「社会的インパクトを測ってください」と助成団体や出資者から求められて、何から手をつければよいのか戸惑った経験はないでしょうか。「参加者数や配布数を数えれば十分なのでは」「数値にできない価値はどうなるのか」という疑問も、よく聞かれます。
この記事では、社会的インパクト測定の考え方と主な手法を、日本の制度と照らしながら整理します。手法をすべて覚える必要はありません。自分の活動にはどの手法が合うのか、最初の一歩をどこに置くかを判断できる状態を目指します。
社会的インパクト測定は、そもそも何を測るのか
まず用語の整理です。社会的インパクトとは、事業や活動によって生まれた社会的・環境的な変化のことです。短期の変化も、長期の変化も含まれます。測定とは、その変化を数字や言葉で把握し、活動の価値を見える形にする作業を指します。
「活動した量」と「生まれた変化」は別物です。ここを混同すると、測定の目的を見失いやすくなります。
アウトプットとアウトカムはどう違うのか
アウトプットは活動の直接の産物です。たとえば、学習支援教室を年に何回開いたか、何人が参加したかがこれにあたります。アウトカムは、その活動によって対象者に起きた変化です。参加した子どもの学習意欲がどう変わったか、不登校の日数がどうなったかといったことを指します。
よく「参加者が多ければ成果が出ている」と考えられがちです。しかし参加者数だけでは、参加した人の状況が良くなったのかは分かりません。測定が求めているのは、後者の変化です。
インパクトは「その活動があったから」の変化
インパクトは、アウトカムのうち、その活動がなければ起きなかった部分を指す場合があります。たとえば、支援を受けた人の就職率が上がったとしても、支援がなくても就職できた人が一定数いるかもしれません。そのため、国際的な議論では「その活動がどこまで貢献したか」が問われます。
ただし、小さな団体が最初から厳密な比較調査をするのは現実的ではありません。まずはアウトカムを定め、変化を追いかけることが出発点になります。
日本で社会的インパクト測定が広がった背景
次の疑問は、なぜ今それが求められるのかという点でしょう。背景には、民間の資金が社会課題の解決に使われる場面が増え、「資金に見合う成果があったか」を説明する必要が高まったことがあります。
内閣府の検討と評価の枠組みづくり
日本では、内閣府に置かれた検討ワーキング・グループが2016年3月に報告書をまとめ、社会的インパクト評価の基本的な考え方と今後の方向性を示しました。評価の目的を、事業の改善と、資金提供者などへの説明の両方に置いている点が特徴です。測定は「成績表」ではなく、活動をより良くするための道具として位置づけられています。
休眠預金と成果連動型の仕組み
休眠預金等活用法に基づく助成では、資金分配団体を通じて民間の公益活動に資金が流れます。休眠預金の活用を担う指定活用団体のJANPIA(一般財団法人日本民間公益活動連携機構)は、事業の評価を重視する姿勢を示しています。事前・中間・事後の評価を前提に、変化の道筋をロジックモデルなどで描くことが助成の枠組みに組み込まれていると説明されています。
成果連動型の仕組みであるソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)でも、測定は欠かせません。日本では2017年度に神戸市(糖尿病性腎症などの重症化予防)と八王子市(大腸がん検診などの受診勧奨)が取り組んだことが知られています。この仕組みでは、成果指標を事前に定め、その達成度に応じて支払いが決まります。「何をもって成果とするか」を最初に合意することが、事業の設計そのものになります。
測定が「求められる側」から「使いこなす側」へ
こうした流れで、測定は外から課される義務として受け止められがちです。しかし本来は、活動の現場が自分たちの変化の仮説を確かめ、改善に使うためのものです。助成の申請書を書くためだけの作業にしてしまうと、手間だけが増えて学びが残りません。
主な手法の違いを知る|ロジックモデル・SROI・IRIS+・IMPの5次元
手法は数多くありますが、役割が違います。「どれが一番優れているか」ではなく、「何に答えたいか」で選ぶのが基本です。
ロジックモデル|変化の道筋を1枚に描く
ロジックモデルは、インプット(資源)、活動、アウトプット、アウトカム、インパクトを矢印でつなぎ、変化が起きる道筋を図にしたものです。数値を計算する手法ではなく、測定の土台となる設計図です。
最大の利点は、関係者で「私たちが起こしたい変化」を共有できることです。測定の第一歩として、多くの場面でまず作られます。
SROI|社会的価値を金額に置き換える
SROI(社会的投資収益率)は、活動で生まれた社会的価値を金額に換算し、投入した資源と比べる手法です。たとえば、投入1円あたり社会的価値が何円生まれたかという比で表します。国際的な団体のSocial Value Internationalが、関係者の巻き込みや過大評価をしないことなどを含む8つの原則(Social Value Principles)を示しています。
金額にすると説明しやすくなる一方、換算の前提に左右されます。比率だけが独り歩きしないよう、どんな仮定で計算したかを併記することが大切です。
IRIS+|共通の指標から選ぶ
IRIS+は、インパクト投資家のネットワークであるGIINが整備している、インパクト指標のカタログです。教育、雇用、気候など分野ごとに、既存の標準的な指標が整理されています。指標を一から考えなくてよいため、他の組織と比較しやすくなります。
ただし、カタログの指標を選べば自動的に良い測定になるわけではありません。自分たちのロジックモデルに合う指標を選ぶ作業は、変わらず必要です。
IMPの5次元|5つの問いで全体を点検する
Impact Management Project(IMP)は、インパクトを5つの次元で捉える考え方を整理しました。具体的には「何の成果か」「誰が影響を受けるか」「どれくらいか」「その組織の貢献はどの程度か」「期待どおりにいかないリスクは何か」です。数値の計算方法ではなく、見落としがないかを確認するためのチェックリストとして役立ちます。
測定でよく見られる3つのつまずき
ここからは、公開されている相談事例や支援団体の解説に共通して見られる傾向をもとに、つまずきやすい点を3つのパターンに整理します。大規模な調査に基づくものではなく、実践に向けた目安として読んでください。
つまずき1|アウトプットで止まってしまう
「イベントを20回開いた」「相談を受けた件数」といった活動量の報告で終わるパターンです。数えやすい一方で、変化が起きたかは分かりません。アウトカムに「何が」「誰に」「どのくらい」変わるかを一文で書いてみると、足りない部分が見えてきます。
つまずき2|指標を欲張って現場が疲れる
指標を20個も30個も設定し、集計だけで現場が疲弊するパターンです。測定にかける手間は、活動に回すはずの力を奪います。最初は、最も重要なアウトカムに対して指標を1〜3つに絞るほうが続きます。
つまずき3|数字にならない変化を切り捨てる
「数値にできないから測らない」と判断してしまうパターンです。しかし、参加者の語りやアンケートの自由記述といった定性的な情報も、変化を伝える大切な証拠です。数字と言葉を組み合わせれば、説得力は高まります。
当事者の声を紹介するときは、本人の了承と匿名性の配慮が欠かせません。数字を整えるために、人の経験を材料のように扱わないことも、測定に携わる側の心がけです。
どの手法から始める?目的別の選び方
では、結局どれを選べばよいのでしょうか。目的別に考えると整理しやすくなります。
活動の設計を見直したい、関係者と目標を共有したいなら、ロジックモデルから始めるのが基本です。資金提供者に費用対効果を示したいなら、ロジックモデルを土台にSROIを検討する流れが考えられます。投資家向けに他社と比較しやすい報告をしたい場合は、IRIS+の指標を参考にします。事業全体の見落としを点検したいときは、IMPの5次元で問いを立てます。
どの場合も、ロジックモデルが共通の出発点になります。逆に、ロジックモデルなしに指標だけ先に決めると、前述のつまずき1や2に陥りやすくなります。小規模な団体や初めて取り組む部署なら、まずは1事業・1枚のロジックモデルから始めるのが現実的です。
今日から試せる1アクション
ここまで読んで「やるべきことは分かったが、時間がない」と感じた方も多いでしょう。そこで、今日できる最小の行動を1つに絞ります。
紙1枚に、自分たちの活動で「最終的に誰がどう変わってほしいか」を一文で書いてください。次に、その変化に向かう途中で起きるはずの小さな変化を、活動のすぐ後ろに1つ書き足します。この2つが書ければ、ロジックモデルの骨格はできています。
そのうえで、小さな変化を確かめる指標を1つだけ決めます。たとえば「参加者へのアンケートで、次回も参加したいと答えた人の割合」のようなものです。完璧な指標でなくて構いません。まず1つ測ってみて、役に立たなければ見直す、という進め方で十分です。
まとめ
社会的インパクト測定は、活動の量ではなく、活動によって生まれた変化を確かめる取り組みです。日本では、内閣府の検討や休眠預金の助成、SIBなどを通じて、その重要性が広く認識されるようになりました。
手法はそれぞれ役割が異なります。ロジックモデルが設計図、SROIが金額での価値の表現、IRIS+が共通指標の辞書、IMPの5次元が全体の点検表です。まずはロジックモデルで変化の道筋を描き、指標を絞って測り、数字と言葉の両方で伝えることが、無理なく続けるコツです。
測定は、評価されるためだけのものではなく、活動を良くするための道具です。まず1枚、変化の道筋を紙に書いてみてください。
- 測るべきは活動量(アウトプット)ではなく、対象者に起きた変化(アウトカム)
- 日本では内閣府の検討、休眠預金、SIBを通じて測定が広がった
- ロジックモデルが出発点で、SROI・IRIS+・IMPの5次元は目的に応じて組み合わせる
- 指標は欲張らず1〜3つに絞り、数字と言葉の両方で変化を伝える
- まずは紙1枚に「誰がどう変わるか」を書き出す
参考文献
- GIIN「IRIS+ System」(2026年参照)
- Social Value International「Social Value International」(2026年参照)
- 一般財団法人日本民間公益活動連携機構(JANPIA)「公式サイト」(2026年参照)

