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液状化で11万棟全壊の現実|南海トラフ対策の「見えない死角」に向き合う

液状化で11万棟全壊の現実|南海トラフ対策の「見えない死角」に向き合う

南海トラフ巨大地震が起きたとき、街を襲うのは津波だけではありません。地盤が液体のように支持力を失う「液状化」によって、全壊する建物は最大で約11万棟にのぼると試算されています。内閣府が2025年3月31日に公表した新しい被害想定に示された数字です。津波のように到達時間や高さがイメージしやすい脅威と違い、液状化は「どこが、どの程度」被害を受けるかが伝わりにくく、対策は思うように進んでいません。費用の重さ、関心の低さ、自治体ごとの対応格差。この記事では、液状化とは何かという基本を押さえたうえで、なぜ対策が停滞しているのか、能登半島地震が突きつけた教訓、そして今日から個人でできる備えまでを整理します。

この記事で学べること

  • 内閣府の最新被害想定で液状化による全壊棟数がどう試算されているか
  • 液状化対策が思うように進まない3つの構造的な理由
  • 能登半島地震で実際に起きた液状化被害と復旧の長期化
  • 住民が主体的に動いて対策を実現させた自治体の事例
  • ハザードマップ・地盤調査・地震保険を使った今日からの備え方

液状化とは何か|津波の陰に隠れがちな「静かな脅威」

液状化とは、地震の強い揺れによって、砂や水分を多く含んだ地盤が一時的に液体のような状態になる現象です。地盤の粒子の間にある水の圧力が急激に高まることで、地盤本来の支持力が失われ、建物が傾いたり沈み込んだりします。埋め立て地や砂質地盤の多い沿岸部・河川周辺で特に起こりやすいとされ、被害は住宅だけでなく道路や上下水道といった生活インフラにも及びます。

津波が「高さ」「到達時間」という形でリスクをイメージしやすいのに対し、液状化は地盤の性質や地下水位によって被害の出方が大きく変わるため、専門的な調査なしには「自分の家がどうなるか」を実感しにくいという特徴があります。この「見えにくさ」こそが、対策の遅れを生む最初のボタンの掛け違いになっています。ここから先は、この見えにくいリスクが数字としてどう示されているか、そしてなぜ対策が進まないのかを具体的に見ていきます。

2025年3月の被害想定が突きつけた「11万棟全壊」の中身

内閣府に設置された南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループは、2025年3月31日に新たな被害想定を公表しました。南海トラフ巨大地震が発生した場合、最大で29万8000人が死亡し、経済被害額は292兆円に上るとされ、人口の約5割が住む31都府県764市町村が震度6弱以上の強い揺れか高さ3メートル以上の津波に見舞われる想定です。この津波・揺れの被害の陰で、液状化による全壊棟数は最大11万棟と試算されており、前回(2012・2013年)の想定に比べて18%減少したものの、依然として甚大な規模であることに変わりはありません。

太平洋側だけでなく日本海側にもリスクは及ぶ

液状化によって全壊する家屋は、愛知県・大阪府・広島県ではそれぞれ1万棟を超えると試算されており、太平洋側の大都市圏に被害が集中する傾向がうかがえます。一方で、日本海側に位置する福井県でも1800棟に上るとされている点は見落とせません。埋め立て地や砂質の地層など軟弱な地盤が広く存在することがその理由で、「南海トラフ=太平洋側だけの問題」という思い込みは正確ではないことを示しています。自分の住む地域が想定震源から離れているからといって、液状化リスクが低いとは限らない点は、多くの人が誤解しやすいポイントです。

前回想定からの改善は限定的

18%という減少幅は、耐震化や地盤対策が一定程度進んだ結果とも読み取れますが、南海トラフ地震防災対策推進基本計画は死者数を10年間で8割、全壊棟数を5割減らす目標を掲げており、この目標に照らせば達成には遠い水準です。耐震化率や密集市街地対策など、目標達成に必要な分野での遅れが目立っているのが実情です。

対策が進まない3つの壁

被害想定が更新されても、実際の対策が同じペースで進むわけではありません。液状化対策が停滞している背景には、大きく3つの壁があります。

見えにくいリスクゆえの関心の低さ

短時間で命に関わる津波に比べて、液状化被害は詳細な予測が難しく、事前対策への関心が高まりにくいという課題があります。ハザードマップは整備されていても、そこに示されたリスクが「自分ごと」として住民に伝わりにくく、避難意識や対策意識の醸成が津波ほど進んでいません。

高額な費用と個人負担の重さ

住宅被害を軽減する備えとして、地盤改良や住宅基礎の強化、地下水位を下げる工法などが有効とされていますが、いずれも高額な費用がかかります。対策工事は1世帯あたり数百万円規模になることも珍しくなく、新築や建て替え時の費用の一部を補助する自治体がある一方で、補助制度のない自治体も多いのが現状です。特に既存住宅への後付け対策は、新築時に組み込む対策に比べてコストが割高になりがちで、持ち家世帯にとって大きな経済的ハードルになっています。

自治体ごとの対応格差

被害想定を独自に見直す自治体も増えていますが、想定の更新と実際の対策支援は別の話です。ハザードマップを整備した自治体でも、住民への周知、相談窓口の設置、補助制度の設計まで手が届いているかどうかには大きな差があります。同じ南海トラフの被害想定区域内でも、住んでいる自治体によって受けられる支援の手厚さが変わってくるという構造的な不公平が生まれています。

能登半島地震が示した「液状化の長期化」というリアル

内閣府の作業部会は、防災・減災対策の進捗データや最新の計算モデル、地盤・津波研究の成果を反映する作業を2023年4月から進め、2024年1月に発生した能登半島地震のデータも加味して新しい被害想定を検討してきました。能登半島地震では石川県の内灘町など沿岸地域で大規模な液状化が発生し、道路の陥没や上下水道の損壊が重なって、復旧作業は長期化しました。集団移転や個人補償をめぐって住民と行政の協議が続いたケースもあり、被災後の生活再建の難しさが改めて浮き彫りになっています。

南海トラフ巨大地震が発生すれば、能登半島地震とは比較にならない広域・同時多発の液状化が起こる可能性があります。一つの自治体だけでも復旧に年単位の時間がかかった事例があることを踏まえると、被災地が同時多発的に広がった場合、行政のマンパワーや予算配分の限界から、復旧がさらに長期化するおそれがあります。だからこそ、被災後の対応力を上げることと同じくらい、被災前の事前対策の重要性が高いといえます。

想定の更新だけでは終わらない|動き出した自治体と住民

被害想定の見直しは南海トラフ沿岸の各地に広がっています。愛媛県は2026年2月に新たな想定を公表し、今治市や松山市などの沿岸部を中心に液状化による全壊・半壊が多数にのぼるとしています。広島県や山梨県も独自の被害想定を公表するなど、自治体レベルでの検討は着実に進んでいます。

ただし、想定を新しくすることと、住民が実際に守られることの間には距離があります。その距離を埋めたのが、行政任せにしなかった住民自身の動きです。2007年の新潟県中越沖地震で液状化被害を受けた柏崎市山本地区では、住民らが地域再建に向けて活動を始め、行政に支援を求めて交渉を続けた結果、液状化対策工事の実現にこぎつけたとされています。「行政が動かないから何もできない」ではなく、住民が声を上げ続けたことで対策が動いた事例は、被害想定の数字だけでは見えてこない希望を示しています。

だいち災害リスク研究所の横山芳春所長は、液状化リスクの高い地域を避けることに加えて、既存住宅は被害に遭うことを前提とした備えが重要だと指摘し、地震保険への加入も有効な手段の一つだとしています。あわせて、液状化ハザードマップなどの情報発信を徹底し、不安を抱える住民からの相談を受け付ける体制整備の必要性も挙げています。専門家の視点からも、行政の情報発信と住民側の備えは両輪であることがわかります。

今日からできる3つの備え

対策は専門家や自治体だけに任せる話ではなく、個人レベルで動ける部分も確かにあります。今日から始められる3つのステップを紹介します。

  1. 液状化ハザードマップを確認する|居住地や検討中の土地が液状化リスクの高い地域かどうか、自治体が公開するハザードマップで確認できます。国土交通省のハザードマップポータルサイトからも全国の情報を確認できます。
  2. 住宅の地盤・基礎状況を把握する|新築・購入時には地盤調査報告書を確認し、液状化対策が講じられているかをチェックします。既存住宅については、地盤調査会社など専門家への相談も選択肢の一つです。
  3. 地震保険と備蓄を見直す|地震保険は液状化被害も補償の対象になります。現在の補償内容を確認し、万一に備えた生活資金の確保を検討しましょう。インフラが長期停止することを想定し、水・食料・医薬品の備蓄も見直しておきたいところです。

地震保険の補償範囲や選び方についてはこちらの記事でも詳しく取り上げています。

災害後にインフラが止まる期間を見越した家庭の備蓄品リストは、こちらの記事も参考になります。

能登半島地震の被災地でどのような生活再建の課題が起きているかは、こちらの記事でも紹介しています。

まとめ

南海トラフ巨大地震の被害想定において、液状化による全壊棟数は最大11万棟という重い数字が示されています。津波ほどわかりやすい恐ろしさがない分、液状化への備えは後回しにされがちですが、被害は命だけでなく住まいと生活基盤を長期間にわたって奪う可能性があります。

対策が進まない背景には、リスクの見えにくさ、費用の高さ、自治体ごとの対応格差という3つの壁があります。それでも、能登半島地震の教訓を踏まえた被害想定の更新や、柏崎市山本地区のように住民が主体的に動いて対策を実現させた事例は、制度と個人の行動の両方が被害を減らす力になることを示しています。政府は南海トラフ地震防災対策推進基本計画の改定を予定しており、防災体制の強化に向けた動きも続いています。制度の整備を待つだけでなく、自分が住む地域の地盤リスクをまず知ることが、備えの第一歩になります。

  • 内閣府の2025年3月想定で液状化による全壊棟数は最大11万棟とされている
  • 愛知県・大阪府・広島県で1万棟超、日本海側の福井県でも1800棟と地域差が大きい
  • 対策停滞の背景には見えにくいリスク・高額な費用・自治体格差の3つの壁がある
  • 能登半島地震では液状化からの復旧が長期化し、住民と行政の協議が続いた
  • ハザードマップ確認・地盤調査・地震保険の見直しは個人レベルで今日から始められる

参考文献

  • 記事を書いたライター
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