACT」を発表しました。2030年までに全事業会社のCO2排出量(年間約220万トン)を実質ゼロにする計画です。その先の長期ビジョンとして、2017年に策定した「パナソニック環境ビジョン2050」も引き続き掲げています。
実質ゼロの手段は、省エネと再エネの利用に加え、電力証書やCO2クレジットの活用を含みます。同社の資料では、中国の拠点が2023年度に実質ゼロを達成済みで、ほかの地域は順次達成を目指すとされています。地域ごとに、再エネの調達しやすさに合わせて達成時期をずらしている点が特徴です。
もう1つの柱は、自社の排出を減らすだけでなく、製品やサービスを通じて社会全体の排出削減に貢献することです。エネルギーを管理するソリューションや省エネ家電、太陽光発電に関連する事業などが、その例にあたります。
4. キユーピー(日本・食品)|工場の再エネ化と物流の見直し
キユーピーは、マヨネーズやドレッシングなどを製造する食品メーカーです。排出源は、製造工程のエネルギー、輸送、容器・包装の3つに分かれます。同社は、製造工程の効率改善や省エネ設備の導入に加え、太陽光発電の導入や再エネ電力の調達を進めてきました。
2022年12月には、神戸工場で関西電力から再エネ由来の電力メニューの供給を受け、J-クレジット制度を組み合わせて、年間約3,680トンのCO2削減を見込むと発表しています。物流では、長距離のトラック輸送から鉄道・船舶への切り替え(モーダルシフト)や、他業種メーカーとの共同輸送を進めてきました。
食品業界は、原料の栽培から店頭までの工程が長く、物流の比重が大きいのが特徴です。同社のように、工場とあわせて輸送を見直す取り組みは、スコープ3への対応の入り口にもなります。削減目標の最新の数値は、同社の統合報告書などで確認してください。
5. スズキ(日本・自動車)|2050年にスコープ1・2でカーボンニュートラル
スズキは「スズキ環境ビジョン2050」にもとづき、2050年までにグローバルでスコープ1・2のカーボンニュートラルを目指しています。中間目標は、2030年度までにCO2排出量を2022年度比で42%削減することです。同社の公式サイトでは、スコープ1・2の合計は2022年度が114万トン、2025年度が98万トンと公表されています。
電力面では、国内の全生産拠点で2023年7月からCO2フリー電気を順次導入しました。太陽光発電は国内で23MW、インドでは主に自家消費用として59MWを設置しています。インドの目標年はかつて2070年としていましたが、グローバル全体で2050年に揃える形に変更されました。
自動車の場合、走行時の排出が製品のライフサイクル全体で最も大きな割合を占めます。そのため同社は、小さく、軽く、燃費のよい車づくりを重視し、ハイブリッドシステムや空気抵抗を減らす設計も進めています。製品側の目標として、新車四輪車のWell to Wheel(燃料の採掘から走行まで)のCO2を、2030年までに2010年度比で40%減らす目標も公表しています。
6. YKK AP(日本・建材)|高断熱窓で社会の排出を減らし、サプライチェーンも削減
YKK APは、環境省のエコ・ファースト制度への更新書で、2040年カーボンニュートラルを掲げています。2026年版の環境報告書によると、2025年度の自社排出量(スコープ1・2)は2013年度比で44%減でした。国内外15拠点に合計17,800kWの太陽光発電を導入し、CDPのサプライヤーエンゲージメント評価では最高評価の「A」を獲得しています。
サプライチェーン全体の排出量も、2013年度比で30%削減したとされています。リサイクルアルミの利用率を高めたことと、物流の効率化が主な要因です。2021年の算定資料では、原材料の調達がサプライチェーン全体の排出量の約7割を占めると示されていました。工場の省エネだけでなく、原料そのものを見直す対策が欠かせないことが分かります。
もう1つの柱は、断熱性の高い樹脂窓の提供です。窓は使うときにエネルギーを消費しませんが、熱の出入りが大きい場所です。断熱性を高めれば、住宅やビルの冷暖房のエネルギーを減らせます。窓の製造から使用まで見たときに、使用段階の削減効果を製品の価値にしている点が、この事例の特徴です。
RE100とは何か|日本企業の参加状況
6社の事例の中にも、再エネ電力への切り替えが目立ちました。その背景にあるのが、世界の企業が参加するRE100です。ここでは仕組みと、日本の参加状況を整理します。
RE100は「事業で使う電力を再エネ100%にする」企業の約束
RE100は、事業で使う電力を100%再生可能エネルギーで賄うことを約束する、企業の国際イニシアチブです。国際NGOのThe Climate Groupが運営しています。日本では、日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)が地域パートナーとして、日本企業の参加を支援しています。
日本企業としてはじめて参加を表明したのは、2017年4月のリコーです。環境省は2018年6月に、公的機関としては世界ではじめてRE100のアンバサダーとして参画しました。企業がまとまって再エネへの需要を示すことで、政策立案者や投資家に、エネルギー転換を急ぐよう働きかける狙いもあります。
参加企業は90社超。ただし日本での再エネ比率は36%
The Climate Groupによると、日本に本社を置くRE100の参加企業は90社を超えています。日本での活動を報告する海外企業も、220社以上に上ります。日本は、2021年時点で米国に次ぐ世界2位の参加国と報じられていました。
一方で、参加企業が日本国内で調達している電力のうち、再エネの割合は36%で、RE100メンバー全体の世界平均53%を下回っています。日本の発電量に占める太陽光と風力の割合も、2024年で11%にとどまっていました(Ember)。企業が「再エネにしたい」と思っても、調達できる量に限りがあるという日本の電力市場の事情が、この数字からうかがえます。
6社の取り組みを比べて見えた3つの型
6社の目標と手段を並べると、脱炭素の手段はおおむね3つの型に整理できます。1社の事例として読むだけでは見えにくい共通点なので、型として押さえておくと、ほかの企業の取り組みを読むときにも使えます。
型1 自社の電力とエネルギーを切り替える
花王、パナソニック、スズキ、YKK AP、キユーピーは、いずれも工場やオフィスの電力を再エネに切り替える取り組みを進めています。太陽光発電の自社設置、再エネ由来の電力メニューの契約、証書やクレジットの活用など、手段は複数あります。スコープ2の削減には、この型が効果的です。
BASFのように、化石燃料に由来する熱を電気に置き換える電化も、この型に含まれます。ただし、新しい設備や技術が必要なため、時間とコストがかかります。
型2 製品とサービスで、使う側の排出を減らす
スズキの低燃費車、YKK APの高断熱窓、パナソニックのエネルギー管理ソリューションは、製品を使う人の排出を減らす取り組みです。自社の工場の排出量だけでは見えない、スコープ3の使用段階の排出に働きかける点が特徴です。
この型は、製品が売れるほど効果が広がる一方で、削減量の算定方法が企業ごとに異なります。数値を比べるときは、何と比べた削減なのかを確認する必要があります。
型3 原料と物流のサプライチェーンを見直す
YKK APの原料調達の見直しとリサイクルアルミの拡大、キユーピーのモーダルシフトと共同輸送は、サプライチェーンに踏み込んだ取り組みです。自社だけで完結しないため、取引先や同業他社との連携が欠かせません。
排出量の大部分がサプライチェーンにある業種では、この型への対応が目標達成の鍵を握ります。BASFのように素材を供給する側の企業が排出を減らすと、その素材を使う多くの企業のスコープ3も下がります。
「実質ゼロ」と書かれた目標を読むときの4つの視点
脱炭素の目標は、どの企業も似た言葉で書かれています。しかし中身を見ると、基準年や対象範囲、手段に違いがあります。企業の発表や報告書を読むときに確認したい視点を4つ挙げます。
「実質ゼロ」という言葉の考え方については、次の記事で違いが詳しく説明されています。
視点1 基準年と対象範囲は何か
BASFは2018年、スズキは2022年度、YKK APは2013年度と、基準年は企業ごとに違います。基準年が違えば、同じ「42%削減」でも意味が変わります。スコープ1・2だけが対象か、スコープ3まで含むかも、必ず確認したい点です。
視点2 自社の削減か、証書やクレジットの活用か
実質ゼロには、設備の省エネや再エネの導入による直接の削減のほか、電力証書やCO2クレジットによる相殺を含む場合があります。パナソニックのように、実質ゼロの定義を公開している企業もあります。どちらも制度上は認められた手段ですが、自社の排出そのものがどれだけ減っているかは、分けて確認すると実態が分かります。
視点3 総量の削減か、売上あたりの削減か
排出量の総量で目標を立てている企業と、生産量や売上あたりの排出量(原単位)で立てている企業があります。事業が拡大すると、原単位が下がっても総量は増えることがあります。スズキの事業活動の目標のように、総量と原単位の両方を示している場合は、あわせて読むのが確実です。
視点4 第三者の確認があるか
SBTの認定、CDPの評価、各種の第三者保証は、目標や開示の信頼性を確かめる手がかりになります。花王のSBT申請やYKK APのCDP評価「A」はその例です。第三者の確認がないからといって、すぐに取り組みの質が低いとは言えません。ただ、確認があれば、数値の裏付けを読み取りやすくなります。
企業の取り組みを知ったうえで、私たちにできること
企業の取り組みは、買い手や働き手である私たちの選択ともつながっています。企業だけに任せるのではなく、生活者の側でできることを3つ挙げます。
電気の契約内容を確認する
住まいの電力契約を、再エネ比率の高いメニューに切り替えるのは、すぐに始められる行動の1つです。電気料金や再エネの調達方法は事業者ごとに異なるため、供給元の電源構成や、証書の活用の有無といった説明を確認してから選ぶのが安心です。
個人の暮らしの脱炭素を後押しする仕組みについては、次の記事で紹介しています。
勤務先や取引先の開示を読んでみる
勤め先や取引先の環境報告書、統合報告書は、公式サイトで誰でも読めることが多いです。目次で「気候変動」の項目を探し、先ほどの4つの視点で基準年や対象範囲を確認するだけでも、自社の立ち位置が分かります。就職活動中の学生にとっても、企業を比べる材料になります。
製品を選ぶときに使用段階の排出を意識する
家電や自動車、住宅の窓などは、買ったあとに長く使う製品です。購入時の価格だけでなく、使っている間のエネルギー消費も視野に入れて選ぶと、家計の光熱費と排出量の両方に効きます。省エネ性能の表示や、メーカーが公開する環境情報を確認してみてください。
まとめ
日本の温室効果ガス排出量は、2024年度に2013年度比で28.7%減まで下がりました。一方で、国は2035年度に60%減、2040年度に73%減という、さらに高い目標を掲げています。ここまでの減少には、電力の脱炭素化と生産量の変動も含まれており、企業による設備更新や再エネ導入、サプライチェーンの見直しが、これから一層重要になります。
今回紹介した6社は、自社の電力の切り替え、製品を通じた使用段階の削減、原料と物流の見直しという3つの型で、取り組みを進めています。RE100の参加企業が90社を超えた一方で、日本での再エネ調達比率は36%にとどまるなど、企業の努力だけでは超えにくい壁もあります。
企業の目標を読むときは、基準年や対象範囲、手段の中身を確かめる視点が役立ちます。身近なところでは、電気の契約内容か、勤務先の環境報告書の「気候変動」の項目のどちらか1つを、まず開いてみてください。
- 日本の2024年度の排出量は2013年度比28.7%減で、国は2035年度60%減、2040年度73%減を目指している
- 6社の取り組みは、自社の電力の切り替え、製品による使用段階の削減、サプライチェーンの見直しの3つの型に整理できる
- RE100の日本企業は90社超だが、日本での再エネ調達比率は36%で、市場の制約も大きい
- 目標を読むときは、基準年、対象範囲、相殺の有無、第三者の確認の4点を確かめる
参考文献
- AFPBB News「24年度の国内温室効果ガス排出量、過去最少に 環境省」(2026年)
- 環境省「地球温暖化対策計画」(2025年)
- BASFジャパン「気候保護目標」
- BASF「Business & Financial News March 26, 2021」(2021年)
- CosmeticsDesign-Europe「Kao outlines plans to be carbon negative by 2050 and affirms commitment to use 100% renewable electricity」(2021年)
- FASHIONSNAP「花王のカーボンニュートラルに関する報道」(2025年)
- パナソニック「環境」
- キユーピー「ニュースリリース」(2022年)
- スズキ「気候変動」
- エレミニスト「YKK APが環境報告書2026を発行 CDPサプライヤーエンゲージメント評価で最高評価『A』を獲得」(2026年)
- 環境省「YKK AP 株式会社の取組」(2021年)
- The Climate Group「RE100 Our work in Japan」




