自動車のボディ、鉄道のレール、ビルの骨組み。私たちの暮らしは鉄でできていると言っても過言ではありません。その鉄をつくる過程で、実は膨大な二酸化炭素(CO2)が排出されていることをご存じでしょうか。近年、この鉄そのものを低炭素化する「グリーンスチール」という取り組みが、日本の鉄鋼大手を中心に動き始めています。本記事では、グリーンスチールの仕組みと、日本製鉄・JFEスチール・神戸製鋼といった企業の具体的な動き、そして私たちが消費者やビジネスパーソンとしてできる選択について整理します。
グリーンスチールとは|排出削減行動が証明された鉄鋼材料
グリーンスチールとは、製造段階のCO2排出量を大幅に削減した鉄鋼材料のことです。日本の「GX推進のためのグリーン鉄研究会」は、企業単位での追加的な直接的排出削減行動による大きな環境負荷の低減があり、削減行動に伴うコストを上乗せした場合には一般的製品よりも価格が大きく上昇する鋼材と定義しています。つまりグリーンスチールは単に成分や性能が優れた鋼材ではなく、実際に削減行動を取った証書が付き、環境価値が第三者的に確認された鉄鋼製品を指す点が重要です。ここから先は、この鋼材がなぜ必要とされ、どう作られ、どう選べばよいのかという実践的な視点で見ていきます。
なぜ今、鉄鋼の脱炭素が急務なのか|日本の産業CO2の37%
従来の高炉法では、鉄鉱石と石炭(コークス)を高炉で加熱し、化学反応によって鉄を還元します。この過程で石炭が燃焼し、大量のCO2が発生する構造です。日本の鉄鋼業は国内製造業のCO2排出量の37%を占めるとされており、他のどの産業よりも脱炭素の影響が大きい分野といえます。政府が2050年カーボンニュートラルを掲げる中で、鉄鋼業のプロセス転換は避けて通れないテーマになっています。
一般社団法人日本鉄鋼連盟は2024年1月のレポートで、鉄鋼プロセスのカーボンニュートラル化には、革新技術の開発・実装や、クリーン原料・クリーンエネルギーサプライチェーンの構築に多くの時間と莫大なコストを要すると指摘しています。裏を返せば、鉄鋼の脱炭素は一企業の努力だけで完結せず、水素やクリーン電力のインフラ整備、そして需要側の理解と選択が伴って初めて進むということです。
グリーンスチールを生み出す3つの製造技術
脱炭素化を支える製鉄プロセス転換の候補は、大きく分けて「水素還元製鉄」「直接還元製鉄」「電炉化」の3つです。それぞれ得意分野とコスト構造が異なるため、鉄鋼メーカー各社は複数の技術を並行して検証しています。
水素還元製鉄
鉄鉱石を還元する際に、石炭の代わりに水素を使用する方法です。水素の燃焼では水しか排出されないため、理論上はCO2排出をほぼゼロに近づけられます。次世代の主力技術として最も期待されていますが、大量の水素を安定調達する仕組みづくりが前提条件になります。
直接還元製鉄
鉄鉱石をコークスを使わずに直接還元し、その後電炉で溶解する方法です。天然ガスを還元剤として使う場合もあり、高炉法に比べてCO2排出を抑えつつ、既存設備からの転換もしやすいという特徴があります。
電炉化
鉄スクラップを電炉で再溶解し、新しい鉄をつくる方法です。鉱石から一からつくるのではなく、既存の鉄を循環させることでエネルギーとCO2の削減につながります。電力を再生可能エネルギー由来にできれば、削減効果はさらに高まります。
鉄のリサイクルという観点は、日常のごみ分別や資源循環の考え方ともつながっています。家庭でできる資源循環の工夫について知りたい方は、以下もあわせて参考にしてみてください。

日本企業の動き|日本製鉄・JFEスチール・神戸製鋼の取り組み
グリーンスチールの実用化は、研究段階から市場投入の段階に移りつつあります。2030年までに世界で1億トン、世界粗鋼生産の約5%まで成長する可能性があるとされ、日本では日本製鉄、神戸製鋼、JFEスチールといった大手鉄鋼メーカーが相次いで供給計画を発表しています。
中でも株式会社神戸製鋼所が提供する「Kobenable Steel」は象徴的な事例です。この製品は2024年に国土交通省の新技術情報提供システム(NETIS)に登録され、業界ではじめてグリーンスチールとしてNETIS登録された事例となりました。公共インフラの調達要件にグリーンスチールが組み込まれる道が開かれたことは、市場形成における重要な一歩といえます。日本製鉄やJFEスチールも、電炉やスクラップ活用を軸にした低CO2鋼材のブランド展開を進めており、自動車メーカーや建設会社との協業を通じて需要側の巻き込みを図っています。
企業がどのようにCO2削減目標を掲げ、実行に移しているかを知ることは、グリーンスチールの理解を深める上でも参考になります。

普及への壁|水素コストと「グリーンの定義」問題
グリーンスチールの普及には、いくつかの現実的な課題が残っています。特に水素還元製鉄には膨大な量の水素が必要ですが、日本における水素価格は2023年時点で100円/N㎥とされ、2030年に30円/N㎥への低減が目標として掲げられています。価格差が縮まらなければ、グリーンスチールは「価格が大きく上昇する鋼材」のままとなり、限られた需要家しか選べない状況が続きかねません。
もう一つの課題は、何をもってグリーンスチールと見なすかという定義の問題です。CO2の測定手法や、どの範囲の排出量を鋼材の「削減実績」として認めるかという基準づくりは、国内外でまだ標準化の途上にあります。この点があいまいなままだと、根拠の薄い「環境に優しい鋼材」という表示が広がりかねず、グリーンウォッシングのリスクにもつながります。だからこそ、証書や第三者認証に裏付けられた削減量の開示が、グリーンスチールの信頼性を支える基盤になります。
制度が後押しする市場|グリーン購入法とグリーンイノベーション基金
グリーンスチールの市場形成は、企業の自発的な取り組みだけでなく、制度面からも後押しされています。令和7年1月28日付で「環境物品等の調達の推進に関する基本方針」が変更閣議決定され、グリーン購入法において削減実績量が付された鉄鋼の優先調達が進められることになりました。公共調達の場でグリーンスチールが選ばれる仕組みができれば、企業側にとっても投資回収の見通しが立てやすくなります。
技術開発の側面では、経済産業省がグリーンイノベーション基金の「製鉄プロセスにおける水素活用」事業を通じて、国費負担額4,499億円を上限に支援を進めています。制度と技術開発が両輪で動くことで、水素還元製鉄のコストは徐々に下がっていくことが期待されます。こうした公的資金がどのように使われているかという視点は、税金の使い道やお金の流れに関心がある方にとっても興味深いテーマです。

私たちにできる選択|消費者・ビジネスパーソンの実践ガイド
グリーンスチールは、鉄鋼メーカーだけの努力で普及するものではありません。購入側の企業や消費者がどう選ぶかが、市場拡大の速度を左右します。次のような行動から、自分に合ったものを選んでみてください。
- 自動車や住宅を選ぶ際に、メーカーが低CO2鋼材の使用について情報開示をしているか確認してみる
- 勤務先の調達方針や資材購入の担当であれば、削減実績量が付された鋼材の優先調達を提案してみる
- 建設・製造業に関わる仕事であれば、取引先の鉄鋼メーカーがどのグリーンスチール認証を採用しているか調べてみる
個人が直接鉄鋼を購入する機会は多くありませんが、グリーンスチールを使った自動車や建材が市場に増えることを応援する姿勢は、製造企業にとって価格転嫁を受け入れてもらえるという確かなシグナルになります。企業で働く方であれば、調達方針の議論にグリーンスチールという選択肢を加えることも、実務的にできる一歩です。
まとめ|技術と市場、両輪での前進が鍵
グリーンスチールは、鉄という基幹素材の脱炭素化を通じて、自動車・建設・電機など幅広い産業のCO2排出削減を後押しする重要な選択肢です。水素還元製鉄や電炉化といった技術開発、NETIS登録や制度整備といった市場形成の動きが重なり合うことで、少しずつ実装が進んでいます。一方で、水素コストや認証基準といった課題も残っており、技術開発と市場形成が相互に支え合う仕組みづくりが引き続き求められます。まずは、身近な自動車や建材の情報開示に目を向けてみることから始めてみてください。
本記事はMIRASUS編集チームが公的資料・企業公式情報をもとに作成しています。
参考文献
・経済産業省「グリーンイノベーション基金事業」(2024年・https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/gifund/index.html)・一般社団法人日本鉄鋼連盟「カーボンニュートラル行動計画」関連資料(2024年・https://www.jisf.or.jp/)
・国土交通省「新技術情報提供システム(NETIS)」(2024年・https://www.netis.mlit.go.jp/)

