旅を楽しむことと、地球の自然を守ることは両立できるのか——そう問いかけると、少し難しそうに聞こえるかもしれません。でも実際には、旅の行き先・移動手段・宿の選び方を少し変えるだけで、その旅が地域の生態系や文化を守る力になり得ます。これが「エコツーリズム」の考え方であり、より広い概念である「サステナブルツーリズム(持続可能な観光)」の核心です。
環境政策を研究してきた立場から見ると、観光はいまや環境問題と切り離せないテーマです。
世界観光機関(UNWTO)は、観光関連の活動が世界全体の温室効果ガス排出量の約8%を占めると報告しています。
航空機での移動が大半を占める一方、目的地での消費行動も無視できません。本記事では、エコツーリズムとサステナブルツーリズムの違いを整理しながら、日本国内の具体的な取り組みと、読者が実際に使える行動指針をデータとともにお伝えします。
エコツーリズムとサステナブルツーリズム|2つの関係を整理する
「エコツーリズム」と「サステナブルツーリズム」は混同されがちですが、厳密には包含関係にあります。
サステナブルツーリズムは、直訳すると持続可能な観光を意味します。観光による環境汚染や住民の生活環境破壊などの問題を避け、自然環境を守りつつ、地域の自然や文化を生かした観光地づくりを通じて観光業を活性化させ、住民の暮らしを向上させる取り組みです。
エコツーリズムはサステナブルツーリズムに包含される概念の一つで、とくに「環境」への重点が際立ちます。地域固有の自然・歴史・文化を観光資源として活かしながら、観光でそれらが損なわれないよう適切な管理に基づく保護・保全を図る取り組みです。観光客が自然の価値や大切さを理解することそのものが保全につながる、という思想が根幹にあります。
「グリーンツーリズム」という言葉も耳にしますが、エコツーリズムが幅広い人々を対象に地域の自然や歴史の保全を目的とするのに対し、グリーンツーリズムは都市部に住む人々を対象に、さまざまな体験を通して地域住民との交流を図ることが目的です。 つまり、旅行の主軸となる目的が異なります。
観光業が抱える環境負荷の実態
エコツーリズムが必要とされる背景を理解するには、まず観光業の環境負荷を数字で確認しておく必要があります。
UNWTOおよびUNEP(国連環境計画)の報告によると、観光関連活動から排出される温室効果ガスは世界全体の排出量の約8%に相当するとされます。そのうち航空輸送が最も大きな割合を占めますが、宿泊施設でのエネルギー消費、現地での移動手段なども無視できない要因です。
日本を含め世界のあちこちでは、過剰な観光客の来訪や行き過ぎた開発などが原因で、住民の生活環境や自然環境に過度な負荷をもたらすという問題が起こっています。このような背景があり、環境保全の観点からサステナブルツーリズムの必要性が高まっています。
また、観光収益が地域に還元されず、グローバル企業や外部資本に流れてしまう「経済的漏れ」の問題も、サステナブルツーリズムが解決を目指す論点の一つです。
日本のエコツーリズム推進法と認定制度
日本では2007年に「エコツーリズム推進法」が成立し、2008年に施行されました(環境省所管)。この法律は、自然観光資源の保護と観光を両立させる仕組みを整備することを目的とし、市町村が「エコツーリズム推進全体構想」を作成して国の認定を受けることができます。
ただし、認知・普及はまだ途上にあります。 内閣府の「平成26年度環境問題に関する世論調査」では、「エコツーリズム」という言葉を意味も含めて知っている人の割合はわずか13.8%にとどまり、56.7%が「知らない」と回答していました。同調査でエコツアーへの参加経験があるという回答も3.6%に過ぎません。 10年以上前のデータではありますが、認知の広がりが緩やかだったことは記憶しておく価値があります。
地域でのエコツーリズムの認知度もまだ低く、実際にエコツーリズムに取り組んでいる市町村は43%に留まっています。 行政の取り組みの普及には依然として課題が残っています。
国際的な文脈では、「GSTC(Global Sustainable Tourism Council)クライテリア」という基準があります。 40個もの基準から成り、この基準に沿った取り組みをすることが国際認証取得の条件とされています。 NPO法人「日本エコツーリズムセンター」はこのサステナブルツーリズム国際認証の取得を目指し、セミナーやフォーラムを企画するなど積極的な取り組みを行っています。
国内の注目エリア|エコツーリズムが息づく3つの場所
日本にはすでにエコツーリズムの先進的な取り組みが根付いているエリアがあります。その代表例を3つ取り上げます。
屋久島(鹿児島県)
1993年にユネスコ世界自然遺産に登録された屋久島は、国内エコツーリズムの草分け的な存在です。 屋久島や白神山地では、エコツーリズムによる取り組みとして、エコツアーなどが行われています。 樹齢数千年とも言われる屋久杉が生育する原生林は、年間観光客数が増加する中で植生への影響が懸念されてきました。そのため環境省は入山規制や利用調整地区の設定を行い、ガイド同行を前提としたエコツアーを推進しています。収益の一部が自然保全活動に充てられる仕組みも整いつつあります。
小笠原諸島(東京都)
2011年に世界自然遺産に登録された小笠原諸島では、固有種保護のための厳格な生態系管理が行われています。外来種の持ち込みを防ぐため、訪問者に対して植物の種や土の持ち込みを禁止するルールが設けられており、環境省・東京都・地元ガイドが連携して入島者の行動管理に取り組んでいます。
慶良間諸島(沖縄県)
「ケラマブルー」と称される透明度の高い海を有する慶良間諸島は、2014年に国立公園に指定されました。ダイビングや体験シュノーケリングを中心としたエコツアーが活発に行われる一方、サンゴ礁の保護のために立入制限区域の設定や、日焼け止め成分(ベンゾフェノンなど)のサンゴへの影響に関する情報提供なども行われています。
世界の先進事例|パラオの「誓約書」から学べること
海外に目を向けると、パラオ共和国の取り組みが国際的に注目されています。 パラオでは、観光客が入国する際、環境保護を誓約する文書に署名しなければ入国することができません。 「パラオ誓約書(Palau Pledge)」と呼ばれるこの仕組みは、パスポートへのスタンプ形式で運用されており、2017年から始まりました。「自然を傷つけない」「地元の法律・規制を尊重する」といった行動規範を明文化した点がUNEPからも評価されています。
アイスランドでは西部フィヨルド、スペインではバルセロナを含むカタルーニャ州、他にもメキシコやオーストラリア、ニュージーランドの一部では、サステナブルツーリズム国際認証を受けています。 認証を取得することで観光客への信頼性の証明となり、持続可能な観光地としてのブランド価値が高まる効果があります。
MIRASUSが整理|読者の声に見る「サステナ旅行のつまずき」
編集部では、日ごろからSNSや読者コメントを通じてサステナビリティに関心を持つ方々の声を整理しています。サステナ旅行・エコツーリズムに関しては、いくつかの共通するつまずきポイントが浮かび上がってきました。
最も多く見られるのは、「どこがエコな旅行先なのか分からない」という情報不足の問題です。「エコツアー」と書かれていても、具体的な保全活動への還元や入山規制の有無が不明なケースがあるという声がありました。看板だけが「エコ」で中身が伴っていない、いわゆるグリーンウォッシング的な商品に対する警戒感も見受けられます。
次に多いのが、「移動手段のCO2が気になって遠方に行きにくい」という葛藤です。新幹線や在来線を選べばCO2は大幅に削減できますが、国内の離島や山岳地帯へのアクセスは航空機や自家用車に頼らざるを得ないケースも多く、「どこまでやれば十分なのか」という基準の見えにくさが行動を妨げる要因になっていました。
こうした声を踏まえると、サステナ旅行の第一歩は「完璧なゼロカーボン旅行」を目指すことではなく、情報に基づいて選択肢を比較する習慣をつくることだと整理できます。まず移動手段の排出量を比較し、宿泊先の環境方針を確認し、現地ガイドや地元事業者を選ぶ——このプロセス自体が、観光の在り方を変える力になります。
サステナ旅行を実践するための4つの視点
「サステナブルな旅行」と聞くと制約や不便さを想像する方もいるかもしれません。実際には、以下の4つの視点を持つだけで旅の選択が変わってきます。
1. 移動手段の選択
国土交通省が公開している旅客輸送のCO2排出量の目安では、鉄道が1人キロあたり約17g、バスが約57g、自家用車が約130〜160g、航空機が約89〜110g(路線・機材により差あり)とされています。同じ目的地であれば新幹線や在来線を選ぶだけで排出量を大幅に抑えられます。飛行機を使う場合でも、航空会社によってはカーボンオフセットプログラムへの参加ができます。
2. 宿泊施設の選択
再生可能エネルギーを使用している宿、地元食材を積極的に使う宿、廃棄物削減に取り組む宿を選ぶことが、地域経済への貢献にもなります。「エコ宿」の国際基準として、Green Key(グリーンキー)認証が60か国以上で普及しており、日本でも認証取得施設が増えています。
3. 現地ガイドと地元事業者の活用
外部の大手旅行代理店だけでなく、地元のガイドや小規模事業者を通じてツアーを手配することで、観光収益が地域に留まりやすくなります。屋久島や小笠原のようにガイド同行が必須の地域では、ガイドそのものが自然保全活動の担い手でもあります。
4. 訪問先のルールを事前に調べる
立入制限区域の確認、野生動物への接触禁止ルール、ゴミの持ち帰りルールなど、訪問前に環境省や地方自治体の公式情報を確認しておくことが基本です。知らずに違反してしまうことが生態系への深刻なダメージになりかねません。
SDGsとの接点|エコツーリズムが関わるゴール
エコツーリズム・サステナブルツーリズムは、SDGs(持続可能な開発目標)の複数のゴールと直接つながっています。
最も直結するのはゴール12「つくる責任 つかう責任」です。旅行者の消費行動を「持続可能な生産・消費パターン」に変えることが、エコツーリズムの本質の一つだからです。次いでゴール13「気候変動に具体的な対策を」——移動手段の脱炭素化とカーボンオフセットが該当します。そして生物多様性の保全という観点からゴール15「陸の豊かさも守ろう」、海のエコツアーの場合はゴール14「海の豊かさを守ろう」も重要な関連ゴールです。
また、地域経済への観光収益の還元はゴール8「働きがいも経済成長も」、地域住民の主体的な参加促進はゴール11「住み続けられるまちづくりを」ともリンクします。サステナブルツーリズムが複数のゴールに横断的に関わることは、政策立案者や事業者にとって取り組みの優先度を高める根拠にもなっています。
観光と格差・不平等の関係については、当メディアのSDG10解説記事も参考にしてください。
今日から試せる1アクション
次の旅行を計画するとき、「行き先へのアクセス方法」を一度だけ調べてみてください。国土交通省や各鉄道会社のサイトでは、新幹線・在来線を使ったルートとCO2排出量の目安を確認できます。移動方法を変えることが難しい場合でも、現地での宿泊先に「環境への取り組みを公表しているか」を確認するだけで、選択の質が変わります。完全な「ゼロインパクトの旅」は難しくても、情報に基づいて比較・選択する習慣が積み重なれば、旅行市場全体の方向性を変える力になります。まず1つの旅から試してみてください。
まとめ|サステナ旅行は「我慢」でなく「選択」
エコツーリズムやサステナブルツーリズムは、旅の楽しさを損なうものではありません。むしろ、地域の自然や文化を深く知ることで旅の体験が豊かになる側面もあります。以下のポイントを意識するところから始めてみてください。
- エコツーリズムはサステナブルツーリズムの一部。「環境保全」に重点を置いた概念で、日本では2008年施行の推進法が制度的な柱になっている
- 観光業の温室効果ガス排出は世界全体の約8%。移動手段・宿泊先・現地事業者の選択がそのまま排出量と地域経済還元に影響する
- 屋久島・小笠原・慶良間など、国内でもすでにエコツーリズムの仕組みが整った地域がある。訪問前に公式ルールを確認する習慣が保全の第一歩
- パラオ誓約書やGSTC国際認証など、海外の先進事例は観光者と事業者の双方に行動規範を提示する仕組みとして参考になる
- サステナ旅行は「完璧さ」を求めるのではなく、情報に基づいて比較・選択するプロセスを繰り返すことから始まる
旅行時の移動エネルギーと脱炭素化についてはクリーンエネルギーの解説記事もあわせてご覧ください。
気候変動と私たちの日常の関係については、当メディアの気候危機解説記事で詳しく取り上げています。



