従業員の健康管理を経営課題として戦略的に投資する「健康経営」は、経済産業省と日本健康会議が運営する認定制度のもとで、国内企業に広く定着しつつあります。健康経営優良法人の認定数は年々増加を続け、2026年度の認定では評価の視点そのものが大きく見直されました。さらに近年は、病気を防ぐだけでなく従業員が「よく生きる」状態を目指す「ウェルビーイング経営」という考え方が台頭し、健康経営の次のステージとして注目を集めています。本記事では、2026年認定の最新動向から、企業の実践例、自治体との連携、そして中小企業が今日から始められる具体的なステップまでをまとめます。
健康経営優良法人2026|認定数の急増が示す「広がり」
経済産業省は、健康長寿社会の実現に向けた施策の一つとして、従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践する「健康経営」を推進しています。この取り組みを可視化する仕組みが「健康経営優良法人」認定制度で、日本健康会議が毎年、大規模法人部門と中小規模法人部門に分けて認定を行っています。
2025年3月に発表された「健康経営優良法人2025」では、大規模法人部門に3,400法人、中小規模法人部門に19,796法人が認定されました。そして直近の「健康経営優良法人2026」の速報値では、大規模法人部門が4,175法人(前年度比+7.9%)、中小規模法人部門が23,485法人(前年度比+15.9%)に達しており、特に中小規模法人部門の伸び幅が大きいことが分かります。
認定の前提となる健康経営度調査への回答法人数も増加を続けており、日経平均株価を構成する225銘柄のうち8割を超える企業が回答するなど、各業界を代表する企業の多くが経営戦略の一つとして健康経営に位置づけています。制度開始から10年が経過し、認定申請の有料化という負担増があったにもかかわらず申請・認定数が伸び続けている点は、健康経営に対する企業側の関心の高さを裏づけています。
大規模法人でほぼ標準装備になりつつある健康経営
日経平均構成銘柄の多くが健康経営度調査に回答している状況は、健康経営がもはや一部の先進企業だけの取り組みではなく、上場企業の経営戦略における標準的な要素になりつつあることを示しています。投資家やステークホルダーが人的資本への投資姿勢を重視するようになったことも、この流れを後押ししていると考えられます。
中小規模法人部門の伸びが大きい理由
中小規模法人部門の認定数が大規模法人部門を上回るペースで増加している背景には、人手不足や従業員の高齢化に直面する中小企業にとって、健康経営が採用力・定着力を高める数少ない具体策として機能している実態があります。自治体や金融機関によるインセンティブも、中小企業の申請を後押しする要因の一つです。
2026年認定の注目ポイント|評価は「量」から「質」へ
健康経営優良法人2026の認定基準では、これまでの評価の考え方から大きな転換が見られます。従来重視されてきた「適合項目数」は評価対象から外れ、代わって「健康経営の組織への浸透に向けた取り組み」と「健康経営の推進による企業の健康風土の把握」という視点が加わりました。取り組みの数をこなすことよりも、それが組織にどれだけ根づいているかが問われる方向へと、評価の重心が移っています。
保険者との連携が「任意」から「必須」に
令和7年度(健康経営優良法人2026)の制度改正では、企業と保険者(健康保険組合)との連携が「任意」から「必須」へと明確化されました。従業員の健康データを最も多く保有しているのは保険者であり、その情報を活用しないままでは効果的な健康施策を打ちにくいという課題認識が背景にあります。コラボヘルスと呼ばれるこの連携強化は、今後の認定基準でさらに重視される見通しです。
「メンタルヘルス対策」から「心の健康保持・増進」へ
令和7年度の認定基準では、従来の「メンタルヘルス対策」という表現が「心の健康保持・増進に関する取り組み」へと変更されました。これは単なる用語の言い換えではなく、心の健康を病気の予防としてのみ捉えるのではなく、持続的に良好な状態を保つものとして位置づけ直す、ポジティブな認識への転換を意味しています。不調への対処から、そもそも調子の良い状態をどう維持するかへと視点が広がった点は、ウェルビーイング経営への接続を感じさせる改定です。
対象範囲がステークホルダー全体へ拡大
これまで健康経営の評価は主に自社の従業員に向けた施策が中心でしたが、令和7年度からはその枠を超え、サプライチェーンや従業員の家族、地域社会など、企業を取り巻く広範な関係者への配慮がより明確に求められるようになりました。自社だけでなく取引先や地域にまで責任の範囲を広げる発想は、企業の社会的責任を問う近年の潮流とも重なります。
健康経営とウェルビーイング経営は何が違うのか
健康経営とウェルビーイング経営は、しばしば同じ意味で語られますが、両者の射程は同一ではありません。健康経営は、健診データやストレスチェックの結果など測定可能な指標をもとに、疾病予防と生産性向上を経営的に管理する手法として設計されてきました。一方でウェルビーイング経営は、健康経営の成果を土台としながら、従業員の「生きがい」や働きがいといった、数値化しにくい主観的な幸福感までを経営の視野に含める、より広い概念です。
健康経営優良法人認定事務局は、健康経営が単なる福利厚生ではなく持続可能な社会を構築するための経営基盤であり、少子高齢化に伴う労働力人口の減少や社会保障費の増大といった構造的な課題に対して企業と社会に価値をもたらすとしています。この土台の上に、従業員の生きがいにも目を向けたウェルビーイング経営へと発展させ、取引先や地域社会へと活動の輪を広げていく動きが広がっています。
ここで誤解されやすいのは、ウェルビーイング経営を「健康経営の単なる言い換え」と捉えてしまうことです。実際には、評価の対象が従業員個人の健康状態から、エンゲージメントや組織文化、さらにはステークホルダー全体の幸福感へと広がっている点が本質的な違いであり、2026年度の認定基準改定で評価軸がステークホルダー全体や組織風土に広がったことは、まさにこの移行を制度面から後押しする動きだと言えます。
企業の実践例|ウェルビーイング経営へ踏み出す企業たち
健康経営からウェルビーイング経営への移行を実践する企業として知られるのが、食品大手のニチレイです。同社はエンゲージメント、アブセンティーイズム(健康上の理由による欠勤)、プレゼンティーイズム(出社していても本来のパフォーマンスを発揮できない状態)を重要なKPIとして定め、2030年に向けた目標を設定していると報告されています。病気を未然に防ぐだけでなく、従業員が力を発揮できている状態そのものを指標化している点が特徴です。
「エンゲージメント」を経営指標に据える動き
ニチレイのように、満足度調査や組織サーベイで得られるエンゲージメントスコアを人的資本経営の重要指標として開示する企業は増えています。健康診断の結果という「身体の数字」だけでなく、「働きがいの数字」を経営会議の俎上に載せる発想は、ウェルビーイング経営を実装するうえでの共通項になりつつあります。
プレゼンティーイズムという「見えないコスト」への着目
出社していても体調不良やメンタルの不調で本来の力を発揮できていない状態を指すプレゼンティーイズムは、欠勤そのものよりも把握しづらいため、これまで見過ごされがちでした。健康経営優良法人2026でメンタルヘルスの位置づけが「心の健康保持・増進」へと変わったことも、こうした見えにくい生産性の低下を早期に捉えようとする問題意識とつながっています。
人的資本の情報開示という観点からウェルビーイング経営を捉え直したい読者には、あわせて人的資本経営の開示動向を整理した記事も参考になります。

ライフステージを越えた支援も必須に
2026年度の認定では、仕事と生活の両立支援が重点項目としてさらに強化されました。認定基準には「家庭と仕事の両立」という視点が新たに加わり、育児期や介護期にある従業員が働きやすい制度・風土を持つ企業が、人的資本への投資姿勢として高く評価される傾向にあります。
女性の健康課題・高年齢従業員への対応
就業者の性差や年齢が多様化するなかで、女性や高年齢の従業員が働きやすい職場づくりの重要性が高まっており、女性特有の健康課題への対策や高年齢従業員への対策が評価項目として整理されています。更年期症状や月経随伴症状など、これまで個人の問題とされがちだった健康課題を組織的な支援の対象とする発想は、フェムテックをはじめとする関連サービスの広がりとも軌を一にしています。
介護と仕事の両立|法改正を踏まえた上乗せ対応
育児・介護休業法の改正を踏まえ、仕事と介護の両立支援においても法律が定める最低限を超えた取り組みが求められるようになっています。働きながら家族の介護を担う、いわゆるビジネスケアラーの増加は今後さらに進むとみられ、介護離職の防止は企業にとって人材の流出を防ぐ経営課題そのものになりつつあります。
介護と仕事の両立に関心のある読者は、ビジネスケアラーが直面する課題を整理した記事もあわせてご覧ください。

自治体の役割|官民連携でひろがる健康経営
健康経営優良法人の認定を受けた法人は、ロゴマークの使用に加えて、自治体や金融機関からのインセンティブを受けられる場合があります。融資における金利優遇や、公共調達の入札における加点評価などがその例で、健康経営を「コストではなく投資」として評価する仕組みが、行政側にも広がっています。
自治体独自の認定・顕彰制度
多くの自治体が、国の健康経営優良法人制度と連動する形で、独自の健康経営顕彰制度や奨励金制度を設けています。地域の中小企業にとっては、国の認定を目指す前段階として自治体の制度に挑戦することが、健康経営に取り組むきっかけになっているケースも見られます。
地域の産業保健資源との連携
健康経営認定制度は、自治体にとって地域企業の健康づくりを後押しするプラットフォームとしての役割も担っています。産業医の確保が難しい中小企業に対して、地域の産業保健総合支援センターや地域包括支援センターといった公的資源との連携を自治体が仲介する取り組みも広がっており、官民連携の場としての重要性が高まっています。
地域ぐるみの取り組みとして、自治体と企業の連携によるサステナビリティ施策全般に関心のある読者は、関連する地域の取り組み事例も参考にしてみてください。

健康経営をどう始めるか|企業・自治体への実践ガイド
健康経営に取り組む際には、いきなり大がかりな制度を整えるのではなく、段階的なアプローチが現実的です。特に人員や予算が限られる中小企業では、無理のない範囲から始めることが継続の鍵になります。
ステップ1|健診データとストレスチェックの「見える化」
従業員アンケートや健診データ、ストレスチェックの結果を集計し、自社の健康課題を数値で把握することが出発点になります。体調不良や本来のパフォーマンスを発揮できていない状態の早期発見につながり、効果的な施策の優先順位づけがしやすくなります。
ステップ2|健康宣言の策定とトップのコミットメント
経営者が自らの言葉で健康経営に取り組む姿勢を社内外に示す「健康宣言」の策定は、申請の入口であると同時に、従業員の意識を変えるきっかけにもなります。トップが旗振り役になることで、現場の施策が形だけのものに終わりにくくなります。
ステップ3|外部資源・保険者との連携
社内に産業医や保健師を抱えられない企業でも、地域包括支援センターや産業保健総合支援センター、行政の相談窓口、健康保険組合といった外部資源と連携することで、コストを抑えながら専門的な支援を得られます。2026年度の認定基準で保険者との連携が必須化されたことも踏まえ、まずは自社が加入する健康保険組合に相談してみることが近道になります。
ステップ4|申請とロゴマークの活用
認定を受けると「健康経営優良法人」のロゴマークを名刺や採用サイトに使用できるようになり、就職活動中の学生や求職者への具体的なアピール材料になります。人材確保に苦労する企業が増えるなかで、健康経営は「人にかかる経費をコストではなく投資とする」という経営姿勢を外部に示す分かりやすい手段になっています。
まとめ
健康経営優良法人の認定数が急増し、2026年度の評価軸が「量から質へ」シフトしたことは、日本における働き方と企業経営の転換点を示しています。保険者連携の必須化、心の健康をめぐる呼称の変化、そしてステークホルダー全体への配慮という3つの改定は、いずれも従業員個人の健康管理を超えて、組織文化や社会全体とのつながりを問う方向を指し示しています。
従業員の健康を守るだけでなく、生きがいや幸福感を含む「ウェルビーイング」を経営の中心に据える流れは、ニチレイのように具体的なKPIを設定して取り組む企業の事例からもうかがえるように、今後さらに広がっていくと見込まれます。自治体にとっても、地域企業の健康づくりを支えるプラットフォームとしての役割は増しており、官民連携の重要性は高まる一方です。
まだ取り組みを始めていない企業や自治体の担当者も、健診データの整理や健康宣言の策定といった小さな一歩から始めることができます。まず1つだけ、自社の健康課題を数字で把握するところから試してみてください。
- 健康経営優良法人2026は大規模法人4,175法人・中小規模法人23,485法人に拡大
- 2026年度は「量」より「組織への浸透度」を見る評価へ転換
- 保険者との連携が必須化、メンタルヘルスは「心の健康保持・増進」へ呼称変更
- ウェルビーイング経営は従業員個人からステークホルダー全体へ視野を広げる概念
- 中小企業は健診データの見える化と健康宣言から始めるのが現実的な一歩
参考文献
- 経済産業省「健康経営の推進について」(2026年)
- ACTION!健康経営「健康経営優良法人認定制度」(2026年)
- 日本健康会議「健康経営優良法人認定データ」(2025年)

