バイオミミクリーとは、生き物の形や仕組み、生態系のつながりに学んで、ものづくりや暮らしの課題を解くアプローチです。生物を表す「Bio」と、模倣を表す「Mimicry」を合わせた言葉で、米国の著作家ジャニン・ベニュスさんの著書をきっかけに広まりました。
この記事では、日本で使われている製品や技術から具体例を4つ取り上げます。後半では「自然を真似た製品なら環境に良いのか」という、多くの人が抱く疑問にも答えます。
バイオミミクリーとバイオミメティクスの違い|言葉と3つの階層
調べ始めると、バイオミミクリーのほかに「バイオミメティクス」という言葉が出てきます。似た言葉ですが、重心の置き方が少し違います。ここを押さえておくと、後で紹介する事例の読み方が変わります。
似た言葉との違い
バイオミメティクスは日本語で「生物模倣技術」と訳され、生物の持つ構造や機能、プロセスを科学や工学に応用する技術を指します。第一生命経済研究所の解説では、バイオミミクリーはその中でも持続可能性に重点を置き、地球環境との調和を意識した技術開発を目的とする概念として整理されています。
ただし、この区別は情報源によって表現が異なります。同じ意味で使われる場面も多いので、「模倣する技術」がバイオミメティクス、「環境との調和まで含めて自然に学ぶ姿勢」がバイオミミクリーと、ゆるやかに捉えておけば十分です。
形・プロセス・生態系の3つの階層
バイオミミクリーは、自然のどこを手本にするかで3つの階層に分けて説明されることがあります。
1つ目は、生き物の形やデザインを参考にする階層です。2つ目は、その形がどのようにつくられているかというプロセスを参考にする階層です。料理にたとえると、完成した料理の見た目を真似るのが1つ目、レシピまで学ぶのが2つ目にあたります。3つ目は、生態系そのもののつながりや循環を参考にする階層です。
形だけを真似た製品は、それだけでは持続可能な社会につながるとは言い切れません。それでも、自然に学ぶ入口として大切な一歩です。この3階層の見方は、後半で製品を見分けるときにも使います。
具体例1|新幹線500系に生きるカワセミとフクロウ
最初の例は、1997年にデビューした山陽・東海道新幹線の500系です。長い鼻のような先頭部と円筒形の車体が特徴で、第一生命経済研究所の資料でも、フクロウの羽の構造とカワセミのくちばしの構造を模倣した例として紹介されています。
カワセミのくちばしに学んだ先頭形状
新幹線がトンネルに高速で入ると、前方の空気が押し縮められ、出口で大きな音や振動が生じることがあります。500系はこの対策として先頭部を非常に長くしており、ノーズが長いほど反対側の出入口で生じる騒音や振動を抑えられるとされています。
この先頭形状の発想源が、水に飛び込むときに水しぶきをほとんど立てないカワセミのくちばしだと広く紹介されています。空気と水という違いはあっても、「断面積が急に変わる場所へ滑らかに入る」という課題は共通しています。
フクロウの羽に学んだパンタグラフ
高速で走る新幹線では、架線から電気を受け取るパンタグラフが大きな騒音源になります。500系では「T」形のパンタグラフが新たに開発され、支柱部分に突起を設けて騒音を抑えています。この突起の発想を、静かに飛ぶフクロウの羽の構造に求めたと紹介されています。
一つの車両の中で、鳥の形から着想した部分が2か所あるという点は見逃せません。バイオミミクリーは、1つの課題に1つの生き物を当てはめる発想ではなく、課題ごとに最適な手本を探す発想だとわかります。
具体例2|マグロの粘液を模した船底塗料
2つ目は、海運の分野の例です。日本ペイントマリンが開発した低摩擦型の船底防汚塗料「LF-Sea」シリーズは、マグロの体表を覆う粘液層の働きを手本にしたと説明されています。
水の層をつくって摩擦を減らす仕組み
船は水との摩擦で燃料を多く使います。LF-Seaは、マグロの粘液層を模した親水性のハイドロジェルを塗膜に含ませています。塗膜と海水のあいだに薄い水の層をつくり、船体が受ける摩擦抵抗を減らす仕組みです。
元記事でも触れた「A-LF-Sea」は、このシリーズの後続製品です。2013年に発売されたと報じられています。
報じられている効果と実績
海外の業界メディアによると、この塗料を採用した船主は、一般的な防汚塗料と比べて燃料消費が4〜10%減ったとされています。商船三井が新造の自動車船で行った試験でも、燃料消費とCO2排出が約4%減ったと報じられています。
2019年6月時点で、同社の低摩擦塗料は2,900隻を超える船に使われたとされ、2020年には地球温暖化防止活動の政府表彰の対策技術部門を受賞したと報じられています。数値はいずれも2019年から2020年ごろの報道に基づくため、最新の実績は同社の公式発表で確認してください。
この例は、自然の仕組みを借りた製品が、CO2排出量の削減という環境面の成果に結びついた事例といえます。
具体例3|木陰の涼しさを再現した日よけ「エアリーシェード」
3つ目は、夏の暑さ対策の例です。セキスイハイムサプライの「エアリーシェード」は、樹木の葉の配置を手本にした日よけ材です。積水化学工業は、多数の葉からなる樹木の構造を手本にした立体形状のユニットを組み合わせ、日射による温度上昇を抑えて木陰のような心地よさを得られると紹介しています。
木陰のどこを真似たのか
森の中が都市部より涼しく感じられるのは、葉が日射を受け止めつつ、葉と葉のあいだを風が抜けるからです。エアリーシェードは、この「遮る」と「通す」の両立を人工物で再現しています。
2013年の展示会報道では、京都大学の酒井敏教授の理論に基づく共同開発品とされ、暑さの原因になる近赤外線を約95%カットすると紹介されました。夏は日射を遮りながら隙間から風が抜け、冬は低い日差しを多く取り込める構造だとも説明されています。当時は1坪あたり21万円超とされた価格を含め、現在の仕様はメーカーに確認が必要です。
実際の暮らしでの意味
メーカー側は、植物の日よけと違って手入れが不要で、水や電気も使わない点を特長に挙げています。冷房に頼らず日陰をつくる手段として、学校や公園、保育施設の暑さ対策に使われる場面があります。
ただし、涼しさの効果は設置場所の風通しや日差しの向きで変わります。導入を考えるなら、カタログの数値だけでなく、同じような環境での使用例を聞くことが大切です。来年の夏に向けて検討するなら、日差しの弱いこの時期の下見が役立ちます。
具体例4|蛾の目の構造を模した低反射フィルム「モスマイト」
4つ目は、光の反射を抑えるフィルムです。夜行性の蛾の目の表面には、光の波長より小さな突起が規則正しく並んでいて、光が反射しにくい構造になっています。これが「モスアイ(蛾の目)構造」です。
反射を抑える仕組み
三菱ケミカルの「モスマイト」は、この微細な凹凸構造を模したフィルムです。凹凸によって光の屈折率が空気側から素材側へ緩やかに変わり、境目で起こる反射が抑えられると説明されています。
一般的な反射防止の処理は、膜の層を重ねて光を打ち消し合わせる方式です。モスアイ構造は、表面の形そのものを変えて反射を抑える方式で、考え方が異なります。
公共の場での使われ方
2021年6月、広島県議会に三菱ケミカル広島事業所から、モスマイトを貼った飛沫感染防止用のアクリルパネルが寄贈されました。議長席から見ても、パネルがほとんど見えないほどだったと紹介されています。
この例は「環境に良い」というより、「見やすさ」や「資源の使い方」で価値を出す例です。バイオミミクリーの成果が、必ずしもCO2削減という形で表れるとは限らないことも、この事例が教えてくれます。
「自然を真似た」だけでは足りない|環境に良いかを見分ける3つの問い
ここまでの4つの例は、いずれも自然に着想を得た製品です。しかし「生き物に学んだ」という説明だけでは、環境に良いかどうかは判断できません。根拠のない「環境に優しい」を避けるために、次の3つの問いが使えます。
形だけの模倣かどうかを確かめる
先ほどの3階層でいえば、形だけを真似た製品は1つ目の階層にとどまります。見た目が葉や動物に似ていても、素材の採り方や製造時のエネルギーまで自然に倣っているとは限りません。説明に「形」の話しか出てこないときは、立ち止まる合図です。
使う間の効果に根拠があるかを確かめる
LF-Seaのように燃料消費の削減率が示されているか、エアリーシェードのように遮熱の仕組みが説明されているか。数値があっても、誰がどんな条件で測ったのかまで見ると、信頼度が分かります。第三者の測定やメーカー自身の測定など、出どころを確認してください。
役目を終えた後の行方を確かめる
自然界では、ある生き物の出した廃棄物が別の生き物の資源になります。バイオミミクリーの3つ目の階層である生態系の視点は、製品の最後まで見る視点でもあります。回収やリサイクルの仕組みがあるか、廃棄時の負荷に触れているかも、判断材料になります。
日常で試せること|秋の今から始める観察
専門家でなくても、バイオミミクリーの見方は日常で試せます。難しい準備は要りません。
散歩で「なぜこの形か」を考える
紅葉や落ち葉の多いこの季節は、自然の形を観察するのに向いています。木陰の涼しさが夏と秋でどう違うか、落ち葉がどんな形で積もるかなど、「なぜこの形なのか」と考えてみてください。製品の説明を読むときに、手本になった自然の仕組みを想像しやすくなります。
製品を選ぶときに3つの問いを使う
日よけ、塗料、フィルムなど、自然に学んだと説明する製品を見かけたら、先ほどの3つの問いを当てはめます。答えが見つからなくても構いません。「説明が足りない部分はどこか」に気づくだけで、選ぶ目が変わります。
来年の夏に向けて日よけを考える
日差しが弱まったこの時期は、来年の夏の暑さ対策を落ち着いて調べられるタイミングです。葉の配置を手本にした日よけのように、自然の仕組みを使った選択肢が自宅や地域の施設に合うか、情報を集めておくのも一案です。
まとめ
バイオミミクリーは、生き物の形やつくり方、生態系のつながりから学んで、課題を解くアプローチです。日本でも、新幹線500系、船底塗料、日よけ、低反射フィルムといった形で、すでに身近な製品に使われています。
一方で、自然を真似たことと、環境に良いことは同じではありません。形だけの模倣か、使う間の効果に根拠があるか、役目を終えた後の行方まで考えられているか。この3つの問いを持てば、説明の印象に流されずに製品を選べます。
まずは1つだけ、身近な製品や木陰の仕組みについて「手本になった自然は何か」を調べてみてください。
- バイオミミクリーは、形・プロセス・生態系の3つの階層で自然に学ぶ考え方
- 新幹線500系はカワセミとフクロウ、LF-Seaはマグロ、エアリーシェードは樹木の葉、モスマイトは蛾の目が手本
- 自然を真似ただけでは環境に良いとは限らず、効果の根拠と製品の最後まで確かめることが大切
- 秋の散歩で自然の形を観察すると、製品の説明を読む目が養われる
参考文献
- 第一生命経済研究所「バイオミメティクス(生物模倣技術)とは」(2025年)
- 乗りものニュース「東海道・山陽新幹線『500系』どんな車両? 長い鼻と円筒形の車体で世界最速300km/hに」
- Coatings World「Nippon Paint Marine’s LF-Sea Hull Coating Wins Global Warming Prevention Award」(2020年)
- 積水化学工業「フラクタル構造の日よけ材『エアリーシェード』」
- レスポンス「【エコオフィスEXPO13】森にいるような居心地、京都大学生まれの画期的な日よけ」(2013年)
- 広島県議会「三菱ケミカル広島事業所からのアクリルパネル寄贈の記録ページ」(2021年)

