近年、世界各国で地球温暖化対策への取り組みが加速する中、「クライメートテック」という新しい技術分野が大きな注目を集めています。二酸化炭素排出量の削減や気候変動への対策を目的とした革新的な技術として、政府や企業、投資家から熱い視線が注がれているのです。
日本でも2020年に菅前総理大臣が「2050年カーボンニュートラル宣言」を発表して以来、この分野への関心が一気に高まりました。しかし、クライメートテックとは具体的にどのような技術なのか、私たちの生活にどう関わってくるのか、詳しく知らない方も多いのではないでしょうか。
本記事では、クライメートテックの基本概念から具体的な活用例、さらには個人でもできる取り組みまで、幅広く解説していきます。
クライメートテック（Climate Tech）とは
クライメートテックとは、気候変動問題の解決を目的とした技術やサービスの総称です。英語の「Climate Technology」を略した言葉で、日本では「気候テック」「脱炭素テック」とも呼ばれています。
クライメートテックの基本的な定義
クライメートテックは、温室効果ガスの排出削減や地球温暖化の影響への対処に焦点を当てた革新的な技術として定義されています。具体的には、二酸化炭素（CO2）の排出量を減らす技術、すでに大気中に放出されたCO2を回収・除去する技術、そして気候変動による影響に適応するための技術が含まれます。
この分野が扱う領域は非常に幅広く、エネルギー、農業、輸送、製造業、建築など、人間活動のあらゆる分野にわたります。なぜなら、気候変動の原因となる温室効果ガスは、私たちの日常生活や経済活動全般から排出されているためです。
従来の環境技術との違い
クライメートテックは、2000年代に注目された「クリーンテック」の発展形とも言えます。しかし、従来の環境技術と比べて、より包括的で緊急性の高いアプローチを取っているのが特徴です。
クリーンテックが主に太陽光発電やバイオ燃料など特定の技術に焦点を当てていたのに対し、クライメートテックは気候変動という地球規模の課題に対して、あらゆる角度からの解決策を模索しています。また、単に環境に優しい技術を開発するだけでなく、ビジネスとして成立し、社会全体に普及できる仕組みづくりまでを含んでいる点も大きな違いです。
クライメートテックが注目される背景
2050年カーボンニュートラル目標
クライメートテックが世界的に注目される最大の理由は、2050年までにカーボンニュートラル（温室効果ガスの実質排出ゼロ）を実現するという国際的な目標にあります。この目標達成には、既存の技術だけでは限界があることが明らかになっています。
国際エネルギー機関（IEA）の分析によると、2050年カーボンニュートラルの実現に必要な排出削減の約35％は、現在まだ商用段階にない革新的な技術によってもたらされる必要があります。つまり、新しい技術の開発と実用化が不可欠なのです。
日本でも2020年の「2050年カーボンニュートラル宣言」以降、政府が積極的にこの分野を支援しており、経済産業省からは「GXスタートアップの創出・成長に向けたガイダンス」も発表されています。
政府・企業・投資家の支援拡大
クライメートテックへの注目の高まりは、資金面でも顕著に現れています。世界的に見ると、2017年以降この分野への投資が急激に拡大しており、2022年には年間700億ドル以上の資金が投入されました。
この背景には、政府による政策支援の強化があります。各国政府は気候変動対策を国家戦略として位置づけ、法制度の整備や補助金の提供を進めています。企業においても、ESG（環境・社会・ガバナンス）経営への取り組みが重視されるようになり、サプライチェーン全体での脱炭素化が求められています。
金融機関も従来の化石燃料産業への投資を見直し、代わりにクライメートテック分野への資金提供を拡大しています。このように、政府・企業・投資家が一体となって支援する体制が整いつつあることが、この分野の急成長を支えているのです。
クライメートテックの主要分野と具体例
クライメートテックは多岐にわたる分野で活用されており、私たちの生活に身近な技術から最先端の研究まで幅広く展開されています。主要な分野とその具体例を見ていきましょう。
エネルギー分野の技術革新
エネルギー分野は、クライメートテックの中核を成す領域です。再生可能エネルギーの発電技術では、従来の太陽光パネルや風力発電の効率化に加え、洋上風力発電や地熱発電などの新技術が注目されています。
特に革新的なのは、エネルギー貯蔵技術の進歩です。リチウムイオン電池を超える次世代蓄電池の開発や、余剰電力を水素として貯蔵する技術などが実用化に向けて進んでいます。また、電力の需給バランスを最適化するスマートグリッド技術により、再生可能エネルギーの不安定性を解決する取り組みも活発化しています。
日本企業では、ハチドリ電力のようなCO2排出ゼロの自然エネルギー100％電力サービスや、企業のCO2排出量を見える化するゼロボードのようなサービスが登場しています。
輸送・モビリティ分野の取り組み
輸送分野では、電気自動車（EV）の普及が最も目に見える変化として挙げられます。しかし、クライメートテックはEVだけにとどまりません。急速充電技術の開発、燃料電池車の実用化、さらには航空業界でのバイオ燃料や電動航空機の研究が進められています。
物流分野では、配送ルートの最適化によりCO2排出量を削減するAI技術や、ドローンを活用した効率的な配送システムなども注目されています。これらの技術は、環境負荷の軽減と同時に、物流コストの削減にもつながる一石二鳥の効果を生み出しています。
農業・食料分野での活用
意外かもしれませんが、農業分野もクライメートテックの重要な応用領域です。精密農業技術により、肥料や農薬の使用量を最適化し、環境負荷を軽減しながら収穫量を向上させる取り組みが広がっています。
代替肉や培養肉の開発も、畜産業によるメタンガス排出を削減する革新的な技術として期待されています。また、垂直農法や水耕栽培などの技術により、都市部での食料生産を可能にし、輸送に伴うCO2排出量の削減も実現されています。
クライメートテック市場の現状と課題
世界的な市場規模と成長予測
クライメートテック市場は、驚異的な成長を続けています。世界的な市場規模は今後10年間で年率20％以上の成長が見込まれており、2033年までに1,620億ドル規模に達するとの予測があります。この成長の背景には、全産業が気候変動の影響を受けているという現実があります。
投資面では、2022年に世界で約700億ドルがクライメートテック分野に投資され、前年比89％の大幅増加を記録しました。特に注目されているのは、大気中のCO2を直接回収するDAC（直接空気回収）技術や、人工衛星を活用した気候変動監視システムなどの革新的技術です。
日本企業の現状と課題
しかし、日本のクライメートテック市場は国際的に見ると大きく後れを取っているのが現状です。経済産業省のガイダンスによると、日本のGXスタートアップの創業数は米国の約18分の1、資金調達規模では3分の1にとどまっています。
一方で、日本は素材系技術や蓄電池分野では世界的に高い技術力を持っており、大きな潜在力を秘めています。課題は、これらの技術をいかにビジネスとして成立させ、グローバル市場で競争力を発揮するかという点にあります。
日本特有の課題として、量産化前の「ミドル期」における資金調達の困難さが挙げられます。製品ができないと売上の見通しが立たず、売上が見込めなければ資金調達ができないという悪循環に陥りやすいのです。この問題を解決するため、政府は事前の需要表明（LOI）やオフテイク契約の活用を推進しています。
個人でもできるクライメートテック活用法
クライメートテックは企業や政府だけの取り組みではありません。私たち一人ひとりが日常生活の中で活用できる技術やサービスが数多く存在しています。
身近で実践できる取り組み
最も身近なクライメートテック活用法は、電力プランの見直しです。自然エネルギー100％の電力会社に切り替えることで、家庭での二酸化炭素排出量を大幅に削減できます。近年では、ハチドリ電力やしろくま電力のような、再生可能エネルギーに特化した電力会社が登場しており、従来の電気料金とほぼ変わらない価格で利用できるようになっています。
住宅への太陽光パネル設置も、個人レベルでできる代表的なクライメートテック活用例です。初期費用ゼロで設置できるサービスも登場しており、自家発電による電気代削減と環境貢献を同時に実現できます。余剰電力は電力会社に売電することも可能で、経済的なメリットも期待できます。
交通手段の選択においても、電気自動車への乗り換えや、カーシェアリングサービスの利用により、化石燃料への依存を減らすことができます。
企業選択における判断基準
消費者として製品やサービスを選ぶ際に、企業のクライメートテックへの取り組みを判断基準にすることも重要な貢献です。企業のCO2排出量削減目標や、再生可能エネルギーの利用状況、サプライチェーン全体での環境配慮などを確認することで、より持続可能な社会の実現を後押しできます。
投資においても、ESG投資やグリーンボンドなど、環境に配慮した金融商品を選択することで、クライメートテック分野の成長を間接的に支援することができます。
クライメートテックの将来展望
2030年に向けた技術発展
2030年に向けて、クライメートテック分野ではさらなる技術革新が期待されています。特に注目される分野は、大気中のCO2を直接回収・貯蔵するDAC（直接空気回収）技術です。現在は高コストが課題となっていますが、技術の改良とスケールアップにより、実用的な価格での運用が可能になると予測されています。
人工知能やIoT技術との融合も加速しており、気候変動の予測精度向上や、エネルギー消費の最適化がさらに進むと考えられています。また、宇宙技術を活用した気候変動監視システムや、バイオテクノロジーを応用した新素材開発なども実用化が期待されています。
社会全体への影響とメリット
クライメートテックの普及は、環境面での効果だけでなく、経済や社会全体に大きな変革をもたらします。新たな産業の創出により雇用機会が拡大し、技術革新による生産性向上も期待できます。また、エネルギー自給率の向上により、国際情勢に左右されにくい安定したエネルギー供給体制の構築も可能になります。
企業にとっては、クライメートテックの導入により、コスト削減と環境配慮を両立できる機会が広がります。投資家からの評価向上や、将来的な規制強化への対応も含めて、長期的な競争力の向上につながると考えられています。
まとめ
クライメートテックは、気候変動という人類共通の課題に対する技術的な解決策として、今後ますます重要性を増していく分野です。政府や企業の積極的な支援のもと、革新的な技術が次々と開発され、実用化に向けて着実に歩みを進めています。
私たち個人においても、日常生活の中でこれらの技術を積極的に活用することで、持続可能な社会の実現に貢献できます。電力プランの見直しや太陽光パネルの設置、環境配慮企業の製品選択など、身近なところから始められる取り組みは数多くあります。
2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、技術革新と社会全体の意識変革が求められている今、クライメートテックは私たちの未来を切り開く重要な鍵となるでしょう。
参照元
・経済産業省
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/gx_startup/gx_startup.html
・Climate Tech Japan
https://www.climatetech.jp/whatisclimatetech/
・PwC Japanグループ
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/state-of-climate-tech.html
・ボーダレス・ジャパン
https://www.borderless-japan.com/words/climate-tech/
・野村ホールディングス
https://www.nomuraholdings.com/jp/sustainability/sustainable/finance/research/rs202202_11.html
