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ENVIRONMENT

ネイチャーポジティブ指標とは|企業事例と日本の対応でわかる次世代の環境開示

ネイチャーポジティブ指標とは?企業の環境貢献を測る新しい尺度を解説

きれいな水や空気、安定した気候、そして食料。私たちの暮らしは自然からの恵みなしには成り立ちません。ところが地球上の生物多様性は急速に失われており、種の絶滅速度は過去1000万年の平均に比べて数十倍から数百倍に達しているとされています。この危機に歯止めをかけ、自然を回復軌道に乗せる考え方が「ネイチャーポジティブ」です。2025年には、企業がこの目標にどれだけ貢献しているかを測る統一指標「ネイチャーポジティブ指標(State of Nature Metrics)」の試行版が公表されました。本記事では、この指標の仕組みだけでなく、日本企業がすでにどのように動き始めているか、そして私たちが今日から実践できることまで、具体的に解説します。

生物多様性の危機とネイチャーポジティブという目標

世界の主要農作物の4分の3以上は、ミツバチやチョウなどの昆虫による受粉に依存しているといわれます。これらの生物が減少すれば、食料生産そのものが脅かされることになります。森林や海洋は温室効果ガスを吸収し気候を安定させる役割も担っており、生物多様性の損失は気候変動と表裏一体の問題です。

世界経済フォーラムは、自然資本の劣化が世界のGDPの半分以上、約44兆米ドル相当に影響を与えると分析しているとされています。生物多様性の保全は環境問題であると同時に、経済の持続可能性に直結する経営課題でもあるのです。こうした認識のもと、2022年の生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)では「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択され、2030年までに自然を回復軌道に乗せる「ネイチャーポジティブ」が国際目標として掲げられました。2024年にはコロンビア・カリでCOP16が開催され、この枠組みの実行に向けた各国の取り組み状況が議論の焦点となりました。

なぜ統一された指標が求められているのか

ネイチャーポジティブを実現するうえで企業の役割は欠かせません。企業活動は自然に負荷をかける一方で、適切な取り組みによって自然の回復を後押しする力も持っています。昆明・モントリオール生物多様性枠組では、企業に対して自然への依存度や影響、リスクと機会を評価し開示することが求められるようになりました。

しかし長らく大きな課題がありました。自然の状態を測る統一的な物差しが存在しなかったのです。企業が「環境保全活動をしている」と発表しても、それが実際に自然の回復につながっているのかを客観的に検証する手段がなく、投資家は企業同士の取り組みを比較できませんでした。この情報の非対称性は、実態を伴わない環境アピール、いわゆるグリーンウォッシュを見抜きにくくする要因にもなっていました。自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)の開示枠組みでも、「自然の状態」を示す指標は長らく仮置きのままでした。ネイチャーポジティブ指標は、この空白を埋めるために開発されたものです。

グリーンウォッシュがどのような手口で行われているかを知っておくと、企業の発表を読み解く力が身につきます。

State of Nature Metricsの仕組み|共通指標と個別指標

State of Nature Metrics(自然の状態指標)は、Nature Positive Initiative(NPI)が中心となり、世界中の600を超える既存の自然関連指標を分析・整理したうえで設計されました。NPIにはTNFD、国際自然保護連合(IUCN)、世界自然保護基金(WWF)など27の国際機関が参加しており、企業、金融機関、NGO、研究機関の知見が集約されています。

指標は「共通指標」と「個別指標」の2つに分類されます。共通指標は業種や地域を問わずすべての企業が測定すべき4項目です。

  1. 生態系の範囲|企業活動が影響を与える森林・湿地・草原などの面積をヘクタール単位で測定する
  2. 生態系の状態|植生や土壌、水質など生態系の質的な健全さを評価する
  3. 景観の完全性|生息地の連続性が保たれているか、分断が回復しているかを測る
  4. 種の絶滅リスク|IUCNレッドリストなどを参照し、絶滅危惧種への影響度を評価する

これらの共通指標には、企業の測定能力に応じて「低」「中」「高」の3段階の粒度が設定されており、まずは簡易的な測定から始め、段階的に精度を高めていくことができます。個別指標は業種や事業地域の特性に応じて最大5種類まで追加するもので、農業なら花粉媒介者の個体数、水産業ならサンゴ礁の健全性、林業なら森林の炭素貯蔵量など、事業に直結する影響を測定対象にします。

開発の進捗|パイロット段階から2026年の最終版へ

State of Nature Metricsの開発は2024年に本格化しました。まず世界中の既存指標を収集・分析し、フレームワークの原型を作成したうえで、2024年10月からパブリック・コンサルテーションが実施されています。100を超えるステークホルダーからのフィードバックを反映し、2025年1月に試行用のドラフト版が発表されました。

現在は複数の企業が実際に指標を使って測定を試みる「パイロット段階」にあり、2025年5月から農業、エネルギー、林業、金融、製造業、鉱業など幅広い業種の企業が検証に参加しています。NPIは、この段階のドラフト版はまだ未完成であり、企業がネイチャーポジティブを正式に宣言するための使用は推奨していないとしています。最終版は2026年の完成を目指しており、その後TNFDやGRI(グローバル・レポーティング・イニシアティブ)、SBTN(科学に基づく目標ネットワーク)といった既存の開示フレームワークへの統合が予定されています。つまり2026年は、企業がこの指標への対応を本格的に準備すべき節目の年といえます。

日本企業はどう向き合っているか

環境省の「ネイチャーポジティブ経済」への移行戦略

日本でも対応は加速しています。環境省はネイチャーポジティブ経済への移行に向けた基本戦略を打ち出し、企業や自治体、国民に向けた情報発信の拠点となるポータルサイトを開設しました。経団連自然保護協議会やTNFD日本協議会など、産業界と専門家が連携した取り組みも活発化しています。

先進企業が始めている定量評価

一部の先進的な企業は、すでに独自のネイチャーポジティブ評価手法の開発に着手しています。大成建設は九州大学と協力し、建設事業が生物の生育・生息環境に与える影響を定量的に評価する手法の開発を進めています。積水ハウスは2001年から続けてきた「5本の樹」計画による累計1709万本の植栽について、琉球大学との共同検証を通じて生物多様性への貢献度を科学的に測定しています。こうした取り組みは、統一指標がまだ確定していない段階でも、自社の環境貢献を検証可能な形で示そうとする先行事例として注目されます。

企業が生物多様性にどう向き合っているかをもっと詳しく知りたい方は、他の企業事例もあわせて確認してみてください。

中小企業が抱える課題

一方で課題も残ります。指標の測定には専門的な知識や技術が必要で、特に中小企業にとってはコスト面の負担が大きな障壁になります。また日本固有の生態系や里山のような文化的景観をどのように評価するか、国際基準と日本の実情をどう調和させるかも検討が必要です。政府や業界団体による支援体制の整備、そして日本の実情を反映した測定ガイドラインの整備が今後の鍵になります。

カーボンニュートラル指標との違い|誤解しやすいポイント

ネイチャーポジティブ指標は、CO2排出量のような単一の数値で表せる指標ではありません。カーボンニュートラルの取り組みは「排出量を減らし、最終的にゼロにする」という一方向の目標に向かうのに対し、ネイチャーポジティブは生態系の面積・質・連続性・種の絶滅リスクという複数の側面を同時に扱う、より多面的な評価です。植林活動をしているからネイチャーポジティブだ、という単純化は誤解につながります。単一種の植林が既存の生態系のバランスを崩し、景観の完全性を損なうケースもあり得るからです。だからこそ、共通指標と個別指標を組み合わせた多角的な測定が重要になります。企業のサステナビリティ報告を読む際も、CO2排出量の数字だけでなく、自然に関する複数の指標がどう報告されているかを確認する視点が求められます。

企業が今から始められる3つのステップ

指標の最終版が確定していない現時点でも、企業が準備できることは複数あります。

  1. 自社の事業活動が自然にどのような影響を与えているかをサプライチェーン全体で把握する
  2. State of Nature Metricsの試行版を参考に、まずは簡易的な測定から着手し段階的に精度を高める
  3. 業界団体や専門機関が提供するガイドラインやツールを活用し、測定体制の整備コストを抑える

すでに情報開示を進めている企業は試行版を参考に測定体制の整備を検討することが有効ですが、これから取り組みを始める企業は、まず自社にとって影響の大きい項目を一つ選んで測定を始めることが現実的な一歩になります。

私たちにできること

ネイチャーポジティブの実現は、企業だけの課題ではありません。日々の買い物で環境に配慮した製品やサービスを選ぶことは、企業に対する明確なメッセージになります。

普段の消費行動を少し変えるだけでも、自然の回復を後押しする力になります。具体的な選び方のヒントは以下の記事も参考にしてみてください。

地域の自然保護活動に参加したり、身近な緑地や水辺を大切にしたりすることも、自然とのつながりを取り戻す一歩です。都市部でも、庭やベランダに在来種の植物を植えることで、昆虫や鳥の生息地を提供できます。まずは1つだけ、自分にできる行動を選んで試してみてください。

  • ネイチャーポジティブ指標は27の国際機関が参加するNPIが開発した自然の状態を測る統一指標
  • 共通指標4項目と個別指標最大5項目を組み合わせ、業種ごとの実情に応じて測定する
  • 2026年に最終版が完成する見込みで、日本企業も環境省の戦略に沿って準備を始めている
  • 植林=ネイチャーポジティブという単純化は誤解であり、多面的な評価が必要

本記事はMIRASUS編集チームが公的資料・企業公式情報をもとに作成しています。

参考文献

  • 環境省「ネイチャーポジティブ経済への移行に向けた基本戦略」(2023年)https://www.env.go.jp/nature/nature_positive/
  • Nature Positive Initiative公式サイト「State of Nature Metrics」https://www.naturepositive.org/
  • TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)公式サイト https://tnfd.global/
  • 記事を書いたライター
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