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スポーツ界の人種差別との戦いと抗議活動がもたらす変化|五輪・サッカー・Jリーグの現在地

スポーツ界の人種差別との戦いと抗議活動がもたらす変化

スポーツ界の人種差別との戦いは、競技の中で選手が声を上げる「抗議活動」と、観客席やSNSでの差別行為を止める「制度づくり」の二つの流れで進んできました。きのう10月16日は、1968年のメキシコシティー五輪で表彰台の抗議が起きてから58年目の日でした。当時は罰せられた抗議が、いまは一部の場面なら認められています。一方で、観客席の差別は今も選手を傷つけ続けており、FIFA(国際サッカー連盟)や日本のJリーグは、罰則や宣言といった形で対応を重ねています。この記事では、五輪のルールがどこまで動いたのか、サッカーと日本の現場で何が変わったのか、そして観戦する私たちに何ができるのかを、公開されている資料と報道をもとに整理します。

この記事で学べること

  • 1968年の表彰台の抗議が、その後どう評価されてきたか
  • 五輪憲章50条で、いま許される表現と許されない表現の線引き
  • FIFAの「3段階の手順」やスペインの有罪判決など、観客席の差別への対応
  • Jリーグの無観客試合(2014年)から2024年の取り組みまでの流れ
  • 観戦者がスタジアムとSNSでとれる具体的な行動

1968年の表彰台は何を変えたのか|罰せられた抗議のその後

スポーツと人種差別の抗議を語るうえで、最初に押さえておきたいのが1968年のメキシコシティー五輪です。この大会の表彰式での出来事が、のちの五輪のルールづくりにも影響し続けています。

表彰台で起きたこと

1968年10月16日、陸上男子200mの表彰式で、金メダルのトミー・スミス選手と銅メダルのジョン・カーロス選手が、アメリカ国歌が流れる間、黒い手袋をした拳を突き上げました。スミス選手は19秒83で、20秒の壁を公式記録として初めて破っての優勝でした。二人は黒い靴下だけで表彰台に上がっており、アメリカで続いていた黒人差別への抗議を、体の姿勢で示したとされています。

罰とその後の評価

当時のIOC(国際オリンピック委員会)会長は二人の処分を求め、米国側が応じなければ陸上チーム全体を追放すると迫ったと伝えられています。結果として二人は選手村から退去させられ、帰国しました。なお、元の記事ではメダルが剥奪されたと書かれていましたが、二人はメダルを保持したままであり、処分の中心は選手村からの退去と帰国でした。帰国後は脅迫を受けたとも報じられています。

その後の評価は大きく変わりました。二人は後年、米国のオリンピック・パラリンピック殿堂入りを果たしたと報じられています。この経緯は、抗議の是非が時代によって見え方を変えうることを示しています。ただし、これは「抗議が正しかったと後から認められた」という一例であり、すべての抗議に当てはまる話ではありません。

五輪憲章50条の現在地|どこまでが許され、どこからが認められないのか

五輪憲章50条2項は、五輪の施設や競技会場などで「いかなる種類のデモンストレーションも、政治的、宗教的、人種的プロパガンダも許されない」と定めています。人種差別への抗議も、この規定の対象になりうるという運用が長く続いてきました。

東京2020で緩和された範囲

2020年のミネアポリスでのジョージ・フロイドさんの死をきっかけに「ブラック・ライブズ・マター」の運動が世界に広がると、IOCは指針を見直しました。東京2020では、競技開始前のフィールド上や選手紹介の場面で、人や国、団体の尊厳を標的にせず、競技の妨げにならない形なら意見表明が認められました。東京大会の女子サッカーで、試合前に両チームが片膝をつく場面が見られたのは、この見直しの結果です。

表彰式と競技中は今も対象外

一方で、表彰式、開会式・閉会式、選手村、競技中の表現は、この緩和の対象外のままです。東京大会では、陸上女子砲丸投げで銀メダルを獲得したレイブン・ソンダース選手が、表彰台で両腕を頭上で交差させる「X」のポーズをとりました。本人は「抑圧されたすべての人が交わる場所」を表すと説明しています。IOCは調査に入りましたが、ソンダース選手の母親が亡くなったため、調査は中断されました。

パリ2024、ミラノ・コルティナ2026でも続く線引き

この枠組みは、パリ2024でも維持されました。報道によると、「平和」や「インクルージョン」のような一般的な言葉をあしらった服は認められる一方、「ブラック・ライブズ・マター」のような特定の言葉は認められないとされています。2026年2月のミラノ・コルティナ冬季大会でも、記者会見、取材エリア、個人のSNSでの発言は可能で、競技中や式典での表現は制限される運用でした。

この大会では、ウクライナの選手が戦争で亡くなった選手たちの肖像を描いたヘルメットの使用を認められず、最終的に出場できなくなったと報じられています。スポーツ仲裁裁判所(CAS)も異議を退けたとされます。人種差別とは別の事例ですが、50条の線引きが訴えの内容を問わず適用されていることがうかがえます。

選手の受け止めも一様ではない

選手自身の意見も割れています。IOC選手委員会が実施した調査では、回答した選手の67%が「表彰台はデモンストレーションにふさわしくない」と答えたと報じられています。表彰台を差別への抗議の場にしたい選手もいれば、競技の成果を称える場として守りたい選手もいます。抗議が許されるか否かは、単純な善悪ではなく、どの場面をどう守るかという設計の問題として捉えるほうが実態に近いといえます。

「政治を持ち込むな」と当事者の声をどう受け止めるか

スポーツに政治や人種の問題を持ち込むべきではない、という意見は根強くあります。この意見には、国や立場の違う選手が同じ土俵で競うために中立性が必要だという、もっともな根拠があります。選手が試合に集中できる環境を守るという目的も、軽く扱えるものではありません。

一方、人種差別に反対する抗議をする選手の多くは、自分や家族、仲間が現実に受けている被害を訴えています。当事者にとっては、差別への反対は特定の政党や主張の話ではなく、競技の前提である「同じ条件で競う」ことが守られているかどうかの問題です。ソンダース選手の「X」のポーズも、自分が属する人々の経験を示すものとして説明されています。

この二つの見方は、どちらかを退ければ解決するものではありません。実際のルールは、中立性を守る場面(表彰式や競技中)と、表現を許容する場面(競技前や選手紹介、会見、SNS)を分けることで折り合いをつけています。そして、観客席での差別は中立性の問題ではなく、禁止すべき行為として別に扱う、という整理が定着しつつあります。

観客席の差別をどう止めるか|欧州サッカーで進む制度化

選手の抗議が表現の自由とルールの境界で議論される一方、観客席の差別は「禁止して罰する」対象として制度化が進んでいます。世界中で愛されるサッカーは、その最前線です。

FIFAの「3段階の手順」と交差した腕のジェスチャー

2024年5月17日、バンコクで開かれた第74回FIFA総会は、差別への対応を強化する決議を全会一致で承認しました。FIFAは、人種差別を全加盟協会(211)の懲戒規則の明確な違反行為とし、試合の没収を含む重い制裁を定める方針を示したと報じられています。

あわせて、人種差別を受けた選手が両手首を交差させて審判に合図を送る「ノー・レイシズム」のジェスチャーが導入されました。合図を受けた審判は、3段階の手順に入ります。第1段階は試合の中断、差別行為が続けば第2段階で試合の一時停止(選手と審判がピッチを離れる)、それでもやまなければ第3段階で試合の打ち切りとなります。

スペインで初の有罪判決

2023年5月、スペインのバレンシアのスタジアムで行われた試合で、レアル・マドリードのヴィニシウス選手が観客から人種差別的な野次を受け、試合が一時中断されました。2024年6月、バレンシアのファン3人が有罪を認め、禁錮8か月と2年間のスタジアム入場禁止を言い渡されました。スペインのプロサッカーにおける人種差別事件での有罪判決は、これが初めてと報じられています。

この判決は、スタジアムでの差別を「サッカー界の内輪の問題」ではなく「法で裁かれうる行為」として位置づけた点に意味があります。

2026年の事案が示す難しさ

制度が整っても、事実認定の難しさは残ります。2026年2月のチャンピオンズリーグで、ベンフィカのプレスティアーニ選手がヴィニシウス選手に差別的な発言をしたかどうかが争われました。ヴィニシウス選手は人種差別的な言葉を向けられたと訴えましたが、プレスティアーニ選手は人種差別的な発言を否定し、チームメートの証言では別の侮辱的な言葉だったとされています。

UEFA(欧州サッカー連盟)はまず暫定的に1試合の出場停止とし、4月には差別的行為を理由に6試合の出場停止(うち3試合は2年間の執行猶予)を科したと報じられています。発言の中身については当事者の主張が分かれたままです。この事例は、制度が罰則を用意することと、個々の事案で何があったかを確定することが、別の課題であることを示しています。

日本の現場|Jリーグの無観客試合から2024年の取り組みまで

欧州の話に聞こえるかもしれませんが、日本のスタジアムでも差別行為は起きています。そしてJリーグの対応は、日本のスポーツ界が差別をどう扱ってきたかの具体例になります。

2014年の「JAPANESE ONLY」と無観客試合

2014年3月8日、埼玉スタジアムでの浦和レッズ対サガン鳥栖戦で、浦和のサポーターが「JAPANESE ONLY」と書いた横断幕を掲げました。Jリーグは同月23日の浦和対清水エスパルス戦を、リーグ史上初の無観客試合とする処分を決めました。村井満チェアマン(当時)は、問題の本質が極めて重いという意思を示す必要があると述べたと報じられています。

この処分で、クラブには入場料やグッズ販売などで2億円近い損害が出たとも報じられました。Jリーグは2013年に、人種や宗教、政治などによる差別を行ってはならないという趣旨を規約に盛り込んでいました。規約があっても事案は起きましたが、規約があったからこそ、前例のない重い処分に踏み切れたといえます。

2024年以降は差別とSNSの誹謗中傷が焦点に

近年、Jリーグが力を入れているのは、観客席だけでなくSNS上の差別や誹謗中傷への対応です。2024年9月13日から15日には、JFAの「リスペクト・フェアプレーデイズ」に合わせて、J1・J2・J3の計30試合で、両チームの選手代表が試合前に差別・暴力根絶宣言を行いました。

同じ2024年には、名古屋グランパスがSNS上の過剰な投稿に対して警察への通報や法的措置も検討すると声明を出し、大分トリニータも対戦相手の選手への誹謗中傷を「卑劣であり到底許されない」と表明しました。これらは人種差別に限らない誹謗中傷への対応ですが、選手個人を標的にした攻撃に、クラブが名前を出して対処するという流れは確かに広がっています。

日本の取り組みに残る課題

日本の取り組みは、欧州のように法的な有罪判決まで進んだ事例が目立つわけではありません。宣言や声明は意思表示として大切ですが、被害を受けた選手が実際に守られているかを確かめる仕組みづくりは、これからの課題です。

抗議と制度化は何を変えたのか|成果と残された課題

ここまでの流れを踏まえて、「結局、何が変わったのか」を整理します。

変わったこと

最も大きいのは、差別への対応が「個人の勇気ある抗議」から「組織のルールと罰則」に移ってきたことです。1968年の二人は個人として罰せられましたが、2024年のFIFAは、差別を受けた選手が審判に合図を送れば試合が止まる仕組みを全加盟協会に義務づけました。選手が一人で声を上げなくてもよい設計に近づいています。

変わっていないこと

一方で、被害は続いています。2023年のヴィニシウス選手の事案も、2026年のプレスティアーニ選手をめぐる事案も、制度が整った後で起きた出来事です。罰則は抑止の一部にはなりますが、被害をなくす決定打にはなっていません。

誤解されやすい点

もう一つ、誤解されやすい点があります。処分が下されたことと、問題が解決したことは同じではありません。有罪判決や出場停止は、行為が許されないという線を示す意味がありますが、被害を受けた選手の回復や、差別が起きにくい観客文化の形成は、別の積み重ねを必要とします。

観戦者として今日からできること

制度や宣言を動かしているのは、結局のところスタジアムとSNSにいる私たち一人ひとりの振る舞いです。次に観戦するとき、あるいはSNSを開くときにとれる行動を挙げます。

スタジアムで差別的な言動を見聞きしたとき

差別的な横断幕や野次を見聞きしたら、まずは近くの運営スタッフや警備員に伝えることが、確実につながる方法です。2014年の事案では、警備員が注意を重ねても横断幕が掲げ続けられました。現場の一人の声だけでは止まらない場合があるからこそ、複数の人が運営に伝えることに意味があります。

SNSで差別的な投稿を見かけたとき

差別的な投稿は、批判のつもりで引用して拡散しても、結果として読む人を増やしてしまいます。拡散は控え、各サービスの通報機能を使うのが、選手への二次被害を避ける現実的な方法です。クラブや協会が出す声明や宣言は、その通報や対応の裏づけになります。

自分の応援を点検する

自分の応援や投稿が、相手チームの選手や国籍を理由にした攻撃になっていないかを、振り返ってみることも大切です。差別をする側は「特別な誰か」ではなく、熱くなった一般の観客であることが、これまでの事案からも見えてきます。

まとめ

スポーツ界の人種差別との戦いは、1968年の表彰台のように個人が罰を覚悟して訴えた時代から、2024年のFIFAの決議のように、組織が仕組みとして対応する時代へ動いてきました。五輪では、表彰式や競技中の抗議は今も認められない一方、競技前や会見、SNSでの表現は認められるという線引きが続いています。この線引きに賛否があるのは、中立性を守ることと、当事者の声を届けることの両方に理由があるからです。

観客席とSNSの差別については、スペインでの有罪判決やFIFAの3段階の手順、Jリーグの無観客試合や根絶宣言のように、罰則と宣言の両面で対応が進みました。それでも被害はなくなっておらず、事実認定の難しさも残っています。制度は必要条件ですが、それだけで十分ではありません。

まずは、次に試合を見るとき、差別的な言動を見聞きしたら運営に伝える、SNSでは拡散せず通報する、という一つだけでも試してみてください。

  • 1968年の抗議は、選手村からの退去という罰を受けたが、のちに評価が大きく変わった
  • 五輪では表彰式と競技中の表現は不可、競技前や会見、SNSでの表現は可という線引きが続いている
  • FIFAは2024年に、差別を受けた選手の合図で試合を止める3段階の手順を全加盟協会に義務づけた
  • Jリーグは2014年の無観客試合を経て、2024年にはSNSの誹謗中傷も含む根絶宣言を行っている
  • 観戦者は、運営への連絡と、SNSでの非拡散・通報という行動でこの流れを支えられる

参考文献

  • 記事を書いたライター
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