開発プロジェクトによる自然破壊を完全に避けることは難しいという現実があります。そこで国際的に広がっているのが「自然破壊ゼロ」(No Net Loss / NNL)という考え方です。この概念は、開発によって失われた生態系をほかの場所で復元・保全することで、全体的には自然を失わないようにしようというものです。世界100カ国以上で採用されている重要な環境ポリシーですが、その実現には多くの課題もあります。
自然破壊ゼロとは
「自然破壊ゼロ」とは、開発プロジェクト・政策・計画・活動が生態系に与える悪影響を、影響の回避・最小化、影響を受けた地域の復元、残存する影響のオフセット(補償)によってバランスさせ、最終的に損失がゼロになることを目指す目標です。
より簡潔に言えば、ある場所での自然破壊を、ほかの場所での自然保全・復元で埋め合わせることで「差し引きゼロ」にしようという考え方です。
このポリシーは広く普及しており、2018年時点で少なくとも69カ国で導入されています。自然破壊ゼロの要件は、生態系補償(ビオディバーシティオフセット)ポリシーや環境影響評価規制の一部として含まれることが多いとされています。
背景|なぜ必要なのか
この目標は1988年の米国大統領選でジョージ・H・W・ブッシュが「湿地帯の損失ゼロ」を公約したことに遡ります。その後、米国では湿地の損失を補償するための緩和対策として採用され、現在では森林など他の生態系にも拡大しています。
生物多様性の世界的な減少への認識の高まりに伴い、自然破壊ゼロの要件と企業の取り組みが増加しています。土地利用の変化などを通じて、経済発展は生物多様性の損失を促進していますが、世界で最も生物多様性に富んだ国の多くにとって経済発展は重要です。
仕組み|どのように実現するのか
自然破壊ゼロを達成するための基本は「軽減階層」(mitigation hierarchy)と呼ばれる段階的アプローチです。
生態系補償は軽減階層の最終段階として使われ、開発プロジェクトが自然破壊ゼロ、またはより高い「ネット・ゲイン」(自然増加)を達成する努力の中で活用されます。
具体的には、以下のプロセスを経ます。
1. 回避:影響を受ける可能性がある地域での開発を避ける2. 最小化:やむを得ず開発する場合は、影響を最小限に抑える
3. 復元:影響を受けた地域の自然を回復させる4. 補償:それでも残る損失を、ほかの場所での自然保全・再生で埋め合わせる
課題と議論
一方で、自然破壊ゼロの実現には大きな課題があります。
自然破壊ゼロについては、その達成可能性と、生物多様性または生態系の損失を別の場所での不確実な利益で代替することの許容性に関する議論を含む、様々な意見があります。一部の人々は、生物多様性の複雑性のため、正確に再現することは不可能または非常に困難であるとして、自然破壊ゼロを不可能または受け入れられない目標として拒否しています。
さらに生物多様性には本質的な価値があり、また人間にとって場所に基づいた精神的・文化的価値があるため、ある地域での生物多様性の損失を別の場所での保全で代替することは受け入れがたいと考える人々もいます。
自然破壊ゼロまたはネット・ゲインには、生物多様性の社会経済的・文化的価値の損失ゼロも含まれるべきであり、影響を受けたコミュニティが以前と少なくとも同じ、できればより良い状態にあるようにしなければなりません。
つまり、自然保全だけでなく、地域コミュニティの生活や文化も守ることが重要な視点です。
日本と世界の取り組み
オーストラリアでは政府の「自然ポジティブ計画」に基づき、国家目標として「ゼロネット損失」(自然破壊ゼロ)の達成を目指しており、2024年7月までに「ネット・ポジティブ」(自然増加)への転換が計画されています。
また、より野心的な目標として「ネイチャーポジティブ」があります。
ネイチャーポジティブとは、「2020年を基準として2030年までに自然の損失を停止・逆転させ、2050年までに完全な回復を達成する」と定義される世界的な社会目標で、「昆明・モントリオール生物多様性グローバルフレームワーク」のミッションに沿ったものです。
自然破壊ゼロは自然と経済活動の共存を目指す重要なアプローチですが、実現には全利害関係者の協力が不可欠です。
私たちにできること
個人レベルでは、消費の選択を通じて企業の生物多様性への取り組みを応援できます。生態系への配慮を示している企業や製品を選ぶ、不要な開発計画に対して声を上げるなど、市民参加も重要です。また、地域の自然保全活動や環境教育に携わることも、自然破壊ゼロの実現に向けた行動となります。

