サステナビリティ報告書とは、企業が環境や社会への取り組みとその成果を、投資家・取引先・消費者などに向けて公表する報告書のことです。長いあいだ企業が自主的に出す書類でしたが、日本では2023年から有価証券報告書にサステナビリティの記載欄ができ、2026年2月には国際基準に沿った開示を義務づける制度が公布されました。
定義だけを知っても、手元の1冊を読むときの役に立つとは限りません。そこでこの記事では、制度がいまどこまで進んだのか、似た名前の報告書は何が違うのか、日本企業はどう出し分けているのか、読むならどこから開けばよいのかを順に整理します。
「任意の報告書」と「義務の開示」が並走している|2026年の現在地
サステナビリティ報告書そのものには、発行を義務づける法律はありません。ただし、「サステナビリティ情報は企業の自由な発信だけ」という状況は変わりつつあります。上場企業が法律に基づいて出す有価証券報告書の側に、サステナビリティの記載が入ってきたからです。この2本立てを理解すると、報告書の位置づけが見えやすくなります。
2023年から有価証券報告書にサステナビリティ欄が加わった
2023年1月31日に企業内容等の開示に関する内閣府令が改正され、有価証券報告書の「事業の状況」に「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が新設されました。2023年3月31日以後に終了する事業年度の報告書から適用されています。
あわせて「従業員の状況」では、管理職に占める女性労働者の割合、男性労働者の育児休業取得率、男女の賃金の差異の3指標も求められるようになりました。これらは法律にもとづく開示なので、企業が自由に項目を選べる任意の報告書とは性格が異なります。
2026年2月にSSBJ基準の適用を定めた府令が公布された
2026年2月20日には、サステナビリティ開示基準委員会(SSBJ)が策定した基準にもとづく開示を、有価証券報告書で求める内閣府令の改正が公布・施行されました。SSBJ基準は、国際的な投資家向け基準であるISSB基準を土台に、日本向けに整えたものです。
金融庁の公表資料と監査法人の解説によると、適用は東証プライム市場の大企業から段階的に始まります。
- 平均時価総額3兆円以上のプライム上場会社は、2027年3月31日以後に終了する事業年度から
- 平均時価総額1兆円以上のプライム上場会社は、2028年3月31日以後に終了する事業年度から
平均時価総額は、前事業年度末とその前4事業年度末の時価総額の平均で判定されます。上記以外の会社に義務はありませんが、SSBJ基準に従って記載することは可能です。適用の開始年度とその翌年度は、有価証券報告書での記載を省き、翌期の半期報告書の提出期限までに訂正報告書で補う「二段階開示」も認められています。
人的資本の開示も2026年3月期から厚くなった
同じ府令改正で、2026年3月31日以後に終了する事業年度の有価証券報告書から、人的資本の開示も拡充されました。連結経営戦略と結びつけた人材戦略、従業員の給与等の決定方針、提出会社の平均給与の対前年増減率などが、新たに記載事項に加わっています。
つまり、サステナビリティ報告書に「人を大切にしています」と書くだけでなく、同じテーマを法定書類にも具体的に書く企業が増えていきます。同じ企業の2つの書類を読み比べれば、言っていることが一致しているかを確かめられます。
似た名前の報告書を見分ける|サステナビリティ報告書・CSR報告書・統合報告書・有価証券報告書
企業のウェブサイトの「IR」や「サステナビリティ」のページには、似た名前の書類が並んでいます。名称は企業ごとに自由に付けられるため、タイトルだけで内容は判断できません。目的と読者を軸に整理すると、迷いにくくなります。
サステナビリティ報告書とCSR報告書
どちらも、環境・社会・ガバナンスへの取り組みを幅広い読者に伝える任意の報告書です。CSR報告書は「企業の社会的責任」を軸に、サステナビリティ報告書は「持続可能な社会と企業の長期的な価値」を軸に書かれる傾向があります。ただし両者の境界は企業によってあいまいで、名称だけを変えて同じ構成を続けている企業もあります。
統合報告書
統合報告書は、財務情報とESGなどの非財務情報を一つの流れで説明する報告書で、主な読み手は投資家です。事業戦略や資本の使い方と、サステナビリティの取り組みがどうつながるかを説明するのが役割です。
有価証券報告書
有価証券報告書は、金融商品取引法にもとづいて上場企業などが提出する法定書類です。前の節で見たとおり、サステナビリティの記載欄が設けられています。任意の報告書と違い、記載の考え方に一定の決まりがあり、虚偽記載には責任が生じます。
次の表のように、「誰に向けて」「自由度はどうか」で見分けると整理できます。
- サステナビリティ報告書・CSR報告書は、幅広い読者に向けた任意の報告書で、構成の自由度が高い
- 統合報告書は、投資家向けに財務とサステナビリティを結びつけて説明する任意の報告書
- 有価証券報告書は、投資家向けの法定書類で、記載の決まりがあり、サステナビリティ欄も含む
日本企業はどう出し分けているか|日本製鉄とキヤノンの例
同じ「サステナビリティ情報の開示」でも、企業によって書類の出し分けは大きく異なります。ここでは、公式発表で確認できる2社を例に、近い時期に別々の判断をしている様子を見ます。
1冊にまとめた日本製鉄
日本製鉄は2024年9月30日に「統合報告書2024」を公開しました。同社は2019年から統合報告書とサステナビリティレポートを毎年発行してきましたが、2024年版では重なる内容を整理して1冊にまとめ、サステナビリティレポートの発行は終了しています。発表では、ウェブでの閲覧を前提にした作りにしたことと、カーボンニュートラルに向けた3つの課題、TNFD提言に沿った開示、人権方針などを新たに盛り込んだことが示されています。
2冊を並行して出すキヤノン
キヤノンは2024年4月25日に「統合報告書2024」と「サステナビリティレポート2024」の2冊を同時に発行しました。公式発表によると、統合報告書は経営計画や事業・財務・人材などの戦略、ESG情報をまとめて中長期の価値創造を紹介する書類で、2024年版では資本コストやROEを踏まえた財務戦略など投資家向けの情報を新たに載せています。サステナビリティレポートは、製品・技術・ソリューションによる社会課題の解決への取り組みが中心です。2025年にも同じ組み合わせで発行されています。
統合報告書の発行は広がっている
KPMGジャパンの「日本の企業報告に関する調査2023」によると、2023年に統合報告書を発行した組織は1,017でした。2023年9月末時点の東証プライム上場1,830社のうち、880社が統合報告書を発行しています。
読者にとっての実用的な意味は、「サステナビリティ報告書」という名前の書類を探しても、目当ての情報が見つからないことがある点です。企業によっては統合報告書の中にサステナビリティの章があり、別冊のデータ集が付くこともあります。企業のウェブサイトでは、まず「サステナビリティ」と「IR」の両方のページをのぞくのが近道です。
GRI・ISSB・SSBJ|基準の名前が違うと何が変わるか
報告書を開くと、「GRIスタンダードを参照」「ISSB基準に沿って開示」などの記載を見かけます。基準の名前は、その報告書が「誰に向けて何を書くか」を決める枠組みの違いを示しています。
GRIは社会全体への説明、ISSBは投資家への説明
GRIは、企業が経済・環境・社会に与える影響を、幅広いステークホルダーに説明するための基準です。一方、ISSBが策定したIFRS S1・S2は、企業価値の評価に関わるサステナビリティ情報を、資本市場の参加者に向けて開示するための基準です。
SSBJはISSBの日本版
SSBJ基準は、ISSB基準の内容をすべて取り入れたうえで、日本向けに必要な調整を加えたものです。基準は2025年3月に公表され、構成は全般的な要求事項を定める基準と、気候関連の基準の二つが中心です。主にプライム市場の上場企業での適用を想定しており、それ以外の企業が任意で適用することもできます。
GRIとISSBの接点も広がっている
GRIとISSBは対立する関係ではありません。2025年6月にはIFRS財団が、GRIの新しい気候関連基準(GRI 102)について、温室効果ガス排出量の開示に限りIFRS S2との同等性を認めたと公表しました。排出量の開示を1セット作れば、両方の基準の要求を満たせるということです。
読者としては、「GRIを参照している報告書」は社会や環境への影響を幅広く伝える意図が強く、「ISSBやSSBJに沿った開示」は投資判断に使われる情報を意識している、と見当をつけると読みやすくなります。
報告書を開いたら最初に見る4つのポイント
数十〜百ページを超える報告書を、最初から順に読む必要はありません。企業の姿勢が表れやすい4か所を拾い読みするだけでも、印象は大きく変わります。
目標と実績が並んでいるか
「2030年までにCO2排出量を半減」のような目標が、直近の実績と対比して書かれているかを確かめます。目標だけが並び、実績が載っていない報告書や、目標を達成できなかった年の理由が書かれていない報告書は、進み具合を測りにくくなります。
数字の範囲と算定方法が示されているか
温室効果ガスの排出量などの数値は、単体か連結か、どの範囲の事業を含むかで大きく変わります。「対象範囲」「算定方法」「基準年」の三つが明記されているかは、数字の信頼性を判断する出発点です。サプライチェーン全体の排出量まで触れているかも、取り組みの本気度を見る手がかりになります。
第三者の確認が入っているか
数値に対して、外部の第三者が確認した旨の「第三者保証」や「第三者検証」の記載があるかどうかも見ます。保証がなければ内容が誤りとは限りませんが、保証がある数値は、少なくとも外部の目を通っています。どの項目が対象で、どの範囲が対象外かまで書かれているかを確認してください。
達成できなかったことや課題が書かれているか
事故、不祥事、人権・労働に関する指摘、目標の未達といった内容が、どう扱われているかも手がかりになります。良い話だけが並んでいる報告書より、課題と対応策が一緒に書かれている報告書のほうが、読み手にとっては判断材料が多くなります。
誤解されやすい3つのポイント
制度が変わる途中の時期は、情報が古いまま広まりやすくなります。ここでは、読者が混同しやすい点を整理します。
「報告書は全部、発行が義務」ではない
サステナビリティ報告書やCSR報告書、統合報告書は、いまも法律で発行が義務づけられた書類ではありません。義務の対象になるのは、有価証券報告書に記載するサステナビリティ情報のほうです。ただし、その開示基準はプライム市場の大企業から段階的に適用されるため、中小の上場企業や非上場企業の報告書は、これまでどおり任意の発信が中心です。
「報告書がある企業は環境に良い企業」とは限らない
報告書が立派であることと、実際の取り組みの成果が高いことは、同じではありません。見た目の美しさや分量ではなく、前の節で挙げた「目標と実績」「範囲と算定方法」「第三者の確認」「課題の記載」で見るのが確実です。根拠のない「環境に優しい」といった表現に注意する視点は、消費者としても投資家としても欠かせません。
「大企業だけの話」ではない
法定開示の義務は大企業から始まりますが、取引先の中小企業にも影響が及びます。大企業は自社の排出量を算定するとき、仕入れ先や取引先の排出量の情報も必要になるからです。取引先として温室効果ガスの算定を求められた経験のある企業は、すでに制度の波を感じているはずです。
立場別|報告書を読んで何に使えるか
報告書は、読む人の立場によって使いどころが変わります。自分の立場に近いものから試すと、読み進めやすくなります。
消費者として
買い物の前に、気になるブランドの「サステナビリティ」ページを開き、原材料の調達方針や人権方針を確かめられます。商品ページには書かれていない、生産現場への配慮や廃棄の削減の取り組みが見つかることもあります。
投資をする人として
株式や投資信託で企業を選ぶときは、財務の数字に加えて、気候変動への対応や人材戦略が、経営戦略とつながって語られているかを見ます。有価証券報告書のサステナビリティ欄と、統合報告書の説明が食い違っていないかを比べるのも有効です。
就職・転職を考える人として
人材育成や多様性への考え方は、報告書に具体的に書かれやすい項目です。2023年以降、有価証券報告書には女性管理職比率、男性の育児休業取得率、男女の賃金差異が載るようになったので、報告書の言葉と数字を並べて確かめられます。
取引先・サプライヤーとして
取引先の大企業が公開している調達方針や、排出量削減の目標は、今後どんな情報提供を求められるかを知る材料になります。依頼が来る前に目を通しておくと、準備の時間を確保できます。
まとめ
サステナビリティ報告書は、いまも企業が自主的に出す報告書ですが、その周囲の制度は大きく変わりました。有価証券報告書には2023年からサステナビリティの記載欄が加わり、2026年2月には、SSBJ基準にもとづく開示をプライム市場の大企業から段階的に求める府令が公布されています。2027年3月期から、平均時価総額3兆円以上の会社が先頭で、2028年3月期には1兆円以上の会社へ広がります。
日本企業の報告書の出し方も一様ではありません。日本製鉄は統合報告書に1冊化し、キヤノンは統合報告書とサステナビリティレポートの2冊を並行して発行しています。名前だけで判断せず、目標と実績、数字の範囲、第三者の確認、課題の記載という4か所を拾い読みすると、読者として使える情報が見えてきます。まずは、よく使うブランドや気になる企業の報告書を1冊だけ開き、「目標と実績」のページを探してみてください。
- サステナビリティ報告書は任意の報告書で、義務化が進んでいるのは有価証券報告書のサステナビリティ情報の側
- 2026年2月公布の府令により、SSBJ基準の適用は2027年3月期(時価総額3兆円以上)から段階的に始まる
- 報告書の名称や構成は企業によって異なるため、IRページとサステナビリティページの両方を確認する
- 最初に見るのは、目標と実績、数字の範囲、第三者の確認、課題の記載の4点
参考文献
- 金融庁「『企業内容等の開示に関する内閣府令及び特定有価証券の内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令』等の公布及びパブリックコメントの結果について」(2026年)
- 金融庁「サステナビリティ情報の開示に関する特集ページ」(2023年)
- デロイト トーマツ「『企業内容等の開示に関する内閣府令』等の改正(2026年2月改正)」(2026年)
- KPMGジャパン「日本の企業報告に関する調査2023」(2024年)
- 日本製鉄「統合報告書2024」発行のお知らせ(2024年)
- キヤノン「『統合報告書2024』『サステナビリティレポート2024』を発行」(2024年)
- IFRS財団「GRI 102 and IFRS S2 reporting and equivalence」(2025年)

