「恋愛感情を、誰に対しても抱かない」という性のあり方があることを知っていますか。性の多様性のひとつである「アロマンティック」は、以前ドラマでも取り上げられて話題になりましたが、その意味や当事者が直面している現実は、まだ十分に知られているとは言えません。この記事では、性の多様性のひとつであるアロマンティックについて、アセクシュアルとの違いや混同されやすいポイント、そして日本の制度や企業の取り組みの現状まで、具体的に見ていきます。
アロマンティックとは|恋愛感情を抱かないという性のあり方
アロマンティックとは、「恋愛の、ロマンチックな」を意味する英語の「romantic」に、否定を表す接頭辞「a」が付いた言葉で、他者に対して恋愛感情を抱かない人のことを指します。似た言葉に「アセクシュアル(他者に性的欲求を抱かない人)」がありますが、両者は本来別の概念であり、この違いは後ほど詳しく取り上げます。
性のあり方は、誰もが自分らしく生きるために尊重されるべき個性のひとつであり、単一の軸では説明できません。一般的には、染色体や生殖機能によって決まる生物学的な性差(Sex)、社会的・文化的につくられる性差(Gender)、どのような性別の人を好きになるかという性的指向、そして自分の性をどう認識しているかという性自認という、複数の要素の組み合わせで捉えられています。アロマンティックは、このうち性的指向のひとつの形として位置づけられます。
LGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー)という言葉は比較的広く知られるようになりましたが、アロマンティックやアセクシュアル、性自認や性的指向がまだ定まっていないクエスチョニング、男性・女性のどちらにも当てはまらないノンバイナリーなど、性のあり方はグラデーションのように多様です。アロマンティックを知ることは、こうした性の多様性全体への理解を広げる入り口のひとつになります。
アロマンティックとアセクシュアルの違い|混同されやすい2つの概念
アロマンティックとアセクシュアルは、どちらも性的マイノリティのひとつでありながら、しばしば同じものだと誤解されがちです。ここでは、両者がどう違うのか、そしてその間にどれほどの幅があるのかを整理します。
恋愛的惹かれと性的惹かれは別の軸にある
アロマンティックは「恋愛的に誰かに惹かれるかどうか」の軸、アセクシュアルは「性的に誰かに惹かれるかどうか」の軸に関わる言葉です。この2つの軸は必ずしも一致しません。アセクシュアルを自認する人の中にも、恋愛感情そのものは抱くという人もいれば、アロマンティックを自認する人の中にも、性的な欲求は感じるという人もいます。つまり「恋愛に興味がない=性に興味がない」とは限らず、逆もまた同じです。どちらか一方だけを体験する人もいれば、両方を併せ持つ人もいるため、ひとくくりに語ることはできません。
グレイロマンティックやデミロマンティックというグラデーション
恋愛感情の抱き方にも幅があります。条件によって恋愛感情を抱くことがある「グレイロマンティック」、強い信頼関係を築いた相手にだけ恋愛的に惹かれる「デミロマンティック」、恋愛感情があっても両思いになることを望まない「リスロマンティック」など、関連する言葉は複数存在します。これらの言葉は、アロマンティックという一語だけでは表現しきれない個人差を補うために生まれてきたものです。恋愛のプロセスで生じるスキンシップへの感じ方も人によって大きく異なり、キスやハグに抵抗を感じる人もいれば、まったく抵抗を感じない人もいるとされています。「アロマンティックの人はこうだ」という一括りの理解ではなく、一人ひとりに聞いてみなければわからない領域があることを知っておくことが大切です。
性の多様性についてさらに知りたい方は、あわせてこちらの記事もご覧ください。
当事者が感じる生きづらさ|認知不足とマイクロアグレッション
アロマンティックを自認する人は、マイノリティであるがゆえの生きづらさを日常の中で感じることが少なくありません。その背景にある2つの要因を見ていきます。
認知や理解の不足は、最も根本的な壁です。LGBTという言葉の認知が進む一方で、アロマンティックという存在そのものを知らない人はまだ多く、「恋愛話は誰でも好きなはず」「いずれ誰かを好きになるはず」といった固定観念が、知らず知らずのうちに当事者を傷つけてしまうことがあります。恋愛感情がないという状態を想像しづらいために、「今は仕事が充実しているから恋愛をあえて避けているのだろう」といった、本人の実感とはずれた思い込みをされる場合もあります。
もうひとつの壁が、マイクロアグレッションと呼ばれるものです。マイクロアグレッションとは、意図的であるかどうかにかかわらず、日常の中で繰り返される差別的な言動や否定的な態度のことを指します。性的マイノリティをひとまとめにして「ああいう人たちは」と語る物言いは、その代表例です。発した本人に悪気がないことも多いため、気づかれないまま同じ言葉が繰り返され、当事者を少しずつ疲弊させてしまうという特徴があります。
こうした生きづらさは、本人の性格や考え方の問題ではなく、周囲の理解や社会の仕組みが追いついていないことから生じています。次の章では、この状況を変えようとする日本国内の制度や企業の動きを見ていきます。
日本の制度と企業の動き|LGBT理解増進法とアライ企業の広がり
性の多様性をめぐる環境は、日本国内でも少しずつ整備が進んでいます。ここでは、国の法律と、自治体・企業それぞれの取り組みを分けて見ていきます。
2023年施行のLGBT理解増進法
2023年6月、性的指向や性自認の多様性について国民の理解を広げることを目的とした、いわゆる「LGBT理解増進法」(性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律)が施行されました。この法律は特定の権利を新たに定めるものではなく、国や地方公共団体、事業主、学校などに対して、性的マイノリティへの理解を深めるための環境整備に努めることを求める内容になっています。アロマンティックのように認知が広がりにくい性のあり方にとっても、社会全体で理解を進める土台となる法律として位置づけられます。
自治体のパートナーシップ制度と企業のアライ活動
国の法整備と並行して、自治体レベルでも動きが広がっています。2015年に渋谷区と世田谷区で始まった同性パートナーシップ制度は、その後全国の多くの自治体に広がり、当事者が暮らしやすい地域基盤づくりにつながっています。企業の側でも、性的マイノリティの当事者ではないものの理解者・支援者として行動する人を指す「アライ(Ally)」という考え方が広まり、従業員向けの研修やアライであることを表明する仕組みを導入する企業が増えています。こうした取り組みは同性カップルを主な対象として始まったものが多いものの、「恋愛や結婚を前提にしない生き方」への理解を広げる土壌としても機能し、アロマンティックを含む性的マイノリティ全体の働きやすさに波及していくことが期待されています。
アロマンティックの人と接するときにできること|今日からの実践
制度や企業の取り組みが進む一方で、日常の中で一人ひとりができることも数多くあります。最後に、今日から意識できる3つの行動を整理します。
多様な性について知ることは、その第一歩です。性に関わる話題は「秘すべきこと」とされてきた歴史があり、オープンに語られにくい現状がありますが、正しく理解するために話題にすること自体は恥ずかしいことではありません。自分とは異なる性のあり方を持つ人を理解するために、本や公的機関の資料など複数の情報源から知識を得ることは、遠回りに見えて確実な方法です。
次に大切なのが、自分の中の「アンコンシャスバイアス」に気づくことです。体と心の性が一致していることが当たり前で、恋愛や結婚を前提にした人生設計が「普通」だという思い込みは、多くの人が無自覚に持っています。「彼氏・彼女はいるの」といった何気ない一言が、本人にとっては繰り返し向き合わなければならない問いになっていることもあります。まずこの偏った前提に気づくことが、相手を尊重する会話の出発点になります。
最後に、アライとして行動する選択肢があります。アロマンティックを含む性的マイノリティの人は、傷つくことを避けるために、周囲に合わせて多数派のふりをしていることも少なくありません。職場や学校で理解者・支援者を名乗る人が増えることは、当事者にとって「安心して話せる相手がいる」という実感につながります。大きな活動でなくても構いません。身近な人との会話の中で、恋愛や結婚を前提にしない生き方もあるのだと一言添えてみることから、まず始めてみてください。
まとめ
アロマンティックは、他者に恋愛感情を抱かないという性のあり方であり、性的欲求の有無を表すアセクシュアルとは異なる概念です。グレイロマンティックやデミロマンティックといった言葉が示すように、恋愛感情の抱き方には大きな個人差があり、同じ言葉を自認する人同士でも体験はさまざまです。
日本では2023年にLGBT理解増進法が施行され、自治体のパートナーシップ制度や企業のアライ活動も徐々に広がっていますが、アロマンティックという存在自体の認知はまだ十分とは言えず、悪気のない思い込みやマイクロアグレッションによって当事者が傷つく場面も残っています。
性のあり方を知ることや、自分の中の思い込みに気づくことは、特別な知識がなくても今日から始められます。恋愛や結婚を前提にしない生き方があることを知るだけでも、身近な誰かにとっての生きやすさにつながります。
- アロマンティックは恋愛感情を抱かないという性のあり方で、アセクシュアルとは異なる概念
- グレイロマンティック・デミロマンティックなど、恋愛感情の抱き方には幅広いグラデーションがある
- 認知不足やマイクロアグレッションが、当事者の生きづらさにつながっている
- 2023年施行のLGBT理解増進法や自治体のパートナーシップ制度など、日本の制度整備も進んでいる
- アンコンシャスバイアスに気づき、アライとして行動することから始められる


