海から近い距離にある農地や建物などでは、昔から海水に含まれる塩による被害が発生するため、その対策が必須でした。
最近では地球温暖化によって大雨や洪水が増加し、それに伴い塩害も以前よりも広い範囲の地域に及ぶことが指摘されています。
この記事では、塩害が発生するメカニズムや具体的な被害、対策について説明していきます。
塩害とは
塩害とは、塩分が植物や建物などに引き起こす害のことです。
海水や潮風、南米ボリビアのウユニやイスラエルの死海を代表とする塩湖など、自然界に存在するものだけでなく、融雪剤といった人工物によっても塩害は引き起こされます。
塩害が発生するメカニズム
塩害の発生原因について、農地と建造物の場合に分けて説明していきます。
農地
農地の塩分が高くなる一番の原因は、やはり海水によるものです。
・台風や高波、津波などによって農地が冠水する
・地盤沈下のために海水が入り込む
・地下水の汲み上げが誘因となって地下水に海水が混ざる
といったことから農地に海水が直接入り込むことが考えられます。
海水そのものでなくとも、海から吹く風の空気中には濃度の高い塩分が含まれているため、塩害を引き起こす原因となります。
また、肥料に含まれる塩化物イオンなどの塩類が土壌に蓄積されて塩害を引き起こすケースもあります。
農地の土壌に塩分が蓄積されると、浸透圧の差によって作物は根から水分をとりにくくなり、逆に根からは水分が流出してしまいます。
また、過剰な塩が植物の体内に入り込むとイオンのバランスが崩れて代謝が阻害されます。
その結果、作物が枯れたり生育が悪くなってしまうのです。
建造物
建物や橋梁といった建造物での塩害には、内在塩分と外来塩分によるものがあります。
内在塩分とは建造物のコンクリートに使われる砂のなかに含まれる塩分のこと、外来塩分とは海などから風にのって運ばれてきた塩分のことを指します。
また、融雪剤や凍結防止剤に含まれる塩分が原因となることもあります。
塩分が構造物に入り込むと、骨組みとなる鉄筋が腐食してしまいます。
これにより、コンクリートにひびや剥離が起こり、これがさらに塩分を内部に侵入させるという悪循環が起こって建造物全体に大きなダメージを引き起こすことになります。
塩害による実際の被害は?
国内外で実際にあった塩害の例を見ていきましょう。
国道8号線の高架橋
新潟から上越に向かって日本海の海岸線に沿って通る国道8号線では、高架橋が長年潮風にさらされ、塩害による著しい劣化が確認されていました。
特に、1975年に建設された新潟県糸魚川市の歌高架橋は沿岸にへばりつくように通る全長990mの橋で、日本海からの飛来塩分による損傷がひどく、架橋から10年たった1985年頃から何度となく補修工事が行われていましたが、2017年に全面架け替えが完成し、新しい橋となりました。
国道8号にはこの歌高架橋のほかにも、コンクリートのひびわれや鉄筋の錆など損傷の激しい高架橋が9つもあり、架け替えなどの対策が順次完了しているということです。
参照元:
・「国道8号歌高架橋におけるPC橋施工時の塩害対策」|国土交通省北陸地方整備局
・「親不知の国道8号、3月20日から新高架橋に『塩害』で架け替え」|乗りものニュース
東日本大震災の津波
2011年に発生した東北地方太平洋沖地震では、巨大津波により岩手から千葉県にいたる海岸部の2万ヘクタール以上の農地が冠水し、塩害が発生しました。
三陸沿岸の杉林も波にのまれて折れてしまったり根が掘り返されるといった直接の被害を受けていないもののなかに、海水に含まれる塩分の被害を受け、枯木となったり赤褐色に変色するものがありました。
ところが同年9月に平均降水量の4分の1に匹敵する量の大雨が発生したため、自然排水によって土壌の除塩が進み、この杉の急激な回復に効果をもたらしたと考えられています。
参照元:「東北地方太平洋沖地震による大津波を受けた三陸沿岸のスギ林土壌における塩害とその後の土壌環境の変化」|森林総合研究所
国連大学の報告
国連大学の研究者は、以下のようなレポートをまとめています。
中央アジアのアラル海流域やインドのインダス・ガンジス川流域、中国の黄河流域といった降水量が少ない地域や排水システムが十分でない地域では、塩害による土地劣化が激しく、世界全体でみると「塩はかんがい地の5分の1を劣化させており、年間およそ273億USドルの経済損失を引き起こしている
例えば、インドのインダス・ガンジス川流域では、塩害による小麦や米、サトウキビ、綿の生産量の損失は40~63%で、雇用喪失は1ヘクタールあたり50~80人/日、人間の健康問題は20~40%増加すると報告されています。
塩害対策
このように国内外で起こる塩害に対して、どのような対策が考えられるのでしょうか。
農地の対策①:排水と石灰による土壌改良
農地に残留する塩分を取り除く基本的な方法は、真水で流し出すことです。
そのため、まず水はけのよい土壌に改良する必要があります。
塩分とは塩素とナトリウムが結びついたものですが、塩素は水で比較的簡単に流れるのに対し、ナトリウムは土の表面に付着して容易に洗い流すことができません。
そこで、水はけをよくした土地にカルシウムを含む石灰をまくと、ナトリウムとカルシウムが置き換わり、土に吸着していたナトリウムイオンが土壌に含まれる水分の中に押し出され、水で効果的に取り除くことができます。
農地の対策②:連作を避ける
同じ肥料を使用し、同じ作物をつくり続けるいわゆる「連作」も、塩害を引き起こす原因とされています。
1年を通して計画的に違う作物を育てる輪作を行ったり、複数の植物を近くに植えて育てる「コンパニオンプランツ」を活用するなど、土壌環境が偏らないようにすることが塩害を防ぎます。
建造物の対策①:外からの塩分をブロックする
潮風にのって飛来する塩分を遮断するために、構造物の表面に防水効果のある塗料を塗ったり、ひび割れや剥離した部分を補修することにより、塩分の侵入を防ぐことができます。
建造物の対策②:コンクリート内部の塩分を除去する
コンクリートそのものに塩分が混ざっている場合や、すでに塩分が内部に入り込んで鉄筋の腐食が始まっている場合には、脱塩工法により塩化物イオンをコンクリート外部へ除去します。
建造物の対策③:劣化の速度を抑える
コンクリートの中の鉄筋に防食電流という電流を流すことによって電気的に鉄筋の腐食を抑える方法もあります。
まとめ
ここまで、塩害についてその原因や対策などについて見てきました。
日本は海に囲まれた島国であるため、広い地域で塩害が起こりやすいといえます。
このような地域につくられる建物や道路、橋、日常的に利用される車、また農作地には前もって塩害を防ぐ適切な対策を行う必要があります。
そのためには、塩害のメカニズムを正しく理解することも大切になるでしょう。
防災というと必需品の備蓄や避難訓練というイメージが強いですが、地域によっては津波や豪雨によって引き起こされる塩害への対策もまた、防災に含める必要があるでしょう。
日本の高度成長期に建造された道路や橋には、塩害による老朽化の進行が想定以上に進み、当初の予想よりも早い時期に修理や新しく作り変えることを余儀なくされるものも少なくありません。
適切な塩害対策は、インフラのサステナビリティにもつながるのです。