AIやIoTといった先端技術を駆使して、私たちの暮らしをより便利で快適にする未来の都市「スマートシティ」。日本政府も本格的な推進に乗り出し、全国各地で実証実験が進んでいます。交通渋滞の解消から高齢者の見守りまで、身近な課題解決の鍵となるスマートシティについて、基本的な仕組みから具体的な事例まで詳しく解説します。
この記事で学べるポイント
- 政府が定めるスマートシティの正確な定義と従来都市との違い
- IoTやAI技術がどのように都市課題を解決するかの具体的仕組み
- 日本全国で進む実際のスマートシティ事業の成果と事例
スマートシティとは何か?基本的な定義と概念
スマートシティとは、最新のデジタル技術を活用して都市の機能を高度化し、住民の生活の質を向上させる持続可能な都市のことです。単なる技術の導入ではなく、都市全体の仕組みを根本から見直し、効率的で快適な暮らしを実現することを目指しています。
政府が定めるスマートシティの公式定義
内閣府による公式定義では、スマートシティを「ICT等の新技術を活用しつつ、マネジメント(計画、整備、管理・運営等)の高度化により、都市や地域の抱える諸課題の解決を行い、また新たな価値を創出し続ける、持続可能な都市や地域であり、Society 5.0の先行的な実現の場」と位置づけています。
ここでいうICT(Information and Communication Technology)とは、コンピューターやインターネットなどの情報通信技術のことです。また、Society 5.0とは、日本政府が提唱する未来社会の姿で、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する社会を指します。
従来の都市計画との違い
従来の都市計画は、建物の建設や道路整備といった物理的なインフラ(ハード面)の整備が中心でした。一方、スマートシティでは、こうした物理的な基盤に加えて、データやソフトウェアによるサービス(ソフト面)を重視します。
例えば、従来は交通渋滞の解決策として新しい道路を建設することが一般的でした。しかし、スマートシティでは、AIによる交通量の予測や信号機の最適制御、リアルタイムな交通情報の提供により、既存の道路インフラを最大限活用して渋滞を解消します。このように、物理的な整備だけでなく、情報技術による運用の最適化を重視する点が大きな特徴です。
スーパーシティとの違いについて
スマートシティと似た概念に「スーパーシティ」があります。どちらも最新技術を活用する点は共通していますが、目指す方向性が異なります。
スーパーシティは、2020年の国家戦略特別区域法改正により創設された制度で、住民の困りごとを解決することに重点を置いています。一方、スマートシティは都市機能全体の効率化・最適化を目指しており、より広範囲な都市運営の改善を対象としています。
スマートシティが注目される社会的背景
スマートシティへの注目が高まっている背景には、日本が直面している深刻な社会課題があります。これらの課題は従来の方法だけでは解決が困難であり、新たなアプローチとしてスマートシティが期待されています。
少子高齢化と人口減少への対応
日本は世界に先駆けて超高齢社会に突入しており、2025年には65歳以上の人口が全体の30%を超えると予測されています。同時に出生率の低下により、人口減少も加速しています。
この状況では、限られた人的資源でも効率的に都市サービスを提供する必要があります。例えば、高齢者の見守りサービスでは、IoTセンサーを活用することで、少ない人員でも多くの高齢者の安全を確保できます。また、AIを活用した行政手続きの自動化により、職員数が減少しても市民サービスの質を維持することが可能になります。
都市機能の効率化・最適化の必要性
都市部への人口集中により、交通渋滞、エネルギー消費の増大、廃棄物処理の問題など、様々な課題が深刻化しています。これらの課題を個別に対処するのではなく、都市全体を一つのシステムとして捉え、総合的に最適化することが求められています。
スマートシティでは、都市のあらゆる情報をデータ化し、AI分析により最適な運用方法を導き出します。例えば、電力需要の予測により再生可能エネルギーの効率的な活用を図ったり、ゴミ収集車のルートを最適化して燃料消費を削減したりすることができます。
Society 5.0実現への取り組み
日本政府は、IoT、ロボット、AI、ビッグデータといった技術革新により、誰もが快適で活力に満ちた質の高い生活を送ることができる「Society 5.0」の実現を目指しています。スマートシティは、この未来社会の姿を先行的に実現する実証の場として位置づけられています。
Society 5.0では、現実空間のセンサーからの膨大な情報がサイバー空間に集積され、AIがこれらのビッグデータを解析し、その結果が現実空間の人間にフィードバックされます。スマートシティの取り組みを通じて、このような新しい社会システムの有効性を検証し、全国への展開を図ることが期待されています。
スマートシティを支える主要技術
スマートシティの実現には、複数の先端技術が密接に連携する必要があります。これらの技術が組み合わされることで、従来では不可能だった高度な都市サービスが提供できるようになります。
IoT(モノのインターネット)技術
IoT(Internet of Things)とは、様々な「もの」がインターネットに接続され、相互に情報をやり取りする技術です。スマートシティでは、街中に設置された無数のセンサーが、気温、湿度、騒音、人の流れ、車両の通行量など、あらゆる情報をリアルタイムで収集します。
例えば、道路に埋め込まれたセンサーが車両の通行を感知し、その情報を信号機に送信することで、交通量に応じた信号制御が可能になります。また、ゴミ箱に設置されたセンサーが満杯状態を検知し、収集車に最適な回収ルートを提案することもできます。このように、IoT技術により都市の状況を「見える化」することが、スマートシティの基盤となります。
AI(人工知能)とビッグデータ活用
IoTセンサーから収集された膨大なデータ(ビッグデータ)を分析し、有効活用するのがAI(人工知能)の役割です。AIは人間では処理しきれない大量の情報から、パターンを発見し、将来を予測し、最適な解決策を提案します。
具体的には、過去の交通データから渋滞発生を予測したり、エネルギー使用パターンから最適な電力供給計画を立案したりします。また、市民からの問い合わせデータを分析することで、行政サービスの改善点を発見することも可能です。AIによる高度な分析により、人間の経験や勘に頼らない、データに基づいた都市運営が実現されます。
都市OS(オペレーティングシステム)
都市OS(オペレーティングシステム)は、スマートシティの「頭脳」とも言える重要な仕組みです。パソコンにWindowsやMacOSといったOSがあるように、都市全体を制御するためのシステムが都市OSです。
都市OSは、交通、エネルギー、防災、医療など、異なる分野のシステムやデータを連携させる役割を担います。例えば、災害発生時には気象データ、交通情報、避難所の状況などを統合し、最適な避難経路を住民に提供します。このような分野横断的な連携により、個別のシステムでは実現できない高度なサービスが可能になります。
スマートシティの具体的なサービス例
スマートシティでは、先端技術を活用した様々なサービスが市民の日常生活を支えています。これらのサービスは、利便性の向上だけでなく、安全・安心の確保や環境負荷の軽減にも大きく貢献しています。
交通・モビリティ分野の革新
交通分野は、スマートシティの効果が最も実感しやすい領域の一つです。AI制御による信号最適化では、交通量を予測して青信号の時間を調整し、渋滞を大幅に削減できます。また、MaaS(Mobility as a Service)と呼ばれるサービスでは、電車、バス、タクシー、自転車シェアなど、複数の交通手段を一つのアプリで検索・予約・決済できるようになります。
さらに、自動運転技術と組み合わせることで、高齢者や身体の不自由な方でも安全に移動できる交通システムの構築が進んでいます。運転手不足が深刻な地方部では、自動運転バスやデマンド交通(利用者の要請に応じて運行する交通サービス)により、公共交通の維持が可能になります。
エネルギー管理の最適化
スマートシティでは、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーを効率的に活用するためのエネルギー管理システムが導入されます。天気予報データと過去の発電実績から発電量を予測し、電力需要とのバランスを最適化します。
家庭やオフィスビルに設置されたスマートメーター(電力使用量を自動計測する機器)からの情報を活用し、電力需要のピーク時間帯に使用量を自動調整することも可能です。また、電気自動車のバッテリーを蓄電池として活用し、停電時の非常用電源として機能させる仕組みも実用化されています。
行政サービスのデジタル化
AIチャットボット(自動応答システム)により、市民からの問い合わせに24時間対応できるようになります。また、各種申請手続きのオンライン化により、市役所に出向くことなく自宅から手続きを完了できるサービスが拡充されています。
さらに、マイナンバーカードと連携したデジタル身分証明により、複数の行政サービスをワンストップで利用できるようになります。高齢者向けには、タブレット端末を活用した健康管理サービスや見守りサービスも提供され、安心して暮らせる環境が整備されています。
日本国内のスマートシティ取り組み事例
日本政府は、スマートシティの全国展開に向けて積極的な取り組みを進めています。関係府省が連携した推進体制の下、全国各地で多様な実証実験が行われ、着実に成果を上げています。
政府の4府省連携による推進体制
スマートシティの推進において、日本政府は内閣府、総務省、経済産業省、国土交通省の4府省が連携した「スマートシティ関連事業に係る合同審査会」を設置しています。この体制により、各省庁がバラバラに事業を進めるのではなく、統一的な方針の下で効率的な支援が行われています。
令和6年度には34地域36事業が選定され、これまでに累計で数百に及ぶプロジェクトが支援対象となっています。各事業には年度末にフォローアップ会が開催され、成果の検証と次年度方針への反映が行われる仕組みが整備されています。
スマートシティ官民連携プラットフォーム
2019年8月に設立された「スマートシティ官民連携プラットフォーム」は、関係府省と民間企業、大学・研究機関、地方公共団体、経団連など約970団体が参画する大規模な推進組織です。このプラットフォームでは、事業支援、分科会活動、マッチング支援、普及促進活動などが行われています。
特に注目されるのは、ハンズオン(手取り足取りの)での事業支援体制です。スマートシティの導入を検討する自治体に対して、専門家が直接アドバイスを提供し、計画策定から実装まで継続的にサポートしています。また、先進事例の情報共有やネットワーク形成により、全国の取り組みレベルの底上げが図られています。
具体的な実装化事業の成果
政府支援の下で実施されているスマートシティ事業は、多岐にわたる分野で具体的な成果を上げています。例えば、MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)分野では、複数の交通手段を統合した移動サービスが実用化され、地方部の交通不便地域での移動手段確保に大きく貢献しています。
データ連携基盤の構築では、自治体の枠を超えた広域連携により、防災情報の共有や観光情報の一元化などが実現されています。また、未来技術の社会実装事業では、ドローンを活用した物流サービスや、AIを活用した見守りサービスなど、従来では困難だった新しいサービスが実証されています。
スマートシティが実現する未来社会
スマートシティの最終的な目標は、技術の導入そのものではなく、市民一人ひとりが豊かで快適な生活を送れる持続可能な社会の実現です。その具体的な姿を見ていきましょう。
市民生活の質向上(QOL向上)
スマートシティでは、市民のQOL(Quality of Life:生活の質)向上が最重要目標とされています。AIやIoT技術により、日常生活の様々な不便や負担が解消され、より充実した時間を過ごせるようになります。
例えば、健康管理の分野では、ウェアラブルデバイス(身に着けて使う機器)により日常的に健康状態をモニタリングし、病気の早期発見や予防医療が可能になります。また、高齢者の見守りシステムにより、家族の安心と本人の自立した生活の両立が実現されます。買い物や行政手続きもデジタル化により簡素化され、時間と労力の節約につながります。
持続可能な都市運営の仕組み
スマートシティでは、環境負荷の軽減と経済効率性を両立する持続可能な都市運営が追求されています。再生可能エネルギーの最適活用により、CO2排出量の削減が図られる一方で、エネルギーコストも抑制されます。
また、予防保全の考え方により、インフラの故障を事前に察知し、計画的な維持管理が可能になります。これにより、突発的な修繕費用を削減し、長期的な財政負担の軽減が実現されます。人口減少社会においても、効率的なサービス提供により都市機能を維持できる仕組みが構築されています。
地域課題解決への貢献
スマートシティの取り組みは、各地域が抱える固有の課題解決にも大きく貢献しています。過疎地域では、遠隔医療や教育システムにより、都市部と同等のサービスを受けられる環境が整備されています。
災害対策の分野では、センサーネットワークによる早期警戒システムや、AIを活用した避難計画の最適化により、住民の安全性が大幅に向上しています。観光地では、多言語対応のデジタルサービスや混雑状況の可視化により、観光客の満足度向上と地域経済の活性化が同時に実現されています。
まとめ
スマートシティは、IoT、AI、ビッグデータなどの先端技術を活用して、都市や地域が抱える様々な課題を解決し、住民の生活の質向上を目指す取り組みです。日本政府も4府省連携の下で積極的に推進しており、全国各地で実証実験から実装へと着実に歩みを進めています。
単なる技術の導入にとどまらず、持続可能で人間中心の都市づくりを通じて、誰もが快適で安心して暮らせる社会の実現を目指しています。少子高齢化や人口減少といった課題に直面する日本において、スマートシティは未来社会への重要な道筋として、ますます注目を集めています。
参照元
・内閣府 Society 5.0 スマートシティ https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/smartcity/index.html
・総務省 令和2年版 情報通信白書 ICTを活用した街づくり https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r02/html/nd266210.html
・国土交通省 スマートシティに関する取り組み https://www.mlit.go.jp/toshi/tosiko/toshi_tosiko_tk_000040.html
・スマートシティ官民連携プラットフォーム https://www.mlit.go.jp/scpf/