SDGsで設定されている17のゴールのうち、6番目に「安全な水とトイレを世界中に」という項目があります。
この背景には、世界が抱える衛生問題があります。
日本は世界でも卓越した上下水道の浄化技術を持っています。
蛇口をひねれば綺麗な水が出る、街のあらゆる場所でウォシュレット付きのトイレが使えるという環境は、すでに当たり前になっています。
しかし、世界の多くの国では、綺麗な水もウォシュレット付きのトイレもありません。
なかでもインドでは、深刻な衛生問題を抱えています。
そこで今回は、インドの衛生問題について解説します。
インドの衛生問題は 「下水処理問題」
インドが長年抱えている衛生問題とは、下水処理問題と言い換えられます。
インドでは下水設備が整っておらず、国民の半数にあたる7億3,200万人もの人々がトイレを使えない環境に暮らしていると言われています。
トイレのない環境下では、多くの人々は屋外で排泄をしています。
しかしこの下水処理問題による屋外排泄が、さらなる問題を引き起こしています。
「屋外排泄」が生み出す2つの問題
インドの人々の屋外排泄は、具体的に2つの問題につながっています。
それぞれについて、詳しく見ていきます。
1. 健康に対する問題
屋外排泄は悪臭の発生源となるだけでなく、病気の蔓延につながります。
ガンジス川をはじめとした河川では、排泄がおこなわれていると同時に洗濯や入浴もおこなわれています。
貴重な生活用水であるため、飲用水として口にすることもある水です。
その水が排泄によって汚染されていれば、病気を引き起こすという想像も難くないでしょう。
これまでに下痢や感染症によって、多くの国民の命が奪われています。
ウォーターエイドによれば、毎日150人以上の5歳未満の子供が不衛生な水や適切なトイレの不足のために下痢になり、命を落としていると言われています。
1年に換算すると、5万6,000人以上の子どもの命が不衛生な水と適切なトイレの不足によって奪われています。
また河川は海に繋がっているため、インドの河川の水質汚染はインドだけでなく、世界における水質環境の問題として早急な解決が求められています。
2. 治安に対する問題
人々の多くは、線路脇や狭い路地を通って、暗く人気の少ない川や野原で排泄をします。
そのため、強盗に襲われたり乱暴されたりすることも少なくありません。
また、川や野原には害虫や野生の動物が生息しており、それらに襲われる危険もあります。
犯罪や害虫・野生の動物を恐れて、トイレに行く回数を減らすために我慢したり、水を飲む量を減らしたりすることで新たな健康被害を生み、悪循環となっています。
衛生問題の原因「屋外排泄」にある2つの背景
多くの悪影響が出ているにも関わらず、いまもなお屋外排泄が常態化している背景には、2つの理由があります。
1. 環境整備の遅れ
インドでは技術、資源などの不足を理由に下水道設備の設置が遅れています。
水も紙もインドでは特に大切な資源であり、日本のようなトイレ環境を整えることは難しいのが現状です。
政策によってトイレの設置数は徐々に増えているものの、人口に対するトイレ数が圧倒的に不足していたり、設置されている地域が限られていたりします。
国民の半数もの人々がトイレを使えていないと言われる背景には、こうした状況があります。
2. 宗教的背景
「ヴィシュヌ・プラーナ」と呼ばれる、ヒンドゥー教の古代および中世の経典には「トイレに行きたくなったら家から矢を放ち、それが地面に落ちた場所より遠くで用を足すのが良い」と書かれています。
インドに住む人々は、幼い頃からこうした教えを聞いて育っています。
長い時間をかけて人々の暮らしに根付いた考えを変えることは難しく、たとえ健康や安全上の理由があるとしても解決への道のりは長い状況です。
インドの衛生問題への対策 「スワッチ・バーラト」
インド国民の健康や安全を脅かす衛生問題への対策として、2014年10月にモディ首相が「スワッチ・バーラト(きれいなインド)運動」を提唱しました。
具体的には、5年間で1億2千万世帯にトイレを設置し、屋外排泄をゼロにすることを目標に掲げていました。
しかし、5年経った2019年には、設置されたトイレの使用率の低さや下水処理施設のない農村へのトイレ設置が問題視されることとなります。
モディ首相は、政策としてトイレの設置を積極的におこなったものの、国民の多くは宗教的観点からトイレを使用せず、屋外排泄を続けました。
また、下水処理施設のない農村に設置されたトイレには、排泄物をためる汚水槽があるだけです。
そのため、汚水槽がいっぱいになれば排泄物を回収して処理する手間と資金が必要となります。
そうしたコストをムダに感じたり、面倒と感じたりしてトイレの使用を避ける人も多く、トイレの使用率は低いままとなりました。
このことから、2019年以降の課題として次に必要なことは、国民に対する衛生教育と下水処理設備の整備であるとわかりました。
インドの衛生問題解決に向けた さらなる取り組み
日本のLIXIL(リクシル)は、少量の水を流すだけで排泄物を処理できる簡易トイレ「SATO」を開発しました。
「SATO」は、カウンターウェイト式と呼ばれる構造で出来ています。
排泄物を流すと、つりあいのとれるおもりがついた弁が開閉して密封されるため、悪臭や病原菌を媒介する虫の進入を防ぎ、衛生的です。
既にインドへの導入が進み、インド国内数万カ所に設置済みと言われています。
さらに2017年9月には、インド以外のトイレ設置に問題を抱える15ヶ国に導入されていて、世界の衛生問題の改善に貢献してきました。
また独立行政法人 国際協力機構 (JICA)は、株式会社朝日新聞社や株式会社博報堂とともに、2018年からインドの小学校で衛生・環境問題をテーマとした課外学習を導入しています。
具体的には屋外排泄に対する意識変容を目的として、ワークショップやイベントを取り入れたパイロット事業をおこなっています。
一方的な教育ではなく、双方向的な教育によって、これまでの価値観への積極的な働きかけを実施しています。
そして同じく2018年から、JICAは汚水を自然に流さない環境配慮型トイレの普及・実証事業をおこなっています。
JICAはガンジス川流域に約1,000基の公衆トイレを設置。
また、女性管理者が公衆トイレに常駐して衛生状態の維持・管理をおこなうことで、女性の雇用創出や女性利用者への心理的安全性の確保を目指しています。
インドの衛生問題に対して私たちにできること
インドの衛生問題解決のために、私たち個人が直接できることは多くはないでしょう。
そこで私たちがまずすべきことは、今置かれている環境が当たり前でないことを認識することです。
紹介した通り、綺麗な水を飲めること、綺麗な水で洗濯ができること、毎日お風呂に入れること、衛生的なトイレがあることなど、日本ほど衛生環境に恵まれた国はなかなかありません。
限りある自然環境を私たちが独占し、使い果たしてしまわないよう、日々節電・節水を心がけることが大切です。
そして私たちが当たり前に手にしているものを、切実に必要としている人がいることに目を向けなければなりません。
そのほか私たちができることとして、インドの衛生環境を整える支援をしている起業や団体への募金に参加することもひとつでしょう。
各企業や団体が具体的にどのような取り組みをおこなっているのか調べて支援することで、困っている国を間接的に応援することができるのではないでしょうか。
・世界の医療事情│外務省
・インド│ウォーターエイドジャパン
・インドのトイレ事情 ―屋外排泄ゼロに向けて│LIXIL HP
・環境配慮型トイレで、女性を守り、雇用を生む インド│JICA HP