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SOCIETY

トリプルボトムラインとは?SDGs・ESGとの関係性や撤回理由を知ろう|2026年の企業開示での位置づけ

トリプルボトムラインとは?SDGs・ESGとの関係性や撤回理由を知ろう

トリプルボトムライン(TBL)とは、企業の活動を「経済」「社会」「環境」の3つの側面から評価する考え方です。1994年にジョン・エルキントン氏が提唱しました。ところが提唱から24年後の2018年、そのエルキントン氏自身が米誌ハーバード・ビジネス・レビューで、この概念の見直しを求めました。日本語では「撤回」と紹介されることが多い出来事です。

撤回の中身を知ると、SDGsやESGとの関係も、企業のサステナビリティ報告の読み方も見えやすくなります。この記事では、基本の定義を押さえたうえで、撤回の理由、SDGs・ESGとの違い、2027年3月期から段階的に始まる日本のサステナビリティ開示義務化との接点を整理します。秋は、企業の統合報告書やサステナビリティレポートが公開され始める時期でもあります。読む側がTBLの発想を持っていると、数字の見え方が変わります。

この記事で学べること

  • トリプルボトムラインの3つの側面と、GRIに受け継がれた経緯
  • 提唱者が「撤回」を表明した理由と、その本当の意味
  • SDGs・ESGとの違いと、日本の開示制度(SSBJ)での位置づけ
  • 企業のサステナビリティ報告を読むときの4つの問い

トリプルボトムラインの基本|3つの側面と生まれた背景

ボトムラインとは、もともと損益計算書の最下行、つまり純利益のことです。トリプルボトムラインは、この「最下行」を1つではなく3つ持とうという発想です。人(People)・地球(Planet)・利益(Profit)の頭文字から、「3P」と呼ばれることもあります。企業が成果を問われる軸を、利益だけから社会と環境にも広げた考え方だといえます。

経済・社会・環境、それぞれが測るもの

経済的側面は、企業が持続的に利益を出し、雇用や納税を通じて経済を支えているかを見ます。社会的側面は、従業員の働く環境、障がい者雇用、製品の安全性、地域との関係など、企業が社会の一員として責任を果たしているかを見ます。

環境的側面は、温室効果ガスの削減、再生可能エネルギーの採用、廃棄物の適正処理など、環境への負荷とその低減の度合いを見ます。気候変動や自然災害が身近になるにつれ、3つのなかでも環境的側面への関心が特に高まっています。

利益だけで企業を測る限界への問い

従来の企業評価は、売上や利益といった財務の数字が中心でした。ところが、工場の排水や長時間労働のように、決算書に表れにくい負担が社会や環境に回っていても、財務の数字だけでは見えません。TBLは、こうした見えにくい部分を評価の土俵に載せるための考え方として広まりました。

GRIスタンダードに受け継がれた発想

GRI(Global Reporting Initiative)は、サステナビリティ報告の国際的な基準をつくっている団体です。GRIのガイドラインにはTBLの考え方が反映されてきたとされ、日本でもCSR報告書や環境報告書をつくる際の参考にされてきました。TBLは理論にとどまらず、報告の実務に入り込んだ概念でもあります。

提唱者が「撤回」した理由|2018年のリコールで語られたこと

ここで言葉を整理しておきます。日本語の記事では「撤回」と書かれることが多いのですが、2018年6月25日付のハーバード・ビジネス・レビュー記事の原題は、「25年前に私は『トリプルボトムライン』という言葉を生み出した。今、見直すべき理由はこれだ」という趣旨のものです。エルキントン氏は、製品の不具合を直して出し直すリコールになぞらえて、概念の「戦略的なリコール」を提案しました。概念を捨てたというより、修正を求めたと読むのが正確です。

「会計の道具」になってしまった

エルキントン氏によれば、TBLは単なる会計の仕組みとして考案したものではありません。本来は資本主義のあり方そのものを変えるための、いわば「遺伝子コード」のような構想でした。それが現実には、3つの数字を並べて報告すれば足りるという使われ方が広まり、利益だけを追う単一のボトムラインという考え方を打ち消せなかった、というのが本人の総括です。

元の意図と使われ方のずれは、日本の企業現場でも起こり得ます。報告書に環境・社会・経済の項目を並べることが目的になり、事業の中身が変わらないままになってしまう状況です。「TBLだけ意識すれば大丈夫」という風潮への懸念が、見直しを求めた背景にあります。

「相殺」で済ませる危うさ

エルキントン氏は2020年9月のインタビューでも、企業がサステナビリティ報告のなかで、深刻なトレードオフを見えにくくしていると警告しました。トレードオフとは、一方を良くすると他方が悪くなる関係のことです。同氏は「トレードオフで未来に進もうとすれば、私たちは失敗する」という趣旨の発言をしています。

3つの側面で良い点と悪い点を差し引きして、全体で帳尻が合っているように見せる。この使い方では、生物多様性の損失のように、足し引きでは埋め合わせられない問題が見過ごされます。環境で失った分を社会貢献で補う、という計算は成り立たないからです。

害を減らすだけでなく「再生」へ

エルキントン氏は2020年に著書『Green Swans』を刊行し、「再生型資本主義」への転換を訴えました。悪影響を小さくするだけでなく、自然や社会がもつ回復の力を高める方向へ、経済のしくみを変えていこうという考え方です。撤回の本質は、TBLの3つの軸を捨てることではなく、3つの軸を使って何を目指すのかを問い直す点にあります。

SDGsとの関係|似ているが、役割が違う

SDGs(持続可能な開発目標)は、2015年に国連総会で採択された、2030年までの国際目標です。17の目標で貧困、気候変動、不平等といった課題を挙げています。経済・社会・環境の統合を掲げる点で、TBLとSDGsは発想がよく似ています。

違いは役割にあります。TBLは、企業が自分の活動を見つめるための「物差し」です。SDGsは、世界全体が向かう先を示した「目標」です。企業は、TBLの3つの側面で自社の活動を点検し、その結果をSDGsの目標に結びつけて示すことができます。たとえば、製造時のCO2排出量を減らす取り組みは目標13「気候変動に具体的な対策を」に、働きやすい職場づくりは目標8「働きがいも経済成長も」に対応づけられます。

ただしエルキントン氏は、多くの企業がSDGsを「少しずつ良くしていく」目標として扱いがちだと指摘しています。同氏は、本来はもっと大きな変革が求められる課題だと考えています。目標のアイコンを報告書に並べることと、事業のしくみを変えることは別の話です。TBLが「3つを並べるだけ」になりがちだった問題は、SDGsでも同じ形で起こり得ます。

ESGとの関係|企業の物差しと、投資家の物差し

ESGは、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)の頭文字をとった言葉です。TBLの経済・社会・環境と並べると、環境と社会が共通し、ESGには企業統治(ガバナンス)が加わります。TBLの3側面には、ガバナンスが独立した項目としては入っていません。

もう1つの違いは、誰の視点かという点です。TBLは企業が自社の活動を多面的に測る発想から生まれた考え方です。ESGは、投資家が企業の長期的な価値や、ESG面のリスクと機会を見極めるために使う視点です。同じ環境や社会の話題でも、「何のために測るのか」が異なります。

ESG投資の広がりと数字の読み方

日本サステナブル投資フォーラムの調査によると、2025年3月末時点の日本のサステナブル投資残高は合計で約671.8兆円でした。前年の約625.6兆円から7.4%増えています。総運用資産残高に占める割合は63.4%でした。

この数字は、議決権行使やエンゲージメント(対話)なども含めた広い定義で集計されたものです。回答機関も前年の61機関から56機関に減っています。「ESG投資が拡大している」という大きな流れは読み取れますが、すべてが環境や社会に特化した投資を意味するわけではない点には注意が必要です。

ESG投資の仕組みや始め方を知りたい方は、次の記事も参考になります。

日本の企業開示では今どうなっているか

TBLは、報告書をつくる側の考え方として生まれました。いま企業が情報を開示する場面では、TBLの発想が複数の基準に分かれて受け継がれていると整理できます。

GRIとISSBでは見ている方向が違う

GRIスタンダードは、企業が社会や環境に与える影響(インパクト)を中心に報告する枠組みです。ISSB基準は、サステナビリティに関する課題が企業の財務にどう影響するか、つまり投資家が企業価値を判断するのに必要な情報を中心にしています。TBLの「社会・環境への影響」の側面はGRI的な発想に近く、「経済的に成り立つか」の側面は財務の視点に近いといえます。

両者は対立するものではありません。GRIと、ISSBを運営するIFRS財団は2026年5月に共同声明を出し、両基準を組み合わせて使いやすくする相互運用性の確保を打ち出しました。企業が影響の開示と財務の開示を二重に作業する負担を減らす狙いがあります。

企業の情報開示の全体像は、こちらの記事にまとまっています。

SSBJ基準の義務化スケジュール

日本では、ISSB基準をもとにしたSSBJ(サステナビリティ基準委員会)の基準で、サステナビリティ情報の開示が段階的に義務づけられます。2026年1月に公表された金融庁の報告書によると、対象は東証プライム上場企業で、時価総額に応じて時期が分かれます。

  • 2027年3月期から、時価総額3兆円以上の企業
  • 2028年3月期から、時価総額1兆円以上の企業
  • 2029年3月期から、時価総額5000億円以上の企業

さらに、内容を第三者が確認する保証も、開示義務化の翌年から求められる方針です。開示が自己申告のままではなく、検証される段階に入ることを意味します。

この流れは、エルキントン氏が指摘した「数字を並べて終わり」の問題への、制度面からの一つの答えと見ることもできます。ただし、SSBJ基準は財務への影響を中心とした開示です。企業が社会や環境に与える影響をどこまで伝えるかは、各社の判断や、GRIなど他の枠組みの併用にゆだねられる部分があります。

制度の詳細は、こちらの記事で確認できます。

「3つを数えるだけ」にしないために|企業の報告を読む視点

TBLの撤回から読み取れる最大の教訓は、枠組みを使っているかどうかより、その中身が事業の変化につながっているかが大切だという点です。就職活動中の学生、取引先を選ぶ担当者、商品を選ぶ消費者、投資家のいずれの立場でも、次の視点が役立ちます。

報告書を読むときの4つの問い

秋から年末にかけて、企業の統合報告書やサステナビリティレポートに目を通す機会があれば、次の4つを確かめてみてください。

  1. 利益を伸ばす施策と、環境や社会への負荷が増える可能性が、同じ文脈で語られているか
  2. 経済・社会・環境の数字が、経営戦略や事業の中身とつながって説明されているか
  3. 達成できた目標だけでなく、達成できなかった項目とその理由も書かれているか
  4. 自社が社会や環境に与える影響と、社会や環境の変化が自社に与える影響の両方が見えるか

1つ目と3つ目は、TBLの「相殺で済ませる」問題への直接的な対策になります。4つ目は、GRIとISSBが見ている方向の違いを、読む側の視点に置き換えたものです。すべてを満たす報告書は多くありません。ただ、当てはまらない項目を見つけることが、その企業と対話する出発点になります。

立場別の使いどころ

就職や転職の場面では、制度対応のために整えた数字より、うまくいかなかった点を書いているかどうかが、その会社の姿勢を映します。消費者としては、環境配慮をうたう商品の根拠が数値や第三者の認証で示されているかを見ると、グリーンウォッシュ(実態以上に環境に良いと見せること)を見分けやすくなります。

投資家や取引先の担当者には、SSBJ基準による開示が始まる2027年以降、企業間の比較がしやすくなる場面が増えるでしょう。そのときも、3つの数字を比べるだけで終わらせず、背景にある事業の変化まで読む姿勢が欠かせません。

まとめ

トリプルボトムラインは、利益だけで企業を測る見方に、社会と環境という物差しを加えました。GRIを通じて、報告の実務にも大きな影響を与えてきた考え方です。一方、提唱者のエルキントン氏は2018年に、概念が「会計の道具」にとどまり、資本主義のしくみを変える力になっていないと見直しを求めました。撤回の本質は、3つの軸を捨てることではなく、数字を並べて満足してしまう使い方への警告です。

SDGsは世界が向かう目標、ESGは投資家の視点、TBLは企業が自分を測る物差し、と役割を分けて考えると関係が整理できます。日本でも2027年3月期から、SSBJ基準による開示が段階的に義務化されます。制度が整うほど、報告書の中身に事業の変化が表れているかを読む力が大切になります。

まず1つだけ試すなら、気になる企業のレポートを開き、「うまくいかなかったこと」が書かれているかを探してみてください。

  • トリプルボトムラインは、経済・社会・環境の3つの側面から企業を評価する考え方
  • 提唱者の「撤回」は概念の放棄ではなく、会計の道具化や相殺への警告を含む見直しの要請
  • SDGsは目標、ESGは投資家の視点、TBLは企業の物差しと、役割が異なる
  • 日本では2027年3月期からSSBJ基準の開示が段階的に始まり、翌年から第三者保証も入る
  • 報告書は、数字の並びより、トレードオフや未達成の項目が語られているかで読む

参考文献

  • 記事を書いたライター
  • ライターの新着記事

鹿児島県在住のフリーライター。コーヒーをきっかけにSDGsを知り、興味をもつように。普段は、ライフスタイルやSDGsに関する記事を執筆しています。

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