重力蓄電とは、余った電気で重りを高い位置に持ち上げて位置エネルギーとして蓄え、電気が必要なときに重りを下ろして発電する蓄電の方法です。太陽光や風力は天候しだいで発電量が変わるため、「余った電気をどこにためるか」は再生可能エネルギーを増やすうえで避けられない課題です。この記事では、重力蓄電の仕組みに加え、中国・英国・オーストラリアで進む事例、日本で使えるのかという疑問、そして実用化の壁を整理します。
重力蓄電の仕組みと、必要な「重さ」の目安
重力蓄電は、発電する技術ではなく電気をためる技術です。この点は誤解されやすいので、最初に押さえておきます。太陽光パネルや風車のように電気を生み出すのではなく、ほかの電源でつくった電気をいったん重りの高さに換えて保管し、あとで電気に戻します。蓄電池が化学反応で電気をためるのに対し、重力蓄電は物理の位置エネルギーで電気をためる点が違いです。
蓄電と放電の流れ
蓄電のときは、電気が余っている時間帯にモーターやウインチで重りを持ち上げます。放電のときは、電気が足りない時間帯に重りをゆっくり下ろし、その動きで発電機を回します。下ろす速さを調整すれば出力も調整できるため、需給の変化に合わせた運転ができます。
重りを持ち上げる方法は大きく3種類あります。クレーン状の塔でコンクリートブロックを積み上げる方式、使われなくなった鉱山の立て坑(縦穴)に重りを吊り下げる方式、そして重りの代わりに水より重い液体を高所へ送る方式です。後ほど、それぞれの代表例を紹介します。
1MWhを蓄えるには何トン必要か
位置エネルギーは「質量×重力加速度×高さ」で決まるため、必要な重さは計算で見積もれます。損失を無視した理論値として、100m持ち上げた場合に1MWh(1,000kWh)を蓄えるには約3,700トンの重りが必要です。高さが400mなら、同じ1MWhを約920トンで蓄えられます。
家庭の1日の電気使用量を仮に10kWhとすると、100mの高さで約37トンの重りに相当します。重りを高く持ち上げられるほど、少ない重さで同じエネルギーを蓄えられます。深い立て坑を使う構想が出てくるのは、この「高さが稼げる」という物理の事情によります。
蓄電池・揚水発電との位置づけの違い
重力蓄電は、蓄電池や揚水発電と競合するというより、数時間から十数時間の「中くらいの長さ」の蓄電を担う選択肢として語られています。リチウムイオン電池は数時間までの蓄電が得意で、揚水発電は大規模・長時間の蓄電を得意とします。重力蓄電は、揚水発電に必要な山や水がない場所でも設置できる可能性があるとされ、その点に期待が寄せられています。
ただし、後述するように実績はまだ少なく、数時間以上の蓄電の現場で主役になっているのは今も揚水発電です。世界の揚水発電の総設備容量は約200GWで、長期の蓄電システム全体の90%以上を占めるとされています。
世界の事例|中国・英国・オーストラリアの現在地
重力蓄電は、アイデアの段階を過ぎ、実機で動かす段階に入っています。ただし規模はまだ小さく、各社の数字の多くは企業自身の発表です。事例ごとに、「何が確認されていて、何がこれからなのか」を分けて見ていきます。
中国|Energy Vaultの25MW/100MWh級システム
スイス発のEnergy Vaultは、塔にコンクリートブロックを積み上げる方式で知られます。同社の発表によると、中国・江蘇省如東(Rudong)に設置された「EVx」は出力25MW・容量100MWhで、2023年12月に国家電網(State Grid)へ系統連系し、2024年5月に中国天楹(China Tianying)が試験・試運転を完了しました。中国の国家エネルギー局は、2024年1月にこの案件を新型蓄電のモデル事業に選んでいます。
同社は、中国天楹が追加で8件、合計3.7GWh超の導入を計画していると説明しています。一方で、Energy Vault自身は2024年から2025年にかけて、重力方式だけでなく電池や水素を組み合わせた長時間蓄電へ事業の幅を広げています。重力方式が事業の軸であり続けるのか、選択肢の一つになるのかは、今後の実績で見えてくる部分です。
英国|Gravitricityの立て坑方式
英国エディンバラのGravitricityは、廃坑などの深い立て坑に重りを吊るす方式を提案しています。2021年にエディンバラのリース港で完成した250kWの実証機は、高さ15mの塔に25トンの重り2つを使うもので、会社は「ゼロから全出力まで1秒未満」で立ち上がると説明しています。往復効率(蓄えた電気のうち取り出せる割合)は会社発表で80%超とされますが、短い試験での自己申告値で、第三者による検証結果は確認できていません。
同社は、チェコの旧炭鉱で最大8MW規模の商用機を計画していると伝えられました。ただし今回の調査では、その後の進み具合を示す最新の公式情報は確認できませんでした。実証機の成功から実用規模への橋渡しが、この方式の最大の見どころです。
オーストラリア|Green Gravityの廃坑活用
オーストラリアのGreen Gravityは、2025年9月19日に、ニューサウスウェールズ州の旧炭鉱ラッセルベール(Russell Vale)の4号立て坑で試験を行う契約を発表しました。地下400mに重りを出し入れする自動システムで、試験の出力は150kW、系統には接続しないとされています。
商用段階では、立て坑1本あたり最大10MW、8〜20時間の放電を想定しています。同社は10GWh分の導入計画があり、75本以上の立て坑で実現可能性を評価したとしています。クイーンズランド州マウントアイザでは、鉱山大手Glencoreの銅鉱山で最大2GWhの案件を検討する計画も2024年10月に報じられました。いずれも「計画」や「試験」の段階であり、商用運転の実績はこれからです。
水の代わりに重い液体を使う変形型
英国のRheEnergiseは、水の約2.5倍の密度をもつ高密度流体で、揚水発電と同じ発想の蓄電を小さな落差で実現しようとしています。2026年1月に発表されたパイロット機はピーク出力500kWで、2028年末までに10〜20MW規模の初の商用システムを稼働させる目標です。8時間蓄電でリチウムイオン電池システムの約半分のコストになるという試算は、同社の見込みであり、実証はこれからです。
日本で重力蓄電は使えるのか|揚水発電から考える
日本で重力蓄電を使えるのかは、読者が最も知りたい点の一つでしょう。今回の調査の範囲では、日本国内で商用運転している重力蓄電(重りを上げ下げする方式)は確認できませんでした。国内の研究構想はあっても、実機の稼働を示す公的な情報は見つけられていません。
一方で、日本には「重力を使った蓄電」の先輩にあたる揚水発電が、すでに全国に約40か所あります。これを手がかりにすると、日本での位置づけが見えてきます。
日本はすでに「水の重力蓄電」の大国
揚水発電は、余った電気で下の池から上の池へ水をくみ上げ、必要なときに流して発電します。仕組みは重力蓄電と同じで、重りが水に替わっただけです。日本は世界第2位の揚水発電の設備容量をもつとされますが、設備の利用率は資料によって数%台と低く、「持っているのに使い切れていない」という指摘もあります。
つまり日本では、新しい重力蓄電を足す前に、既存の揚水発電をどう使いこなすかという論点が先に来ます。国土の多くが山地という地形も、水を使う方式に向いてきた理由です。
制度の側から見ると揚水と蓄電池が主役
国の長期脱炭素電源オークションでは、2026年5月13日に東京電力リニューアブルパワーが、揚水発電の塩原発電所2号機(落札容量267,550kW)を落札したと発表しました。同じ時期に、系統用蓄電池が複数の案件で採択されています。長く使える脱炭素の調整力として、日本の制度が今まず選んでいるのは、揚水発電と蓄電池だとわかります。
重力蓄電がこうした制度の対象になるには、国内での実証と、コスト・安全性・性能の第三者確認が必要です。海外の廃坑活用の事例は、日本では炭鉱跡や鉱山跡の立て坑が候補になりうるという示唆を与えますが、現時点では構想の域を出ません。
日本の地形や設備に当てはめて考えると
日本の立地条件で考えると、重力蓄電には2つの論点があります。1つは、地震が多い国で、数千トンの重りを高所に吊るす設備の安全性をどう確保するかです。もう1つは、廃坑の立て坑が電力系統に近いとは限らず、送電線の接続費用が課題になりやすいことです。これらは筆者の整理した検討課題であり、各社が日本向けに公表した評価ではありません。
重力蓄電が直面する課題
重力蓄電の課題は、技術そのものより、実績・コスト・立地の3点に集約できます。
コストと実績の少なさ
最大の壁は、商用運転の実績が少なく、長期のコストが読みにくいことです。中国の100MWh級のシステムが稼働を始めた一方、立て坑方式の実用規模はまだ実証前です。蓄電池は価格が下がり続けており、重力蓄電は「十数時間以上」という蓄電池が割高になる領域で、どこまで価格で勝てるかが問われます。
立地の制約
塔方式は広い敷地が必要で、都市部には向きません。立て坑方式は既存の廃坑を活かせる反面、使える場所が鉱山跡に限られます。重りの落下や吊り具の破断に備える安全設計も、立地ごとに確認が必要です。
効率と蓄電できる時間
重りを上げ下げする際には、モーターや発電機、ウインチ、摩擦などで損失が出ます。Gravitricityの実証機が示した往復効率は80%超とされますが、実用規模でも同じ水準が保たれるかは確認が必要です。また、重力蓄電が得意なのは数時間から1日程度の調整であり、夏から冬へ電気を持ち越すような季節をまたぐ蓄電には向きません。
誤解されやすいポイント
重力蓄電の紹介記事には、事実と少しずれた説明がよく見られます。読み手が判断を誤らないよう、代表的な4つを整理します。
「再生可能エネルギーの一種」ではない
重力蓄電は電気をためる設備で、発電源ではありません。持ち上げるための電気は、太陽光や風力などの再生可能エネルギーで賄うことも、火力発電の電気で賄うこともできます。環境への貢献度は、どの電気をためるかに左右されます。
「燃料不要だから運用費はほぼゼロ」とは言えない
燃料は要りませんが、点検・保守、制御システム、機械部品の交換には費用がかかります。「運用コストがほとんどかからない」という説明は、実績が少ない段階では確認が取れていません。
「世界中で実用化されている」わけではない
規模が確認できる事例は、中国の100MWh級など、ごく一部です。立て坑方式は2025年時点で試験計画の段階にあります。企業の導入計画の数字(GWh単位)は、稼働済みの数字とは別物として読む必要があります。
「蓄電池より優れている」「劣っている」とは決まらない
蓄電時間、設置場所、寿命、コストで得意分野が異なります。数時間以内なら蓄電池、大規模・長時間なら揚水発電、揚水が使えない場所の中長時間なら重力蓄電、という使い分けが現実的な見方です。
蓄電のニュースを読むときに確認したい3つの数字
重力蓄電に限らず、蓄電のニュースを見たとき、すぐ実践できる読み方があります。見出しの「GWh」という大きな数字だけで判断せず、次の3つを確認する方法です。
- 出力(kW・MW)は、一度にどれだけの電気を出せるか
- 容量(kWh・MWh)は、全部でどれだけの電気をためられるか
- 放電時間は、容量を出力で割った「何時間もつか」
たとえば出力25MW・容量100MWhなら、放電時間は4時間です。この3つがそろっていれば、その設備が「短時間の調整向き」なのか「長時間の備え向き」なのかが見分けられます。あわせて、数字が「稼働中の設備」のものか、「計画」や「試算」のものかも、必ず見分けてください。
まとめ
重力蓄電は、余った電気を重りの高さに換えてためる、仕組みのわかりやすい蓄電技術です。中国では100MWh級のシステムが系統につながり、英国とオーストラリアでは廃坑の立て坑を使う実証が進んでいます。一方で、商用規模の実績は限られ、コスト・立地・長期運転の信頼性といった課題は、これから確かめる段階にあります。
日本では、今回確認できた範囲で国内の商用運転の事例は見当たらず、すでに約40か所ある揚水発電と、拡大する系統用蓄電池が蓄電の中心です。重力蓄電は、その隙間を埋める選択肢として海外の実証結果を見ながら評価していく技術だといえます。
ニュースで蓄電の話題を見かけたら、まず出力・容量・放電時間の3つの数字だけ確かめてみてください。
- 重力蓄電は発電ではなく、重りの高さで電気をためる蓄電の方法
- 100mの高さで1MWhを蓄えるには、理論上約3,700トンの重りが必要
- 中国で25MW/100MWh級が系統連系し、英国・豪州は実証や試験の段階
- 日本では商用の重力蓄電は未確認で、揚水発電と蓄電池が蓄電の中心
- 出力・容量・放電時間と、稼働済みか計画かを見分けるのが読み方のコツ
参考文献
- Energy Vault「Rudong, China Gravity Energy Storage System」(2024年)
- pv magazine「Gravitational energy storage trials set for decommissioned mine in Australia」(2025年)
- ESS News「2GWh gravitational energy storage project earmarked for mine in Mount Isa, Australia」(2024年)
- Solar Power Portal「Gravitricity celebrates success of 250kW energy storage demonstrator」(2021年)
- GIZMODO JAPAN「高密度流体による揚水発電の新方式」(2026年)
- 東京電力リニューアブルパワー「長期脱炭素電源オークションの約定結果について」(2026年)

