毎日の生活で「やるべきだと思っているのに、つい後回しにしてしまう」という経験はありませんか?そんなとき、小さな工夫や気づきがあれば、自分からすすんで行動できるようになる場合があります。このように、強制や罰則ではなく、人々が自分にとってより良い選択を自発的に取れるようにそっと後押しする手法が「ナッジ」です。
ナッジとは|そっと背中を押す政策手法
ナッジ(nudge:そっと後押しする)とは、行動科学の知見(行動インサイト)の活用により、「人々が自分自身にとってより良い選択を自発的に取れるように手助けする政策手法」です。英語の「nudge」は「肘でそっとつつく」という意味で、選択の自由を残しながら、人間の心理や行動パターンを理解した小さな工夫を通じて、望ましい行動へ導きます。
ナッジは2003年にシカゴ大学リチャード・セイラー教授らによって提唱され、その費用対効果の高さからイギリス、カナダ、アメリカ、オランダ各国の公共政策での活用が進められてきました。セイラー教授は2017年にはナッジの活用に関し、ノーベル経済学賞を受賞しています。
日本での取り組み
環境省では、2017年4月よりナッジやブースト(英語boost:ぐっと後押しする)を始めとする行動科学の知見を活用してライフスタイルの自発的な変革を創出する新たな政策手法を検証するとともに、産学政官民連携・関係府省等連携のオールジャパンの体制による日本版ナッジ・ユニットBEST(Behavioral Sciences Team)の事務局を務めています。
日本版ナッジ・ユニットBESTは、関係府省庁や地方公共団体、産業界の有識者などが一緒に議論し、行動科学の知見を活用した取り組みが政策として社会実装されることを目指しています。
ナッジの具体例
ナッジは私たちの日常生活で、すでに多く活用されています。環境省の事業を通じた実例をご紹介します。
省エネ行動の促進
社会比較ナッジの活用事例として世界的に最も有名なものが、節電・省エネの分野にあります。米国のオーパワーという電力事業者が中心となった検証事業で、社会比較ナッジが節電・省エネを促進することが発見されました。日本でも、環境省が中心となって、社会比較ナッジが効果的であることを確認しています。具体的には、自分の家庭のエネルギー消費量が平均的な家庭より多いことを知らせるだけで、多くの世帯が自発的に省エネ行動に取り組むようになります。
レジ袋削減の実験
2020年のレジ袋有料化にともない、経済産業省は各コンビニチェーン店でナッジを盛り込んだ実験を行いました。基本、レジ袋を配布し、必要がない場合は「辞退カード」を提出するお店と基本、レジ袋を配布せず、必要がある場合は「申告カード」を提出してレジ袋を配布する2つのお店を設定し、全国的な実験を行いました。結果、基本、レジ袋を配布しないお店にてレジ袋を利用しない人は多かったのです。人々の行動は、何が「標準(デフォルト)」かによって大きく変わることが実証されました。
防災対策の向上
神奈川県内及び北海道内の地方公共団体との連携の下、ランダム化比較試験の結果、住まいの地域の災害リスクの理解、食料・水の備蓄・確認、家具の配置や警報機の設置、一時避難場所や避難所の把握、家族との集合場所の決定等の項目での改善が統計的有意に実証されました。
ナッジが重視する基本原則
ナッジを効果的に活用するうえで、いくつかの基本原則があります。選択肢の見せ方や情報の提示順序、人々が無意識に選びやすい状態(デフォルト)を工夫すること、また周囲の行動や意見が自分の選択に及ぼす影響(社会的証明)などが重要です。こうした心理学的なアプローチを通じて、罰則や金銭的なインセンティブに頼らずに、行動変容を促すことができます。
ナッジ活用の留意点
ナッジを政策に活用する際には、いくつかの注意が必要です。
ナッジの素材となる情報が正確かどうか、という留意点があります。納税の事例で、本当のところは「10人に4人だけしか税金を期限内に支払っていない」のに「10人に9人が支払っている」と言えば、大問題になります。また、海外で効果が実証されたナッジが、日本でも同じように機能するとは限りません。
さらに、ナッジを含むあらゆる行動科学の知見は、人々の生活に介入し、行動に影響を与えるため、高い倫理性が求められます。市民の尊厳を損なわない、透明性と信頼性のある活用が重要です。
私たちにできること
ナッジは政策や企業の施策だけでなく、日常生活でも活用できる考え方です。例えば、目標を達成したいときに、その目標を目に見える場所に貼り出す、友人と一緒に取り組む約束をする、小さな成功を意識的に認識するといった工夫は、すべてナッジ的なアプローチです。自分自身や家族、コミュニティレベルで「背中を押す」小さな工夫を活用することで、より良い行動へ導くことができるのです。
ナッジは、人々の自由な選択を尊重しながら、社会や環境にとって望ましい行動を促進する手法として、今後ますます注目されていくでしょう。

