人種差別をなくすには何が必要なのか。この問いへの答えは、一人ひとりが自分の偏見や固定観念に気づくことと、差別を止める制度を整えることの両方にあります。差別は、偏った知識から生まれた思い込みが「行動」に変わったときに起きます。海外の話に見えても、日本で暮らす外国出身の人たちが部屋探しやインターネット上で直面している現実とつながっています。この記事では、偏見と差別の違いを短く整理したうえで、日本の調査や制度の現在地、そして私たちが日常で選べる行動を具体的にたどります。
偏見・固定観念・差別はどうつながっているのか
人種差別は、突然生まれるわけではありません。「根拠のない思い込み」が積み重なり、それが「行動」になったときに差別として表に出ます。まず、混同されやすい言葉の違いを押さえておきます。
偏見と固定観念と先入観の違い
偏見とは、根拠がないまま特定の集団や個人を否定的に捉える考え方や感情です。「〇〇人はマナーが悪い」といった決めつけがこれにあたります。固定観念(ステレオタイプ)は、偏った知識や不確かな情報によってゆがめられた一般像が、社会に広まっているイメージを指します。先入観は、最初に得た知識だけで作った思い込みのことで、あとから新しい情報に触れても考えを切り替えにくくなる状態を言います。
固定観念や先入観がすべて悪いわけではありません。「暗い道は避ける」のように、危険を避ける知恵として働くこともあるからです。問題になるのは、人種や国籍といった属性に結びついて、特定の人たちを一括りに判断してしまう場合です。
差別は「行動」に現れたときに生まれる
差別とは、偏見や固定観念から出た考え方が、不平等な扱いとして行動に現れたものです。たとえば「あの国の人は怒りっぽい」と思い込み、同じ職場なのに飲み会へ誘わない。これは、頭の中の思い込みが具体的な不利益に変わった例です。
ここで見落としやすいのは、悪意がなくても差別は起きるという点です。社会の中で共有されてきたイメージは、育った環境やニュース、周囲の会話を通じて、自分でも気づかないうちに身についています。だから、人種差別をなくすには「差別する人」を探すだけでは足りません。自分の中にある思い込みの出どころを確かめる作業と、不利益を生む仕組みを変える作業の両方が必要になります。
一度できた思い込みは入れ替わりにくい
固定観念は、反証となるデータを示されても簡単には入れ替わらないとされています。そのため、一度の学びで「もう大丈夫」と考えるより、定期的に点検するほうが現実的です。次の章からは、思い込みが社会の仕組みになったとき何が起きるのかを、海外と日本の両方で見ていきます。
海外の事例|黒人差別の歴史と2020年以降の問い
人種差別の例として、アメリカの黒人差別はよく知られています。ここでは、日本で語られるときに抜け落ちやすい「制度としての差別」という視点で振り返ります。
法律が差別を支えていた時代
17世紀ごろから、アフリカにルーツを持つ人々が奴隷としてアメリカへ連れてこられ、強制労働を強いられてきました。奴隷制が終わったあとも、南部の州ではジム・クロウ法と呼ばれる州法のもとで、学校・公園・トイレなどの公共施設が白人用と黒人用に分けられました。この隔離が法律の面で終わりを迎えたのは、1964年の公民権法が制定されてからです。
つまり、人種差別は個人の心の問題にとどまらず、法律や制度に組み込まれることがあります。これは「制度が変われば行動が変わる」ことの裏返しでもあり、差別をなくすために法整備が欠かせない理由の一つです。
2020年に世界へ広がった抗議
2020年には、アメリカで黒人男性のジョージ・フロイドさんが警察官に押さえつけられて亡くなりました。この出来事をきっかけに、抗議の動きが世界各地に広がりました。日本でも東京や大阪などで集会が開かれ、「遠い国の話」ではないと感じた人が少なくありませんでした。
国際社会が毎年呼びかけていること
国連は、1960年に南アフリカのシャープビルで起きた事件を受けて、3月21日を「国際人種差別撤廃デー」と定めています。いまは10月ですが、来年3月21日に向けて、自分の暮らす地域でどんな取り組みがあるのかを今のうちに調べておくと、行動のきっかけをつかみやすくなります。
日本でも起きている人種差別|調査が示す住まいの壁とネット上のヘイト
「日本は島国で、人種差別とは縁が遠い」と感じる人もいるかもしれません。しかし、公的な調査や統計は、日本でも差別が生活の場で起きていることを示しています。
住まい探しで起きていること
法務省の委託で行われた「外国人住民調査」(2017年公表・訂正版)は、全国の外国人住民から4,252人の回答を集めました。このうち過去5年間に住まいを探した2,044人に尋ねたところ、「外国人であることを理由に入居を断られた」経験がある人は39.3%でした。「日本人の保証人がいないことを理由に断られた」は41.2%、「外国人お断り」と書かれた物件を見てあきらめた経験は26.8%でした。
この数字は、調査に回答した人たちの経験であり、外国出身の人すべての状況を表すものではありません。それでも、部屋を借りるという生活の基本的な場面で、国籍を理由にした壁が複数の形で存在していることを示しています。なお、この調査は2016年度に実施されたもので、出入国在留管理庁は現在、「在留外国人に対する基礎調査」を継続して行っています。令和6年度の調査は、2024年9月から10月に実施され、2025年3月に結果が公表されました。最新の数字は、同庁のページで確認できます。
インターネット上のヘイトスピーチ
法務省の人権擁護機関が令和7年(2025年)に新しく救済手続を始めた人権侵犯事件は8,207件で、そのうちインターネット上の人権侵害情報に関するものが1,569件でした。同省の公表例には、外国人住民の集団を害虫になぞらえた投稿があります。調査の結果、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」にあたると判断され、法務局がサイト管理者に情報提供して投稿が削除されました。
ヘイトスピーチが傷つけるもの
ヘイトスピーチとは、特定の国や地域の出身であることを理由に、その人たちを排除したり攻撃したりする言動のことです。たとえば「出ていけ」といった言葉は、特定の個人だけでなく、同じルーツを持つ人たちみんなに「あなたはここにいてはいけない」というメッセージとして届きます。日本でも、街頭での街宣やデモが問題となり、法律や条例が作られてきました。次の章では、その仕組みを順に見ていきます。
制度はどこまで進んだか|解消法・川崎市条例・国連の勧告
個人の心がけだけで差別がなくなるわけではないため、日本でも法律や条例が整えられてきました。ただし、できること・できないことの線引きは、あまり知られていません。
ヘイトスピーチ解消法の役割と限界
2016年に施行された「ヘイトスピーチ解消法」は、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」は許されないと明らかにし、国や自治体に相談体制の整備や教育・啓発を求めた法律です。ただし、この法律自体には、禁止規定や罰則がありません。そのため、「理念を示した法律」と言われることがあります。
川崎市が設けた罰則つきの条例
この空白に踏み込んだのが川崎市です。2019年12月に「差別のない人権尊重のまちづくり条例」が可決され、2020年に施行されました。市内の公共の場所で、拡声器などを使って一定の差別的言動を行うことが禁止されています。
罰則の仕組みは段階的です。禁止に違反した人にまず市長が「勧告」をし、それでも続ける場合は「命令」を出します。この命令にも従わずに同じ違反を繰り返した場合に、50万円以下の罰金の対象となります。市の案内によれば、ヘイトスピーチという言葉を直接の犯罪にしているわけではなく、表現の自由に配慮して、段階を踏む設計になっています。
市が制定から5年を振り返った案内では、市内の道路や公園などで条例の要件にあてはまる言動は確認しておらず、勧告・命令・公表・告発は行っていないとしています。つまり、「罰則を使うこと」より、「罰則があることで街頭での言動が起きにくくなること」に狙いがあったと読めます。一方、インターネット上の投稿については、市が削除要請や公表を行う仕組みはあるものの、投稿者への罰則は設けられていません。ネット上の対策は、今も課題として残っています。
国連の人種差別撤廃委員会が求めていること
日本は人種差別撤廃条約の締約国で、国連の人種差別撤廃委員会が政府報告を審査しています。2018年の総括所見では、人種差別を禁止する包括的な法律の制定や、独立した国内人権機関の設置を求める内容などが含まれました。外務省は、この所見の仮訳や、日本政府の意見を公開しています。
つまり、国際的には「個別の対策に加えて、差別そのものを禁止する法的な枠組みが必要」という見方が示されています。日本政府の立場や議論のゆくえは、今後も動く可能性があります。気になる人は、外務省の人種差別撤廃条約のページで最新の状況を確かめてみてください。
誤解されやすい3つの問い
人種差別をめぐる話題では、立場の違う人が同じ言葉を別の意味で使い、話がすれ違うことがあります。よく出てくる3つの問いを、落ち着いて整理してみます。
悪気がなければ差別ではないのか
行動した本人に悪気がなくても、受け取った側が不利益を被れば、それは差別につながります。たとえば「国籍だけで物件を紹介しない」という判断は、担当者が「トラブルを避けたかった」と考えていても、結果として入居の機会を奪います。大切なのは、意図を責め合うことより、「その判断は属性を理由にしていないか」を点検する習慣です。
日本に人種差別はないのではないか
ここまで見てきた調査や統計は、日本でも差別が起きていることを示しています。同時に、「見えにくい」ことも事実です。被害を受けた人が声を上げにくい、周囲が気づきにくいという事情があるからです。「ない」と決める前に、公的な調査の数字を一度確認してみる姿勢が役に立ちます。
規制は表現の自由を奪うのではないか
この論点は、実際に条例を作る過程でも丁寧に議論されました。川崎市の条例が、公共の場所での特定の言動に限り、勧告・命令を経てはじめて罰則に至るという段階的な設計になっているのは、その配慮の表れです。「規制か自由か」の二択ではなく、「誰かの尊厳を傷つける言動」と「守られるべき表現」の線をどう引くかという問いとして考えると、見えてくるものがあります。
私たちにできること|日常で選べる5つの行動
制度を動かすのは時間がかかりますが、日常の中で選べる行動もあります。すべてをやる必要はなく、自分に合うものから選んで構いません。
自分の思い込みの出どころを確かめる
最初の一歩は、自分の中にある思い込みを見つめ直すことです。「この国の人は〇〇だ」と感じたとき、その印象はどこで得たのかを振り返ってみてください。ニュースの一場面なのか、友人の一言なのか、それとも自分自身の体験なのか。出どころが一つだけの偏った情報だと気づけると、見方が少し柔らかくなります。
身近な人と話し、別の視点に触れる
同じコミュニティの中にいると、同じ思い込みを共有してしまうことがあります。家族や友人と「どう思う?」と軽く話してみたり、本や記事、外国出身の人が書いた文章に触れたりすると、自分の認識がどの程度偏っているのかが見えてきます。相手を正そうとするより、「知らなかったことを聞く」姿勢のほうが、会話は続きやすくなります。
差別の場面に居合わせたとき
差別的な言動を目の前にしたとき、何もできなかったと落ち込む人は少なくありません。ここで参考になるのが、アクティブ・バイスタンダー(行動する傍観者)の考え方です。米国の団体が整理した「5つのD」では、行動の選択肢が次のように示されています。
- ディストラクト(会話や状況に割り込んで注意をそらす)
- デリゲート(駅員や店員など、周囲の人や担当者に助けを求める)
- ドキュメント(被害を受けた人の了承を得たうえで記録を残す)
- ディレイ(その場では動けなくても、あとから被害を受けた人に声をかける)
- ダイレクト(安全が確保できるときに、直接やめるよう伝える)
直接止めに入ることだけが正解ではありません。自分の安全を最優先にして、できる範囲の選択肢を選ぶことが前提です。また、記録を残す場合も、まず被害を受けた人への対応が先であることを忘れないようにしてください。
被害を見聞きしたとき、相談先につなぐ
差別的な扱いを受けたとき、あるいは周囲で見聞きしたときには、相談できる窓口があります。法務省の人権擁護機関は、人権相談を受け付けており、外国語人権相談ダイヤル(0570-090911、平日の午前9時から午後5時、年末年始を除く)では、多言語での相談に対応しています。窓口は約80言語、電話とメールは10言語に対応しています。インターネット上の投稿を見つけたときも、法務局に情報提供ができます。
学びと支援を続ける
最後に、継続的に関わる方法です。人権に関する本やドキュメンタリーに触れる、地域の国際交流団体や多文化共生の取り組みに参加する、人種差別の解消を目指す団体の活動を調べて寄付や署名で応援する、といった形があります。団体を選ぶときは、活動報告や会計が公開されているかを確かめると安心です。
まとめ
人種差別をなくすために必要なのは、思い込みを点検する個人の視点と、差別を抑える社会の仕組みの両方です。偏見や固定観念は誰の中にもできてしまうもので、問題はそれが特定の人たちへの不利益として行動に現れることです。日本でも、住まい探しの壁やネット上のヘイトスピーチなど、生活の場で起きている実態が公的な調査や統計に表れています。
制度の面では、ヘイトスピーチ解消法が理念を示し、川崎市の条例が段階的な罰則を設け、国連の委員会は包括的な差別禁止の枠組みを求めています。個人の側では、思い込みの出どころを確かめる、身近な人と話す、居合わせたときの選択肢を知っておく、相談窓口につなぐといった行動があります。
どれも大きな決意が必要なわけではありません。まず、最近自分が持った「〇〇人は〜」という印象を一つだけ思い出し、その出どころを考えてみてください。
- 差別は、偏見や固定観念が行動に変わったときに生まれ、悪意がなくても起きうる
- 日本の調査では、住まい探しで国籍を理由に入居を断られた経験を持つ人が約4割いた
- 解消法には罰則がなく、川崎市の条例は段階を踏んで罰則を設けている
- 居合わせたときは、注意をそらす・助けを求める・後から声をかけるなど安全な選択肢を選べる
- 差別を受けたとき、見聞きしたときは、法務省の相談窓口に連絡できる
参考文献
- 法務省委託調査研究事業(公益財団法人人権教育啓発推進センター)「外国人住民調査報告書(訂正版)」(2017年)
- 法務省「人権侵犯事件の状況(令和7年)」(2026年)
- 外務省「人種差別撤廃委員会 総括所見(CERD/C/JPN/CO/10-11)仮訳」(2018年)
- 川崎市「差別のない人権尊重のまちづくり条例では、ヘイトスピーチは犯罪とされているのですか。」(2026年10月閲覧)
- 出入国在留管理庁「在留外国人に対する基礎調査」(2025年)

