フードデザートと聞くと、食料が手に入らない海外の貧困地域を思い浮かべる方が多いかもしれません。日本で語られるフードデザート(買い物弱者の問題)は、少し違う姿をしています。店が遠い、運転できない、重い荷物が持てない。そうした小さな不便が重なり、新鮮な食品を買いに行くこと自体が難しくなる状態です。この記事では、日本の現状と食料品アクセス困難人口の数え方を確かめたうえで、暮らしの中でできる備えまでを具体的に整理します。
日本のフードデザートの現状|約904万人という数字の意味
まず全体像から確認します。数字だけでなく、その数字が何を数えたものかを押さえておくと、この後の話が読みやすくなります。
全国で約904万人、65歳以上の4人に1人
農林水産政策研究所の推計では、2020年時点の食料品アクセス困難人口は全国で約904万人です。65歳以上人口に占める割合は25.6%と報告されています。高齢者のおよそ4人に1人が、生鮮食品を買うための環境に何らかの困難を抱え得る計算になります。
この数字は、過疎地だけの話ではありません。同研究所は、都市部でも高齢者を中心に、食料品の購入に不便や苦労を感じる人が増えているという認識を示しています。地方の問題と受け止めている方ほど、自分の暮らす街の状況を一度確かめてみる価値があります。
日本と海外で、問題の捉え方はどう違うか
海外のフードデザートは、低所得層が暮らす地域に健康的な食品を売る店が乏しいという、経済格差や居住の偏りの文脈で語られてきました。日本の議論では、高齢化、人口減少、商店の閉店、自動車に頼る暮らしが主な背景として語られます。
同じ言葉でも、何を問題にしているかが違います。日本では「食料を買えない」というより「買いに行く手段が細っていく」ことが中心にあります。このずれを知っておくと、海外の事例をそのまま日本に当てはめる誤解を避けられます。
「買い物弱者」「買物困難者」との関係
日本では、フードデザートという言葉と並んで「買い物弱者」「買い物難民」といった呼び方が使われています。経済産業省は買物弱者・買物困難者という言葉で流通の面から、農林水産省は食料品アクセスの面から、同じ課題に向き合ってきました。厚生労働省や国土交通省の資料では、高齢者の外出や地域交通の文脈で登場します。
呼び名が違えば、対象とする年齢も距離の基準も異なります。そのため、省庁ごとの数字を単純に並べて比べることはできません。
食料品アクセス困難人口の数え方|3つの条件を読み解く
「904万人」を正しく読むには、推計の組み立てを知ることが近道です。ここでは、数え方の骨格と、読むときの注意点を見ていきます。
数える対象は「店まで遠く、車を使いにくい高齢者」
農林水産政策研究所の考え方では、生鮮食料品を扱う店舗まで500m以上離れていて、かつ自動車を使いにくい65歳以上の人が対象です。条件は「店までの距離」「年齢」「移動手段」の3つに分けられます。
500mという距離は、高齢者が荷物を持って歩く負担を考えた目安として使われています。ただし、実際の負担は坂道や段差、天候で大きく変わります。地図上の距離は、暮らしの感覚を完全には映しません。
「食べ物が買えない人の数」ではない
この数字は、食事に困っている人や栄養不足の人の数ではありません。あくまで、アクセスの条件を満たす人の推計です。距離が遠くても、家族の送迎や宅配で十分に食料を確保できている人は多くいます。
一方で、条件に当てはまらなくても、体調や経済状況の理由で買い物に困っている人はいます。数字は問題の規模をつかむ目安として使い、個々の暮らしの実態は別に見る必要があります。
数字を見かけたら確認したい3つのこと
報道や資料で「〇〇万人」という数字に出会ったときは、次の3点を確認すると誤読を減らせます。
- どの機関が、どの年の推計か
- 対象の年齢と、店までの距離の基準は何か
- 「買えない人」ではなく「アクセス条件を数えた値」になっているか
この3点を確かめるだけでも、省庁間の数字の違いに振り回されにくくなります。
農村と都市の団地で違う、困りごとの現れ方
同じ「買い物の困難」でも、地域によって現れ方は大きく違います。対策を選ぶには、まず自分の地域がどちらの型に近いかを見分けることが出発点です。
中山間地域と過疎地では「店と足」が消える
人口が減ると、スーパーや個人商店が閉まり、残った店までの距離が伸びます。自家用車があるうちは何とかなっても、免許を返納したり体力が落ちたりした途端に、日常の買い物が成り立たなくなります。
この場合の課題は、店の有無よりも移動手段の有無です。バスの本数が減った地域では、買い物のために半日を使うことになります。店を一つ増やすだけでは解決しにくい理由がここにあります。
郊外の大規模団地では「近いのに買えない」が起きる
都市部でも、高度経済成長期に開発された大規模団地では、住民が一斉に高齢化しています。坂や階段の多い立地では、買い物袋を持ち帰ること自体が負担になります。団地内の商店街が縮小し、スーパーが遠くなった例もあります。
近くにコンビニがあっても、生鮮食品や総菜の品ぞろえが少なければ、食事は偏りやすくなります。地図上は店が近いのに、実際には欲しいものが買えない。こうしたずれが都市型の特徴です。
栄養の偏りと孤立という、もう一つの影響
買い物の不便さは、食事の内容にも影響します。野菜や魚、肉に手が届きにくくなると、保存のきく加工食品や菓子パンに頼る日が増えます。高齢者では、低栄養やフレイル(心身の虚弱)につながるおそれがあると指摘されています。
買い物は、栄養を得る場であると同時に、外に出て人と話す機会でもあります。その機会が失われれば、孤立が深まる可能性もあります。食と健康、人とのつながりは切り離せない問題です。
誤解されやすい3つのポイント
フードデザートの話題では、実態とずれた理解が広がりやすい面があります。当事者の視点に立って、誤解されやすい点を整理します。
「過疎地の問題」だけではない
最も多い誤解は、これを地方の問題と見ることです。実際には、都市部の団地や住宅街でも、高齢化と店の撤退が重なれば同じ困難が起こります。人口が多い地域ほど、該当する人の実数は多くなり得ます。
「店を増やせば解決」とは限らない
店ができても、そこまでの道が歩けなければ買い物は成り立ちません。品ぞろえや価格が合わなければ、使われないこともあります。必要なのは、店・移動・持ち帰りという一連の流れの中で、どこが詰まっているかを見極めることです。
本人が「困っている」と言うとは限らない
当事者は、迷惑をかけたくない気持ちから、困りごとを口に出さないことがあります。「まだ大丈夫」と話していても、実際には食事の回数や品数が減っている場合もあります。周囲が決めつけず、責めずに状況を聞く姿勢が大切です。
困りごとの3つの壁と、対策の選び方
対策は数多くありますが、どれが合うかは困りごとの種類で変わります。ここでは、公開情報にみられる傾向を3つの壁に分けて見ていきます。大規模調査の結果ではなく、自治体や事業者の取り組みから読み取れる整理です。
移動の壁|店まで行けない
運転をやめた、バスが減った、坂道がつらいといった悩みです。この壁には、人か店を動かす手立てが合います。移動販売、乗合タクシー、デマンド交通(予約に応じて走る交通)などです。
移動販売は、軽トラックなどに商品を積んで集落や住宅地を回る方式で、スーパーや生協、地域の事業者が各地で運行しています。ただし、採算の確保が難しく、継続には自治体の補助や複数事業者の連携が欠かせない例が多いようです。
持ち帰りの壁|買えても運べない
店には行けるものの、米や飲料、野菜などの重いものを運べない悩みです。宅配、配食、ネットスーパー、店から自宅までの配達サービスが向いています。
使えるかどうかは、スマートフォンの操作への慣れ、通信環境、送料に左右されます。遠方の家族が注文を代行するなど、使い方の工夫で壁を下げられる場合もあります。
選べない壁|品ぞろえが偏る
近くに店はあるものの、生鮮食品が少なく、食事が固定化していく悩みです。小さな店への生鮮コーナー設置の支援や、地域の産直・共同購入が選択肢になります。「店がある」ことと「選べる」ことは別物です。
対策を選ぶときの3つの物差し
どの対策が自分の地域に合うかは、次の3点で見ると判断しやすくなります。
- 困りごとはどの壁か(移動・持ち帰り・選べない)
- 担い手と財源は続けられるか(補助が終わった後も残るか)
- 使う人が無理なく使えるか(操作・料金・時間帯)
数字や話題性より、続けられるかどうかと本当に使えるかどうかを見るほうが、長い目では確かな判断につながります。
日本各地の実践にみられる、4つのタイプ
各地の取り組みは、運営の主体によって大きく4つのタイプに分けて考えられます。個別の事例を追う前に、型の違いを知っておくと、自分の地域に近い例を探しやすくなります。
事業者が運営するタイプ
スーパー、コンビニ、生協などが、移動販売や宅配、ネットスーパーを展開するタイプです。品ぞろえや品質の管理が安定している一方、利用者が少ない地域では採算が課題になります。
自治体が仕組みを支えるタイプ
自治体が、移動販売の運行費を補助したり、乗合タクシーやデマンド交通を運営したりするタイプです。買い物のためだけでなく、通院や外出を含めた地域交通として設計すると、使われ続けやすくなります。
住民が主体となる共助のタイプ
住民が出資して地域の店を守ったり、互助型の送迎や見守りを兼ねた買い物支援を行ったりするタイプです。顔の見える関係で細かな要望に応えられる反面、担い手の高齢化や負担の偏りが課題になりやすい面があります。
複数の主体を組み合わせるタイプ
事業者が商品を運び、自治体が補助し、住民が見守りを担うなど、役割を分け合うタイプです。単独の主体より続けやすいとされ、各地で試行が重ねられています。自分の地域で相談する際にも、どの主体が何を担えるかを考える手がかりになります。
暮らしの中でできる備え|今日から確認する3つの行動
大きな対策は自治体や事業者の力が必要です。そのうえで、個人が最初にできることは、現状を知ることです。
自分や家族の地域を書き出す
地図を開き、暮らす地域について次の3つを書き出してみてください。
- 徒歩圏(目安として500m)で生鮮食品を買える店はあるか
- その店までの道に、坂・階段・横断しにくい道路はないか
- 車を使えなくなったとき、頼れる交通手段や宅配はあるか
書き出すだけでも、自分にとっての壁が移動・持ち帰り・選べないのどれに近いかが見えてきます。
離れて暮らす家族には、責めずに聞く
親や祖父母が離れて暮らしている場合は、電話のついでに「買い物はどうしているの」と聞いてみてください。「危ないから運転をやめて」といった言い方は、本人の自立心を傷つけることがあります。
会話の中で状況が分かれば、宅配の申し込みの手伝いや、自治体の相談窓口、地域包括支援センターへの橋渡しにつなげられます。
地域の情報を集めておく
お住まいの市区町村の窓口や社会福祉協議会に、移動販売や買い物支援、配食サービスの情報があるか問い合わせておく方法もあります。使う場面が来る前に連絡先を控えておくと、いざというときに慌てずに済みます。災害で店が休業したときの備えにも通じます。
まとめ
日本のフードデザートは、飢えそのものというより、店が遠い、移動しにくい、運べないといったアクセスの問題として表れています。農林水産政策研究所の推計では、2020年時点で約904万人、65歳以上の25.6%が該当するとされています。過疎地だけでなく、都市部の団地にも広がっています。
数字は、店までの距離、年齢、移動手段という条件を数えたもので、食べ物が買えない人の数ではありません。省庁ごとに定義が違うため、数字は定義とあわせて読むことが欠かせません。対策は、移動・持ち帰り・選べないという3つの壁に分けると選びやすくなります。続けられる担い手と財源があるか、使う人が無理なく使えるかを見る視点が大切です。
個人にできることは、地域の買い物環境を確かめ、身近な人と話すことから始まります。まず1つだけ、地図を開いて、家の近くの生鮮食品を買える店を確認してみてください。
- 食料品アクセス困難人口は、店まで500m以上かつ車を使いにくい65歳以上を数えた推計で、2020年は約904万人
- 数字は「食べ物が買えない人」ではなく、アクセス条件の値として読む
- 農村では店と足の消失、都市の団地では持ち帰りや品ぞろえの偏りが目立つ
- 対策は移動・持ち帰り・選べないの3つの壁に分け、続けられるかで選ぶ
- まずは自分や家族の暮らす地域の徒歩圏の店と、代わりの手段を書き出す
参考文献
- 農林水産政策研究所「食料品アクセス(買い物弱者・フードデザート)問題」(2023年)
- 農林水産省「食料・農業・農村白書」(2024年)

