パワハラ対策は、会社が整える仕組みと、働く一人ひとりが知っておく初動の両方がそろって初めて機能します。厚生労働省の「令和6年度個別労働紛争解決制度の施行状況」では、労働局などに寄せられた民事上の個別労働紛争相談のうち「いじめ・嫌がらせ」が54,987件でした。13年連続で最多の相談内容です。
2026年10月1日にはカスタマーハラスメント(カスハラ)対策と就活セクハラ対策が全事業主の義務になり、職場のハラスメント対策の枠組みも広がりました。この記事では、公的な調査の数字、企業に課されている義務、被害に気づいたときの初動、管理職が加害者にならないための視点を、一次資料にもとづいて整理します。
パワハラの定義と6類型を先に押さえる
対策を考える前に、何がパワハラに当たるのかを共通の物差しで確認します。感覚だけで「厳しい指導」か「パワハラ」かを議論すると、当事者同士で話がかみ合わなくなるためです。
法律上の3要素
労働施策総合推進法では、職場のパワーハラスメントを次の3つの要素をすべて満たすものと整理しています。1つ目は、職場での優越的な関係を背景とした言動であること。2つ目は、業務上必要かつ相当な範囲を超えていること。3つ目は、労働者の就業環境が害されることです。
ここで見落とされやすいのは「優越的な関係」が上司と部下の関係に限られない点です。専門知識や経験を持つ同僚、人数の多い集団が相手の場合も、抵抗や拒絶が難しければ優越的な関係にあたりえます。
厚生労働省が示す6類型
厚生労働省の指針は、典型的な例を6つの類型で示しています。身体的な攻撃、精神的な攻撃、人間関係からの切り離し、過大な要求、過小な要求、個の侵害(私的領域への過度な立ち入り)です。
この6類型は、すべてを網羅した一覧ではありません。個別の事案がパワハラにあたるかどうかは、言動の目的、回数、場所、受け手との関係など、状況を踏まえて判断されます。逆に言えば、6類型のどれにも一見当てはまらないからといって、問題がないとは言い切れません。
業務上の指導との違い
指針は「業務上必要かつ相当な範囲」の指導はパワハラにあたらないとしています。業務に必要な指示や注意そのものは問題ではなく、人格を否定する言い方や、必要以上に長く繰り返す叱責、他の社員の前での見せしめのような叱り方が問題になります。
数字で見る日本の職場のパワハラ
対策の優先順位を考えるには、感覚ではなく数字で現状を見る必要があります。公的な調査から、経験率、相談件数、相談しにくさの3点を確認します。
経験率は低下したが、身近な問題のまま
厚生労働省の「令和5年度職場のハラスメントに関する実態調査」では、過去3年間に勤務先でパワハラを経験した人の割合は19.3%でした。令和2年度調査の31.4%から12.1ポイント低下しています。セクハラは6.3%、顧客等からの著しい迷惑行為は10.8%で、いずれも前回より下がっています。
低下は対策が浸透した結果とも読めます。ただし、調査の回答者や設問の違いもあるため、この数字だけで「問題は解決に向かっている」とは言えません。厚生労働省自身も、少なくとも5人に1人が経験する身近な問題としています。
労働局への相談は高止まり
同じ調査では、過去3年間にパワハラの相談があった企業は64.2%でした。企業側から見ても、パワハラは例外的な出来事ではありません。
公的な相談窓口の数字も同じ方向を示しています。令和6年度の総合労働相談件数は120万1,881件で、5年連続で120万件を超えました。そのうち「いじめ・嫌がらせ」は、前年度比8.5%減とはいえ、54,987件で13年連続の最多です。
被害を受けても「何もしなかった」が最多
見逃せないのは、ハラスメントを受けた後の行動です。令和5年度調査の報告では、パワハラを受けた人の行動として「何もしなかった」が最も多い回答でした。相談窓口を設けている企業は多い一方で、使われているとは限りません。
制度があることと、制度が使われることは別の話です。環境NGOでキャンペーンを設計してきた立場からも、仕組みを作っただけでは人は動かず、「相談しても大丈夫だ」と思える具体的な根拠と手順があって初めて行動が変わる、と感じています。この視点は、後の節の初動の組み立てにも反映しています。
企業に義務づけられているパワハラ対策
パワハラ対策は、企業の「努力」ではなく法律上の義務です。ここでは、どの企業が何をしなければならないのかを整理します。
雇用管理上の措置義務
労働施策総合推進法にもとづき、事業主にはパワハラ防止のための雇用管理上の措置を講じる義務があります。大企業は2020年6月から、中小企業は2022年4月から義務化されています。現在は企業規模にかかわらず義務です。
指針が求める措置は、大きく4つに分けられます。1つ目は、パワハラを許さない方針の明確化と、管理職を含む労働者への周知・啓発です。2つ目は、相談に応じ適切に対応するための体制の整備。3つ目は、パワハラが起きたときの迅速で適切な事後対応。4つ目は、相談者や行為者のプライバシー保護と、相談したことを理由とした不利益な取扱いの禁止の周知です。
2026年10月1日から加わったカスハラ・就活セクハラ対策
令和7年(2025年)6月の法改正により、2026年10月1日から、すべての事業主にカスタマーハラスメント防止のための雇用管理上の措置が義務づけられました。あわせて、就職活動中の学生など求職者へのセクシュアルハラスメントを防ぐ措置も義務になりました。カスハラ対策の指針は2026年2月に公表されています。
施行からまだ日が浅く、自社の就業規則や相談窓口の案内を見直している最中という職場もあるはずです。パワハラ、セクハラ、カスハラは別々の制度として見えますが、相談窓口や不利益取扱いの禁止といった骨格は共通します。窓口が1つに整理されていれば、働く側も「どこに言えばよいか」で迷いにくくなります。
従業員が確認できる3つのポイント
自社の対策が機能しているかは、次の3点で外から確認できます。就業規則や社内規程にハラスメント禁止の方針が書かれていること。相談窓口の連絡先が、入社時や研修で周知されていること。相談を理由に不利益な扱いをしないと明示されていること。どれか1つでも見つからなければ、人事や総務に「規程はどこで見られますか」と尋ねるだけでも、状況を確かめる第一歩になります。
被害を受けたとき、見かけたときの初動
パワハラの被害に気づいたとき、最初に求められるのは我慢でも反論でもなく、状況を残すことです。判断に迷う段階でも、動ける手順を持っておくと選択肢が広がります。
まず記録を残す
相談や申立てをするとき、事実関係を示す記録があると、状況が正確に伝わります。完璧な証拠である必要はありません。日付、時間帯、場所、相手、言われたこと・されたことをそのまま、後から思い出せる形でメモします。
メールやチャットの文面、業務指示の履歴、通院した場合の診断書や領収書も記録になります。立ち会った人がいれば、その名前も控えておきます。自分の端末にメモを残すときは、会社の端末ではなく私物で保管するほうが安全です。
相談先は社内だけではない
社内の相談窓口や上司以外の管理職、労働組合は最初の選択肢です。社内で解決が難しい、または窓口に相談しにくい場合は、外部の窓口を使えます。
- 各都道府県労働局や労働基準監督署内の「総合労働相談コーナー」(無料)- 労働局による助言・指導やあっせんの制度- 弁護士会や法テラスの法律相談- 厚生労働省の「こころの耳」など、心身の不調を相談できる窓口
メンタル面の不調が出ている場合は、記録と並行して医療機関の受診を優先してください。法的な手続きより、まず自分の健康を守ることが先です。
周囲の人にできること
被害者本人でなくても、同僚として見かけたときにできることがあります。その場で止めるのが難しければ、後で本人に声をかけ、相談窓口の存在を伝えるだけでも意味があります。目撃した内容を日付とともにメモしておくと、本人が相談するときの助けになります。
管理職・同僚が加害者にならないために
対策は被害者のためだけにあるのではありません。指導する側が「どこからが問題か」を把握しておくことは、自分と部下の双方を守ります。
指導前に確認したい5つのこと
次の5つを順に確認すると、指導の「相当性」を自分で点検しやすくなります。
- その指導は、業務上の目的に直接結びついているか
- 人格や能力そのものではなく、具体的な行動や成果について話しているか
- 他の社員の前ではなく、適切な場所と時間を選んでいるか
- 感情的になっていないか、同じ指摘を長時間繰り返していないか
- 改善のために何をすればよいか、相手に伝わる形で示しているか
一つでも「いいえ」があれば、言い方や場を変える余地があります。
「受け手がどう感じるか」を前提にする
指導する側にとっては適切なつもりでも、受け手には強い圧力に感じられることがあります。パワハラの判断は、行為者の意図だけでなく、言動の内容や状況から客観的に見て行われます。
特に、リモートワークやチャットでのやりとりでは、文面だけで強い口調に受け取られやすくなります。短い指示を即座に返すよりも、背景と期待を一言添えるほうが、誤解を減らせます。
部下の変化に気づく
長時間労働や急な欠勤、表情や発言の変化は、ハラスメントの兆候であると同時に、他の要因の兆候でもあります。決めつけて問い詰めるのではなく、1対1で話す時間をとり、「困っていることはないか」と聞く機会をつくることが現実的です。
迷いやすい3つの分かれ道|公開されている情報の整理から
公的な相談窓口の解説や、公開されている相談事例を見渡すと、パワハラをめぐる迷いは次の3か所に集中しているように見えます。大規模な調査にもとづく数字ではなく、公開情報から見える傾向としての整理です。
指導なのかパワハラなのか、判断がつかない
最も多い迷いは、受けた言動が「厳しい指導」なのか「パワハラ」なのかという線引きです。手がかりは、前述の「業務上必要かつ相当」という基準に照らし、目的、回数、言い方、人格否定の有無を分けて見ることです。「パワハラかどうか」を自分だけで結論づける必要はなく、相談窓口に「これは該当するでしょうか」と尋ねる使い方もできます。
相談したら不利になるのではという不安
2つ目は、相談したことで評価や配置に響くのではないかという不安です。法律上、相談したことを理由とする不利益な取扱いは禁止されており、企業にはこの禁止を周知する義務があります。それでも、人事担当者が顔の見える関係の小さな職場では、心理的なハードルは残ります。その場合は、社外の総合労働相談コーナーなど、利害のない窓口を最初の相談先に選ぶ考え方があります。
証拠が足りないから動けないという思い込み
3つ目は「証拠がないから相談できない」という思い込みです。相談の段階では、証拠が揃っている必要はありません。記憶にある範囲のメモでも、窓口で状況を整理する材料になります。記録は相談してから足していくこともできます。
今日から試せる1アクション
ここまでの内容を、読者が今日から実行できる一つの行動にまとめます。制度を知っているだけで終わらせず、使える状態にしておくことが目的です。
就業規則と相談窓口の場所を確認する
最初の1アクションは、自社のハラスメント相談窓口の連絡先と、就業規則の該当ページの場所を確認することです。社内ポータルや就業規則の中に、ハラスメントの禁止規定と相談窓口が書かれているはずです。見つかったら、スマートフォンのメモに「窓口の名称と連絡先」だけ書き留めてください。
見つからなかったときの次の一歩
規程や窓口が見つからない場合は、人事や総務に「ハラスメントの相談窓口はどこですか」と尋ねてみてください。その問いかけ自体が、窓口を周知する契機になる場合があります。社内で聞きづらければ、お住まいの都道府県の労働局にある総合労働相談コーナーの場所を調べておくだけでも、いざというときの動き出しが早くなります。
まず1つだけ、窓口の連絡先を控えるところから始めてみてください。
まとめ
パワハラ対策は、定義の理解、現状の把握、企業の義務の確認、個人の初動の4つに分けて考えると整理しやすくなります。調査上の経験率は下がっているものの、労働局への「いじめ・嫌がらせ」の相談は54,987件で13年連続最多であり、身近な課題であることに変わりはありません。
2026年10月からはカスハラ・就活セクハラ対策も義務に加わり、職場のハラスメント対策の範囲は広がりました。企業は方針の明確化、相談体制、事後対応、プライバシー保護と不利益取扱いの禁止を整えることが求められます。働く側は、制度の有無を確かめ、記録を残し、社内外の窓口を使い分けることで、動ける選択肢を持てます。
被害を受けた人が「何もしなかった」を選ぶ状況を減らすには、制度だけでなく、使い方が知られていることが欠かせません。
- パワハラは、優越的な関係、業務上必要かつ相当な範囲の超過、就業環境の悪化という3要素で判断される
- 令和5年度調査のパワハラ経験率は19.3%で、令和6年度の「いじめ・嫌がらせ」相談は54,987件と13年連続で最多
- 企業には、方針の明確化、相談体制、事後対応、不利益取扱いの禁止の周知が義務づけられている
- 2026年10月1日から、カスハラ対策と就活セクハラ対策も全事業主の義務になった
- 記録は不完全でもよく、社内の窓口に加えて総合労働相談コーナーなど外部の窓口も使える
参考文献
- 厚生労働省「令和5年度職場のハラスメントに関する実態調査」(2024年)
- 厚生労働省「職場におけるハラスメント防止対策について」
- 政府広報オンライン「カスハラとは?法改正により義務化されるカスハラ対策の内容」(2025年)

