日本では今も、約9人に1人の子どもが貧困状態にあるとされています。「先進国」として語られる日本において、その事実は多くの人に見えにくいままです。しかし、経済的な困難は子どもの学びと育ちに静かに、そして深く影を落とします。生まれた家庭の経済状況が、子どもの教育機会を左右し、将来の可能性まで縛ってしまう——この「貧困の連鎖」を断ち切ろうと、いま国・自治体・NPO・企業が連携した取り組みが広がっています。
日本の子どもの貧困、いまどこまで深刻か
厚生労働省が2023年に公表した報告書によると、日本の子どもの相対的貧困率は11.5%(2021年)でした。これは、日本の子どものおよそ9人に1人が相対的貧困状態にあることを示しています。
相対的貧困とは「絶対的な飢え」とは異なります。
その国の文化水準・生活水準と比較して困窮した状態を指し、たとえばひとり親の親子2人世帯では年間180万円未満の等価可処分所得の世帯が該当します。外見だけでは貧困であることの認知が難しく、これまで長年問題が放置されてきた側面があります。
特に深刻なのがひとり親世帯の状況です。
大人が1人の世帯(ひとり親世帯)の相対的貧困率は44.5%と約半数を占めており、大人が2人以上いる世帯の8.6%と比べて際立って高い水準にあります。
10歳から広がる「学力の溝」
貧困が教育格差に直結するメカニズムは、子どもが成長するにつれて鮮明になります。
貧困状態にある子どもの学力は10歳(小学4年生)ごろから差が顕在化しやすいとされています。小学校3年生までは読み書き・計算の基本学習だけなので学力に差が出ることはありませんが、4年生になると基礎知識を活かした応用問題が増えるため、差が顕著になってくるという見方があります。
その背景には、放課後の教育機会の格差があります。
文部科学省の「令和3年度子供の学習費調査」によると、家庭が自己負担する教育支出のうち約6〜7割が学校外活動費(学習塾や習い事等の費用)となっており、日本では経済格差による教育格差は放課後に生まれやすくなっています。世帯収入200万円未満の世帯と1,500万円以上の世帯では、学校外教育支出に約3倍もの格差が生じています。
さらに、こうした教育格差は進学格差へ、そして生涯収入格差へと連鎖するという懸念があります。
各種調査によると、全世帯の子どもと比べて、ひとり親家庭・生活保護世帯・児童養護施設出身の子どもでは大学進学率が大きく低下するとされており、貧困の世代間連鎖につながるという見方があります。
法律の「名前」が変わった背景
こうした現状を受け、日本の子どもの貧困対策は近年、法制度の面でも大きな転換を迎えました。
子どもの貧困対策法の改正案が2024年に成立し、法律名に「こどもの貧困の解消」が明記されるなど大幅な改正となりました。
今回の改正においては、こども大綱において「こどもの貧困を解消し、貧困による困難を、こどもたちが強いられることがないような社会をつくる」ことが明記されたことを踏まえ、法律の題名に「貧困の解消」が盛り込まれました。
これは、「対策を講じる」という姿勢から「解消する」という目標への、言葉に込められた姿勢の転換とも言えます。
改正にあたっては、あすのば・キッズドア・しんぐるまざあず・ふぉーらむ・セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン・Learning for Allの5団体が、超党派の「子どもの貧困対策推進議員連盟」へ法改正の共同提言を行い、その多くの要望が盛り込まれた内容となったとされています。
国・自治体・NPO、それぞれの役割
現在、子どもの貧困対策は複数の省庁と民間が連携して進められています。
こども家庭庁・文部科学省・厚生労働省などの関係省庁が連携して取り組んでおり、文部科学省は幼児期から高等教育段階までの切れ目のない教育費の負担軽減のほか、スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーの配置等による教育相談体制の整備に取り組んでいます。
民間の支援現場では、より直接的なアプローチが広がっています。
NPO法人むすびえなどは、全国各地のこども食堂をネットワーク化し、地域の子どもやその家庭が気軽に集まれる居場所づくりを支援しています。こども食堂を通じて、食事の提供だけでなく、子どもたちが安心して過ごせる場所や地域とのつながりを感じられる環境を整えています。
また、こども家庭庁は「こどもの未来応援国民運動」を推進しており、支援したい人や企業と、草の根でこどもたちを支えているNPO等の団体を結びつけ、国や自治体が行う施策を促進させる取り組みを進めているとされています。企業や個人から広く寄付を募り、学習支援団体やこども食堂、フードバンクなど、全国でこどもを支援する団体の運営資金として提供する「こどもの未来応援基金」もその柱の一つとされています。
「体験格差」という新たな課題
近年、注目されつつあるのが「体験格差」という概念です。
2022年にチャンス・フォー・チルドレンが行った調査でも、子どもの学習活動だけでなく、スポーツ・文化芸術活動・自然体験や社会体験などの体験活動についても、家庭の経済状況等による格差が生じていることが明らかになっています。
こうした教育機会の格差は子どもの学力格差や進学格差を生み、将来的には職業選択にも影響を及ぼし、貧困の世代間連鎖を生むことが懸念されています。学習塾に通えないことだけでなく、キャンプや文化鑑賞、部活以外のスポーツ体験など、「お金がかかる経験」を積めないことが、子どもの自己効力感や視野の広さにも影響するという見方があります。
私たちにできること
子どもの貧困は、個人や家庭だけの問題ではありません。
こども家庭庁も「子育てや貧困の問題を家庭のみの責任とするのではなく、社会全体で解決することが重要」と位置づけており、貧困の連鎖を断ち切るためには社会全体でのアプローチが求められます。
私たちが今日から取れるアクションは、大きくなくても確かにあります。
まず、知ること。子どもの貧困は「見えにくい貧困」だからこそ、その実態を知り、周囲に伝えることが第一歩です。次に、支援団体へのかかわり。NPOへの寄付やボランティア参加は、地域の子どもたちの居場所を支える力になります。さらに、企業や自治体での取り組み支援。CSR・SDGs活動として子どもの貧困対策NPOと連携する企業の取り組みを応援することも、社会を動かす力になります。
「子どもの将来がその生まれ育った環境によって左右されることのない社会を実現する」——これが、法律が掲げる根本的な目標です。
その言葉を現実のものにするために、いま一人ひとりの関心と行動が問われています。

