「水素社会」という言葉が現実味を帯びてきています。2024年5月に「水素社会推進法」が成立し、同年10月に施行されました。日本が2017年に世界で初めて策定した水素の国家戦略から約9年。技術実証の段階を経て、いよいよ社会実装へとギアが入ったいま、何が変わり、何が課題として残っているのかを整理します。
水素社会推進法とは何か
2024年5月に「水素社会推進法」が成立し、10月に施行されました。正式名称を「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行のための低炭素水素等の供給及び利用の促進に関する法律」といい、CO₂の排出量が少ない水素「低炭素水素等」の使用を促進し、社会の脱炭素化を進めるための法律です。
資源エネルギー庁が2024年9月に発表した「水素を取り巻く国内外情勢と水素政策の現状について」という資料によると、同法に基づいて、既存の化石燃料との価格差を埋めるための金銭的な支援や国内事業者の拠点整備費の一部支援、水素を製造・輸送・貯蔵する施設の保安検査を都道府県ではなく国が実施することによる事業の迅速化を目指すとしています。
この法律が生まれた背景には、脱炭素化への強い要請があります。
政府は2050年までのカーボンニュートラルと、中間目標として2030年度までの温室効果ガス46%削減(2013年度比)を掲げており、その達成に水素の活用が不可欠と位置づけています。
水素基本戦略が示す数値目標
日本の水素政策の全体像を規定するのが「水素基本戦略」です。
日本は2017年、世界で初めて水素の国家戦略「水素基本戦略」を策定しました。その後、EU・ドイツ・米国など各国で相次いで水素の国家戦略が策定され、水素関連の取り組みが強化されてきました。
日本は2023年6月に水素基本戦略を改定し、水素供給量について2040年に1,200万トン/年を目指すことを新たに追加しました。
さらに、2030年の水素等導入目標300万トン/年に加え、2040年目標を1,200万トン/年、2050年目標は2,000万トン/年程度と設定し、コスト目標として2030年に30円/Nm³(CIF価格)、2050年に20円/Nm³(CIF価格)とすることが掲げられています。
投資規模も大きく、2023年6月の改定では、官民合わせて今後15年間で15兆円の投資を行うとしています。
水素社会の実現に向けた国家としての意志が、数字に刻まれました。
水素はなぜ「切り札」なのか
水素は多様な資源から製造できるため、国内での製造や海外からの資源の調達先の多様化を通じ、エネルギー供給・調達リスクの低減に資するエネルギーです。また、再生可能エネルギーによる水の電気分解や、化石燃料と二酸化炭素の貯留・再利用技術を組み合わせることで、カーボンフリーなエネルギーとして活用可能です。
特に注目されるのが「脱炭素が難しい分野」への活用です。
代替技術が少なく転換が困難な、鉄鋼・化学等のいわゆる「ハード・トゥ・アベイト(hard to abate)セクター」や、モビリティ分野、サプライチェーン組成に資する発電等での活用が期待されています。
エネルギー安全保障の観点も重要です。
資源に乏しい島国である日本は、エネルギーの多くを輸入に依存しており、再生可能エネルギーの拡大にも地理的制約や電力系統の統合といった課題が立ちはだかっています。
だからこそ、多様な資源から製造できる水素は、エネルギー自給率を高める手段として期待されているのです。
「期待」と「現実」のギャップ
一方で、水素社会の実現には課題も山積しています。国際エネルギー機関(IEA)が2024年10月に公表した「Global Hydrogen Review 2024」を踏まえた分析によると、「ハイドロジェン・ハイプ(水素社会に対する過剰な期待)からリアリティーチェックへ」という言葉が、欧州の関係者の間で幾度となく聞かれるようになっているといわれています。市場関係者が冷静さを取り戻してきたように見えると指摘する声もあります。
具体的には、政策フレームによって創出される需要と、水素供給の政策目標の積み上げとの間には大きな乖離があるとされています。一方、2030年断面の供給量についても、政策フレームによって創出される需要に対してさえ、供給ギャップがあるとされています。
また、現在の再生可能エネルギーインフラでは、グリーン水素の輸入が不可欠であり、水素がエネルギー安全保障の切り札とされながらも、日本が水素輸出国に依存するようになれば、新たな依存構造に陥る可能性があるという矛盾も指摘されています。
日本発の技術と身近な実証事例
課題はありつつも、日本国内では具体的な動きが着実に進んでいます。東京・赤坂では、赤坂熱供給株式会社が再エネ由来のグリーン水素を燃料とする燃料電池およびボイラー設備を導入し、2026年1月から本格稼働する計画を進めています。東京都心部の地域冷暖房会社としてグリーン水素を活用する熱源設備を導入する初の取り組みとされています。
家庭レベルでも実証が始まっています。
ノーリツは燃料に水素を100%使う家庭用給湯器を開発し、2024年秋から神戸高専敷地内で実証実験を開始しました。さらに2024年12月からはオーストラリア西オーストラリア州の水素住宅に同機を導入し、日常稼働の信頼性を評価する実証実験を開始しています。
国際競争の観点でも、日本の技術力への期待は高いです。
日本は、水素を交通・製鉄・ガス・電力などの分野に横断的に導入する「水素社会」の実現に取り組んでおり、その取り組みは技術革新、市場設計、そして地政学的な状況を踏まえた各国の文脈に応じた戦略立案の重要性を示しているとして、国際的にも注目されています。
私たちにできること、社会が目指す方向
水素社会の実現は、政府や企業だけの課題ではありません。エネルギーの選択肢を知ること、水素関連の製品や取り組みへの理解を深めることが、社会全体の議論を育てる一歩になります。
水素は「脱炭素、エネルギー安定供給、経済成長」の「一石三鳥」を狙える存在として、大規模な投資支援の対象になっています。
課題を直視しながらも、技術と政策の両輪で着実に前進しているのが、2026年現在の水素社会の姿です。まだ見えにくい「未来のエネルギー」ですが、赤坂の地域冷暖房や家庭用給湯器の実証のように、すでに私たちの日常に近いところで水素は動き始めています。
水素社会は「実装フェーズ」へ|推進法施行後の日本の現在地
【学べるポイント】
✅ 水素社会推進法が2024年10月に施行
✅ 2040年に

