パリ協定が掲げる「1.5℃目標」を、2030年より前に超えてしまう可能性がある。2026年3月、そう読み取れる研究が米国地球物理学連合(AGU)の専門誌『Geophysical Research Letters』に掲載されました。ただし、この研究の主張と「パリ協定の目標が破られた」と判定されることは、別の話です。何が示され、何がまだ議論の途中で、日本に暮らす私たちは何を知っておくとよいのか。研究の中身、他の報告との違い、日本の現状を順に整理します。
「2030年より前に1.5℃」は何を根拠に言われているのか
温暖化のペースが約2倍になったという研究
2026年3月9日に掲載された論文「Global Warming Has Accelerated Significantly」(Foster & Rahmstorf)は、地球温暖化が2015年ごろから加速したと報告しました。エルニーニョ現象、火山噴火、太陽活動の影響を取り除いた調整後のデータで見ると、1970年代以降ほぼ10年あたり0.2℃で推移していた上昇ペースが、2015年ごろからは10年あたり約0.35℃に達しているというものです。
分析には、NASA、NOAAなどが公表する5つの世界気温データセットが使われました。統計的な確からしさは98%超とされ、AGUは「温暖化が加速したことを、統計的な確信をもって確かめた初めての研究」と紹介しています。2023年と2024年という観測史上でもとくに暑い2年を含めても、加速は残ったと説明されています。
今のペースが続けば、1.5℃は2026〜2029年に届く計算
研究の論点は、このペースが続いた場合の見通しです。ポツダム気候影響研究所(PIK)の発表によると、ペースが変わらなければ、1.5℃の水準に達するのは2026年から2029年のあいだで、多くのデータセットは早い側を指しています。共著者のラームストルフ氏は「2030年は4年後のことだ」と述べています。
ここで押さえたいのは、これが「今のペースが続くなら」という条件付きの計算だという点です。研究者自身も、過去10年が例外的な期間だった場合は、突破がもう少し先になる可能性を認めています。
加速の原因は、まだ決着していない
論文は加速の原因を特定していません。有力な説として挙げられているのは、大気汚染対策で空気中の微粒子(エアロゾル)が減ったことです。エアロゾルは日光を遮って地表を冷やす働きがあり、石炭などの燃焼で出る微粒子は、温暖化の一部を覆い隠してきたと考えられています。それが減れば、隠れていた分の温暖化が表に出ます。
著者らは、気温上昇を抑えるためにエアロゾルの削減を緩めることは勧めないとしています。微粒子は人の健康を損なうからです。つまり、対策の軸は大気汚染を放置することではなく、二酸化炭素(CO2)などの排出を減らすことに置くしかありません。
「1.5℃を超えた」と「1.5℃目標を破った」は同じ意味ではない
2024年は、単年で1.5℃を超えた最初の年とされる
世界気象機関(WMO)は2025年1月、2024年の世界平均気温が産業革命前(1850〜1900年平均)より約1.55℃(誤差±0.13℃)高く、観測史上最も暑い年になったと発表しました。単年で1.5℃を超えた最初の年である可能性が高いという見方です。ただしWMOは、すべてのデータセットで1.5℃を上回ったわけではないという但し書きも付けています。
続く2025年も、WMOの8つのデータセットを統合した分析で産業革命前より1.44℃(±0.13℃)高く、観測史上2位か3位でした。2023〜2025年の3年は、8つすべてのデータセットで上位3年を占めています。しかも2025年は、年の初めも終わりもラニーニャ現象(世界の気温を下げやすい現象)の影響下にあったにもかかわらず、この高さでした。
パリ協定の目標は、約20年の平均で判断される
一方で、パリ協定が掲げる「1.5℃」は、1年の気温では判断しません。WMOは、約20年の平均で1.5℃に達したことが確認されるのは、超過した年から約10年後になると説明しています。したがって「2024年に1.5℃を超えた」ことは、「パリ協定の長期目標を破った」ことを直ちには意味しません。
この区別は、報道を読むときの大切なものさしになります。「2030年より前に1.5℃を突破」という見出しがどの意味の「突破」を指しているのか。単年の気温なのか、数年から20年の平均なのかを確かめるだけで、情報の読み方が変わります。
長期の人為的な温暖化は、すでに約1.4℃に近づいている
2026年6月に発表された「地球気候変動指標(IGCC)」第4版は、人間活動による温暖化が2025年時点で1.37℃に達したとしています。直近10年間(2016〜2025年)の人為的温暖化は平均1.24℃で、上昇のペースは10年あたり約0.27℃です。
Foster & Rahmstorfの0.35℃という値より小さいのは、見ている対象と手法が違うためです。ひとつの報告に出てきた数字だけで「実際の速度」を決めつけず、複数の推定の幅で受け止めるのが妥当でしょう。
研究者の間でも意見は分かれている
「加速している」ことには一定の合意がある
PIKとAGUが示した加速について、他の専門家からは異論も出ています。それでも、AGUとは別に報じられた議論を見る限り、ここ数年の温暖化が以前より速いこと自体は、広く受け入れられつつあります。争点は、加速の「大きさ」と「持続性」です。
争点は、自然変動の取り除き方と速度の見積もり
気候科学者のゼケ・ハウスファーザー氏は、自然変動を取り除く方法の影響が残り、加速を大きく見積もりすぎている可能性を指摘したと報じられています。また、上昇ペースを10年あたり0.27〜0.30℃程度とみる試算もあり、0.35℃との差があります。加速をはっきり確認できないとする別の分析もあります。
こうした議論は、研究が間違いだという意味ではありません。観測データから「いつ1.5℃に届くか」を1年単位で当てるのは、もともと難しいということです。複数の研究が「2020年代末から2030年代初め」という近い時期で重なっていること自体が、重要な情報だといえます。
残された「炭素予算」はおよそ3年分
IGCCによると、1.5℃に抑えられる確率が50%という条件での「残りの炭素予算」(これから出してよいCO2の総量)は、2026年初めの時点で約1,300億トンです。現在の排出量が続けば、およそ3年で使い切る計算になります。排出量そのものも、2024年は温室効果ガス全体で568億トン(CO2換算)と過去最高でした。
「3年」は期限ではなく、ペースを示す目安です。ただ、予算の枯渇が近いという事実は、1.5℃の維持がすでに非常に難しい局面にあることを裏付けています。
各国の削減目標では1.5℃に届かない
国連環境計画は「超過は避けられない」と明記
2025年11月に公表された国連環境計画(UNEP)の「排出ギャップ報告書2025」は、各国の削減目標(NDC)がすべて実施されても、今世紀の気温上昇は2.3〜2.5℃になるとしました。前年の報告書では2.6〜2.8℃でした。改善はしたものの、1.5℃にはほど遠い水準です。現行の政策のままなら2.8℃という見通しも示されています。
報告書は、1.5℃を一時的に上回る状態(オーバーシュート)は、今後10年のうちにきわめて高い確率で起きると述べています。2035年の排出量について、NDCが完全に実施された場合の削減は2019年比で約15%にとどまります。2℃に抑えるには35%、1.5℃には55%の削減が必要とされています。
COP30は「不十分」と認めつつ、化石燃料の工程表は見送り
2025年11月、ブラジルのベレンで開かれたCOP30では、成果文書が採択されました。環境省の資料によると、パリ協定後に4℃級だった見通しが2.3〜2.5℃まで下がったと認識しつつ、それでも目標達成には不十分だと留意し、緩和の加速を求める内容です。適応資金を2035年までに3倍にする努力目標も盛り込まれました。
一方、化石燃料からの脱却の工程表は合意に至らず、最終文書に化石燃料への言及がなかったと報じられています。「必要だと認めること」と「具体的な行動に落とすこと」の間に、まだ大きな溝が残っています。
超過しても「あきらめる」理由にはならない
UNEPは、超過後にいったん1.5℃を超えても、その幅を小さく抑えるほど被害は小さくなると説明しています。0.1℃でも違いがあるという科学の見方は、IPCCの報告書を通じて共有されてきました。「1.5℃が守れないなら意味がない」という議論は、科学的には成り立ちません。
日本はいま、どこに立っているのか
気温は、すでに高止まりしている
気象庁の発表をまとめた記事によると、2025年の日本の年平均気温は平年(1991〜2020年平均)より1.23℃高く、1898年の統計開始以来3番目の高さでした。夏(6〜8月)は、全国153地点のうち132地点で、夏の平均気温が観測史上1位となっています(9地点のタイ記録を含む)。WMOも、日本を含む東アジアは2025年にとくに高温だった地域のひとつだとしています。
世界の気温上昇が数字の上では小さく見えても、日本の暮らしでは猛暑日の増加や夏の長期化という形で表れています。
排出量は減っているが、ペースは鈍っている
環境省が2026年4月14日に発表した2024年度の温室効果ガス排出・吸収量は、CO2換算で約9億9,400万トンでした。2013年度比で28.7%減、初めて10億トンを下回り、2013年度以降の最低値です。減少の理由として、製造業の生産減による省エネと、電力の脱炭素化が挙げられています。
ただ、報道によると、削減のペースは鈍化しており、計画上の想定より約1,500万トン多い水準でした。日本は2025年2月に、2035年度に60%、2040年度に73%(いずれも2013年度比)の削減をめざす新たなNDCを国連に提出しています。2030年度の46%削減を含め、今後の数年が正念場です。
「排出を減らす」と「すでに起きる影響に備える」の両輪
もう一つ見ておきたいのが、適応策です。2023年の気候変動適応法の改正により、熱中症の「特別警戒情報」が法定化され、2024年4月から運用が始まっています。発表期間中は、市町村長が指定したクーリングシェルター(指定暑熱避難施設)が一般に開放される仕組みです。
排出削減が間に合わなくても、備えを進めることで被害を減らせます。気温上昇が避けられないほど、削減(緩和)と適応を同時に進める姿勢が重要になります。
1.5℃の「その後」を見据えて、今日からできること
暮らしの中で効果が大きい行動から選ぶ
個人の行動だけで1.5℃が守れるわけではありません。それでも、家庭からの排出は消費行動と深く結びつきます。取り組みやすい順に挙げると、次のようになります。
- 電力契約の見直し:再生可能エネルギー比率の高いプランを選ぶ
- 住まいの断熱:窓の内窓や断熱カーテンで冷暖房の使用量を減らす
- 移動手段:近距離は徒歩や自転車、公共交通機関を選ぶ
- 食と買い物:食品ロスを減らし、長く使えるものを選ぶ
効果の大きさは家庭ごとに異なります。まず自分の家の電気の使い方を知ることが、出発点になります。
暑さへの備えを、「夏だけの話」にしない
猛暑の影響は、夏が終わってから見直すと対策が遅れます。いま、秋のうちにできる準備があります。お住まいの市区町村でクーリングシェルターに指定されている施設を確認する、家の窓や日よけの状態を点検する、高齢の家族や近所の人との連絡方法を決めておく、といったことです。来年の夏を迎える前の、この季節のうちに済ませておけば安心です。
声を届けることも、気候行動のひとつ
NDCの目標や化石燃料の扱いは、政治や企業の意思決定で決まります。投票、自治体のパブリックコメント、企業への問い合わせは、いずれも日常の中でできる働きかけです。ひとつの行動が世界の気温をただちに変えることはなくても、社会の選択を後押しします。
まとめ
「2030年より前に1.5℃突破」という予測は、2015年ごろからの温暖化の加速を示した研究が、今のペースが続く場合の計算として導いたものです。ただし、この数字は「パリ協定の目標が破られる日」ではなく、単年の気温が1.5℃に届くおおよその時期を指します。パリ協定の判定は約20年平均で行われ、確認には10年ほどのずれが生じます。加速の大きさにも研究者の間で議論があり、数年単位で言い切れる段階ではありません。
それでも、UNEPは1.5℃の一時的な超過は避けられないと認め、各国のNDCは2℃にも届いていません。残された炭素予算は約3年分とされます。日本でも、排出量は減っているものの削減ペースは鈍っており、猛暑の影響はすでに暮らしに及んでいます。「間に合うか」ではなく「超過の幅と期間をどれだけ小さくするか」が、これからの問いです。
まず1つだけ試すなら、お住まいの地域のクーリングシェルターを調べてみてください。排出削減と暑さへの備え、どちらの行動も、その小さな一歩から始められます。
- 2026年3月の研究は、温暖化が2015年ごろから約2倍の速さ(10年あたり約0.35℃)になったと報告した
- 単年の1.5℃超えと、パリ協定の約20年平均での目標達成は別の話で、加速の大きさにも議論がある
- UNEPは各国のNDCが実施されても2.3〜2.5℃になると見込み、1.5℃の一時的な超過は避けられないとしている
- 日本の排出量は2024年度に初めて10億トンを下回ったが、削減ペースは鈍化している
- 超過の幅を小さくする削減と、猛暑などへの適応の両方を、いま進めることが求められる
参考文献
- AGU「In a first, researchers confirm global warming has accelerated in last decade」(2026年)
- EurekAlert「Indicators of Global Climate Change 2026(IGCC第4版)」(2026年)
- WMO「WMO confirms 2025 was one of warmest years on record」(2026年)
- 国連「WMO confirms 2024 as warmest year on record at about 1.55°C above pre-industrial level」(2025年)
- PBL「UNEP Emissions Gap report 2025」(2025年)
- 環境省「COP30結果概要」(2025年)
- 環境省「2024年度の温室効果ガス排出・吸収量」(2026年)
- 環境省「日本のNDC(国が決定する貢献)」(2025年)
- nippon.com「2025年も暑かった!過去3番目の高温―気象庁」(2026年)

