SDGsの目標8「働きがいも経済成長も」では「包摂的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用とディーセント・ワークを促進する」と掲げています。
「ディーセント・ワーク」とは「働き方改革」でも注目されている「働きがいのある人間らしい仕事」のことです。
今回は「ディーセント・ワーク」の意味や必要性について解説します。
<この記事で学べるポイント>
- ディーセント・ワークとは?SDGsとの関係性
- ディーセント・ワーク実現の4つの戦略目標と7つの軸
- 日本におけるディーセント・ワークの現状
- ディーセント・ワークによる企業への具体的メリット
ディーセント・ワークとは?
ディーセント・ワーク(Decent work)とは、1999年にILO(国際労働機関)が世界に向けて提唱したことが始まりです。
英語のdecentが意味するのは「適切な」「満足できる」「きちんとした」、ディーセント・ワークは、そこから転じて「働きがいのある人間らしい仕事」を意味します。
「働きがいのある人間らしい仕事」とは、具体的に何をもって判断するのでしょうか。
それは「労働者の人権が尊重されるだけでなく、働くことで生活が安定し、また人間としての尊厳を保つことのできる仕事」です。ディーセント・ワークは、持続可能な開発目標(SDGs)の目標8「働きがいも経済成長も」にも位置づけられています。
日本では、2019年4月に「働き方改革」法案が施行されました。それに伴いディーセント・ワークというキーワードに注目が集まり、その実現に向けて取り組む企業が増えています。
世界における「働く」の実態
世界の労働環境は、非常に厳しいのが現状です。
7.7億人が、1日1.9ドル以下の生活を強いられ、約2億人の失業者がいます。
それだけではなく、子どものうち10人に1人が児童労働に従事させられ、学校にも満足に通えません。
その人数は、日本の人口よりも多い、1億5000万人ほどです。
労災などもなく、業務上の事故や病気で1日6500人ほどの労働者が命を落とし、毎年230万人の命が失われています。
彼らは非正規で働いているため、その後の保証もない状態です。
こうした不安定な労働条件は、貧困に陥りやすくなるだけでなく、将来に対して希望を失わせることに繋がっています。
ディーセント・ワークとSDGs
2030年までに国際社会が協力し、環境、貧困、紛争などの諸問題を解決し、持続可能でよりよい世界を目指すことを目標とするSDGs。目標8「働きがいも経済成長も」では、「包摂的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用とディーセント・ワークを促進する」と掲げています。
ディーセント・ワークの促進が、なぜ大事なのでしょうか。ディーセント・ワークの推進が大事な理由は、社会的、経済的、そして人間の尊厳を守る観点から多岐にわたります。
まず社会的には、公平で質の高い雇用を創出することで、格差の縮小や地域の活性化が期待できます。これにより、安定した生活が送れる人口が増えることで、消費や経済成長にも好影響があります。
経済的には、ディーセント・ワークの考え方に基づいた働き方が普及することで、労働生産性の向上やイノベーションが促進されることが期待されます。また、従業員が働きやすい環境であれば、人材の確保や定着率の向上にもつながり、企業の競争力向上に寄与します。
最も重要なのは、人間の尊厳を守る観点と言えます。ディーセント・ワークは、働く人々が安全で、健康的で、公平な労働環境で働けることを目指します。
これにより、労働者は自分の能力を十分に発揮し、人生の質を向上させることができます。そのため、ディーセント・ワークの推進は、持続可能な社会を構築するために不可欠な要素となります。
ディーセント・ワークの実現に向けて
ILOでは、ディーセント・ワーク実現のために、以下の4つの戦略目標が掲げられています。
- 仕事の創出 – 必要な技能を身につけ、働いて生計が立てられるように、国や企業が仕事を作り出すことを支援
- 社会的保護の拡充 – 安全で健康的に働ける職場を確保し、生産性も向上するような環境の整備。社会保障の充実
- 社会対話の推進 – 職場での問題や紛争を平和的に解決できるように、政・労・使の話し合いの促進
- 仕事における権利の保障 – 不利な立場に置かれて働く人々をなくすため、労働者の権利の保障、尊重
それぞれについて補足しながら説明します。
1. 仕事の創出
仕事の創出は、国や企業が労働者に適切な雇用機会を提供し、生計を立てられるように支援することを指します。具体的な取り組みとしては、以下のようなものがあります。
雇用政策の策定
国や地方自治体が、雇用を促進する政策やプログラムを策定し、労働者が働く機会を得られるようにする。
スキル開発
労働者が必要な技能を身につけられるよう、職業訓練や教育プログラムを提供する。これにより、労働者の雇用可能性が高まり、企業の生産性も向上する。
起業支援
新規事業を創出するための支援策を整備し、雇用機会の創出を促す。
2. 社会的保護の拡充
社会的保護の拡充は、安全で健康的な職場環境を確保し、社会保障制度を充実させることを指します。具体的な取り組みとしては、以下のようなものがあります。
労働安全衛生
労働者が安全で健康的な環境で働けるよう、労働安全衛生法や規制の整備と遵守を徹底する。
社会保障制度の充実
健康保険、年金、失業保険などの社会保障制度を整備し、労働者が病気や事故、失業、高齢化などのリスクに対処できるようにする。
3. 社会対話の推進
社会対話の推進は、政府、労働者、雇用主が協力し、職場での問題や紛争を平和的に解決できるようにすることを指します。具体的な取り組みとしては、以下のようなものがあります。
労使協議
労働者と雇用主が定期的に協議を行い、職場の問題や労働条件の改善について話し合う。
労働組合活動
労働組合が労働者の権利や利益を代表し、労働条件の改善や労働紛争の解決に取り組む。
4. 仕事における権利の保障
仕事における権利の保障は、労働者の権利が尊重され、不利な立場に置かれる労働者がいないようにすることを目指します。具体的な取り組みとしては、以下のようなものがあります。
労働基準の整備
最低賃金制度や労働時間規制、休暇制度などの労働基準を整備し、労働者の権利が保護されるようにする。
差別の撲滅
性別、人種、宗教、年齢、障がいなどによる差別を禁止し、すべての労働者が平等な機会と待遇を享受できるようにする。
雇用主の法令遵守
雇用主が労働法や規制を遵守し、労働者の権利を尊重するように監督・指導する。
これらの戦略目標を達成することにより、ディーセント・ワークが実現され、労働者の生活の質や働きがいが向上し、経済成長や社会の安定化に寄与することが期待されます。
しかし実際は、世界中の労働環境において、さまざまな課題に直面しています。
失業や非正規などの不完全就業、質の低い非生産的な単純労働、危険な仕事にもかかわらず不安定な所得、男女不平等、移民労働者の搾取、病気・障害・高齢への差別など、ディーセント・ワークの欠如と言えます。ILOの活動は、このような問題への解決策を見出すことを目標にしています。
では、ディーセント・ワークはあくまで途上国のものなのでしょうか?実はそうではありません。
グローバル化による企業間の国際競争が激化した結果、新興国や途上国だけでなく先進国でもディーセント・ワークの欠如に直面しています。
日本におけるディーセント・ワーク
実は、日本においても2012年7月の「日本再生戦略」閣議決定のなかで、ディーセント・ワークの実現が目標として掲げられています。
しかし、その現実はどうでしょうか。日本でも、非正規労働者の割合は就労人口の約4割ともいわれています。安定した雇用や保障がない状況です。
では、正社員で働いていれば良いのかというと、そうでもない現状があります。
あなたの仕事はディーセント・ワークであるかどうか、8つのチェックポイントを見てみましょう。
1つでも「いいえ」と思ったなら、あなたの今の仕事はディーセント・ワークではない可能性があります。
- 安定して働く機会がある。
- 収入は十分(生活し、今後に備えて貯蓄ができる賃金)である。
- 仕事とプライベート(家庭生活)のバランスが取れている(長時間労働に苦しんでいない)。
- 雇用保険、医療・年金制度に加入している。
- 仕事で性別 (女性だから、男性だから)、性的指向・性自認による不当な扱いを感じることはない。
- 仕事で身体的、精神的危険を感じることはない。
- 働く人の権利が保障されていて(組合に入れる、作れる、会社と交渉できる)、職場での相談先がある。
- 自己の成長、働きがいを感じることができる。
いかがでしたでしょうか。「これを全部満たす仕事ってあるの?」と思った方も多いのではないでしょうか。
実は、日本においてもディーセント・ワークが普及しているとはいえない状況なのです。
ディーセント・ワークは労働そのものだけではなく、労働環境、仕事以外の私生活までワークライフバランスを充足させなければ実現できません。
ディーセント・ワーク実現のポイント
2012年3月に公表された「ディーセントワークと企業経営に関する調査研究事業報告書」では、ディーセント・ワークを実現するための7つの軸が提案されています。以下にそれぞれの軸を説明します。
①WLB軸
ワーク・ライフ・バランスを重視する軸で、労働者が働きながらプライベートな時間も確保できる職場環境が整っているかどうかを評価します。年齢を問わず働き続けられる柔軟な働き方ができる職場を目指すことが重要です。
②公正平等軸
すべての労働者が公正かつ平等に働ける職場環境が整っているかどうかを示す軸です。性別や雇用形態、年齢などによる差別がなく、チャンスや待遇が平等に与えられる職場を目指すことが重要です。
③自己鍛錬軸
労働者が自己のスキルや知識を向上させる機会が提供される職場かどうかを示す軸です。研修や教育プログラムが整備され、労働者が自己成長を図れる職場を目指すことが重要です。
④収入軸
労働者が持続可能な生計を立てられる収入を得られる職場かどうかを示す軸です。賃金が適切に設定され、労働者が安定した生活を送れる職場を目指すことが重要です。
⑤労働者の権利軸
労働者の労働三権(団結権、団体交渉権、団体行動権)などの権利が保護され、意見を自由に表現できる職場かどうかを示す軸です。労働者の権利を尊重し、発言が行いやすい職場環境を目指すことが重要です。
⑥安全衛生軸
労働者が安全かつ衛生的な環境で働ける職場かどうかを示す軸です。労働者の健康を守るために、安全対策や衛生管理が徹底された職場を目指すことが重要です。
⑦セーフティネット軸
最低限の公的な雇用保険や医療・年金制度などに加入している職場かどうかを示す軸です。労働者が仕事を失ったり、病気や老後に対処できるよう、適切なセーフティネットが整備されている職場を目指すことが重要です。
これらの7つの軸に沿ってディーセントワークの達成度を判定することで、企業は労働者の働きやすさや生産性向上に役立つ取り組みを見直し、改善することができます。
また、労働者自身も自分が働く職場環境がディーセントワークの基準に照らし合わせてどのように評価されるかを理解し、自分にとって良い職場選びや働き方改革を進める上で参考にすることができます。
参照元:ディーセントワークと企業経営に関する調査研究事業報告書(厚生労働省)
ディーセント・ワークの実践よる企業へのメリット
新型コロナウイルスの影響で、いち早くテレワークなど柔軟性のある働き方を実施する会社への評価が高まっています。
これまでは待遇や仕事内容で、社員を繋ぎ留められたかもしれません。
しかし、ここに来てライフスタイルに合わせた就労条件を提供できないばかりに、人材流出が止まらない企業が出てきています。
新型コロナウイルスは、私たちの「労働」そのものへの価値観を大きく変えてきているのです。
そんな中、ディーセント・ワークを実施することで企業へのメリットは大きいです。
今は、どんなに社員に向けて口止めをしても、SNSを通じた情報拡散は防ぎようがありません。
さまざまな企業が、従業員をどう扱っているかが暴露される「炎上」リスクにさらされています。
イメージを保つには、適正に従業員を扱う、つまりディーセント・ワークを実施するのが最も近道なのです。
逆に考えると、ディーセント・ワークを実施する企業が少ない今だからこそ、実施する「うまみ」もあります。
従業員を大事にする企業というイメージは、非常にプラスに働きます。
経営層が、普段からのディーセント・ワークを実施をこころがけているかどうか、いざという危機になった時に自社の従業員をどう扱うのか、それは、現在働く人の不満を招いて離職に結びつくだけではありません。
「将来その自社や業界を支える優秀な人材が来てくれるかどうか」という未来にもつながるのです。
まとめ
今回は、ディーセント・ワークの概念や意義、目的、実現方法について解説しました。
ディーセント・ワークは、労働者の権利や待遇の向上、働きがいの向上を目指す働き方であり、経済成長や社会の安定化にも寄与します。政府、企業、労働者が一体となって取り組むことで、持続可能で誰もが参画できる社会の実現が期待されます。
「働きがいのある人間らしい仕事」は、世界で求められています。それは発展途上国や新興国だけでなく、グローバル化が進む先進国でも同様です。
目先の企業利益を優先し、ディーセント・ワークをないがしろにする企業は、未来に向けて自分たちの発展の可能性を狭めているともいえるでしょう。