トヨタの研究開発費が高水準で推移しているのは、電動化から自動運転、ソフトウェアまで、複数の技術を同時に育てる必要があるからです。2025年3月期の研究開発費は1兆3,264億円で、1兆円超えは数年にわたって続いています。11月上旬に各社の中間決算が出る前に、この金額の背景と使い道、他社との違いを整理します。
トヨタの研究開発費はいくらなのか|推移と規模感
まず数字を確認します。トヨタが公表している研究開発費は、2021年3月期が1兆904億円、2022年3月期が1兆1,242億円、2024年3月期が1兆2,023億円、2025年3月期が1兆3,264億円です。増え続けていることがわかります。
2026年3月期の計画は1兆3,700億円で、前期比3.3%増と報じられました。増加の中心は、電気自動車(EV)やソフトウェアの領域とされています。
利益が減る局面でも投資は止まらない
2026年5月に発表された2026年3月期決算では、売上高が50兆6,849億円と過去最高を更新しました。一方、営業利益は3兆7,662億円で、前期より約1兆円減っています。米国の関税などの影響が背景とされています。
注目したいのは、営業利益が減った年でも研究開発費は削られていない点です。決算説明資料の営業利益の増減要因を紹介した記事では、研究開発費が前期比で営業利益を1,800億円押し下げる要因に挙がっています。短期の利益より将来の技術に資金を回すという、経営の優先順位が数字に表れています。
売上高と比べると「巨額」の印象は変わる
1兆円超という金額だけを見ると、桁外れに感じるかもしれません。ただ、売上高は約48兆円規模なので、研究開発費は売上高の3%弱にあたります。金額の大きさは、世界最大級の売上規模の表れでもあります。
そのため、研究開発費を評価するときは「金額」と「売上高に対する比率」の両方を見るのが基本です。金額だけを見ると、売上規模の大きい企業ほど多く見えてしまうからです。
100年に一度の変革期|CASEからSDVへ移った費用の中身
トヨタの研究開発費が膨らんだ背景には、自動車産業の変化があります。以前はその変化がCASEという言葉で語られ、今はソフトウェア定義車両(SDV)が中心になっています。
CASEが開発の前提を変えた
CASEは、Connected(つながる)、Autonomous(自動運転)、Shared & Services(共有とサービス)、Electric(電動化)の頭文字です。メルセデス・ベンツが2016年に打ち出した考え方で、今では世界の自動車メーカーに共通する開発の軸になりました。
従来の自動車開発は、エンジンや車体といったハードウェアの性能を磨くことが中心でした。CASEでは、通信、センサー、電池、モーター、クラウドなど、これまで自動車会社の外にあった技術も自社で扱う必要が出てきます。開発すべき領域が一気に広がったことが、費用を押し上げた第一の理由です。
競争の焦点はソフトウェアへ
最近はさらに一歩進み、車の価値がハードからソフトへ移るSDVが焦点になっています。車を販売した後も、ソフトウェアの更新で機能を追加したり、安全性を高めたりする考え方です。
ニュースイッチによると、国内完成車メーカー各社の研究開発投資はSDVや自動運転の広がりを背景に高水準が続いています。ソフトウェアの開発は、エンジニアの人件費と継続的な更新が必要で、一度つくれば終わりという性質ではありません。そのため、費用は一時的な山ではなく、高い水準で続く傾向があります。
2024年8月の報道では、2025年3月期の研究開発費が過去最高の約1.3兆円となり、そのうち約6,000億円が成長領域に充てられると伝えられました。成長領域の中身は、BEVや水素を含む複数の動力源への対応と、SDVの基盤づくりです。
1兆円が必要になる理由|全方位戦略という選択
研究開発費が高止まりする、もう一つの理由はトヨタの戦略そのものにあります。
複数の動力源を同時に開発している
トヨタは、ハイブリッド車(HEV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)、バッテリーEV(BEV)、燃料電池車(FCEV)など、複数の動力源を並行して開発しています。これは「マルチパスウェイ」と呼ばれる考え方です。
国や地域によって、電力の作り方、充電設備の整い方、車の使われ方が大きく違います。1つの方式に絞らず、地域の事情に合わせた選択肢を用意するのがこの戦略です。その分、開発すべき技術が増え、費用も重なります。
安全と品質への投資も下支えする
元の記事でも触れていたとおり、日本車は故障が少なく品質が高いというイメージで選ばれてきました。この信頼を保つには、新技術を載せるたびに耐久性や安全性を確かめる試験が欠かせません。
自動運転や運転支援は、人の命に関わる機能です。ドライバーを助ける仕組みも、システムが運転を担う仕組みも、確認すべき条件が多く、試験にかかる時間とお金は大きくなります。研究開発費の一部は、新しい機能を生み出すだけでなく、それを安心して使える水準まで磨くことに使われています。
台数が多いほど、開発の重みも大きい
世界中で多くの車を販売する企業は、地域ごとの規制や使用環境に合わせた改良も求められます。排出ガスや安全基準が国ごとに違うため、同じ車でも仕様の調整が必要です。販売規模の大きさも、開発費を押し上げる要因になります。
研究開発費の使い道|つながる・自動運転・共有・電動化
ここでは、トヨタがCASEの各分野で進めてきた取り組みを、時系列でたどります。今の費用感を理解するうえでの下地になります。
つながる(Connected)
トヨタは2016年からモビリティサービス・プラットフォーム(MSPF)の構築を進めてきました。2018年には、新型クラウンとカローラスポーツに車載通信機(DCM)を標準装備し、コネクテッドサービス「T-Connect」を始めています。通信でつながった車から得られるデータが、渋滞情報や安全機能の改善に生かされます。
自動運転(Autonomous)
トヨタの自動運転開発には「ガーディアン」と「ショーファー」という2つの考え方があります。ガーディアンは、運転者が運転しながら、システムが危険を察知して事故を防ぐ高度安全運転支援です。ショーファーは、システムが運転操作そのものを担う方向を指します。
2024年10月には、トヨタとNTTが、事故を予測して車を制御するAIソフトウェアの開発に約5,000億円を投じる計画だと報じられ、2028年の実用化を目指すとされました。自動運転は、1社で完結させにくい分野にも広がっています。
共有とサービス(Shared & Services)
2019年10月には、販売店やレンタリース店でカーシェアリング「TOYOTA SHARE」が始まりました。スマートフォンのアプリで解錠・施錠ができる仕組みなどが整えられています。2018年にはソフトバンクと共同でMONET Technologiesを設立し、移動そのものをサービスとして提供する取り組みも進んでいます。
電動化(Electric)
電動化では、EVの専用開発に加え、マツダやデンソーとの共同での技術開発などが進められてきました。自動運転の制御は電気で細かく指示しやすいため、電動化と自動運転は相性がよいとされています。
実証の場としての街づくり
静岡県裾野市の「ウーブン・シティ」は2025年9月に開業しました。自動運転やロボット配送などの実証に、複数の企業・団体が参加しています。2026年4月には、街の中に新しい開発拠点「Inventor Garage」も公開されました。研究室の外で、人が暮らす環境で技術を試すための場と位置づけられています。
国内大手と比べる|研究開発費の金額と配分の違い
トヨタの数字が高いかどうかは、ほかの企業と並べると見えやすくなります。ここでは、ニュースイッチが2025年6月に報じた、国内完成車メーカーの2026年3月期の研究開発費の計画値を見ます。
金額で見る国内メーカーの計画
- トヨタは1兆3,700億円で、前期比3.3%増
- ホンダは1兆1,900億円で、前期比1.7%減(主に為替の影響)
- 日産は6,300億円で、前期比1.8%増
- スズキは3,000億円で、前期比13.0%増
- いすゞは1,600億円で、前期比16.8%増
- スバルは1,400億円で、前期比12.5%減
- 三菱自動車は1,260億円で、前期並み
- 日野は600億円で、前期比9.1%増
マツダは非公表でした。マツダを除く9社の合計は3兆9,760億円で、前期並みの高水準です。2017年3月期の2兆8,293億円と比べると、約4割増えています。トヨタ1社で、この合計の3割を超える計算です。
配分の違いが戦略の違いを映す
金額だけでなく、配分にも違いがあります。スズキは研究開発費のうち、エネルギーを極力使わない技術の半分を「SDVライト」に充てるとされています。いすゞは、自動運転に174億円、カーボンニュートラル関連の開発に74億円を計上しています。
スバルが減少したのは、前の期に新型エンジン車やEV関連の支出が一時的に増えていたためです。減ったことが、そのまま投資意欲の低下を意味するとは限りません。
「多い方が良い」とは限らない
誤解されやすい点を1つ挙げます。研究開発費が多いほど、よい車が生まれるとは限りません。投じた金額と成果は、開発の効率や、どの分野に絞るかによって変わります。
トヨタの場合は、複数の動力源を同時に進めるため、金額が大きくなりやすい構造です。一方で、特定の分野に絞って効率よく投資する会社もあります。金額の大小は優劣ではなく、戦略の違いとして読むのが現実的です。
研究開発費の数字を読むときの注意点と、読者にできること
最後に、数字を読み違えないためのポイントと、読者が自分で確かめる方法を見ていきます。
数字を読むときの3つの落とし穴
1つ目は、集計方法の違いです。トヨタの決算説明資料に載る研究開発費は、連結損益計算書の研究開発費とは集計方法が異なると注記されています。資料によって数字が違って見えるのはそのためです。
2つ目は、為替の影響です。ホンダの減少は、主に為替の影響と説明されています。円換算の金額は、投資の実態が同じでも上下します。
3つ目は、対象範囲の違いです。トヨタの2026年3月期の実績にはグループの日野ブランド車が含まれ、2027年3月期の計画では原則含まれないと説明されています。年度をまたいだ比較では、範囲の変更に気をつける必要があります。
自分で確かめる手順
研究開発費は、企業が公開している資料から誰でも確認できます。次の順番で見ると、数字の意味をつかみやすくなります。
- 決算短信や決算説明資料で、研究開発費の金額と前期比を確認する
- 売上高に対する比率を計算して、規模の違いを調整する
- 統合報告書やサステナビリティ報告で、電動化・安全・ソフトウェアなど使い道の説明を読む
数字の増減だけでなく、会社がその理由をどう説明しているかまで読むと、投資や就職、車選びの判断材料になります。
まとめ
トヨタの研究開発費が1兆円を超える水準で続いているのは、CASEやSDVによって開発すべき領域が広がったことと、複数の動力源を同時に進める全方位の戦略が重なっているためです。営業利益が減った2026年3月期でも、研究開発費は削られず、将来の技術に資金を回す姿勢が数字に表れています。
国内大手と並べると、トヨタは金額で突出していますが、配分や戦略はメーカーごとに違います。ホンダは1兆円規模、日産は6,000億円台、スズキやいすゞはSDVや自動運転など特定の分野に重点を置いています。金額の大きさは優劣ではなく、戦略の違いとして読むのが適切です。
次に決算資料を見る機会があれば、研究開発費の金額だけでなく、売上高に対する比率と、会社自身の説明も一緒に見てみてください。まず1社だけ、決算短信の研究開発費の欄を開いてみるところから始められます。
- トヨタの研究開発費は2025年3月期に1兆3,264億円、2026年3月期の計画は1兆3,700億円
- 費用を押し上げているのは、CASEからSDVへの広がりと、複数の動力源を並行して進める全方位戦略
- 国内大手9社の合計は約3兆9,760億円で、2017年3月期と比べて約4割増えている
- 数字は集計方法・為替・対象範囲で変わるため、売上高比と会社の説明もあわせて読む
参考文献
- トヨタ自動車「Fact Data(研究開発費)」(2025年)
- トヨタ自動車「2026年3月期決算説明会資料」(2026年)
- ニュースイッチ「完成車メーカー9社の研究開発投資計画」(2025年)
- 自動運転ラボ「トヨタ、研究開発費が過去最高1.3兆円」(2024年)
- investingLive「Japan’s Toyota & NTT to invest $3.26 bn R&D」(2024年)
- nippon.com「Toyota Unveils New Development Hub in Woven City」(2026年)

