世界が取り組むべき持続可能な開発目標(SDGs)の3「すべての人に健康と福祉を」では、「あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を推進する」という目標が掲げられています。
しかし昨今の新型コロナウイルスの流行により、世界のすべての人が必ずしも平等に適切な医療サービスを受けることができない「医療格差」という課題がより深刻化しました。
今世界に存在する医療格差とはどのようなもので、その原因は何なのでしょうか。
世界の医療格差の現状
SDG 目標3「すべての人に健康と福祉を」では、「あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を推進する」ことを掲げています。しかし、COVID‑19の感染拡大により、世界的に医療格差があらためて浮き彫りになりました。
途上国・新興国では、基本的な医療にアクセスできずに救える命が失われる現状があります。特に以下の3分野で深刻です。
・妊産婦保健:2023年時点で、世界の妊産婦死亡率(MMR: maternal mortality ratio)は 197件/10万出生と、2000年の328件から40%改善しましたが、SDGターゲットである70件には大きく届いていません。(TIME+2世界保健機関+2OECD+2 ・ UNICEF DATA+1世界保健機関+1)
低所得国では 346/10万出生(死亡率)に対し、高所得国はおよそ10/10万出生と、国際間の格差は約35倍にも及びます。(世界保健機関)
・小児保健:5歳未満で命を落とす子どもの数は依然として多く、その8割以上がサブサハラ・アフリカおよび南アジアに集中しています。主な原因は栄養失調や予防可能な感染症(麻疹、肺炎など)です。
・感染症(HIV/マラリアなど):これらの疾患はワクチンや治療で予防・治癒が可能ですが、地理的・経済的制約により、多くの人が医療サービスにアクセスできずに命を落としています
新型コロナウイルスの流行で顕在化した、世界の医療格差
COVID‑19ワクチン接種によっても、世界の医療格差は顕著でした。
2023年末までに、世界人口の67%が接種を完了したと報告されています。しかし地域間での差は大きく、低所得国では接種率がわずか数十%にとどまるケースも多く、特にWHOアフリカ地域では約32%が一次接種済み(少なくとも1回)に留まっているとの報告もあり、格差が顕在化しています。また、情報共有や検査体制そのものが脆弱な国もあり、そもそも感染状況が把握されにくいという問題も存在します。
参照元:接種は世界人口の10%のみ、数字が物語るワクチン格差の実態|CNN.co.jp
世界の医療格差の原因とは
医療格差を生み出す主な要因は以下の通りです。
衛生環境の不備
世界の約30%の人々が安全な飲料水を利用できず、60%が安全な衛生施設を利用できません(前掲内容を保持)。医療体制の不足
医療従事者の数や技能が限られ、診療所や病院への物理的・経済的アクセスも困難な地域が多く存在します。医薬品・医療資材の供給不安定
多くの薬剤や器具が輸入品であるうえ高価で、供給がブランドには不安定。そのため、貧困層には到底手が届かず、治療が受けられない事態を招いています。資金・制度的サポートの不足
国際援助の縮小や国内医療予算の制約により、診療所の閉鎖や医療スタッフの削減が進み、必要なサービス提供が滞っています。例えば、2021年のCOVID‑19によるサービス混乱だけで妊産婦死亡数は4万人増加し、2023年には全世界で年間約26万人が妊産婦死亡しています
参照元:SDGs(エス・ディー・ジーズ)とは? 17の目標ごとの説明、事実と数字|国際連合広報センター
世界の医療格差を解消する鍵:ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)
SDGs目標3の中でも、特に「すべての人が経済的困難を伴うことなく、必要な質の高い保健医療サービスを受けられる」こと、すなわち**ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)**の達成は、世界の医療格差を解消するための核心的な施策です。
UHCの重要性と要件
UHCは単に医療制度の整備を意味するものではなく、以下の3つの要件を満たす必要があります。
サービスへの物理的アクセス
すべての人々が身近な場所で、必要な時に医療を受けられる体制の構築。経済的障壁の排除
医療費が高額であることにより治療を諦めることがないよう、国民皆保険制度や医療費補助の整備が必要です。医療の質の確保
単に医療にアクセスできても、その内容が不十分であれば意味がありません。訓練された医療従事者や、科学的根拠に基づく診療の提供が求められます。
このUHCの達成は、医療資源の限られた途上国だけの課題ではありません。先進国においても、経済的困窮層や移民、マイノリティなどが医療から取り残される事例は少なくありません。
したがって、UHCの実現は国際社会全体にとっての共通課題であり、国境を越えた協力と支援が不可欠です。
医療格差解消に向けた実践的なアプローチ
UHCを推進するため、世界銀行をはじめとする国際機関は以下のような具体的な行動を提唱しています。
1. テクノロジーとイノベーションの活用
医療へのアクセスを飛躍的に向上させる手段として、テクノロジーの積極的導入が期待されています。たとえば:
ルワンダのドローン配送
ドローンによる輸血用血液の搬送により、遠隔地への供給が迅速化。交通インフラが整備されていない地域にとっては極めて有効な施策です。遠隔医療(テレメディスン)の導入
オンライン診療やAIによる画像診断支援などにより、医師の少ない地域でも専門的診療が可能になります。2023年にはインド、ケニアなどが国策として導入を加速しています(who.int)。
2. ステークホルダーによる協調行動の推進
UHCの実現には、政府、民間企業、医療機関、NGOなど多様な関係者が垣根を越えて協力する必要があります。
政策支援と資金調達
世界銀行とWHOは共同で、各国の保健システムを強化するための技術支援と資金協力を行っています。地域連携とベストプラクティスの共有
たとえば東南アジア諸国では、保険制度改革やプライマリ・ヘルスケア(地域密着型医療)の強化に向けて、各国が成功事例を共有し相互に学ぶ取り組みを進めています。
このような多層的・国際的な連携により、UHCの実現をより実効性のあるものにしていくことが求められています。
・保健医療の欠如は、人的資本の損失:2030年までにユニバーサル・ヘルス・カバレッジを実現するための5つの方法|The World Bank
・ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)|JICAホームページ
まとめ:世界の医療格差~私たちにできることは~
新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を契機として、「誰もが平等に医療を受けられる社会」が未だ実現されていないという事実が浮き彫りになりました。
地域・国・経済状況によって左右される医療へのアクセスの差は、「命の格差」と言い換えることもできます。
COVID‑19の経験を通じて私たちが学んだ最も重要な教訓の一つは、「感染症は一国だけの努力で食い止められない」という点です。医療技術やワクチン、医薬品、衛生資材の公平な提供は、国際協力なしには実現しません。
SDGs目標3「すべての人に健康と福祉を」は、決して他人事ではなく、私たち自身の未来を守るための目標です。世界のどこかで医療が不足すれば、新たな感染症の発生や拡大、社会的不安、経済的損失が自分たちの生活にも直接影響を及ぼします。
私たちにできること
では、個人として何ができるのでしょうか。以下のような行動が、医療格差の是正に貢献する第一歩となります。
現状を知り、正しい情報を得ること
まずは医療格差という現実があることを知り、信頼できる情報源から正確な知識を得ることが大切です。支援団体やプロジェクトを応援する
国際的に医療支援を行っている団体(例:国境なき医師団、UNICEF、GAVIなど)への寄付や、クラウドファンディングへの参加は、具体的な支援につながります。政治・行政への関心を持ち、声を届ける
日本政府や地方自治体の国際協力政策に関心を持ち、選挙や署名活動を通じて支援体制の強化を求めることも、重要な市民としての行動です。
最後に
ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の実現は、単なる医療制度の拡充ではなく、「いのちと尊厳を守る」ための世界的な連帯の象徴です。
私たち一人ひとりの行動が、その達成に向けた力強い一歩となります。
「すべての人に健康と福祉を」という目標が、世界中の誰にとっても、そして未来の世代にとっても現実のものとなるよう、今私たちができることを考え、行動に移していきましょう。