ウェルビーイングとは、病気ではないというだけでなく、体・心・社会的なつながりのすべてが満たされた良い状態を指す言葉です。WHO(世界保健機関)の憲章が示す健康の考え方を土台にしていて、SDGsでは目標3「すべての人に健康と福祉を」の英語名(Good health and well-being)に入っています。ここ数年で、働き方、教育、まちづくりの政策にも登場するようになりました。
ただ、言葉の意味を知っただけでは、「では日本は今どうなっているのか」「勤め先や自分の暮らしで何を見ればいいのか」という疑問が残りがちです。この記事では、定義は最初の節にとどめます。そのうえで、SDGsとの関係、日本の数字、政府や企業の取り組み事例、よくある誤解、今日からできる確認の仕方までを順に見ていきます。
ウェルビーイングの意味と、福利厚生との違い
ウェルビーイング(well-being)は、一時的な気分の良さではなく、体と心と社会的な関係がおおむね満たされ、安定している状態を指します。出発点としてよく引かれるのが、日本WHO協会が訳出しているWHO憲章の一節です。そこでは「健康とは、完全な肉体的、精神的及び社会的福祉の状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない」と述べられています。
「目的」としてのウェルビーイング、「手段」としての福利厚生
ウェルビーイングと混同されやすい言葉に、福祉を意味するウェルフェア(welfare)があります。日本では「福利厚生」の意味で使われることが多く、会社が用意する制度や仕組みを指します。整理すると、ウェルビーイングは目指す状態(目的)で、福利厚生は、その状態に近づくための手段のひとつです。
この違いは職場を見るときに役立ちます。ジムの割引や健康診断の補助があっても、それだけで働く人の状態が良くなるとは限りません。制度があるかどうかではなく、使われているか、実際に状態が良くなっているかを確かめる視点が必要になります。
個人だけでなく、場や社会も含む考え方
日本政府の第4期教育振興基本計画(2023年6月閣議決定)は、「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」を総括的な基本方針に据えています。大和総研の解説によると、この計画ではウェルビーイングを、短期的な幸福だけでなく、生きがいや人生の意義といった持続的な幸福を含む概念としています。また、個人だけでなく、場や地域、社会が豊かさを感じられる状態も含むと整理されています。
つまりウェルビーイングは、自己責任で「頑張って整えるもの」ではありません。周囲の環境や社会の仕組みとセットで考える概念です。
ウェルビーイングとSDGsの関係|目標3と目標8を中心に
SDGs(持続可能な開発目標)は、2015年9月に国連で採択された「2030アジェンダ」に盛り込まれた、17の目標と169のターゲットです。ウェルビーイングは特定の1目標だけでなく、複数の目標の根っこにある考え方といえます。なかでも結びつきが分かりやすいのが、目標3と目標8です。
目標3「すべての人に健康と福祉を」
目標3の英語名は「Good health and well-being」です。ウェルビーイングという言葉が、目標の名前にそのまま入っています。ここで言う健康は、病気の治療だけを意味しません。精神的な健康や、安心して暮らせる環境づくりまで含めて考えられています。
目標8「働きがいも経済成長も」
目標8は、持続可能な経済成長と、働きがいのある人間らしい仕事を同時に目指す目標です。長時間労働や不安定な雇用のもとでは、働く人の心身の状態が損なわれ、経済活動そのものも長続きしません。働く人のウェルビーイングを守ることは、目標8の「働きがい」の部分を、現場で形にする作業でもあります。
目標4や目標5、目標10ともつながる
ウェルビーイングの視点は、ほかの目標にも広がります。たとえば、学校で子どもが安心して学べることは目標4(質の高い教育をみんなに)に、性別にかかわらず無理なく働き続けられることは目標5(ジェンダー平等を実現しよう)に、それぞれ関わります。ウェルビーイングを「個人の健康の話」に閉じず、教育や平等の土台として見ると、SDGsの全体像がつかみやすくなります。
日本の数字で見る現在地
ウェルビーイングは、数字でも測られるようになっています。ここでは公的資料と国際調査から、日本の状況を3つ紹介します。いずれも調査方法が異なるため、順位や割合を単純に比べることはできません。
内閣府の生活満足度調査
内閣府は、生活満足度を0〜10点で答えてもらう「満足度・生活の質に関する調査」を2019年2月から続けています。2025年9月に公表された報告書は、2025年3月の第7回調査をもとにしています。報告書の概要版では、これまでの調査と同様に、女性のほうが男性より生活満足度の水準が高い傾向が示されています。また、年齢層別では65歳以上が他の層より高い水準で推移しています。
世界幸福度ランキングでは55位
世界幸福度報告書(World Happiness Report)2025年版では、日本は55位と報じられています。1位はフィンランドで、8年連続の首位でした。このランキングは、「自分の人生を0〜10の梯子の段に例えると、今どの段にいるか」という主観的な評価をもとにしています。順位が低いことは、日本が不幸だと決めつけるものではありません。回答の傾向には文化的な背景も影響するため、順位だけで判断するのは避けたほうがよいと考えられます。
働く人の「熱意」は低い水準
米国の調査会社ギャラップの2026年版報告書(2025年1〜12月のデータ、3年間の移動平均)によると、日本で「仕事に熱意を持って取り組んでいる」従業員は8%でした。東アジアの平均は18%、世界平均は20%です。日本の従業員のうち、自分の人生全般を「thriving(充実している)」と評価した人は31%(世界平均34%)、前日に強いストレスを感じた人は39%(世界平均40%)でした。
職場での熱意は、日々の仕事の意味づけや人間関係の影響を受けます。ウェルビーイングを「健康診断の数字」だけで語れない理由が、この数字からも読み取れます。
政府と自治体の動き|教育、まちづくり、健康経営
ウェルビーイングは、企業の人事施策にとどまらず、国や自治体の政策にも取り入れられています。代表的な3つの動きを見てみます。
教育政策の中心に置かれた
先に触れた第4期教育振興基本計画は、令和5年度から令和9年度までの5年間の計画です。大和総研の解説では、人とのつながりに基づく「協調的幸福」の要素と、個人が能力や状態を獲得・達成する「獲得的幸福」の要素を、調和的に高めることが重要とされています。さらに、子どものウェルビーイングを高めるには教師のウェルビーイングの確保が必要だと明記されています。
教師が疲弊していては、子どもの安心した学びは守れません。「当事者の隣にいる人」の状態まで視野に入れている点が、この計画の特徴です。
地域の幸福度を測る指標
デジタル庁は、デジタル田園都市国家構想のなかで「心ゆたかな暮らし(Well-Being)」と「持続可能な環境・社会・経済(Sustainability)」の実現を掲げています。その一環として、住民の主観的な満足度と客観的なデータを組み合わせた「地域幸福度(Well-Being)指標」を、自治体が政策づくりに使えるよう提供しています。まちの「強み」と「弱み」を住民と共有し、予算や施策の優先順位を話し合う材料にすることが狙いです。
企業の取り組みを後押しする健康経営
経済産業省は、従業員の健康管理を経営課題として捉える「健康経営」を推進しています。2026年3月9日に公表された「健康経営銘柄2026」では、28業種から44社が選定されました。また、「健康経営優良法人2025」では、大規模法人部門で3,400法人、中小規模法人部門で19,796法人が認定されています。
健康経営はウェルビーイングと重なる部分が大きい一方、中心は従業員の健康に置かれています。ウェルビーイング経営は、そこに学びの機会や人間関係、仕事への熱意といった要素まで広げた考え方として語られています。
企業の取り組み事例|3社の違いに注目する
ここでは、同じ「ウェルビーイング」を掲げていても、各社でアプローチが異なる3つの例を紹介します。各社の公開資料にもとづく整理で、成果の優劣を比べるものではありません。
味の素|食と健康で「全員面談」と社員食堂
味の素グループは、パーパス(志)として「アミノサイエンス®で、人・社会・地球のWell-beingに貢献する」を掲げ、2030年までに10億人の健康寿命を延伸することを目指しています。社内の健康経営では、国内の全従業員が産業医や保健師らと面談する「全員面談」を軸にしていると、同社の公式資料やITmediaの取材記事で紹介されています。また、国内5カ所の社員食堂では、2019年度から栄養バランスが良く塩分の少ない「My Healthランチ」を提供しています。
食べる環境を変えることで、個人の意志の強さに頼らずに行動が変わる仕組みを作っている点が特徴です。
パナソニック コネクト|エンゲージメントと学びを数値目標に
パナソニック コネクトは、2024年11月22日に公開した「サステナビリティレポート2024」で、重点領域の一つ「わたしたちの働く現場のウェルビーイング」の指標を明示しました。従業員エンゲージメントのスコアを、2023年度実績の65.8ポイントから2027年度に80.0ポイントへ、1人当たりの年間学習時間を21.68時間から40時間へ引き上げる目標です。
ウェルビーイングを「測れるもの」として扱い、期限つきの数値目標にしている点が、健康診断中心の取り組みとは異なります。
アシックス|創業哲学を社内の委員会に落とし込む
アシックスは、創業哲学「Sound Mind, Sound Body(健全な身体に健全な精神があれかし)」を掲げています。2019年の神戸市のトップマネジメントセミナーの講演資料では、社内の「Well-being Committee」が健康経営を担い、メンタルヘルス対策や健康診断項目の拡大、健康管理システムの整備などを進めていると紹介されています。これは2019年時点の資料であり、現在の施策は同社の最新の開示で確認する必要があります。
事業の理念と社内施策をつなげている点が、スポーツ用品メーカーならではの特徴です。
よくある誤解と、取り組みが進む企業の現在地
ウェルビーイングの取り組みが広がる一方で、受け止め方にはずれも出ています。誤解されやすい点を3つ整理します。
「幸せ」と同じ意味ではない
ウェルビーイングは気分の良さだけを指す言葉ではありません。満足度や生きがい、社会とのつながり、健康、経済的な安定など、複数の側面が合わさった状態です。だから、「今日は楽しかった」という気持ちがなくても、ウェルビーイングが低いとは限りません。逆に、短期的に楽しくても、長時間労働が続けば損なわれることがあります。
個人の努力だけで整えるものではない
「自分のウェルビーイングは自分で管理しよう」という言い方は、環境の問題を個人の責任にすりかえてしまうことがあります。睡眠や運動といったセルフケアは大切ですが、職場の人員配置や長時間労働、人間関係に課題があれば、個人の努力では埋められません。ウェルビーイングは、個人と環境の両方の視点で見るものです。
大企業だけの話ではない
HR総研が2024年10月に実施したアンケート(有効回答230件)では、ウェルビーイング推進を「実施している」企業は28%で、2022年調査の21%から7ポイント上がりました。「準備中・検討中」の31%を合わせると59%です。ただし企業規模による差が大きく、「実施している」は従業員1,001名以上の大企業で51%、301〜1,000名の中堅企業で20%、300名以下の中小企業で17%でした。
つまり、取り組みの実態には規模で差があります。就職や転職で比べるとき、「ウェルビーイング」を掲げているかどうかだけで判断するのは早計です。
読者が自分で確かめる3つの視点
ここまでの内容を、読者が実際に使える形に落とし込みます。どれも特別な知識がなくても、公開されている情報から確認できます。
勤め先や志望先で見る視点
企業の公式サイトやサステナビリティレポートで、次の3点を探してみてください。
- ウェルビーイングや従業員エンゲージメントについて、数値目標や実績が書かれているか
- 健康診断やメンタルヘルス対策だけでなく、学びの機会や働き方の選択肢が示されているか
- 制度の「有無」だけでなく、利用状況や改善の経過が開示されているか
制度の一覧だけが並んでいる場合は、実際に使えているかを面接や説明会で質問する余地があります。
暮らしで見る視点
自治体の総合計画や広報には、住民の満足度調査の結果が載っていることがあります。住んでいるまちが、どんな指標で暮らしやすさを測っているかを確認すると、地域のウェルビーイングへの向き合い方が見えてきます。
自分の状態を見る視点
内閣府の調査のように、自分の生活満足度を0〜10点で付けてみる方法があります。点数そのものよりも、「何が点数を下げているか」を言葉にすることが、最初の一歩になります。睡眠、人間関係、お金、仕事のどこに引っかかりがあるのかを書き出すだけでも、優先して整えるものが見えてきます。
まとめ
ウェルビーイングは、体・心・社会的なつながりが満たされた状態で、SDGsでは目標3の名前に入り、目標8の「働きがい」とも深く結びついています。日本では、生活満足度の調査、教育政策、地域幸福度の指標、健康経営などを通じて、政策や企業活動の中に組み込まれてきました。一方で、ギャラップの調査では日本の従業員の熱意が低い水準にあり、制度が増えても、働く人の実感に届いているかは別に確かめる必要があります。
企業の事例を見ると、味の素は食環境、パナソニック コネクトは数値目標、アシックスは創業哲学と、取り組みの入口はそれぞれ違います。大切なのは「どの言葉を掲げているか」ではなく、「何を測り、どう改善しているか」を見ることです。
まず1つだけ試すなら、自分の今の生活満足度を0〜10点で付け、点数を下げている理由を一つだけ書き出してみてください。
- ウェルビーイングは、病気がないだけでなく、体・心・社会的なつながりが満たされた状態を指し、福利厚生はその手段のひとつ
- SDGsでは目標3(すべての人に健康と福祉を)と目標8(働きがいも経済成長も)が特に深く関わる
- 日本の従業員の仕事への熱意は8%(ギャラップ2026年版)で、制度だけでなく実感を確かめる視点が必要
- 企業のウェルビーイング推進は大企業51%、中小企業17%(HR総研2024年調査)と規模で差がある
- 職場や自治体を見るときは、数値目標・利用状況・改善の経過が開示されているかを確認する
参考文献
- 日本WHO協会「世界保健機関(WHO)憲章とは」
- 国連広報センター「2030アジェンダ」
- 内閣府「満足度・生活の質に関する調査報告書2025(概要)」(2025年)
- ギズモード・ジャパン「世界幸福度ランキング最新版」(2025年)
- Gallup「State of the Global Workplace 2026 Japan」(2026年)
- 大和総研「第4期教育振興基本計画の解説」
- デジタル庁「デジタル田園都市国家構想」
- 経済産業省「健康経営銘柄2026 選定報告書」(2026年)
- HR総研「ウェルビーイングと健康経営に関するアンケート(ウェルビーイング編)」(2024年)
- 味の素「健康経営」
- パナソニック コネクト「サステナビリティレポート2024」公開(2024年)
- アシックス「アシックスが取り組む健康経営」神戸市トップマネジメントセミナー講演資料(2019年)

