地球温暖化が深刻化する現代、森林の役割がこれまで以上に注目されています。しかし、世界の森林は減少を続けており、その保護と活用をどう両立させるかが大きな課題となっています。「持続可能な森林経営」は、この課題を解決する重要な考え方として、国際的に推進されています。
この記事で学べるポイント
- 持続可能な森林経営の基本的な考え方と従来の森林管理との違い
- 森林減少や気候変動問題に対する森林経営の重要性
- 適切な伐採・植林サイクルと生物多様性保全の具体的な取り組み
持続可能な森林経営とは何か
持続可能な森林経営は、森林の恵みを将来にわたって享受できるよう、環境・経済・社会の3つの側面をバランス良く考慮した森林管理の方法です。1992年にブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開催された地球サミットで採択された「森林原則声明」をもとに、世界各国で実践されています。
この概念の核心は、現在の世代が森林の恵みを利用しながらも、次の世代が同じように森林を活用できる状態を保つことです。単純に木を切らないのではなく、科学的な根拠に基づいて適切に管理することで、森林の機能を維持しながら木材などの資源を継続的に得られるようにします。
基本的な定義と考え方
持続可能な森林経営は、森林生態系の健全性を維持しながら、人間の多様なニーズに永続的に対応できる森林管理を目指します。具体的には、木材生産だけでなく、水源の涵養(かんよう:雨水を蓄える機能)、二酸化炭素の吸収、生物多様性の保全、土砂災害の防止など、森林が持つ多面的な機能を総合的に活用します。
この考え方では、森林を「使い捨て」の資源としてではなく、適切に管理すれば永続的に恵みをもたらす「再生可能な資源」として位置づけています。そのため、伐採する際は計画的に行い、必ず植林による森林の再生を行います。
従来の森林管理との違い
従来の森林管理は、主に木材の生産効率や短期的な経済効果に重点を置いていました。一方、持続可能な森林経営では、長期的な視点で森林の健全性を保つことを最優先とします。
最も大きな違いは、森林を生態系として捉える点です。従来は樹木だけに注目していましたが、持続可能な森林経営では土壌、水、野生動物、微生物など、森林を構成するすべての要素を考慮します。また、地域住民の生活や文化、働く人々の労働環境なども重要な要素として位置づけています。
持続可能な森林経営が必要な理由
現在、世界の森林は深刻な危機に直面しています。国際連合食糧農業機関(FAO)の調査によると、世界の森林面積は約40億ヘクタールで、地球の陸地面積の約31%を占めていますが、毎年大量の森林が失われ続けています。この森林減少は、地球環境全体に深刻な影響を与えており、持続可能な森林経営の推進が急務となっています。
森林の減少は単なる自然破壊にとどまらず、気候変動の加速、生物多様性の喪失、水資源の枯渇、自然災害の増加など、人類の生存基盤を脅かす様々な問題を引き起こします。そのため、森林を保護しながら適切に活用する持続可能な森林経営が、地球規模の課題解決に不可欠な取り組みとして認識されています。
世界の森林減少の現状
世界の森林は、主に農地への転用、都市開発、過度な伐採などによって減少しています。特に熱帯林では、パーム油や大豆の生産のための大規模な森林伐採が続いており、毎年日本の面積の約4分の1に相当する森林が失われています。
アマゾンの熱帯雨林は「地球の肺」と呼ばれ、大量の二酸化炭素を吸収し酸素を供給していますが、過去50年間で約20%が失われました。また、インドネシアやマレーシアでも、急速な経済発展に伴って森林減少が加速しています。
違法伐採も深刻な問題です。適切な管理計画に基づかない無秩序な伐採は、森林の再生を困難にし、生態系を破壊します。このような問題に対処するため、合法的に伐採された木材の流通を促進する「クリーンウッド法」などの法整備も進められています。
気候変動と森林の関係
森林は気候変動対策において極めて重要な役割を果たしています。樹木は成長する過程で大気中の二酸化炭素を吸収し、炭素として幹や枝に蓄積します。世界の森林全体では、毎年約26億トンの二酸化炭素を吸収しており、これは人間活動による二酸化炭素排出量の約3分の1に相当します。
しかし、森林が減少すると、この二酸化炭素吸収機能が失われるだけでなく、蓄積されていた炭素が大気中に放出されます。森林減少による二酸化炭素排出量は、世界全体の温室効果ガス排出量の約11%を占めるとされており、気候変動を加速させる要因となっています。
適切に管理された森林は、継続的に二酸化炭素を吸収し続けます。また、木材を建築材料として利用することで、炭素を長期間固定できます。このため、持続可能な森林経営は、気候変動緩和策として国際的に高く評価されています。
持続可能な森林経営の具体的な取り組み
持続可能な森林経営を実現するためには、科学的な根拠に基づいた計画的な森林管理が不可欠です。これまでのような「伐ったら終わり」ではなく、長期的な視点で森林の健全性を保ちながら、継続的に恵みを得られる仕組みづくりが求められています。
具体的な取り組みは多岐にわたりますが、中でも適切な伐採と植林のサイクル管理、生物多様性の保全、そして森林認証制度の活用が重要な柱となっています。これらの取り組みは相互に関連し合いながら、森林の多面的な機能を維持・向上させる役割を果たしています。
適切な伐採と植林のサイクル
持続可能な森林経営の基本は、森林の成長速度に合わせた計画的な伐採と確実な再植林です。これは「循環型森林管理」と呼ばれ、森林を永続的に利用できる状態に保つための核心的な手法です。
まず、伐採前に森林の状態を詳細に調査し、どの木をいつ、どの程度伐採するかを慎重に計画します。一度にすべての木を伐採するのではなく、森林を小さな区画に分けて順次伐採する「区画皆伐」や、成熟した木だけを選んで伐採する「選択伐」などの手法を使い分けます。
伐採後は必ず植林を行い、新しい森林の育成を開始します。植林には、その土地の気候や土壌に適した樹種を選び、適切な間隔で植えることが重要です。また、植林後も下刈り(雑草取り)、間伐(木を間引く作業)などの育林作業を継続的に行い、健全な森林の成長を促します。
このサイクルを適切に管理することで、森林の蓄積量(森林に蓄えられている木材の総量)を維持しながら、継続的に木材を生産できます。日本では、戦後に植林されたスギやヒノキが伐採適齢期を迎えており、この循環型管理の実践が急務となっています。
生物多様性の保全
森林は数多くの動植物が生息する生物多様性の宝庫です。持続可能な森林経営では、木材生産と同時に、これらの生き物たちの生息環境を保護することが重要な要素となります。
生物多様性保全のための具体的な取り組みとして、森林内に「保護区域」を設定する方法があります。これは、希少な動植物が生息する場所や、生態系上重要な役割を果たしている場所を伐採対象から除外し、自然のままの状態で保護するものです。
また、伐採する際も生態系への影響を最小限に抑える「低インパクト伐採」を実施します。これには、野生動物の繁殖期を避けた作業時期の調整、渡り鳥のルートとなる樹木の保存、水辺の植生保護などが含まれます。
さらに、単一樹種だけでなく多様な樹種を植林する「混交林施業」も重要です。異なる種類の木が混在することで、より自然に近い森林環境が形成され、多様な生き物が生息できる環境が維持されます。
森林認証制度の活用
森林認証制度は、独立した第三者機関が定めた基準に基づいて、適切な森林管理が行われているかどうかを評価・認証する仕組みです。この制度により、消費者は持続可能な方法で生産された木材製品を選択できるようになります。
代表的な森林認証制度には、「FSC(森林管理協議会)認証」と「PEFC(森林認証プログラム)認証」があります。これらの認証を取得するためには、適切な森林管理計画の策定、生物多様性の保全、労働者の権利保護、地域コミュニティとの協力など、厳格な基準を満たす必要があります。
認証を受けた森林から生産される木材には、製品に認証マークが表示されます。これにより、消費者は環境に配慮した木材製品を容易に識別でき、持続可能な森林経営を市場メカニズムを通じて支援することができます。
日本における持続可能な森林経営
日本は国土の約67%を森林が占める世界有数の森林大国です。戦後の復興期に大規模な植林が行われた結果、現在は人工林を中心とした豊富な森林資源を有しています。しかし、林業の担い手不足や木材価格の低迷などの課題に直面しており、持続可能な森林経営の推進が重要な政策課題となっています。
日本政府は林野庁を中心として、森林・林業基本法に基づく各種施策を展開し、森林の多面的機能の発揮と林業の成長産業化を両立させる取り組みを進めています。これらの取り組みは、国際的な森林保全の動きとも連動しながら、日本独自の森林文化と現代的な科学技術を融合させた独特のアプローチを特徴としています。
林野庁の施策と取り組み
林野庁は持続可能な森林経営の推進に向けて、包括的な政策体系を構築しています。その中核となるのが2019年に施行された「森林経営管理制度」です。この制度は、適切な管理が行われていない民有林について、市町村が仲介役となって森林所有者と林業経営者をつなぎ、持続可能な森林経営を促進する仕組みです。
また、「森林環境税」を財源とした「森林環境譲与税」により、市町村の森林整備や人材育成を支援しています。これにより、これまで手入れが困難だった山間地域の森林も、計画的な管理が可能になりました。
技術面では、ドローンやICT(情報通信技術)を活用した「スマート林業」の推進により、森林資源の把握や作業の効率化を図っています。人工衛星やレーザー測量技術を使って森林の状況を正確に把握し、科学的根拠に基づいた森林管理計画を策定できるようになっています。
さらに、持続可能な森林経営の国際的な評価指標である「モントリオール・プロセス」に参加し、日本の森林管理状況を客観的に評価・改善する取り組みも続けています。このプロセスでは、森林面積、生物多様性、森林の健全性、木材生産、社会経済的機能など、複数の基準に基づいて森林経営の持続可能性を測定しています。
国有林での実践例
全国の森林面積の約3割を占める国有林では、持続可能な森林経営のモデル的な取り組みが実践されています。国有林は公益的機能の発揮を重視しながら、適切な木材生産も行う「公益重視の管理経営」を基本方針としています。
具体的な実践例として、九州森林管理局では熊本県と協定を結び、FSC森林認証を取得した国有林から認証材を安定的に供給する取り組みを行っています。これにより、地域の林業・木材産業の振興と環境保全を両立させています。
また、全国の国有林では「緑の回廊」と呼ばれる野生動物の移動経路を設定し、生物多様性の保全に努めています。これは国有林同士や民有林とをつなぐ森林帯を維持することで、野生動物の遺伝的多様性を保護する取り組みです。
国有林ではさらに、市町村の森林行政を技術面で支援する取り組みも積極的に行っています。森林経営計画の策定支援、林業技術の指導、ドローンやICT技術の普及など、地域全体の森林管理水準向上に貢献しています。
国際的な取り組みと協力
持続可能な森林経営は、地球規模の課題であり、国際的な協力なくしては実現できません。森林減少や気候変動といった問題は国境を越えて影響を及ぼすため、世界各国が共通の目標に向かって取り組む必要があります。
国際社会では、国連を中心とした多国間の枠組みから、二国間の技術協力まで、様々なレベルで森林保全と持続可能な利用に向けた取り組みが展開されています。これらの国際協力により、先進国の技術や資金が開発途上国の森林保全に活用され、地球全体の森林資源の保護が進められています。
国連森林フォーラムとSDGs
国連森林フォーラム(UNFF)は、世界の森林保全と持続可能な経営を推進する最も重要な国際的な政策対話の場です。1992年の地球サミット以降、継続的に開催されており、各国政府、国際機関、NGOなどが参加して森林政策について議論しています。
2015年に採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」では、森林が17の目標のうち複数に関連する重要な要素として位置づけられています。特に目標15「陸の豊かさも守ろう」では、2020年までに持続可能な森林経営の実施を促進し、森林減少を阻止することが明記されています。
また、SDGsの目標12「つくる責任つかう責任」では、持続可能な生産・消費形態の確保が謳われており、森林から生産される木材の持続可能な利用が重要な要素となっています。これらの目標達成に向けて、各国は森林に関する「国による任意の貢献(VNC)」を提出し、自国の取り組みを国際社会に報告しています。
国連森林フォーラムでは、2030年をゴールとする「世界森林目標(GFGs)」を設定し、森林面積の増加、森林由来の便益強化、保護森林面積の拡大、森林分野への資金増加という4つの大きな目標を掲げています。日本もこれらの目標達成に向けて積極的に貢献しています。
二国間・多国間協力
日本は森林分野において、アジア太平洋地域を中心とした多様な国際協力を展開しています。特に中国、韓国との間では「持続可能な森林経営に関する日中韓三か国対話」を定期的に開催し、合法木材の推進、気候変動対策、木材利用促進などについて情報交換と協力を深めています。
技術面では、「モントリオール・プロセス」という国際的な枠組みに参加し、温帯林・亜寒帯林における持続可能な森林経営の基準・指標づくりに貢献しています。この枠組みには日本を含む12か国が参加し、2007年から2019年の間は日本(林野庁)が事務局を務めました。
また、国際熱帯木材機関(ITTO)については、本部が横浜に置かれており、日本は設立当初から熱帯林の持続可能な経営と合法的な木材貿易の促進に積極的に取り組んでいます。ITTOを通じて、開発途上国の森林管理技術向上や人材育成に対する支援を継続的に行っています。
アジア森林パートナーシップ(AFP)では、森林減少の抑制と森林面積の増加を主要テーマとして、アジア地域の森林保全協力を推進しています。これらの多国間協力により、地域全体の森林管理水準の向上と技術・知識の共有が図られています。
私たちにできること
持続可能な森林経営は、政府や企業だけでなく、私たち一人ひとりの行動によっても支えられています。日常生活の中で森林を意識した選択をすることで、遠く離れた森林の保全に貢献できます。
特に消費者としての選択は、市場メカニズムを通じて森林経営に大きな影響を与えます。また、森林に親しむ活動や環境教育への参加も、持続可能な森林利用を支える重要な要素です。一人ひとりの小さな行動が積み重なることで、森林を取り巻く社会全体の意識変化につながります。
消費者としての選択
私たちが日常的に使用する紙や木材製品を選ぶ際に、森林認証マークがついた製品を選ぶことは、持続可能な森林経営を支援する最も身近で効果的な方法です。FSCマークやPEFCマークがついた製品は、適切に管理された森林から生産されたことが保証されています。
建築やリフォームの際には、国産材の利用を検討することも重要です。適切に管理された国内の森林から生産される木材を使用することで、国内の森林経営を支援し、運搬に伴う二酸化炭素排出量も削減できます。また、合法性が確認された木材を使用することで、違法伐採問題の解決にも貢献できます。
日用品についても、再生紙や認証紙を使用した製品、長期間使用できる木製品を選ぶことで、森林資源の有効活用に貢献できます。また、不要になった紙類の適切なリサイクルも、新たな森林伐採を抑制する効果があります。
森林を守る行動
森林ボランティア活動への参加は、森林の大切さを実感し、持続可能な森林経営について学ぶ貴重な機会です。植林活動、間伐作業、下刈り作業などの森林整備活動を通じて、森林管理の実際を体験できます。
森林環境教育やエコツーリズムへの参加も効果的です。適切にガイドされた森林散策や自然観察を通じて、森林生態系の複雑さや重要性を理解できます。また、地域の林業体験プログラムに参加することで、森林経営の現場を知ることができます。
情報発信も重要な役割を果たします。SNSやブログで森林の重要性や持続可能な選択について発信することで、より多くの人に森林問題への関心を持ってもらえます。また、森林に関する正確な情報を学び、家族や友人と共有することも、社会全体の意識向上につながります。
まとめ
持続可能な森林経営は、現在と未来の世代が森林の恵みを享受し続けるための重要な取り組みです。科学的な根拠に基づいた計画的な森林管理により、木材生産と環境保全を両立させることが可能になります。
日本は豊富な森林資源を活かし、国際協力も含めた包括的な取り組みを進めています。私たち一人ひとりも、日常の選択を通じてこの取り組みを支援できます。森林認証製品の選択、国産材の利用、森林ボランティアへの参加など、できることから始めることが大切です。
持続可能な森林経営の実現は、気候変動対策、生物多様性保全、地域経済の活性化など、多方面にわたる社会課題の解決につながります。森林と人間社会の調和した関係を築くため、継続的な取り組みが求められています。
参照元
・林野庁「第1部 第II章 第4節 国際的な取組の推進(1)」 https://www.rinya.maff.go.jp/j/kikaku/hakusyo/29hakusyo_h/all/chap2_4_1.html
・林野庁「森林経営管理制度(森林経営管理法)について」 https://www.rinya.maff.go.jp/j/keikaku/keieikanri/sinrinkeieikanriseido.html
・林野庁「森林・林業分野の国際的取組」 https://www.rinya.maff.go.jp/j/kaigai/index.html
・林野庁「第1部 特集 第1節 持続可能な開発目標(SDGs)と森林(2)」 https://www.rinya.maff.go.jp/j/kikaku/hakusyo/r1hakusyo_h/all/tokusyu1_2.html
・九州森林管理局「持続可能な森林経営の推進に向けた取組について」 https://www.rinya.maff.go.jp/kyusyu/keikaku/sinrinkeiei.html
・国際熱帯木材機関(ITTO)「持続可能な森林経営」 https://www.itto.int/ja/sustainable_forest_management/