私たちの生活に欠かせない電気や燃料。これらのエネルギーを作り出す方法が、今大きく変わろうとしています。石油や石炭といった化石燃料に頼ってきた従来の方法から、太陽光や風力といった再生可能エネルギーを中心とした仕組みへと転換する動き、それが「エネルギーシフト」です。
この変化は単なる技術の進歩ではありません。地球温暖化という深刻な環境問題への対応として、そして将来にわたって安定したエネルギーを確保するための必要不可欠な取り組みとして、世界各国が力を入れています。2023年に開催されたCOP28では、2030年までに世界全体で再生可能エネルギーの設備容量を3倍にするという野心的な目標が掲げられ、日本を含む118カ国が賛同しました。
エネルギーシフトとは何か?基本的な意味と定義
エネルギーシフトとは、エネルギー供給システムを根本的に変革することを指します。具体的には、石油、石炭、天然ガスといった化石燃料や原子力から、太陽光、風力、水力、地熱、バイオマスなどの再生可能エネルギーを中心とした経済システムへの転換を意味します。
この概念が世界的に注目されるきっかけとなったのは、ドイツが推進する「Energiewende(エネルギーヴェンデ)」政策です。ドイツでは2000年代から本格的にエネルギーシフトに取り組み、原発を段階的に廃止しながら再生可能エネルギーの比率を大幅に拡大してきました。
化石燃料から再生可能エネルギーへの転換
従来のエネルギーシステムの中心は化石燃料でした。石炭火力発電所や石油を燃料とする発電所が電気を作り、ガソリンや軽油が自動車や工場の動力源となってきました。しかし、これらの化石燃料を燃やすときに発生する二酸化炭素が地球温暖化の主要な原因となっています。
再生可能エネルギーは、自然の力を利用して電気を作る技術です。太陽の光から電気を作る太陽光発電、風の力で発電機を回す風力発電、川の流れを利用する水力発電などがあります。これらの技術は発電時に二酸化炭素を排出しないため、環境に優しいエネルギー源として期待されています。
集中型から分散型エネルギーシステムへの変化
エネルギーシフトには、エネルギーの作り方だけでなく、供給の仕組み自体を変える側面もあります。従来は大型の発電所で大量の電気を作り、送電線を通じて各地域に届けるという「集中型」のシステムが主流でした。
一方、分散型エネルギーシステムでは、住宅の屋根に設置された太陽光パネルや地域の小規模な風力発電設備など、多数の小さなエネルギー源が電力網に接続されます。この方式により、エネルギーの地産地消が可能になり、送電ロスの削減や災害時の電力供給の安定性向上といったメリットが生まれます。
エネルギーシフトが必要な理由と背景
エネルギーシフトが世界的に推進される背景には、複数の重要な理由があります。環境問題への対応だけでなく、エネルギー安全保障の確保や経済的メリットの追求など、現代社会が直面する様々な課題の解決策として期待されているのです。
特に重要なのは、気候変動に関する科学的知見の蓄積です。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第6次評価報告書によると、世界の平均気温は産業革命前からすでに1.1度上昇しており、2030年代には1.5度に到達する可能性が高いとされています。この気温上昇を抑えるためには、2030年までに温室効果ガス排出量を43%削減する必要があり、その実現にはエネルギーシステムの抜本的な転換が不可欠です。
気候変動対策としての重要性
地球温暖化による気候変動は、もはや将来の問題ではなく、現在進行形の危機となっています。世界各地で異常気象が頻発し、海面上昇や生態系の変化が観測されています。これらの問題の主要な原因は、化石燃料の燃焼によって排出される温室効果ガスです。
エネルギー分野は世界の温室効果ガス排出量の約75%を占めており、気候変動対策の成否を左右する最重要分野です。再生可能エネルギーへの転換により、発電や産業活動における二酸化炭素排出を大幅に削減できます。実際に、太陽光発電や風力発電のコストは近年急速に低下し、多くの地域で化石燃料による発電よりも安価になっています。
エネルギー安全保障の確保
エネルギー安全保障とは、国家や地域が必要なエネルギーを安定的に確保できる状態を指します。日本のように化石燃料の大部分を輸入に依存している国にとって、エネルギーシフトは安全保障上の重要な戦略です。
2022年のロシアによるウクライナ侵攻は、エネルギー安全保障の重要性を改めて浮き彫りにしました。ヨーロッパ諸国はロシア産の天然ガスへの依存度が高かったため、供給停止のリスクに直面しました。このような地政学的リスクを軽減するために、各国は国産の再生可能エネルギーの導入を加速させています。
経済的なメリットと持続可能な発展
エネルギーシフトは環境対策としてだけでなく、経済成長の新たな原動力としても期待されています。再生可能エネルギー関連産業の成長により、新たな雇用創出や技術革新が促進されます。
国際再生可能エネルギー機関(IRENA)の調査によると、世界の再生可能エネルギー分野の雇用者数は2022年時点で1,350万人に達し、毎年増加を続けています。また、再生可能エネルギーへの投資は長期的に安定した収益をもたらし、化石燃料価格の変動リスクから解放される効果もあります。
世界のエネルギーシフトの動向と取り組み
世界各国でエネルギーシフトの取り組みが加速しています。特に2023年のCOP28以降、国際社会は再生可能エネルギーへの転換に向けて具体的な数値目標を掲げ、協調して取り組む姿勢を鮮明にしています。各国の政策や技術開発の進展により、エネルギーシフトは理想論から現実的な戦略へと変化を遂げています。
この背景には、再生可能エネルギー技術の急速な進歩とコスト低下があります。国際エネルギー機関(IEA)によると、2024年までに世界の太陽光発電生産部門の生産能力が1テラワットを超える見通しで、中国がその成長をリードしています。また、洋上風力発電についても、各国政府がインフレによる開発遅延に対応するための政策を強化し、導入拡大を軌道に乗せる取り組みを進めています。
ドイツのエネルギーシフト(Energiewende)の先進事例
ドイツは世界でもっとも先進的なエネルギーシフトを実践している国として知られています。2000年に開始された「Energiewende(エネルギーヴェンデ)」政策は、原発を撤廃し、化石燃料を減らし、再生可能エネルギー中心の経済に転換することを目的としています。
ドイツでは2023年4月に脱原発を完了させ、同時に2030年までに電源構成に占める再生可能エネルギーの比率を80%まで引き上げる目標を掲げています。具体的には、太陽光発電を2021年の5,890万キロワットから2030年には2.2億キロワットに、洋上風力発電を770万キロワットから3,000万キロワットに大幅拡大する計画です。
ドイツのエネルギーシフトの特徴は、中央政府の政策と地域の取り組みが両輪となって進められていることです。自治体や都市公社、地域のエネルギー会社、市民が中心となって実際の再生可能エネルギー導入を担い、この分散型アプローチがドイツの強みとなっています。また、再生可能エネルギー分野で38万人の雇用が創出され、従来型エネルギーの雇用を上回る規模に達しています。
COP28での国際合意と再生可能エネルギー3倍目標
2023年11月から12月にかけてUAEのドバイで開催されたCOP28は、エネルギーシフトの歴史において重要な転換点となりました。会議では「2030年までに世界全体で再生可能エネルギー設備容量を3倍にする」という野心的な目標が設定され、日本を含む118カ国が賛同しました。
この目標は具体的には、現在約3.4テラワットの世界の再生可能エネルギー容量を2030年までに約11テラワットに拡大することを意味します。同時に、エネルギー効率の改善率を現在の年平均2%から4%に倍増させることも合意されました。これらの目標達成により、化石燃料からの脱却を強力に後押しすることが期待されています。
COP28では初めて実施されたグローバル・ストックテイク(世界全体の気候変動対策の進捗評価)により、現在の取り組みでは1.5℃目標の達成が困難であることが確認されました。このため、各国は2025年までに2035年目標を設定し、より積極的な気候変動対策を実施することが求められています。
日本のエネルギーシフト政策と現状
日本のエネルギーシフトは、東日本大震災を契機として本格的に始まりました。震災前は原子力発電が電力供給の重要な柱でしたが、福島第一原子力発電所事故により、エネルギー政策の根本的な見直しが必要となりました。現在、日本政府は2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、再生可能エネルギーの主力電源化を目指しています。
2023年2月には「GX(グリーントランスフォーメーション)実現に向けた基本方針」が閣議決定され、化石燃料中心だった産業構造をクリーンエネルギー中心の社会に転換する方針が明確になりました。政府は今後10年間で官民合わせて150兆円を超える投資を進める計画で、そのうち20兆円を政府が先行投資として支援する予定です。
2030年・2050年に向けた政府目標
日本政府は段階的なエネルギーシフトの実現に向けて、明確な数値目標を設定しています。2030年度の電源構成では、再生可能エネルギーの比率を36~38%まで引き上げることを目標としています。これは2011年度の10.4%から大幅な拡大を意味し、2022年度時点で21.7%まで達成している状況です。
具体的な再生可能エネルギーの導入目標として、太陽光発電は現在の7,630万キロワットから1億~1.2億キロワットに、風力発電は520万キロワットから2,360万キロワットに拡大する計画です。また、洋上風力発電については、2030年までに1,000万キロワット、2040年までに浮体式洋上風力も含めて3,000~4,500万キロワットの導入を目指しています。
2050年に向けては、カーボンニュートラルの実現を最終目標とし、再生可能エネルギーの主力電源化を推進します。長期的な展望としては、次世代太陽電池であるペロブスカイト太陽電池や浮体式洋上風力などの先進技術の実用化により、さらなる導入拡大を図る方針です。
再生可能エネルギーの導入状況と課題
日本の再生可能エネルギー導入は、2012年に開始されたFIT制度(固定価格買取制度)により大幅に進展しました。特に太陽光発電の成長は著しく、国別導入実績では中国、アメリカに次ぐ世界第3位の7,800万キロワットに達しています。
しかし、日本のエネルギーシフトには解決すべき課題も多く存在します。まず、発電コストの競争力向上が重要な課題です。FIT制度により再生可能エネルギーの買取費用の一部を電気料金として国民が負担しており、他の電源と比較して競争力のある水準までコストを下げる必要があります。
次に、送電網の整備が課題となっています。日本の電線網は必ずしも風況の良い場所や日照条件の優れた場所に整備されているわけではないため、再生可能エネルギー発電所を効率的に系統に接続できない問題が発生しています。また、再生可能エネルギーは天候や季節に左右される発電量の不安定性という根本的な課題もあり、需給バランスを保つためのシステム開発や電力システム全体の改革が必要です。
こうした課題の解決に向けて、政府は送電線整備への支援強化、次世代技術への投資拡大、地域と共生した再生可能エネルギー導入のための事業規律強化などの政策を推進しています。
エネルギーシフトの具体的な技術と取り組み
エネルギーシフトの実現には、多様な再生可能エネルギー技術の活用と、エネルギー効率の向上が不可欠です。技術革新により、これまで課題とされていた発電コストや安定性の問題も徐々に解決されつつあります。各技術の特性を理解し、地域の条件に最適な組み合わせで導入することが、効果的なエネルギーシフトの鍵となります。
現在、世界で最も導入が進んでいるのは太陽光発電と風力発電です。これらの技術は「変動性再生可能エネルギー」と呼ばれ、天候によって発電量が変化する特性がありますが、蓄電技術の進歩やスマートグリッドの導入により、この変動性を管理する技術も向上しています。さらに、水力発電、バイオマス発電、地熱発電といった安定した電力供給が可能な再生可能エネルギーとの組み合わせにより、電力システム全体の安定性を確保することができます。
太陽光・風力発電などの再生可能エネルギー技術
太陽光発電は、エネルギーシフトの中核を担う技術として急速に普及しています。日本では平地の少ない地形的制約があるため、住宅や工場、倉庫の屋根への設置が重要な戦略となっています。政府は屋根設置に対してFIT・FIP制度の入札免除などの支援策を講じ、導入促進を図っています。
次世代技術として注目されているのがペロブスカイト太陽電池です。軽量かつ柔軟な特徴を持つこの技術は、ビルの壁面や窓にも設置可能で、日本の狭い国土を有効活用できる可能性があります。日本は技術開発で世界最高水準にあり、主原料のヨウ素で世界シェア30%を持つことから、実用化に向けた政府支援も拡充されています。
風力発電については、特に洋上風力発電が「再生可能エネルギー主力電源化の切り札」として期待されています。日本は世界第6位の排他的経済水域を持つ海洋国家であり、洋上風力の導入ポテンシャルは非常に高いとされています。2019年には海域の長期独占使用のための法整備が行われ、現在30カ所近くで開発が進められています。
浮体式洋上風力は、より深い水深でも設置できる革新的な技術として開発が進んでいます。日本の強みを活かした要素技術の開発や、台風や落雷などのアジア特有の気象条件に適応した技術の実用化が期待されています。
エネルギー効率化と省エネルギー対策
エネルギーシフトでは、再生可能エネルギーの導入拡大と並んで、エネルギー効率の向上が重要な柱となります。COP28では、エネルギー効率の改善率を現在の年平均2%から4%に倍増させる目標が設定されました。これは、同じ経済活動を行うのに必要なエネルギー量を半分にすることを意味する野心的な目標です。
省エネルギー対策は、産業部門、民生部門、運輸部門のすべてで重要です。産業部門では、製造プロセスの効率化や廃熱回収技術の導入により、エネルギー消費を大幅に削減できます。民生部門では、建物の断熱性能向上や高効率な空調・照明機器の普及、HEMS(家庭用エネルギー管理システム)の導入などが効果的です。
運輸部門では、電気自動車(EV)や水素燃料電池車の普及が重要な取り組みです。これらの車両は走行時にCO2を排出せず、再生可能エネルギーで充電や水素製造を行えば、完全にクリーンな移動手段となります。また、公共交通機関の利用促進やモーダルシフト(貨物輸送の鉄道・船舶への転換)も、運輸部門のエネルギー効率向上に寄与します。
エネルギーシフトの課題と今後の展望
エネルギーシフトの実現に向けては、技術的・経済的な課題の解決と、社会全体での取り組みが必要です。再生可能エネルギーの大量導入には送電網の強化が不可欠で、デジタル技術を活用したスマートグリッドの構築も重要な要素となります。また、エネルギーシフトは単なる技術転換ではなく、社会システム全体の変革を伴うため、国民一人ひとりの理解と参加が成功の鍵を握っています。
国際的には、COP28で合意された2030年までの再生可能エネルギー3倍目標の達成に向けて、各国が政策の見直しと投資の拡大を進めています。技術革新により再生可能エネルギーのコストは継続的に低下しており、多くの地域で化石燃料より安価になっています。この経済性の向上が、エネルギーシフトの加速を後押ししています。
技術的・経済的な課題と解決策
エネルギーシフトの最大の技術的課題は、再生可能エネルギーの出力変動への対応です。太陽光発電は夜間や曇天時に発電できず、風力発電は風況によって出力が大きく変動します。この問題を解決するために、大容量蓄電池の開発・導入や、複数の再生可能エネルギーを組み合わせたハイブリッド発電システムの構築が進められています。
送電網の整備も重要な課題です。再生可能エネルギーの適地は必ずしも既存の送電網の近くにあるとは限らないため、新たな送電線の建設や既存設備の増強が必要です。日本政府は、広域系統整備計画に含まれる重要な送電線について、工事着手段階から交付金を交付する新制度を創設し、送電網整備を加速させています。
経済的な課題としては、再生可能エネルギーの導入コストと国民負担のバランスがあります。FIT制度により電気料金の一部として国民が再生可能エネルギーの普及費用を負担していますが、技術の進歩とスケールメリットにより、再生可能エネルギーのコストは継続的に低下しています。競争力のある価格水準の実現により、長期的には国民負担の軽減も期待されます。
私たちができる取り組みと社会全体への影響
エネルギーシフトは政府や企業だけでなく、私たち一人ひとりの行動によっても推進できます。家庭では、省エネ型の家電への買い替え、住宅への太陽光パネル設置、電力会社の選択などを通じて、エネルギーシフトに貢献できます。また、移動手段として公共交通機関の利用や電気自動車の選択も効果的です。
企業においては、RE100(事業で使用する電力の100%を再生可能エネルギーで賄うことを目指す国際的な企業連合)への参加や、省エネルギー設備への投資、サプライチェーン全体での脱炭素化の推進などが重要な取り組みとなります。これらの活動により、企業の競争力向上と環境貢献の両立が可能になります。
社会全体への影響として、エネルギーシフトは新たな産業と雇用の創出をもたらします。再生可能エネルギー関連産業では、製造業、建設業、メンテナンス業など幅広い分野で雇用が生まれており、地域経済の活性化にも寄与しています。また、エネルギーの地産地消により、エネルギー代金の地域外流出を防ぎ、地域経済の循環を促進する効果も期待されます。
まとめ
エネルギーシフトは、気候変動対策、エネルギー安全保障の確保、持続可能な経済発展の実現という複数の課題を同時に解決する重要な戦略です。化石燃料中心のエネルギーシステムから再生可能エネルギー中心のシステムへの転換は、技術革新とコスト低下により現実的な選択肢となっています。
世界各国がCOP28で合意した2030年までの再生可能エネルギー3倍目標の達成に向けて、政策の強化と投資の拡大が進んでいます。日本も2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、再生可能エネルギーの主力電源化と省エネルギーの推進を両輪として取り組んでいます。
エネルギーシフトの成功には、技術開発、制度整備、社会システムの変革が必要ですが、何より重要なのは社会全体での理解と協力です。政府、企業、そして私たち一人ひとりが連携して取り組むことで、持続可能で安全なエネルギー社会の実現が可能になります。
参照元
・経済産業省資源エネルギー庁
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/cop28_saiene.html
・経済産業省資源エネルギー庁
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/cop28_01.html
・日本原子力産業協会
https://www.jaero.or.jp/sogo/detail/cat-01-04.html
・環境エネルギー政策研究所
https://www.isep.or.jp/archives/library/category/renewable-energy-policy
・気候ネットワーク
https://www.kikonet.org/activities/national/policy-example/german-energy-transition
・サステナブル・ブランド ジャパン
https://www.sustainablebrands.jp/article/story/detail/1203152_1534.html
・国立環境研究所 社会システム領域
https://www.nies.go.jp/social/navi/colum/cop28.html
・自然エネルギー財団
https://www.renewable-ei.org/activities/reports/20231218.php