私たちの身の回りには、実は大量のエネルギーが眠っています。工場から出る熱、地面の温度、建物の排熱など、使えるのに捨てられているエネルギーが数多く存在しているのです。これらの「未利用エネルギー」を活用することで、省エネルギーや地球温暖化対策に大きく貢献できると期待されています。
この記事で学べるポイント
- 未利用エネルギーの基本的な定義と身近な例
- ヒートポンプなどの代表的な活用技術の仕組み
- 地域や企業での実際の導入事例と効果
未利用エネルギーとは?基本的な定義と特徴
未利用エネルギーとは、有効に利用できる可能性があるにもかかわらず、これまで活用されてこなかったエネルギーの総称です。工場排熱、地下鉄や地下街の冷暖房排熱、外気温との温度差がある河川や下水、雪氷熱など、私たちの身の回りに数多く存在しています。
現在、日本で消費される一次エネルギーの約6割が、有効利用されずに排熱として環境中に放出されています。これは非常にもったいない状況といえるでしょう。例えば、火力発電所では燃料を燃やして電気を作りますが、その過程で大量の熱が発生し、多くが海水や大気中に捨てられています。また、工場の製造プロセスでも同様に、本来の目的以外で発生した熱が無駄になっているケースが数多くあります。
有効活用できるのに使われてこなかったエネルギー
未利用エネルギーが注目される理由は、環境負荷の軽減と省エネルギーの実現にあります。化石燃料を新たに燃やすことなく、既に存在している熱エネルギーを活用することで、二酸化炭素の排出量を大幅に削減できるのです。
身近な例として、エアコンで使われているヒートポンプ技術があります。これは外気中の熱を集めて室内の暖房に活用する技術で、電気ヒーターと比べて約3~7倍の効率を実現しています。つまり、1の電気エネルギーで3~7の熱エネルギーを得ることができ、大幅な省エネルギーを実現しているのです。
また、北海道や東北地方では、冬に降り積もった雪を夏まで保存し、その冷気を農作物の保冷や建物の冷房に活用する「雪氷利用システム」も実用化されています。これらは全て、自然界や人工的に発生する未利用エネルギーを有効活用した事例です。
「広く、薄く」分布するという独特な性質
未利用エネルギーには「広く、薄く」分布するという特徴があります。これは、大量のエネルギーが一箇所に集中しているのではなく、比較的小さなエネルギーが広範囲にわたって存在していることを意味します。
例えば、都市部全体を見渡すと、オフィスビルや商業施設、地下鉄駅、工場など、様々な場所で排熱が発生しています。しかし、それぞれの場所で発生する熱量はそれほど大きくありません。また、熱の発生する場所と、その熱を必要とする場所が離れているケースも多く、効率的な回収や輸送が技術的な課題となっています。
この特性のため、未利用エネルギーを活用するには、従来の大規模集中型のエネルギー供給システムとは異なるアプローチが必要です。小規模分散型のシステムや、エネルギーを効率的に回収・輸送する技術の開発が重要になります。
さらに、時間的な制約もあります。工場の排熱は操業時間中にしか発生しませんし、太陽熱は日中のみ、地中熱は季節によって温度が変化します。このような時間的・季節的な変動に対応するため、エネルギーを貯蔵する技術や、需要と供給のタイミングを調整するシステムも重要になってきます。
未利用エネルギーの種類|身近なものから産業分野まで
未利用エネルギーは大きく分けて、都市部で発生するもの、自然界に存在するもの、産業分野で発生するものの3つに分類できます。それぞれの特徴と活用の可能性を詳しく見ていきましょう。
都市部に存在する未利用エネルギー
都市部には数多くの未利用エネルギーが存在しています。最も身近なものとして、建物の冷暖房から発生する排熱があります。オフィスビルや商業施設では、夏場のエアコンから大量の熱が屋外に放出されています。また、冬場でも換気によって室内の暖かい空気が外に捨てられています。
地下鉄も重要な未利用エネルギー源です。地下鉄の駅構内や車両の冷暖房、電車の運行によって発生する熱、さらには地下鉄トンネル内の年間を通じて安定した温度(15~20度程度)などが活用できます。実際に、東京メトロでは駅構内の空調排熱を回収して、隣接するビルの冷暖房に活用する取り組みが始まっています。
下水も貴重な未利用エネルギー源です。下水の温度は夏場で約25~30度、冬場でも約10~15度と、外気温との温度差があります。この温度差を利用して、ヒートポンプで効率的な冷暖房を行うことができます。下水は24時間365日安定して流れているため、非常に信頼性の高いエネルギー源といえます。
自然界に存在する未利用エネルギー
自然界には、人工的な処理や大規模な設備を必要とせずに利用できる未利用エネルギーが豊富にあります。
地中熱は最も代表的な例です。地表から約10メートル程度の深さの地盤中では、年間を通じて温度がほぼ一定(15~20度程度)に保たれています。この安定した温度を利用することで、夏は地中の涼しさを、冬は地中の暖かさを建物の冷暖房に活用できます。地中熱は天候に左右されず、昼夜を問わず安定してエネルギーを供給できるという大きな利点があります。
河川水や湖水の熱も重要な資源です。これらの水温は気温と比べて夏は涼しく、冬は暖かいという特性があります。ヒートポンプと組み合わせることで、効率的な冷暖房システムを構築できます。
雪氷熱は、降雪量の多い地域特有の未利用エネルギーです。冬に降り積もった雪を断熱性の高い建物内に保存し、夏場の冷房や農作物の保冷に活用します。北海道では、この技術を使って農産物の品質向上や保存期間の延長を実現している事例があります。
海水温度差も注目されています。深層の冷たい海水と表層の暖かい海水の温度差を利用して発電を行う「海洋温度差発電」の実証実験が沖縄県などで進められています。
産業分野で発生する未利用エネルギー
産業分野では、製造プロセスで大量の排熱が発生しています。製鉄所、化学工場、セメント工場、食品加工工場など、様々な業種で活用の可能性があります。
製鉄所では、鉄鉱石から鉄を作る過程で1000度を超える高温の排熱が発生します。この高温排熱は発電に利用できるほか、近隣の施設への熱供給にも活用できます。実際に、一部の製鉄所では排熱を利用した発電設備が稼働しており、工場全体のエネルギー効率向上に貢献しています。
食品工場では、殺菌や調理の過程で発生する100度前後の中温排熱が大量に発生します。この熱を回収して、工場内の別の工程での加熱や給湯に再利用することで、エネルギーコストの削減と環境負荷の軽減を同時に実現できます。
発電所の排熱も巨大な未利用エネルギー源です。火力発電所では、発電効率が約40%程度のため、残りの約60%のエネルギーが排熱として放出されています。この排熱を地域の冷暖房や温水プールなどに活用する「コージェネレーション(熱電併給)システム」が各地で導入されています。
代表的な活用技術|ヒートポンプを中心とした仕組み
未利用エネルギーを実際に活用するためには、効率的にエネルギーを回収・変換する技術が必要です。現在、最も広く利用されているのがヒートポンプ技術で、その他にも様々な活用技術が開発されています。
ヒートポンプ技術の基本原理
ヒートポンプは「熱のポンプ」という名前の通り、低い温度から高い温度へ熱を移動させる技術です。水をポンプで汲み上げるように、電気などのエネルギーを使って熱を効率的に汲み上げ、必要な場所に運ぶ仕組みです。
この技術の優れた点は、投入する電気エネルギーの3~7倍もの熱エネルギーを得られることです。例えば、外気温が5度の冬でも、空気中には熱エネルギーが存在しています。ヒートポンプはこの見えない熱を集めて圧縮し、室内暖房に適した40度程度の温度まで上げることができます。電気ヒーターなら1の電気で1の熱しか得られませんが、ヒートポンプなら1の電気で3~7の熱を得られるため、大幅な省エネルギーを実現できます。
ヒートポンプの仕組みは、冷媒と呼ばれる特殊な液体を使って熱を運びます。この冷媒が蒸発するときに周囲から熱を奪い、凝縮するときに熱を放出する性質を利用しています。家庭用エアコンも実はヒートポンプの一種で、夏は室内の熱を外に運び出し(冷房)、冬は屋外の熱を室内に運び込む(暖房)という働きをしています。
近年では、産業用の高温ヒートポンプも開発が進んでいます。従来のヒートポンプは60度程度までの加熱が限界でしたが、最新技術では200度程度まで加熱できるものも登場しており、工場での蒸気生成などにも活用できるようになってきました。
その他の活用技術
ヒートポンプ以外にも、未利用エネルギーの特性に応じた様々な活用技術があります。
雪氷利用技術は、雪や氷の冷気と融解熱を活用する技術です。雪を断熱性の高い建物に保存し、夏場に冷房として利用したり、農作物の保冷に活用したりします。自然の冷蔵庫のような仕組みで、電気を使わずに冷却効果を得られるため、環境負荷がほとんどありません。
オフライン熱供給技術は、熱を生産する場所と利用する場所が離れている場合に使われます。工場や発電所で発生した排熱を、潜熱蓄熱材という特殊な材料に蓄え、トラックなどで熱を必要とする場所まで運搬します。熱の宅配便のような仕組みで、配管などの大規模なインフラ整備が困難な場合の有効な解決策となっています。
熱電変換技術は、温度差を直接電気に変換する技術です。高温部と低温部の温度差があれば発電できるため、工場の排熱や自動車のエンジン排熱から電気を取り出すことができます。発電効率はまだ低いものの、メンテナンスが容易で小型化が可能という利点があります。
海水・湖水温度差利用技術では、表層の暖かい水と深層の冷たい水の温度差を利用して発電や冷房を行います。沖縄県では海洋温度差発電の実証実験が行われており、将来的には島しょ部でのエネルギー自給自足の可能性を探っています。
実際の活用事例|地域や企業での導入状況
未利用エネルギーの活用は、全国各地で実際に導入が進んでいます。地域の特性を活かした取り組みから企業の省エネ対策まで、様々な成功事例があります。
地中熱を活用した事例
広島県三次市の市庁舎では、地中熱を利用したヒートポンプシステムが導入されています。このシステムにより、年間の電力削減量は124ギガジュール、二酸化炭素削減量は8.8トンを達成し、従来設備と比べて約20%のエネルギー削減を実現しています。市民が利用する公共施設での成功事例として、地中熱活用の有効性を証明しています。
住宅分野でも地中熱利用が拡大しています。2021年度までの全国での地中熱利用システム累計設置件数は8,761件に達し、そのうちヒートポンプ方式が36.7%を占めています。特に北海道や東北地方では、厳しい冬の暖房費削減効果が高く評価されており、新築住宅への導入が増加しています。
地中熱は年間を通じて安定した温度を保つため、空調システムの効率が向上するだけでなく、設備の耐用年数も延びるという副次的な効果もあります。初期投資は従来システムより高額になりますが、長期的な運用コストの削減により、10~15年程度で投資回収が可能とされています。
工場排熱を活用した事例
製造業では、工場排熱の有効活用が積極的に進められています。ある食品加工工場では、製品の殺菌工程で発生する100度程度の排熱を回収し、工場内の給湯や別の製造ラインでの加熱に再利用しています。この取り組みにより、年間のエネルギーコストを約30%削減し、二酸化炭素排出量も大幅に削減しています。
自動車部品製造工場では、金属加工時に発生する排熱をヒートポンプで回収し、工場内の暖房や事務所の空調に活用しています。さらに、排熱発電システムも導入し、工場の電力需要の一部を自給しています。これらの取り組みにより、工場全体のエネルギー効率が大幅に向上し、競争力の強化にもつながっています。
化学工場では、反応過程で発生する高温排熱を蒸気生成に活用し、他の製造工程で必要な蒸気を供給しています。また、低温排熱はヒートポンプで温度を上げて給湯に利用するなど、温度レベルに応じた段階的な活用を行っています。
下水熱を活用した事例
下水熱の活用も各地で始まっています。東京都内のあるオフィスビルでは、近隣の下水管から熱を回収し、ビル全体の冷暖房システムに活用しています。下水は年間を通じて温度が安定しているため、システムの運転効率が高く、従来の空調システムと比べて約25%の省エネルギーを実現しています。
北海道札幌市では、下水処理場の処理水熱を利用した地域熱供給システムが稼働しています。処理場で清浄化された温水を近隣の公共施設や住宅に供給し、地域全体のエネルギー効率向上に貢献しています。下水熱は都市部に豊富に存在するため、今後の都市型エネルギーシステムの中核を担う可能性があります。
また、下水熱を活用した融雪システムも実用化されています。積雪の多い地域では、道路や歩道の融雪に下水熱を活用し、除雪作業の軽減と歩行者の安全確保を同時に実現しています。従来の電気式融雪システムと比べて運用コストが大幅に削減されるため、自治体の財政負担軽減にも貢献しています。
未利用エネルギーのメリットと課題
未利用エネルギーの活用には大きなメリットがある一方で、普及に向けて解決すべき課題も存在します。両面を理解することで、今後の発展の可能性と必要な取り組みが見えてきます。
環境面・経済面でのメリット
未利用エネルギー活用の最大のメリットは、環境負荷の大幅な削減です。化石燃料を新たに燃やすことなく、既に存在するエネルギーを有効活用するため、二酸化炭素の排出量を直接的に削減できます。例えば、ヒートポンプを使った地中熱利用システムでは、従来の化石燃料による暖房と比べて、二酸化炭素排出量を50~70%削減できるとされています。
経済面でも大きなメリットがあります。エネルギーコストの削減効果は非常に高く、導入事例では20~30%のコスト削減を実現しているケースが多く見られます。特に、エネルギー使用量の多い大型施設や工場では、年間数百万円から数千万円の光熱費削減につながることもあります。
エネルギー安全保障の観点からも重要です。日本のエネルギー自給率は約15%と非常に低く、エネルギー資源の大部分を海外からの輸入に依存しています。未利用エネルギーは国内に豊富に存在する「準国産エネルギー」として、エネルギー自給率の向上に貢献できます。
また、地域経済の活性化にもつながります。未利用エネルギーの多くは地域密着型のシステムのため、設備の設計・施工・保守といった業務が地元企業によって担われることが多く、地域の雇用創出にも貢献しています。
技術革新の促進効果も見逃せません。未利用エネルギー活用技術は日本が世界をリードする分野であり、海外展開による経済効果も期待されています。特にヒートポンプ技術は、世界トップレベルの効率を誇る日本製品への需要が高まっています。
普及に向けた技術的課題
一方で、未利用エネルギーの普及には解決すべき課題もあります。最も大きな課題は、エネルギー密度の低さです。未利用エネルギーは「広く、薄く」分布しているため、効率的な回収が技術的に困難な場合があります。小規模分散型のシステムが中心となるため、大規模集中型システムと比べて単位あたりのコストが高くなりがちです。
時間的・季節的な変動への対応も課題です。工場排熱は操業時間中にしか発生せず、太陽熱は天候に左右されます。このような変動に対応するため、エネルギー貯蔵技術の向上や、需要と供給のバランスを調整するスマートグリッド技術の開発が重要になります。
輸送の問題も解決すべき課題です。熱エネルギーは電気と比べて長距離輸送が困難で、配管などのインフラ整備には高額な投資が必要です。オフライン熱供給技術なども開発されていますが、まだコスト面での課題があります。
初期投資の高さも普及の障壁となっています。未利用エネルギーシステムは長期的には経済的ですが、導入時の設備投資が従来システムより高額になることが多く、特に中小企業や個人にとっては導入のハードルが高い状況です。
技術標準化の遅れも課題です。システムの設計・施工・保守に関する統一された基準がまだ十分に整備されておらず、品質のばらつきや適切な業者選択の困難さなどが問題となっています。
未利用エネルギーが描く持続可能な社会の未来
未利用エネルギーの活用は、2050年カーボンニュートラル実現に向けた重要な技術として位置づけられています。日本政府も第6次エネルギー基本計画において、省エネルギーと再生可能エネルギーの拡大を重要な柱として掲げており、未利用エネルギーの活用拡大を積極的に推進しています。
技術革新により、未来の社会では未利用エネルギーがより身近な存在になると予想されます。現在開発が進む高温ヒートポンプ技術により、200度程度の産業用蒸気も未利用エネルギーから供給できるようになります。また、人工知能とIoT技術を活用したエネルギー管理システムにより、地域全体で未利用エネルギーを最適配分する「エネルギーの地産地消」が実現するでしょう。
都市計画の段階から未利用エネルギーの活用を織り込んだ「エネルギー循環型都市」の構築も始まっています。新しい街づくりでは、建物間での排熱融通、地域冷暖房システム、下水熱活用などが一体的に計画され、街全体で高いエネルギー効率を実現する取り組みが進められています。
国際的にも、未利用エネルギー技術は注目を集めています。EUでは、ヒートポンプによる熱利用を再生可能エネルギーとして認定し、2030年に向けた脱炭素目標達成の重要な手段として位置づけています。日本の先進技術を海外に展開することで、世界全体の脱炭素化に貢献できる可能性があります。
個人レベルでも、未利用エネルギーは身近な省エネ手段として定着していくでしょう。住宅での地中熱利用、高効率ヒートポンプ給湯器の普及、太陽熱と空気熱を組み合わせたハイブリッドシステムなど、家庭でも手軽に未利用エネルギーを活用できる時代が到来しています。
未利用エネルギーの活用は、単なる省エネ技術を超えて、持続可能な社会の実現に向けた重要な基盤技術です。技術革新と制度整備が進むことで、環境と経済が両立する新しい社会システムの構築が期待されています。私たち一人ひとりが未利用エネルギーへの理解を深め、日常生活での活用を心がけることが、持続可能な未来社会の実現への第一歩となるでしょう。
参照元
・環境展望台:国立環境研究所 環境情報メディア https://tenbou.nies.go.jp/science/description/detail.php?id=5
・未利用熱エネルギーの革新的活用技術研究開発 | NEDO https://www.nedo.go.jp/activities/ZZJP_100097.html
・資源エネルギー庁 https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/energyissue2022_1.html
・一般財団法人 ヒートポンプ・蓄熱センター https://www.hptcj.or.jp/about/heatpump/
・環境省 地中熱とは? https://www.env.go.jp/water/jiban/post_117.html
・特定非営利活動法人 地中熱利用促進協会 http://www.geohpaj.org/wp/wp-content/uploads/achievement_107_202112.pdf