私たちが住む日本で、きれいな空気を吸い、安全な水を飲み、美しい自然環境を守るために重要な役割を果たしているのが「環境基本法」です。この法律は1993年に制定され、日本の環境を守るための大きな指針となっています。
環境基本法は、公害問題から地球温暖化まで、様々な環境問題に対応するために作られました。国や地方自治体、企業、そして私たち一人ひとりがどのように環境を守っていくべきかを定めた、いわば環境保護のための憲法のような存在です。
この記事では、環境基本法がどのような法律なのか、なぜ必要だったのか、そして私たちの生活にどのような影響を与えているのかを、わかりやすく解説していきます。
環境基本法とは何か―その定義と位置づけ
環境基本法は、日本の環境保全に関する最も重要な法律の一つです。正式には「平成5年法律第91号」として1993年11月19日に制定され、日本の環境政策すべての基盤となっています。
法律の基本的な定義
環境基本法は、環境の保全に関する基本的な理念を定め、国や地方公共団体、事業者、国民の責務を明らかにした法律です。この法律の最大の特徴は、従来の公害対策だけでなく、地球環境問題や自然環境の保全まで幅広くカバーしている点にあります。
法律の目的は、現在及び将来の国民が健康で文化的な生活を営むことができるよう、良好な環境を確保することです。つまり、今生きている私たちだけでなく、将来世代の人たちも安心して暮らせる環境を守ろうということを法律で定めているのです。
日本の環境政策における位置づけ
環境基本法は、日本の環境関連法の「親法」とも呼べる存在です。この法律を基盤として、大気汚染防止法、水質汚濁防止法、廃棄物処理法など、具体的な環境問題に対処する個別の法律が作られています。
また、環境基本法は単なる理念を示すだけでなく、環境基本計画の策定や環境基準の設定など、具体的な政策を実行するための仕組みも定めています。6月5日を「環境の日」と定めているのも、この法律の規定によるものです。
環境基本法が制定された背景と経緯
環境基本法が生まれた背景には、日本が直面してきた深刻な環境問題と、国際的な環境保護の動きがありました。
制定前の環境問題の状況
1960年代から1970年代にかけて、日本では高度経済成長の影で深刻な公害問題が発生しました。四大公害病と呼ばれる水俣病、新潟水俣病、四日市ぜんそく、イタイイタイ病などが次々と明らかになり、多くの人々が健康被害を受けました。
これらの問題に対応するため、1967年に公害対策基本法が制定されましたが、時代が進むにつれて環境問題はより複雑化していきました。地球温暖化、オゾン層の破壊、熱帯林の減少など、一国だけでは解決できない地球規模の環境問題が注目されるようになったのです。
制定に至るまでの流れ
環境基本法制定の直接的なきっかけとなったのは、1992年にブラジルのリオデジャネイロで開催された「地球サミット」でした。この会議では「持続可能な発展」という概念が世界的に共有され、環境と経済発展の両立が重要なテーマとなりました。
日本でも、従来の公害対策中心の法制度では対応できない新たな環境問題に対処するため、より包括的な法律が必要だという認識が高まりました。そこで公害対策基本法を発展的に解消し、地球環境問題にも対応できる新しい法律として、1993年に環境基本法が制定されたのです。
環境基本法の基本理念と目的
環境基本法は、単に環境を守るだけでなく、人類が長期的に繁栄できる社会を築くための基本的な考え方を示しています。この法律が掲げる理念は、現代社会が直面する様々な課題に対する答えを提供しています。
持続可能な社会の実現
環境基本法の中核となる理念の一つが「持続可能な社会の構築」です。これは、現在の世代が自分たちのニーズを満たしながらも、将来世代が同じように豊かな生活を送れる能力を損なわない発展を目指すということです。
具体的には、経済活動による環境への負荷をできる限り少なくし、すべての人が公平に役割を分担することで、環境に配慮した社会を作ろうという考えです。例えば、工場が製品を作る時に出る廃棄物を減らしたり、私たちが日常生活で使うエネルギーを節約したりすることで、環境への影響を最小限に抑えながら、経済活動を続けていくことを目指しています。
この理念は、現在世界中で注目されているSDGs(持続可能な開発目標)の考え方とも深く関連しています。環境基本法は、SDGsが国際的に採択される20年以上前から、この重要な概念を日本の法律に組み込んでいたのです。
国際協調による地球環境保全
環境基本法のもう一つの重要な理念が、国際協調による地球環境保全です。地球温暖化や酸性雨、海洋汚染などの環境問題は、一つの国だけでは解決できません。日本も国際社会の一員として、積極的に地球環境保全に取り組む責任があることを法律で明確にしています。
この理念に基づいて、日本は様々な国際条約に参加し、環境技術の開発や提供を通じて世界の環境保全に貢献しています。また、発展途上国に対する環境分野での技術協力や資金援助も、この法律の理念を実現するための重要な取り組みの一つです。
環境基本法の主な内容と仕組み
環境基本法は理念を示すだけでなく、具体的に誰がどのような責任を負い、どのような仕組みで環境保全を進めていくかを詳しく定めています。
国・地方公共団体の責務
国は環境保全に関する基本的かつ総合的な施策を策定し、実施する責務を負っています。具体的には、環境基本計画を作成し、環境基準を設定し、必要な法整備を行うことが求められています。
地方公共団体は、国の施策に加えて、その地域の自然的・社会的条件に応じた環境保全施策を策定し、実施する責務があります。例えば、地域の特色を活かした環境保全計画を作ったり、住民に対する環境教育を実施したりすることが期待されています。
事業者・国民の責務
事業者には、事業活動を行う際に環境への負荷を低減し、環境保全に積極的に努める責務があります。これには、公害の防止だけでなく、資源の効率的利用や廃棄物の削減、環境に配慮した製品の開発なども含まれます。
国民一人ひとりにも、日常生活において環境への負荷を低減するよう努める責務があります。省エネルギーやリサイクルの実践、環境に配慮した商品の選択など、私たちの日常的な行動も環境保全の重要な要素となっています。
環境基本計画と環境基準
環境基本法に基づいて策定される環境基本計画は、政府の環境政策の基本方針を示す重要な文書です。約6年ごとに見直しが行われ、現在は第六次環境基本計画が策定されています。
環境基準は、人の健康の保護と生活環境の保全のために維持されることが望ましい基準として設定されます。大気、水質、土壌、騒音の各分野について具体的な数値が定められ、これらの基準を達成するための様々な施策が実施されています。
環境基本法が私たちの生活に与える影響
環境基本法は抽象的な理念を示すだけでなく、私たちの日常生活や企業活動に具体的な影響を与えています。この法律があることで、より安全で快適な生活環境が保たれているのです。
日常生活への具体的な影響
環境基本法の影響は、私たちの生活の様々な場面で感じることができます。例えば、自動車から排出される排気ガスの規制や、工場からの騒音対策などは、この法律を基盤とした個別法によって実現されています。
また、商品を購入する際に目にする環境ラベルや、リサイクルマークなども、環境基本法の理念を具体化した取り組みの一つです。スーパーマーケットでレジ袋が有料化されたり、ペットボトルのリサイクルが進んだりしているのも、この法律が目指す「環境への負荷の少ない社会」を実現するための施策です。
さらに、学校での環境教育や、地域での環境美化活動なども、環境基本法が定める国民の責務を果たすための取り組みといえます。6月5日の環境の日には、全国各地で環境に関するイベントが開催され、多くの人が環境問題について考える機会が提供されています。
企業活動への影響
企業にとって環境基本法は、事業活動を行う上で重要な指針となっています。製造業では、製品の設計段階から廃棄まで、環境への影響を考慮した取り組みが求められるようになりました。
例えば、自動車メーカーは燃費性能の向上や電気自動車の開発を進め、電機メーカーは省エネルギー性能の高い製品を開発しています。また、多くの企業が環境マネジメントシステムを導入し、継続的な環境改善に取り組んでいます。
最近では、ESG投資(Environment・Social・Governance)という考え方が広まり、環境への取り組みが企業の評価や投資判断の重要な要素となっています。これも、環境基本法が示した持続可能な社会の実現という理念が、経済活動にも浸透してきた結果といえるでしょう。
環境基本法の課題と今後の展望
制定から30年以上が経過した環境基本法ですが、新たな環境問題の出現や社会情勢の変化に伴い、いくつかの課題も指摘されています。
気候変動対策は現在最も重要な課題の一つです。地球温暖化の影響がより深刻になる中で、2050年カーボンニュートラルの実現に向けた取り組みが急務となっています。環境基本法の理念を具体化するため、より積極的な温室効果ガス削減策が求められています。
また、海洋プラスチック汚染や生物多様性の保全、循環型社会の構築など、新たな環境課題への対応も重要です。デジタル技術の活用により、より効率的で効果的な環境保全策を実現していくことも期待されています。
さらに、環境問題への取り組みを次世代に確実に引き継いでいくため、環境教育の充実や市民参画の促進も重要な課題です。一人ひとりが環境問題を自分事として捉え、日常生活の中で具体的な行動を起こすことができる社会を築いていくことが求められています。
環境基本法は、私たちが住む地球環境を守り、将来世代に美しい自然と安全な生活環境を残すための重要な法律です。この法律の理念を理解し、国、地方自治体、企業、そして私たち一人ひとりがそれぞれの役割を果たすことで、持続可能な社会の実現に向けて歩み続けることができるのです。
参照元
・環境省 https://www.env.go.jp/kijun/
・e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/405AC0000000091
・衆議院 https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/houritsu/12819931119091.htm
・環境省|環境基本計画とは https://www.env.go.jp/policy/kihon_keikaku/introduction01.html
・国立環境研究所 https://www.nies.go.jp/eqsbasis/