世界中で起こる自然災害の一つに、虫を原因とする蝗害(こうがい)があることをご存知でしょうか。
主に、バッタによって起こる災害で、アフリカやアジアの広範囲で、多くの農作物が食べ尽くされる事態となっています。
特に、アフリカ東部では緊急事態宣言が出されるほど深刻な状況です。
今回は、蝗害について詳しく解説するとともに、現状や対策方法にも触れていきます。
蝗害とは
蝗害の「蝗」とは、バッタやイナゴを表す文字です。
つまり蝗害は、これらの昆虫によって農作物が食い尽くされる自然災害であり、世界中で深刻な事態を引き起こしています。
まずは、蝗害の歴史や原因について詳しくみていきましょう。
蝗害の歴史
蝗害を引き起こすバッタの一つに「サバクトビバッタ」がいます。
サバクトビバッタは世界で最も古い害虫といわれており、サバクトビバッタによる蝗害は、旧約聖書やコーランなどでも多数取り上げられているほどです。
また、中国では「トノサマバッタ」による被害が古来より人々を悩ませてきました。
その歴史は、紀元前に遡り、近年では2005年に多くの群れが蝗害を引き起こしたという記録があります。
日本も例外ではなく、古くから「イナゴ」による被害が多発しており、1880年にはトノサマバッタによって北海道の開拓事業に影響が出ました。
蝗害の原因
蝗害の大きな原因となるのが、バッタの大量発生です。
基本的に、蝗害をもたらすトノサマバッタやサバクトビバッタは単独で行動します。
バッタは個体密度によって生態が変わる特徴を持っており、一般的に見られる緑色のバッタは、単独で行動する「孤独相」です。
孤独相のバッタは、跳ねるのに適した構造になっています。
一方、多くの群れで成長したバッタを「群生相」といい、孤独相と比較して非常に食欲が高く見た目が黒っぽいという点が特徴です。
バッタの大群が旺盛な食欲を満たすためには、広範囲で食料を探す必要があり、高い飛翔能力を持っています。
さらに、群生相のバッタになると繁殖スピードが高くなるため、一気に増殖して結果的に蝗害を巻き起こす原因となります。
参照元:トノサマバッタの相変異についての生態ゲノム学的研究|国立研究開発法人 化学技術振興機構
蝗害の被害
蝗害を引き起こすバッタの中でも、「サバクトビバッタ」はアフリカから西アジアまで広範囲に生息しています。
基本的には、孤独相であり害のない生物ですが、大雨により植物が増えると、一気に大量発生することがあり、甚大な被害へと繋がります。
続いては、蝗害がどのような場所で発生し、どれほどの被害をもたらしているのかを見ていきましょう。
アフリカの蝗害
世界が新型コロナウイルス感染症に悩まされている2020年、アフリカでは、サバクトビバッタの蝗害が巻き起こっていました。
実に、1万㎢あたり4,000万匹ものサバクトビバッタが発生し、1日で3万5,000人分の農作物が食い荒らされたのです。
この規模は過去を振り替えても非常に大きく、ケニアにおいては過去70年で最も酷い状況だとされています。
あまりにも壮絶な事態に、緊急事態宣言が発令され、国を挙げて対策が行われ、国際社会にも支援を求めました。
パキスタンの蝗害
パキスタンも、蝗害の被害が大きい国の一つです。
2019年には、サバクトビバッタが大量発生し、その被害面積は1800万ヘクタールにものぼりました。
これは、世界最大であり過去最悪の規模であり、加えて新型コロナウイルス感染症が蔓延したことで、パキスタンの農業は非常に深刻な事態になっています。
参照元:農作物を食い荒らすサバクトビバッタに立ち向かう!:バッタ被害に苦しむパキスタンの農家を国際連合食糧農業機関(FAO)と連携しサポート|JICA
インドの蝗害
サバクトビバッタの大群は、インドにも侵入し蝗害をもたらしています。
インドでサバクトビバッタが侵入したのは2019年5月のことです。
実に、1993年以来の出来事であり、一時的に防除できたものの、2020年4月には再び侵入する事態になりました。
2020年6月末には、首都デリーも蝗害に襲われ、高層ビルに大量のサバクトビバッタが張り付くほどの事態となっています。
インドでは、小麦生産が盛んであり、労働者の40%が農業に従事しているのが現状です。
そのため、サバクトビバッタによって蝗害がもたらされると、経済にも影響が出てしまいます。
日本の蝗害
日本でも古来より蝗害が発生しています。
前章でも触れたように、1880年には北海度の十勝地方でトノサマバッタが大量発生し、開拓事業を阻みました。
帯広市史によると「日食のように太陽が陰り」と記されており、いかに壮絶な事態であったかが伺えます。
近年も蝗害は発生しており、例えば2007年には関西国際空港において、4,000万匹ものトノサマバッタが発生しました。
折しも、2007年は関西国際空港第2期島の開港直前であり、関係者は対応に追われたと言います。
もともと関西国際空港のある場所は人工的に作られた島であり、トノサマバッタの天敵がいないという状況でした。
こうした背景もあり、トノサマバッタが一気に大繁殖したと見られています。
とはいえ、大量のトノサマバッタは航空機の視界を遮る可能性があり、大事故にもつながりかねません。
このように蝗害は農作物だけでなく、交通インフラに対しても大きな被害をもたらします。
蝗害対策について
世界中を悩ませる蝗害に対して、多くの国が対策を練っています。
続いては、蝗害対策について詳しく見ていきましょう。
バッタ対策プロジェクト
蝗害は世界規模で対策するべき問題であり、日本も国際支援を行なっています。
2020年7月には、FAO(国連食糧農業機関)やJICA(国際協力機構)、タジキスタン共和国の農業省とタッグを組み、バッタ対策プロジェクトの継続を発表しました。
バッタ対策プロジェクトでは、放牧地や農地におけるバッタの大量発生を防止、抑制し、食糧安全保障と農村の生計をサポートする目的があります。
実施対象となるのは、カザフスタン・キルギス・タジキスタン・トルクメニスタン・ウズベキスタンなど、中央アジア諸国とアフガニスタン全域です。
参照元:
・農作物を食い荒らすサバクトビバッタに立ち向かう!:バッタ被害に苦しむパキスタンの農家を国際連合食糧農業機関(FAO)と連携しサポート|JICA
・FAO事務局長 サバクトビバッタとの闘いは長引く|FAO
JICAによる小麦種子と肥料の配布
アフリカの蝗害に対する緊急事態宣言を受けて、JICAでは小麦の種子と肥料の配布を行っています。
対象となったのは、JICAが農業分野でサポートを手がけるロスタチン州4県とパンジャブ州3県にある約3,000戸の小規模農家です。
この配布事業により、蝗害が原因となる食糧難に苦しむ地域の農家をサポートしています。
参照元:農作物を食い荒らすサバクトビバッタに立ち向かう!:バッタ被害に苦しむパキスタンの農家を国際連合食糧農業機関(FAO)と連携しサポート|JICA
ドローンを使った蝗害対策
ケニア中部では、蝗害対策にドローンが導入されています。
ドローンを、サバクトビバッタの大群に送り込み、殺虫剤を撒くという手段です。
最新のテクノロジーを使い、効率的な散布が可能になり、従来の16倍早いといわれています。
また、ヘリコプターでは入れないような細かなエリアに散布することもできる点も魅力です。
加えて、ヘリコプターと比べて導入費用も安く、コスト面を考えてもドローンの殺虫剤散布の方が優れています。
蝗害に対する作業負担が軽減され、通常の業務への影響も少ないため、今後多くのエリアで利用されることが期待されるでしょう。
まとめ
蝗害と聞くと、アフリカやアジアで発生するイメージを持つ人も多いでしょう。
しかし、日本でも起こりうる問題であり、無関係とはいえません。
また、世界の食料に頼っている状況の日本において、世界の蝗害が、日本の食事情に影響を与えることは容易に想像できるでしょう。
日本における蝗害が少ないとはいえ、世界的な問題であることを念頭に置いて、意識する必要があります。
まずは、世界でどのような蝗害が起きているのか、少しずつでも把握しておきましょう。