SSBJとは、日本のサステナビリティ開示基準をつくる民間の機関「サステナビリティ基準委員会(Sustainability Standards Board of Japan)」の略称です。企業が気候変動や人的資本などの情報を投資家に伝えるときの「ものさし」を決める役割を担っています。国際的な基準づくりを進める国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が2021年11月に設立されたことを受け、公益財団法人財務会計基準機構(FASF)の中に2022年7月に設けられました。
定義だけなら一文で済みますが、いま知りたいのはその先ではないでしょうか。2026年2月に義務化のルールが公布され、2027年3月期から一部の上場企業で適用が始まります。2026年10月末の今は、3月期決算の最大規模の企業にとって、適用初年度の半ばにあたります。
この記事では、誰がいつから対象になるのか、何を開示するのかを確認します。そのうえで、SSBJについてよくある誤解と、投資する人・働く人・取引先の立場から何ができるのかを整理します。
SSBJとは何をする組織か|基準づくりと、義務化を決める役所の役割分担
SSBJの仕事は大きく2つあります。ひとつは、日本の資本市場で使われるサステナビリティ開示基準(SSBJ基準)を開発することです。もうひとつは、ISSBの公開草案へのコメント提出や国際会議での発言を通じて、国際基準づくりに日本の意見を届けることです。
ここで押さえておきたいのは、SSBJが決めるのは「基準の中身」までだという点です。どの企業がいつから使うのかは別の主体が決めます。この役割分担を知っておくと、後の節の制度の話が読みやすくなります。
SSBJ基準は3本立て
SSBJ基準は2025年3月5日に公表されました。構成は次の3つです。
- ユニバーサル基準「サステナビリティ開示基準の適用」
- テーマ別基準第1号「一般開示基準」
- テーマ別基準第2号「気候関連開示基準」
ユニバーサル基準は開示全般の基本ルールにあたります。第1号と第2号は、ISSBのIFRS S1号(全般的要求事項)とIFRS S2号(気候関連開示)に対応する内容です。
ISSB基準とのちがい
SSBJ基準は、ISSB基準の要求事項を基本的にすべて取り入れたうえで、日本の事情に合わせた容認規定や一部の追加開示を加えた構成だと説明されています。
たとえば、公開草案の段階にあった「スコープ1・2・3の温室効果ガス排出量の合計値の開示」は、確定版では不要になったと報告されています。国際基準と整合しつつ、日本の企業が対応しやすい形に調整された例といえます。
義務化を決めるのは金融庁
SSBJが公表した基準を、法的に義務づける形で使うかどうかを決めるのは金融庁です。金融庁は2026年2月20日に、企業内容等の開示に関する内閣府令(開示府令)の改正を公布しました。
SSBJは2026年3月13日にも基準を改正しています。金融庁はこの改正後の基準を、開示府令が定める「サステナビリティ開示基準」として指定する手続き(パブリックコメント)を進めました。SSBJが基準を磨き、金融庁が制度に組み込む、という二段構えです。
いつから誰が対象か|時価総額で段階的に広がる適用スケジュール
義務化の対象は、東京証券取引所プライム市場に上場する企業のうち、平均時価総額が一定以上の企業です。一斉に始まるのではなく、規模の大きい企業から順に広がります。
金融庁の発表や各監査法人の解説をもとにすると、現時点(2026年10月)の見通しは次のとおりです。
- 平均時価総額3兆円以上は、2027年3月31日以後に終了する事業年度から(3月期決算なら2027年3月期)
- 1兆円以上3兆円未満は、2028年3月31日以後に終了する事業年度から(2028年3月期)
- 5,000億円以上1兆円未満は、2029年3月期からとする方向が示されているものの、開示府令にはまだ盛り込まれていない
- 5,000億円未満は、適用時期は未定
「確定」と「方向性」が混ざっている点に注意してください。府令で定まっているのは1兆円以上の層までです。5,000億円以上の層は、金融庁の審議会が示した方針の段階にとどまります。
時価総額の判定のしかた
判定に使うのは、ある日の株価ではありません。2026年3月末を基準に、直近5事業年度末の時価総額を平均した数字です。上場から5年未満の会社は、上場後の期間だけで平均を出します。
一時的な株価の上下で対象かどうかが毎年変わってしまうことを避けるための仕組みです。
初年度に使える「二段階開示」
適用が始まる年度とその翌年度は、有価証券報告書にSSBJ基準で求められるサステナビリティ情報を載せなくてもよい、という特例があります。ただし、翌期の半期報告書の提出期限までに、訂正報告書でSSBJ基準に沿った開示を行うことが条件です。
準備に時間がかかる初期の負担を和らげるための措置です。読む側から見ると、有価証券報告書の発行時点では情報が出そろっておらず、あとから訂正報告書で補われるケースが出てくることになります。
第三者による保証の位置づけ
開示内容が正しいかを第三者が確認する「保証」は、開示府令ではなく金融商品取引法の改正で整える流れです。報道や解説では、各社の開示開始の翌年から求める案が示されています。たとえば3兆円以上の層は、2028年3月期からとされています。
保証を担う事業者は登録制で、監査法人以外も要件を満たせば参入できる設計だと説明されています。細部は政令や内閣府令で決まるため、最新の公表を確認してください。
何を開示するのか|4つの柱と、気候関連のスコープ1・2・3
SSBJ基準が企業に求めるのは、投資家の意思決定に影響しうる、サステナビリティ関連のリスクと機会の情報です。環境に良いことをしているかをアピールする場ではなく、「そのリスクと機会が企業の業績や財務にどう響くか」を伝える場だと考えると、全体像をつかみやすくなります。
ガバナンス・戦略・リスク管理・指標と目標
開示の骨組みは4つの柱です。この構造は、気候変動の開示で広く使われてきたTCFD提言と共通しています。TCFDで開示してきた企業は、土台を引き継ぎやすくなります。
- ガバナンス(取締役会などがどう監督しているか)
- 戦略(リスクと機会が事業や財務にどう影響するか)
- リスク管理(どう特定し、評価し、管理しているか)
- 指標と目標(何をどう測り、どんな目標を置いているか)
温室効果ガス排出量とスコープ3
気候関連開示基準では、温室効果ガスの排出量をスコープ1(自社の直接排出)、スコープ2(購入した電気などによる間接排出)、スコープ3(原材料の調達から製品の使用・廃棄まで、事業活動の前後で出る排出)に分けて開示します。
スコープ3は、取引先を含むバリューチェーン全体の排出量なので、算定の難易度が高い項目です。確定版で3つのスコープの合計値の開示が不要になったのは、こうした算定の負担を踏まえた調整のひとつと受け止められています。
ただし、スコープ3の開示そのものが不要になったわけではありません。ISSB基準にもとづく国際的な流れと足並みをそろえる形で、各企業の判断で重要なカテゴリーを特定して開示していく形になります。
SSBJについてよくある4つの誤解
ここまで読むと、SSBJは「大企業の経理・IR担当者の話」に見えるかもしれません。実際には、制度の名前だけが一人歩きして、誤解されやすい点がいくつかあります。
「SSBJが企業に義務を課している」わけではない
SSBJは民間の基準設定機関で、企業に法的な義務を課す権限は持っていません。義務の根拠は金融庁の開示府令と、その上位にある金融商品取引法です。SSBJは「ものさし」をつくる側、金融庁は「どの企業が使うか」を決める側、という分担です。
「上場大企業だけの話」とは限らない
法律上の対象は、当面はプライム市場の大規模な企業です。ただ、スコープ3を開示する企業は、取引先から排出量などのデータを集める必要があります。その結果、対象外の中堅・中小企業にも、データ提供の依頼が届く可能性があります。
これは制度が直接求めるものではなく、取引関係を通じて間接的に広がる影響です。依頼が来るかどうかは、取引先の業種や規模によって異なります。
「開示が義務」は「削減が義務」ではない
SSBJ基準が義務づけるのは、情報を開示することです。排出量を何%減らさなければならない、といった削減目標を課すものではありません。目標を置くかどうか、どの水準にするかは、各社が自らの戦略として決め、その内容を開示します。
「開示があれば環境に配慮した企業」とは言えない
開示が増えること自体は前進ですが、開示の量と取り組みの質は別の話です。たとえば、目標は立派でも進捗が書かれていない、スコープ3の算定範囲が限られている、といったケースはありえます。
数字がそろっているかだけでなく、前年からどう変わったか、算定の範囲はどこまでか、第三者の保証が付いているか。この3点を見ると、開示の中身を読み解きやすくなります。
立場別|今日からできること
SSBJ基準の開示は企業が行うものですが、できあがった情報を読む側にも、使い道があります。立場ごとに、現実的な関わり方を整理します。
投資家や生活者として
有価証券報告書には、2023年3月期決算から「サステナビリティに関する考え方及び取組」の欄が設けられています。EDINETで無料で閲覧でき、気になる企業の取り組みを確認できます。
3月期決算で3兆円以上の企業の場合、SSBJ基準に沿った開示は、2027年6月ごろに提出される有価証券報告書から始まる見込みです(二段階開示で、初年度は訂正報告書に回る場合もあります)。まずは今の記載欄を読み、翌年に何が増えたかを比べる、という使い方ができます。
就職活動中の学生や従業員として
企業のガバナンスや人的資本の方針は、働く環境にも直結します。サステナビリティ開示で語られる「人材戦略に関する基本方針」「取締役会の監督体制」は、その会社が人をどう扱おうとしているかを知る手がかりになります。
説明会や面談で「御社のサステナビリティ開示で、いちばん力を入れている点は何ですか」と尋ねてみるのも一案です。開示の中身を自分の言葉で聞くことで、公式ページだけでは見えない温度感がつかめます。
取引先の中堅・中小企業として
大企業から排出量データの提供を求められたときに慌てないよう、自社の電気・ガス・燃料の使用量を月ごとに記録しておくと、スコープ1・2の概算に使えます。
依頼が来た場合は、何のために、どの範囲の数字が必要なのかを先に確認します。求められている数字の粒度は、依頼元の企業によって異なります。わからない点を聞き返すことは、失礼にはあたりません。
開示を担当する人として
3兆円以上の層に該当しない企業でも、将来の適用や取引先からの依頼を見据えて、TCFDの開示内容とSSBJ基準の要求事項を照らし合わせておくと、後の作業が減ります。SSBJの公式サイトに掲載されている基準本文とISSB基準との差異の一覧を、最初の資料にするのが現実的です。
これから注目したい3つの動き
制度は固まりつつありますが、2026年10月時点でまだ動いている部分があります。読む側として、次の3点は追っておく価値があります。
ひとつ目は、5,000億円以上1兆円未満の企業への適用拡大です。2029年3月期とする方向性が示されていますが、府令への反映はこれからです。時期や対象の定義が変わる可能性もあるため、金融庁の公表を確認してください。
ふたつ目は、保証制度の具体化です。金融商品取引法の改正を受け、どの範囲の開示を保証の対象にするかは、政令や内閣府令で詰められます。保証の範囲は当初限定され、その後に拡大が検討されるとされています。
3つ目は、基準そのものの更新です。SSBJは2026年3月に基準を改正しており、ISSB基準の改正に合わせて見直しが続く見込みです。基準が改正されると、企業の開示項目や注記の書き方も変わります。
まとめ
SSBJとは、日本のサステナビリティ開示基準をつくる民間の機関です。ただ、押さえておきたいのは、基準をつくる主体と義務化を決める主体が別だということです。金融庁が2026年2月に公布した開示府令にもとづき、プライム市場上場の平均時価総額3兆円以上の企業は2027年3月期から、1兆円以上3兆円未満の企業は2028年3月期から、SSBJ基準による開示が始まります。
開示の中身は、ガバナンス・戦略・リスク管理・指標と目標の4つの柱と、スコープ1・2・3の排出量を含む気候関連情報です。義務になるのは開示であって、削減そのものではありません。また、開示があることと環境に配慮していることは同じではないので、前年との変化・算定範囲・保証の有無を見ると読み解きやすくなります。
自分の立場でできることは、思ったより小さくて十分です。まずは、気になる企業の有価証券報告書にあるサステナビリティの欄を1社分だけ開いてみてください。
- SSBJは基準をつくる民間機関で、義務化を決めるのは金融庁
- 平均時価総額3兆円以上は2027年3月期、1兆円以上3兆円未満は2028年3月期から適用
- 5,000億円以上の層への拡大や保証制度の詳細は、今後の制度整備を確認する段階
- 義務なのは開示であり、削減目標の達成ではない
- 取引先の中堅・中小企業にも、排出量データの依頼が届く可能性がある
参考文献
- 金融庁「企業内容等の開示に関する内閣府令及び特定有価証券の内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」等の公布及びパブリックコメントの結果について(2026年)
- 金融庁「サステナビリティ開示基準を指定する件」に対するパブリックコメントの実施について(2026年)
- EY Japan「Accounting Topics」(2025年3月5日付)
- EY Japan「SSBJ基準の適用等を定めた開示府令等の改正」(2026年)
- 法改正ナビ「サステナビリティ開示の義務化はいつから?SSBJ基準と保証(監査証明)の法定」(2026年)

