スマートフォンの普及により、どこにいてもメールやチャットで仕事の連絡が届く時代になりました。便利な一方で、休日や帰宅後も「返信しなくてはいけない」というプレッシャーを感じている人は多いのではないでしょうか。こうした問題に対して注目されているのが「つながらない権利」です。この記事では、つながらない権利が何なのか、なぜ必要とされているのか、わかりやすく解説します。
つながらない権利とは
つながらない権利とは、勤務時間外や休日に、仕事上のメールや電話への対応を拒否する権利のことです。より正確には、「勤務時間外において仕事とつながらない権利」、言い換えれば、「業務に関連するアクセスから遮断される権利(アクセス遮断権)」と説明されることが多いです。
平たく言えば、仕事から完全に解放され、心身ともにオフにしてよいという権利です。
2016年にフランスで労働法が改正された際に盛り込まれ、世界的に話題になりました。
なぜつながらない権利が必要なのか
ICTが発展した現代では、職場から離れても、スマホやタブレットなどのデバイスと常時つながっていて、いつでもどこでも、業務に関するやり取りを行うことができます。この便利さの裏で、休息やプライベートの時間が圧迫されるという課題が生まれています。
業務連絡が届く可能性があると認識して睡眠をとる場合と、そのような連絡・対応がないと認識して睡眠をとる場合では、体力の回復に差が生じるといった例もあります。また、日本労働組合総連合会の調査(2023年)によれば、勤務時間外に部下・同僚・上司から業務上の連絡がくるとストレスを感じる雇用者は62.2%に上っています。
つながらない権利は、このストレスから労働者を守り、心身の回復を確保するために注目されているのです。
海外での法制化の進み具合
フランスでは、従業員50人以上の企業では、従業員は勤務時間外のメールなどを遮断する権利を有することを定款に明記することを義務付けました。
イタリア、ベルギー、スペインでも「つながらない権利」の法制化がなされ、欧州議会の2021年決議は「つながらない権利」をEU指令として制定することを欧州連合(EU)加盟国に求めました。
さらに、ポルトガルでは、2021年に企業が就業時間外の従業員に連絡することを原則として禁じ、違反企業には売上高に応じて罰金を科す法律を成立させました。
日本での現状と取り組み
日本の法律では、労働法に「つながらない権利」について規定した法令はなく、具体的な法制化の動きもありません。しかし、厚生労働省が2021年に「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」を発表し、テレワークを実施している者に対し、時間外、休日または所定外深夜のメールなどに対応しなかったことを理由として不利益な人事評価を行うことは適切ではないと示しました。
また、一部企業では既存の法令の枠内で「つながらない権利」について対処しており、ジョンソン・エンド・ジョンソンは午後10時以降と休日の社内メールのやり取りを禁止し、三菱ふそうトラック・バスは長期休暇中にメールを受信拒否・自動削除できるシステムを導入しました。
私たちにできることと企業への期待
つながらない権利を実現するためには、個人と企業の双方の取り組みが大切です。個人としては、業務時間外に連絡を受けても無理に返信する義務がないこと、そして自分の心身の健康を優先することを意識することが重要です。
企業側には、従業員が勤務時間外に業務連絡を受け取らなくてもよいという環境整備が求められます。メール送信の時間帯を工夫したり、業務ツールのアクセスを制限したり、管理職の意識改革を進めたりすることで、つながらない権利の実現が近づきます。
勤務時間外連絡を制限する取り組みを始めた企業では、離職率改善や心理的安全性の向上が報告されています。つながらない権利は、労働者の健康を守るだけでなく、企業にとっても生産性向上に貢献する可能性を秘めているのです。

