2026年1月20日、国連大学水・環境・保健研究所(UNU-INWEH)は、世界は「水危機」の段階を過ぎ、「水破産」の時代に入ったとする報告書を公表しました。水破産とは、地表水や地下水を長期にわたって、再生可能な量や安全に減らせる限度を超えて取り続けた結果、水に関わる自然の蓄えが元に戻らない、または戻すのに途方もない費用がかかる状態を指します。水資源問題は途上国だけの話ではありません。日本でも2026年夏、四国の吉野川水系で18年ぶりに第四次取水制限が実施され、水道管の老朽化も進んでいます。この記事では、水破産が指す内容と、世界と日本の水の現在地、そして暮らしの中で選べる行動を順にたどります。
「水危機」では足りない|国連大学の報告書が示した「水破産」
報告書は、地下水の慢性的な減少、水の過剰な割り当て、土壌の劣化、森林の減少、汚染が、地球温暖化と重なって進んでいると指摘しています。そのうえで、「水ストレス」や「水危機」という言葉では現状を捉えきれないとして、「水破産」という言葉を提案しました。
「危機」と「破産」は何が違うのか
「危機」という言葉には、「いずれ乗り越えて元の状態に戻る」という含みがあります。報告書が「破産」という言葉を選んだのは、多くの地域で水の「元手」にあたる自然の蓄えがすでに減っているからです。氷河、湿地、帯水層は、収入にあたる雨や雪解け水だけでなく、貯金にあたる蓄えでもあります。その貯金を取り崩し続けた結果、元に戻せないところまで来ている地域がある、というのが報告書の見方です。
報告書が挙げた数字
UNU-INWEHの発表には、次のような数字が並んでいます。
- 人類の約75%が、水の安全保障が不十分、または極めて不十分とされる国に暮らしている
- 世界の氷河の質量は、1970年以降、いくつかの地域で30%以上失われた
- 過去50年ほどで、自然の湿地が約4億1,000万ヘクタール消えた(欧州連合の面積にほぼ匹敵)
- 主要な帯水層の約70%で、長期的な水位低下が見られる
- 灌漑農地のうち約1億7,000万ヘクタールが、高い、または非常に高い水ストレスにある
報告書が求めている転換
報告書が求めているのは、「危機への対応」から「破産の管理」への発想の切り替えです。具体的には、湿地の消失や破壊的な地下水のくみ上げ、無秩序な汚染といった取り返しのつかない損失を食い止めることを挙げています。あわせて、劣化した水環境の実力に見合うよう、水の権利や期待を見直すこと、農業や工業のような水を多く使う産業を転換すること、生活の糧が変わる地域の人々の公正な移行を支えること、しきい値にもとづく監視の仕組みをつくることも並んでいます。
水に限らず、石油や鉱物など、資源が「足りなくなる」仕組みの全体像を知りたい方には、次の記事が役立ちます。
数字で見る世界の水資源|足りないのは「量」だけではない
地球は水の惑星と呼ばれますが、人が使いやすい淡水はごくわずかです。しかも、足りなさは地域や水の質、水へのアクセスのしやすさによって、まったく違う形で現れます。
安全な飲み水が届かない人が、いまも約21億人
WHOとUNICEFの共同監視プログラム(JMP)が2025年8月に公表した報告書によると、2024年時点で、安全に管理された飲み水を使えない人は約21億人で、世界人口の約4人に1人にあたります。2015年以降の10年弱で9億6,100万人が新たにこのサービスを使えるようになり、利用率は68%から74%に上がりました。一方で、使えない21億人のうち1億600万人は、川や池などの表流水をそのまま飲み水にしています。
ここでいう「安全に管理された」飲み水とは、必要なときに敷地内で使え、ふん便や有害な化学物質で汚染されていない水を指します。蛇口をひねれば水が出るというだけでは、この基準は満たされません。
農業と地下水が、水の「貯金」を削っている
世界の水の使い道で最も大きいのは農業で、取水量の約7割を占めるとされます。穀物を育てる地域では、雨だけでは足りない分を地下水のくみ上げで補っています。地下水は何千年もかけて蓄えられたものも多く、使った分がすぐ戻る水ではありません。報告書が主要な帯水層の約7割で長期的な低下を指摘しているのは、この「貯金の取り崩し」が各地で同時に進んでいるためです。
水の問題は、気候変動、生物多様性、食料、貧困とつながっています。水が足りなくなれば、農業の収量が落ち、地域の暮らしや産業が変わらざるを得ません。報告書が、水の議題を気候や砂漠化、開発資金、平和構築の議論に組み込むよう求めているのは、そのためです。
国際的な議論は、2026年末に向けて動いている
報告書は、2026年12月にアラブ首長国連邦で開かれる国連水会議に先立って公表されたと伝えられています。水を「環境の一分野」としてではなく、国際政治や経済の中心的な課題として扱おうとする流れが、強まっていると読み取れます。
日本は「水が豊かな国」なのか|指標によって答えが変わる
「日本は雨が多く、水に恵まれた国」というイメージは、半分は当たっていて、半分は当たっていません。どの数字で比べるかによって、見える姿が変わるためです。
比べ方の違いを並べると、次のようになります。
- 年間の降水量で比べると、日本は世界平均の約2倍
- 人口1人当たりの降水量で比べると、世界平均の約4分の1とする国土交通省の白書がある
- 人口1人当たりの利用可能な水の量で比べると、日本は年間約3,400立方メートルで、世界平均の約6,800立方メートルの2分の1程度とする千葉県の資料がある
出典によって「4分の1」から「2分の1」まで幅があるのは、降水量と利用可能な水資源量では、数える範囲が違うためです。確かなのは、雨の量が多くても、人口が多い分、1人当たりでは決して多くないということです。
もうひとつの特徴は、雨の降り方です。降水は梅雨や台風の時期に集中し、河川は短くて勾配が急なため、大雨が降っても水が一気に海まで流れ下ります。この性質を補うために、日本はダムや堰などを整備して、安定して水を使えるようにしてきました。「水が豊か」に見えるのは、こうした施設と運用が支えてきた面が大きいのです。
水循環基本法にもとづき、国土交通省は毎年「日本の水資源の現況」を公表しています。令和7年版(2025年8月公表)では、水の賦存状況、利用状況、適正な利用の推進、国際的な取組などが章立てされています。日本の水を考えるときの基礎資料として、いまも更新され続けています。
2026年夏の吉野川渇水が示したもの|日本でも「余裕」は縮んでいる
日本の水資源の課題を、渇水とインフラの両面から見てみます。ここでは、今年の夏に起きたことと、水道管の現状を取り上げます。
第一次から第四次へ、段階的に強まった取水制限
四国地方整備局の発表によると、吉野川水系では2026年8月3日の9時から第一次取水制限が始まりました。この日の0時時点の早明浦ダムの貯水率は64.2%でした。8月6日時点では58.8%と、平年値の81.0%を下回り、8月10日の9時から第二次取水制限に進みました。
香川県の告知では、削減率は第一次が20%、第二次が35%、8月19日からの第三次が50%、8月28日からの第四次が60%と、段階的に強まりました。第四次取水制限は、平成20年(2008年)以来18年ぶりのことでした。
報道では、早明浦ダム周辺の7月の降雨は平年の3割ほどにとどまり、貯水率は8月30日時点で約17%まで下がったと伝えられました。その後、9月27日に降雨で池田ダムへの流入量が増えたため、徳島・香川両県への取水制限は一時的に解除されました。今後の流入量次第では再開もあり得るとされています。
取水制限は、河川から取る水の量を減らして、ダムの貯水を長持ちさせる調整です。蛇口がすぐ止まるわけではありませんが、農業用水や工業用水、水道用水の順に負担が及び、地域の暮らしや生業に影響が出ます。水がもともと豊かでないところに、雨の少なさが重なると、余裕がこれほど早く減るという実例です。
吉野川に限らず、日本の渇水や水道の課題を広く整理した記事も、あわせて読めます。
更新が追いつかない水道管
もうひとつの課題が、水道管の老朽化です。国土技術政策総合研究所の資料によると、令和5年度の全国の水道管路は総延長で約75万キロメートルあり、このうち法定耐用年数の40年を超えたものは約19万キロメートルで、管路経年化率は25.3%でした。水道技術研究センターの集計では、令和2年度の21.0%から毎年上がっています。
一方、同じ令和5年度に更新できた管路の割合(更新率)は、全国平均で約0.61%にとどまります。このペースが続くと、20年後には経年化率が約71%に達するという見通しが示されています。
水道とは別の下水道管ですが、2025年1月28日には、埼玉県八潮市で下水道管の破損に起因すると考えられる道路陥没が発生しました。これを受けて国は、内径2メートル以上で設置から30年以上たった管路の全国特別重点調査を要請しています。高度経済成長期に集中して整備された地下のインフラを、人口が減るなかでどう更新し、維持していくか。水の「量」だけでなく、水を届ける「仕組み」の持続可能性も、問われています。
見えない水への依存|バーチャルウォーターと食卓
日本の水問題は、国内だけでは完結しません。食料や工業製品の多くを輸入に頼っているため、その生産に使われた水を海外から間接的に取り込んでいるからです。
輸入に頼る「見えない水」
環境省によると、2005年に海外から日本へ輸入されたバーチャルウォーター(食料などの生産に必要な水を、輸入によって間接的に使うと見なした量)は約800億立方メートルで、その大半は食料に由来します。これは、日本国内で1年に使われる水の量と同程度とされています。
背景には、カロリーベースの食料自給率が40%程度であることがあります。ただしこの数字は、国や地域ごとの生産方法の違いや、農業用水の蒸発・浸透・再利用を正確につかむことの難しさから、あくまで目安として扱われています。2005年のデータにもとづく推計である点にも、注意が必要です。
節水だけでは届かない部分
家庭の蛇口で使う水を減らすことには、渇水時に直接効くという意味があります。水道の使用量が減れば、浄水や配水のエネルギーも減ります。一方で、世界の水破産の主な原因は農業用水と地下水にあり、私たちの暮らしとは、食べ物や買い物を通じてつながっています。蛇口の水と、食卓の裏にある水は、別々の話ではなく、両方に意味があります。
また、「国産なら水に優しい」と単純には言えません。国内でも渇水は起き、産地ごとに水の事情は違います。輸入先で水がどのくらい足りているかも、品目や産地によってさまざまです。大切なのは、食べ物の背景に水の使われ方があることを知り、無駄にしない選び方を意識することです。
「水破産」にどう向き合うか|世界と日本で進む対策
水破産という言葉は重く聞こえますが、報告書の趣旨は「諦める」ことではなく、「現実を認めたうえで、損失を食い止める」ことにあります。
世界で求められているのは、監視と管理の見直し
報告書は、人工衛星などによる地球観測やAIを使った、水破産のモニタリングを国際的な枠組みに組み込むよう求めています。いつ、どこで、どの帯水層がどのくらい減っているのかを継続して測り、しきい値を超える前に手を打つ仕組みです。あわせて、農業や工業が使う水の量や方法を見直し、湿地や地下水の保護を強化することが挙げられています。
日本では、森・川・海を一続きで守る発想
日本には、水循環基本法という土台があります。森・里・川・海を連続した空間として捉え、流域全体で水の循環を健全に保つという考え方です。森林が健全であれば、雨水が地中にしみ込んで地下水を育て、洪水や渇水の影響をやわらげる働きも期待されます。
人口減少や高齢化で、水源地域の森林や農地の手入れが行き届かなくなることは、水の問題としても無視できません。雨水や再生水の利用も、導入事例が広がる一方で、利用量はまだ限られるとされており、さらに広げていくことが求められています。水道の更新、水源の保全、新しい水の使い方が、同時に進む必要があります。
今日からできること|暮らし・食卓・地域で水と付き合い直す
水破産は大きな話ですが、日々の選び方の中にも、水と関わる場面があります。生活の中の近い順に、3つの場面を挙げます。
暮らしの中で
渇水が起きたときに、自治体や水道事業者から出る節水の呼びかけに応じることは、地域の水を長持ちさせる直接的な行動です。また、災害による断水に備えて、飲み水の備蓄を見直しておくことも、水との付き合い方のひとつです。備蓄の目安は自治体や防災機関が公表しているので、一度確認してみてください。
食卓の中で
食べ物を捨てることは、その生産に使われた水を捨てることでもあります。食品ロスを減らすには、買う量を食べきれる範囲に絞る、賞味期限と消費期限の違いを知る、といった身近な工夫が出発点になります。産地を見て選ぶときは、「国産だから安心」と決めつけず、旬のものを選ぶ、地域で採れたものを選ぶといった形で、水の負荷を少しでも小さくする視点を足してみてください。
地域の中で
自分の暮らす地域の水がどこから来ているかを、一度調べてみるのもよいでしょう。水源地域の森林保全の活動に参加する、あるいは自治体の水道事業の広報を読む、といった関わり方もあります。水道料金の見直しの議論は、管路の更新費用をどう確保するかが論点になっていることが多く、その背景を知ることが、地域の水を支える一歩になります。
水を暮らしの視点から守る具体策を、距離ごとに知りたい方は、次の記事も参考になります。
まとめ
国連大学が示した「水破産」は、水の問題が一時的な危機ではなく、戻らない損失を伴う段階に入った地域があるという警告です。氷河、湿地、帯水層といった水の蓄えが減るなかで、世界では約21億人が安全に管理された飲み水を使えない状況が続いています。
日本は、雨が多い一方で人口も多く、1人当たりでは水に恵まれた国とは言えません。2026年の夏には吉野川水系で18年ぶりに第四次取水制限が実施され、水道管の老朽化も進んでいます。食料の輸入を通じて、海外の水に支えられている面もあります。
だからこそ、蛇口の節水だけでなく、食べ物の選び方や、地域の水を支える関わり方にも、できることがあります。まず1つだけ、今週の買い物で「食べきれる量」を意識することから試してみてください。
- 水破産は、水の蓄えの損失が元に戻らない段階に入ったとする、国連大学の問題提起
- 日本は降水量が多くても、1人当たりでは世界平均を下回るとされ、渇水や老朽化の課題を抱える
- 食料輸入を通じたバーチャルウォーターは、国内の年間水使用量と同程度の規模とされる
- 食品ロスの削減、旬や地域の食材の選択、地域の水への関心が、今日からの行動になる
参考文献
- 国連大学水・環境・保健研究所(UNU-INWEH)「World enters era of global water bankruptcy」(2026年)
- UNICEF USA「Fast facts: 1 in 4 people globally still lack access to safe drinking water – WHO, UNICEF」(2025年)
- 国土交通省「令和7年版 日本の水資源の現況」(2025年)
- 国土交通省「平成14年度 国土交通白書 第II部 国土交通行政の動向」(2002年)
- 千葉県水道局「水の豆知識」(2026年10月閲覧)
- 国土交通省 四国地方整備局「吉野川の取水制限に関する報道発表資料」(2026年)
- 香川県「節水へのご協力をお願いします」(2026年)
- 国土交通省 国土技術政策総合研究所「水道管路の経年化と更新に関する資料」(2026年)
- 環境省「バーチャルウォーター」(2026年10月閲覧)
- 横浜市「下水道管路の全国特別重点調査の結果について」(2025年)




