蛇口をひねれば、安全な水がすぐに出てくる。日本ではごく普通のこの光景は、世界では当たり前ではありません。国内でも、老朽化する水道管、雨の少ない年に起きる渇水、人口減少で苦しくなる水道事業の経営など、水資源をめぐる課題が見えてきました。2026年は12月に国連水会議が開かれる年です。世界と日本の「いま」を、最新の公的資料で整理します。
世界の水の現在地|安全に管理された水を使えない人は21億人
世界の水問題は、数字で見ると規模の大きさがよくわかります。ただ、数字の裏には、毎日の暮らしの時間や健康、教育の機会が削られている人たちがいます。ここでは国連機関の最新の報告から、現状を3つの角度で確認します。
21億人という数字の意味
WHO(世界保健機関)とユニセフ(国連児童基金)の共同監視プログラムが2025年8月に公表した報告書によると、2024年時点で世界に約21億人が「安全に管理された飲み水」を使えていません。このうち約14億人は基本的な水の供給を受けていますが、約1億600万人は処理されていない地表水を直接飲んでいるとされています。
世界全体では前進もあります。2015年から2024年の間に約9億6,100万人が安全に管理された飲み水を使えるようになり、普及率は68%から74%に上がりました。ただし、この間の都市部の普及率は83%で横ばいでした。農村部は50%から60%に改善しています。
水汲みの時間と格差
数字の差は、暮らし方の差にもつながります。同じ報告は、サハラ以南のアフリカや中央・南アジアの多くの地域で、水汲みに1日30分を超える時間がかかっていると伝えています。後発開発途上国や紛争などの影響を受けやすい地域では、安全に管理された飲み水の普及率が、他の国より38ポイント低いとも報告されています。
2026年3月に公表された国連世界水開発報告書は「すべての人に水を|平等な権利と機会」をテーマに、水と衛生へのアクセスの不平等が、健康や教育、収入、安全にどう影響するかを扱いました。女性や女児が特に大きな影響を受ける点も指摘されています。
2026年12月の国連水会議
国連水会議は、2023年3月のニューヨークでの開催に続く2回目です。2026年はアラブ首長国連邦とセネガルの共催で、12月8日から10日にアブダビで開かれます。SDGs(持続可能な開発目標)のうち、目標6「安全な水とトイレを世界中に」の達成を加速させることが目的です。
会議では「協力」「繁栄」「人間」「地球」「水への投資」「多国間プロセス」の6つのテーマで対話が行われます。開催まで2か月足らず。会議に向けた議論は、水への投資や各国の行動をどう進めるかが焦点になります。
水資源の枯渇という大きな文脈を押さえたい方は、次の記事もあわせてご覧ください。
「水の豊かな国」日本の足元|雨が多くても水に余裕があるとは限らない
日本は雨の多い国です。それなのに「水が足りなくなる」と聞くと、意外に感じる人が多いかもしれません。この感覚のずれを、数字で確かめてみます。
国土交通省の「日本の水資源の現況」によると、人口1人あたりで使える水資源の量は、世界平均の約2分の1程度とされています。国土が狭く、人口が多いことが大きな理由です。降った雨の量そのものは多くても、人口で割ると1人あたりの量は小さくなります。
もうひとつの理由は地形です。日本の川は短く急なため、梅雨や台風の時期に集中して降った雨は、貯めて使われる前に海へ流れ出やすい性質があります。ダムや貯水池、地下水を組み合わせて、使える水を確保しているのが日本の水の仕組みです。
国土交通省によると、2019年の取水量ベースの水使用量は、生活用水が約148億立方メートル、工業用水が約103億立方メートル、農業用水が約533億立方メートルで、合計は約785億立方メートルです。琵琶湖約3杯分に相当します。農業用水が最も大きな割合を占める点は、世界の傾向と重なります。
日本の水資源の課題を詳しく知りたい方は、こちらの記事が参考になります。
老朽化する水道管と「水道カルテ」で見える地域差
蛇口の水が安定して届くかどうかは、水源だけでなく、水を運ぶ管や浄水場の状態にも左右されます。ここでは老朽化の現状と、国が公開している「水道カルテ」の読み方を見ていきます。
更新が追いつかない水道管
令和5年度時点で、全国の水道管の総延長は約75万キロメートルです。このうち、法定耐用年数の40年を超えた管は約19万キロメートル(管路経年化率25.3%)とされています。同じ年度の更新率は全国平均で約0.61%にとどまるという報告があります。今のペースで更新が進むと、20年後には経年化率が約71%に達するという試算も示されています。
古い管がすぐに壊れるわけではありません。ただ、更新が遅れれば、漏水や断水のリスクは少しずつ高まります。
水道カルテが示す事業者ごとの差
国土交通省は2024年12月20日に「水道カルテ」を公表しました。全国1,347の水道事業者について、経営の状況と耐震化の状況を、料金回収率と耐震化率などを軸に8つのグループに分けて示しています。料金回収率とは、水を届けるためにかかる費用を、水道料金などの収益でどれだけまかなえているかを表す割合です。
カルテによると、料金回収率が100%未満で、耐震化率も全国平均以下のグループは248事業者でした。料金回収率は100%以上でも、耐震化率が全国平均以下の事業者も164事業者あります。同じ日本の水道でも、住んでいる地域によって事情はかなり違います。
能登半島地震と八潮市の陥没から見えたこと
水道カルテの公表には、2024年1月の能登半島地震の教訓があります。耐震化されていなかった基幹的な施設が被害を受け、広い範囲で断水が長引いたことが背景にあるとされています。
水道ではなく下水道の事例ですが、2025年1月28日には埼玉県八潮市で大規模な道路陥没が起き、走行中のトラックが転落して運転手が亡くなりました。下水道管の破損が原因と考えられており、上流域の約120万人に下水道の使用自粛が求められました。見えない場所にある管が暮らしに直結していることを示した出来事でした。
渇水と水道料金|暮らしに届く2つの変化
水道インフラの課題は、渇水や料金の見直しという形で、家庭にも届き始めています。
2026年冬から春の渇水
渇水は夏だけの問題ではありません。秋田魁新報の報道によると、2026年2月24日時点で、国土交通省は15水系18河川・湖で取水制限などの渇水対応が行われていると発表しました。愛知、香川、愛媛、高知、福岡の5県では給水制限も行われていたと伝えられています。
高知県の早明浦ダムは貯水率41%で、平年の同じ時期の84%を大きく下回っていました。背景には、2025年11月ごろからの降水量の不足があるとされています。梅雨や台風の時期だけが渇水のきっかけになるわけではない、ということがわかります。
水道料金の見直しが各地で議論されている
人口が減ると、水道の収入も減ります。一方で、古くなった管や施設の更新には費用がかかります。先ほどの水道カルテで、料金回収率が100%を下回る事業者が一定数あることは、この構造を表しています。
こうした背景から、料金の見直しを検討する自治体が各地で出ています。見直しの幅や時期は自治体ごとに大きく異なります。自分の暮らす地域の事情を知るには、居住地の水道事業者の公表資料や広報を見るのが近道です。
国の対策と広域連携・官民連携の動き
課題に対して、国や自治体も動いています。主な動きを3つ紹介します。
2024年8月30日、新しい「水循環基本計画」が閣議決定されました。能登半島地震で生活用水の確保が課題になったことや、水道行政の移管などを踏まえ、計画の変更が約1年前倒しされています。重点的な取り組みは、代替性・多重性による安定した水供給、上下水道一体での再構築、2050年カーボンニュートラルに向けた地球温暖化対策、流域総合水管理などです。
水道行政は2024年4月に、厚生労働省から国土交通省などへ移管されました。道路や河川、下水道を担う国土交通省が水道も扱うことで、上下水道を一体で考えやすくなると期待されています。
小さな自治体が単独で水道を維持するのは、人材や資金の面で簡単ではありません。そのため、複数の自治体が事業をまとめる広域連携や、民間の力を借りる官民連携が進められています。国は「ウォーターPPP」という新しい官民連携の方式を示し、今後約10年で水道・下水道で200件の導入を目標に掲げています。下水道では、浜松市や宮城県などでコンセッション方式の導入例があります。
誤解されやすい3つのポイント
水の話題には、聞き慣れた言い回しの中に誤解が隠れていることがあります。ここでは、読者が持ちやすい疑問に沿って3つ整理します。
「日本は水が豊富だから心配ない」
日本は雨の多い国ですが、1人あたりで使える水資源は世界平均の約2分の1程度です。急な地形や雨の降り方の偏りもあり、水を貯めて届ける仕組みに支えられています。「雨が多い」ことと「水に余裕がある」ことは、別の話です。
「家庭の節水をすれば解決する」
節水は水や電気の使用量を減らす意味があり、続けたい習慣です。ただ、水道の課題の多くは、管や施設の更新、事業の担い手の確保、資金といった、事業者側の構造にもあります。家庭の節水と並んで、地域の水道事業を知ることも大切です。
「水道料金が上がるのは、事業者の無駄づかいのせい」
料金の見直しの背景には、老朽化への対応や人口減少による収入の減少など、構造的な理由があります。もちろん、効率化の取り組みも必要です。ただ、一概に決めつけず、水道カルテのような公開データで、事業者ごとの状況を見て判断することが大切です。
私たちにできること|今日から始める3つの行動
規模の大きな問題でも、個人ができることはあります。いずれも特別な道具はいりません。
水道カルテで自分の地域を確認する
国土交通省のウェブサイトでは、全国の水道事業者のカルテが公開されています。事業者名で探して、料金回収率や耐震化率がどのグループに入っているかを見てみてください。グラフで示されているので、細かい数字が苦手な方でも、地域の状況をつかみやすい作りです。
家庭で飲み水を備える
地震や台風の多いこの季節は、備えを見直すのに向いています。内閣府の基準に基づいて自治体が案内している目安は、1人1日3リットルを最低3日分、つまり1人あたり9リットルです。4人家族なら36リットルになります。ペットボトルを日常で飲みながら買い足していく方法なら、無理なく続けられます。
自治体の説明や広報に目を向ける
水道料金の見直しや、広域連携の検討は、多くの場合、自治体の広報誌や説明会、意見募集で案内されます。目を通すだけでも、自分の暮らす地域の水道に関心を持つ一歩になります。
まとめ
世界では今も約21億人が、安全に管理された飲み水を使えていません。日本は蛇口をひねれば安全な水が出る国ですが、1人あたりで使える水資源は世界平均の約2分の1程度であり、老朽化した水道管や、渇水、料金の見直しといった課題は、すでに暮らしの近くにあります。
水道カルテで見えるように、課題の大きさは地域によって違います。だからこそ、自分の暮らす地域の水道事業を知ることが、水の「当たり前」を守る最初の行動になります。12月の国連水会議に向けて、世界の議論にも少しだけ目を向けてみてください。
まず1つだけ、水道カルテで自分の地域のグループを確認してみてください。
- 世界では約21億人が安全に管理された飲み水を使えていない(2024年時点)
- 日本の1人あたり水資源量は世界平均の約2分の1程度で、水道管の老朽化も進んでいる
- 水道カルテで、地域ごとの料金回収率や耐震化率を確認できる
- 2026年12月8〜10日に、アブダビで国連水会議が開かれる
- 飲み水の備蓄は1人1日3リットルを3日分以上が目安
参考文献
- UNICEF「Fast facts 1 in 4 people globally still lack access to safe drinking water」(2025年)
- 国連「2026 United Nations Water Conference」(2026年)
- UNEP-DHI「The United Nations World Water Development Report 2026」(2026年)
- 国土交通省「日本の水資源の現況(令和6年版)」(2025年)
- 国土交通省「水資源の利用状況」(2019年取水量ベース)
- 国土交通省「水道カルテ公表について」(2024年)
- 内閣官房「令和7年次水循環白書について」(2025年)
- 国土技術政策総合研究所「老朽水道管路の点検・更新に関する研究資料」(2026年)
- 秋田魁新報「40のダム貯水率、平年未満 18河川・湖で渇水対応」(2026年)
- 埼玉県「流域下水道管に起因する道路陥没事故の発生について(第17報)」(2025年)
- 国土交通省「水道の広域連携・官民連携に関する資料」(2025年)
- 神奈川県「災害時の水の備えはお済みですか。」(2025年)



