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SOCIETY

サプライチェーンの「見えない人権」に企業はどう向き合うか|行動計画改定とEU規制が問いかけるもの

サプライチェーンの「見えない人権」に企業はどう向き合うか|行動計画改定とEU規制が問いかけるもの

私たちが日常的に使う電子機器や衣料品、食品。それらが私たちの手元に届くまでには、世界をまたぐ長大なサプライチェーンがあります。そのどこかで、強制労働や児童労働、過酷な労働環境が生まれていたとしたら——。「ビジネスと人権」とは、企業がそうした問いと正面から向き合うことを求める国際的な潮流です。2025年末に日本政府が行動計画の改定版を公表し、EU規制の動向も変化を見せる中、2026年の今、この問いはかつてなく切実さを増しています。

「ビジネスと人権」とは何か

「ビジネスと人権」というテーマが世界的に注目されるようになったのは、2011年に国連の人権理事会で事業活動における人権尊重の指針としての「ビジネスと人権に関する指導原則」(UNGPs)が全会一致で承認されて以降のことです。
この指導原則は国際的な規範として機能する土台となり、企業が人権侵害リスクを特定・防止・軽減し、情報開示する「人権デューデリジェンス(人権DD)」への取り組みが世界中で求められるようになりました。

サプライチェーン上で起きている児童労働や資源の搾取、地域住民の健康被害などを、この指導原則が「ビジネスと人権」というフレームワークで示したことの意味はとても大きいとされています。

人権DDとは、簡単に言えば「企業が自社の事業活動やサプライチェーン全体で起きうる人権侵害のリスクを洗い出し、対策を実行し、その状況を公表する」一連のプロセスです。
人権方針の策定、人権デューデリジェンスの実施、事業レベルのグリーバンスメカニズム(苦情処理の仕組み)の導入により、この要請に応える前向きな企業がますます増えてきています。

日本の現在地|行動計画の改定と「任意」から「必須」へのギャップ

2020年10月、日本政府は企業活動における人権尊重の促進を図るため、「ビジネスと人権」に関する行動計画を策定しました。
この行動計画は2025年までの5年間を対象としており、期限を迎えた2025年12月、日本政府は改定版を公表しました。

2025年12月公表の日本政府「ビジネスと人権」に関する行動計画(改定版)では、「紛争等の影響を受ける地域において事業活動を行う日本企業においては、高いリスクに応じた人権DD(強化された人権DD)を実施することが求められる」とされています。

一方で、日本の現状には大きな課題があります。
日本においても、グローバルにビジネスを展開する企業を中心に、人権デューデリジェンスの重要性が認識されつつありますが、現時点で日本には人権デューデリジェンスを義務付ける特定の法律は存在しません。
ガイドラインはあっても法的拘束力はなく、企業の自主的な取り組みに委ねられているのが実態です。

2022年9月、日本政府は、国連指導原則、OECD多国籍企業行動指針、ILO多国籍企業宣言をはじめとする国際スタンダードに則ったガイドラインを策定しました。
しかし、ガイドラインに法的拘束力はなく、企業に人権デューデリジェンスの実施を促すにとどまるのが現状です。

EU規制の最前線|義務化は「待ったなし」、ただし変化も

欧米では日本とは異なり、法制化が急速に進んでいます。
ドイツでは2023年1月にサプライチェーン・デューデリジェンス法が施行されています。ドイツは自国のNAP(国別行動計画)に、一定期間内に従業員500人以上の企業の50%で人権デューデリジェンスの導入が進まなければ法制化すると明示し、目標値より低かったため、このプロセスを企業に義務付けました。

EUレベルでは、さらに踏み込んだ動きがあります。
EUでは、企業活動による人権や環境への負の影響を予防・是正する義務を企業に課す「企業持続可能性デューデリジェンス指令(CSDDD)」が2024年7月25日に施行されました。

ただし、直近の動向にも注目が必要です。
欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は、欧州グリーン・ディールを維持しながらも企業の規制対応負担の軽減を図る方針を発表し、CSDDDを含む複数の法規制を簡素化するオムニバス法案を2025年2月26日に公表しました。同法案では、CSDDDに関してデューデリジェンス実施義務の簡素化や適用開始時期の1年延期などが示されているとされています。

この「延期」の動きをどう受け取るかは慎重に考える必要があります。
欧州でビジネスを展開する企業の間では、デューデリジェンスは欧州市場でビジネスを行うための事実上の前提条件になりつつあるという見方があり、規制対応を急ぐ動きが広がっています。
延期はあくまで「時期の調整」であり、義務化の方向性そのものが後退したわけではないのです。

なぜ「自分ごと」なのか|消費者・投資家・調達の三重圧力

CSDDDは、これまで企業の自主的な取り組みに委ねられてきた人権DDを、法的拘束力のある義務へと昇格させ、違反企業には罰則が科される可能性もあります。この指令は、人権DDを、企業活動に不可欠な経営リスク管理として位置づけるものであり、グローバルなビジネスを展開する日本企業もその影響を受ける可能性があります。

規制対応の問題にとどまらず、人権DDへの取り組みは企業価値にも直結します。
人権尊重の姿勢はESG投資の観点から投資家からの評価を高め、企業価値が上昇するという好循環を生み出すきっかけにもなります。
さらに、企業が人権を重視する姿勢を示すことで、従業員が安心して働ける環境が整備され、従業員のエンゲージメントが向上し、生産性アップや革新的なアイデアの創出が促進されるなど、プラスの影響をもたらすこともあります。

また、責任あるサプライチェーン管理および強靭化のためにデューデリジェンスを実施することは、人権侵害・経済安全保障双方のリスクを回避することにもつながります。
サプライチェーンの人権リスクは、企業の事業継続そのものにも関わる問題なのです。

企業が今日からできること

人権DDは大企業だけの問題ではありません。
近年注目される人権デューデリジェンスはもはや一部のグローバル企業だけの話ではありません。
中小企業も取引先やサプライチェーンを通じて、この課題と無縁ではいられません。

まず取り組みやすい第一歩として、以下のような行動が考えられます。

①人権方針を策定・公表する 自社として「人権を尊重する」という立場を社内外に明確に示すことが出発点です。

②サプライチェーンのリスクを把握する 取引先に対してアンケートやヒアリングを実施し、強制労働・児童労働などのリスクがないかを確認します。
2023年4月、経済産業省は、多くの中小企業をはじめこれまで人権尊重の取り組みを本格的に行っていなかった企業がガイドラインに従って取り組みを進めやすくなるよう、実務参照資料を策定・公表しています。
こうした公的リソースを活用することが一助になります。

③苦情処理の仕組みをつくる 人権侵害の疑いがある場合に、従業員や取引先が声を上げられる窓口を整備することが求められます。

まとめ|「後でいい」では済まない時代へ

「ビジネスと人権」は、もはや一部の先進企業や大企業だけが取り組む課題ではありません。日本政府の行動計画改定、EUのCSDDD義務化、投資家や消費者からの視線——これらが重なり、2026年のいま、あらゆる規模の企業が「自分ごと」として向き合う時代が到来しています。人権方針の策定、サプライチェーンリスクの把握、苦情窓口の整備。今日から始められる一歩は確かにあります。「後でいい」では済まない。その認識を、まずは社内で共有することから始めてみませんか。

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