生物多様性の損失を止め、自然を回復軌道に乗せる「ネイチャーポジティブ」。2022年に世界が合意した国際目標の達成期限まで、あと4年あまりとなりました。今年は条約の中間レビューが行われる重要な節目の年です。企業の自然資本開示も急速に広がるなか、日本はどこまで前進できているのでしょうか。
2026年は「中間レビュー」の年|問われる各国の進捗
1970年以降、地球の生物多様性の豊かさの約7割が失われたとされ、絶滅のおそれがあるとされる野生生物は今や数万種規模に上るとされています。
こうした深刻な状況を受け、日本を含む世界各国は2022年12月に開催された生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で「昆明・モントリオール生物多様性枠組み(KMGBF)」に合意しました。
KMGBFには、「ネイチャーポジティブ」を実現するための2030年までに達成すべき23のターゲットが掲げられています。
各締約国政府に対しては、国別行動計画(NBSAP)の実施状況とターゲット達成に向けた進捗を報告する「国別報告書」の提出が求められています。
そして、この国別報告書をもとに世界全体の進捗状況を示すグローバル報告書が作成され、2026年に開催予定の生物多様性条約第17回締約国会議(COP17)においてグローバルレビューが行われることになっています。
つまり2026年は、2030年目標に向けた最初の公式な「通信簿」が世界に示される年です。日本はどのような評価を受けることになるのでしょうか。
日本の現在地|中間提言が示す課題
2025年10月22日、環境省は「生物多様性及び生態系サービスに関する総合評価2028(JBO4)」の中間提言を公開しました。これは2026年のCBD-COP17で行われる生物多様性保全に向けた取り組みの中間レビューに向けて発表されたものです。
日本においては、里山など人々が維持してきた二次的自然が、人手不足や人口減少により変質してしまうという特徴が見られます。また、外来種の侵入や温暖化の影響により、種の減少や不明種の消失が進んでおり、そのリスクが十分に把握されていない状況も懸念されています。
KMGBFの前に策定された「愛知目標」では、各国任せの評価体制となっていたこともあり、多くの目標項目が未達で終わりました。今回のKMGBFはこの教訓を踏まえて強化されたモニタリングの枠組みを設定しており、COP17での中間レビューはその初めての本格的な実施となります。
こうした経緯から、今年の中間レビューは形式的なものにとどまらず、各国が目標達成に向けて行動を加速させる契機として注目されています。
TNFDが動かす「お金の流れ」
ネイチャーポジティブを実現するには、大規模な民間資金の動員が欠かせません。
2022年12月に開催されたCOP15で採択されたKM-GBFでは、ターゲット19(資金の動員)として「2030年までに年間2,000億ドルの資金動員」という世界目標が設定されたとされています。
しかし、自然資本の経済的価値は従来の市場では適切に評価されず、「価格のない価値」として扱われてきました。その結果、生物多様性保全に向けた資金は著しく不足しており、資金ギャップは年間数千億ドル規模に達するという見方があります。
この課題に対応するための国際的な枠組みが、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)です。
TNFDは企業や金融機関が自然資本や生物多様性に関するリスクと機会を適切に評価し、投資家などへ報告・開示するためのフレームワークを構築する国際的なイニシアチブです。先行するTCFDが気候変動を扱っていたのに対し、TNFDは自然環境全体へと対象を広げた「生物多様性版TCFD」と位置づけられています。
TNFDの開示を表明した企業「TNFDアダプター」は2024年12月時点で517社に達しており、そのうち日本企業が135社と国別で最多を占めています。
日本政府は「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」を策定し、企業による自然関連の情報開示を後押ししています。2025年3月には環境省が、TCFDと自然関連リスク双方の分析を網羅した「サステナビリティ情報開示を活用した経営戦略立案のススメ ver2.0」を公表し、企業が統合的に課題へ取り組むための実践的な指針を示しました。
経済と自然をつなぐ「新しい市場」の模索
自然保全への資金を増やす仕組みとして、「生物多様性クレジット」も国際的に注目されています。
生物多様性クレジットとは一般に、「一定期間にわたり生物多様性にプラスのアウトカムをもたらす活動に報酬を与える、検証・取引可能な金融手段」を指します。カーボンクレジット市場が気候変動対策資金を動員してきたように、生物多様性クレジットは自然保全のための新たな市場ベースの手法として期待されています。
日本でも制度設計の検討が始まっています。
環境省が公表したNPE移行戦略ロードマップ案では、「生物多様性・自然資本の価値取引を見据えた価値評価」について段階的な方針が明示されたとされています。価値評価の基本的な考え方を整理したうえで、実地のフィージビリティ調査・実証事業を実施するという方針が示されています。
ただし日本では生物多様性クレジット市場は構想・計画段階に入ったに過ぎず、検討課題が山積している状況です。
経済は自然の「恩恵」なしには成り立たない
なぜここまで自然資本が注目されるのでしょうか。その根本には、経済活動と生態系の切り離せない関係があります。
生態系の恩恵に支えられた経済活動による価値創造は年間44兆米ドル規模にのぼるとされており、世界の総GDPの半分以上にあたるという見方もあります。
私たちの暮らしや経済は、生物多様性を基盤とする生態系から得られる恵みによって支えられています。過去100年間の人間活動の影響により、種の絶滅速度はこれまでの地球の歴史から見ても異常な速度で急上昇し、地球の生物多様性は危機的な状況にあります。
生物多様性配慮を含むESG対応をベースとした持続的成長性への期待が、企業の価値評価へ大きな影響を与えるようになりつつあります。
つまり、自然を守ることはいまや「社会貢献」だけでなく、企業の経営リスク管理と不可分なテーマになっているのです。
私たちにできること|「見えない自然」をもっと身近に
国際的な枠組みや企業開示の話は難しく聞こえるかもしれませんが、身近なところからも変化を起こすことができます。
まず、日常の消費行動を見直すことが出発点です。農薬・化学肥料の使用を抑えた農産物を選ぶ、木材利用製品の認証(FSCマークなど)を確認するといった選択は、生態系への負荷を減らすことにつながります。また、地域の里山や公園での自然観察・保全ボランティアへの参加も、草の根から生物多様性を支える行動です。
投資の観点からは、TNFDに沿って自然関連情報を開示している企業や、生物多様性の保全を経営課題に位置づける企業への関心を高めることも一つの選択肢です。
2026年のCOP17中間レビューは、「約束が守られているか」を世界が確認する節目になります。日本が国際社会においてネイチャーポジティブのリーダー的立場を維持するためにも、企業・行政・市民が一体となって取り組みを加速させることが求められています。

