私たちが日々口にしている魚や貝は、どのような海から届いているのでしょうか。海の恵みは無尽蔵に思えますが、国連食糧農業機関(FAO)の報告では、世界の海洋水産資源の3分の1以上がすでに持続可能な水準を超えて漁獲されている状態にあります。このまま手を打たなければ、将来の食卓から魚が消えかねない——そんな危機感が、世界の水産政策を動かすようになっています。
この記事では、「持続可能な漁業」という言葉の意味から、世界・日本それぞれの現状、制度・認証の仕組み、そして消費者としての具体的な行動まで、一つひとつ丁寧に整理します。
- 持続可能な漁業の定義と、単なる「獲りすぎない」との違い
- FAO・水産庁データが示す世界と日本の水産資源の現状
- MSC・MEL・ASC認証の違いと使い方
- スーパーや食卓でできる具体的な行動
持続可能な漁業とは何か
持続可能な漁業とは、海洋生態系を健全に保ちながら、現在の世代も将来の世代も水産資源の恩恵を受け続けられる漁業のあり方を指します。ポイントは「漁獲量を抑える」だけでなく、生態系全体を守るという視点が加わっている点です。
たとえば、ある海域に生息するカツオが年間3トン分だけ自然増殖するとします。その場合、漁獲量を3トン以内に収めれば、資源量は維持できます。これは「元本を減らさず利息だけで生活する」資産運用の発想と同じです。しかし、現実の海はもっと複雑です。ある魚種が急減すると、それを餌にしていた大型魚も影響を受け、さらに海藻の繁茂にまで波及します。一種類だけ守れば十分というわけにはいかず、生態系ネットワーク全体を見渡す管理が求められます。
また、漁法や漁具の選択、禁漁区の設定、漁業者・地域コミュニティのガバナンスも「持続可能な漁業」の構成要素です。魚を獲る技術だけでなく、誰が・どのルールで・どう管理するかという制度設計が土台になります。
世界の水産資源が置かれている現状
FAOが2022年に公表した「世界漁業・養殖業白書(SOFIA 2022)」によると、生物学的に持続可能なレベルで管理されている海洋水産資源の割合は2019年時点で約64.6%にとどまり、残る35.4%は過剰漁獲の状態にあります。1974年の調査開始時点では過剰漁獲は10%以下でしたから、50年で3倍以上に悪化した計算になります。
消費量の面では、世界の1人あたり魚介類消費量が1961年の年間9.0kgから2019年には20.5kgへと約2.3倍に増加しています。中国では同期間に約9倍、インドネシアでは約4倍に達しており、新興国の需要拡大が世界的な漁獲圧力を押し上げる構図が続いています。FAOは2030年に向けてさらなる需要増を見込んでおり、供給側の持続可能性確保は急を要する課題です。
IUU漁業という「見えない脅威」
持続可能な漁業の実現を最も阻む要因の一つが、IUU漁業(違法・無報告・無規制漁業)です。世界全体の年間漁獲量に占めるIUU漁業の推定量は1,100万〜2,600万トンとされ、世界の総漁獲量の15〜30%に相当します。正規の漁業者が資源管理ルールを守っていても、IUU漁業が横行すれば資源は想定以上に減少します。
国際的には、地域漁業管理機関(RFMO)を通じた監視強化や、港湾国措置協定(PSMA)への参加国拡大によって対策が進められています。日本でも2022年12月に「水産流通適正化法」が施行され、指定魚種について漁獲から流通の各段階で記録保持を義務付けることで、IUU水産物の国内流入を水際で防ぐ体制が整いました。
日本の漁業が直面している課題
日本の漁獲量は1984年の約1,282万トンをピークに長期的な減少が続き、2020年代には400万トン台前半で推移しています。水産庁の資源評価によると、日本周辺で主要に漁獲される50魚種84系群のうち約49%が低位水準(枯渇状態)にあり、高位水準は17%にとどまっています。
にもかかわらず、国内の食卓には多様な魚介類が並び続けています。その背景にあるのが輸入への依存深化です。現在、日本国内で消費される魚介類の約半分は輸入品で賄われており、水産物輸入額は1.8兆円規模で世界2位に位置します。しかし輸入元の国・海域でも資源枯渇が進んでいるため、輸入を増やすことは根本的な解決策にはなりません。
漁業法改正と資源管理の新しい枠組み
この状況を受けて、2020年に漁業法が大きく改正されました。科学的根拠に基づく漁獲可能量(TAC)の対象魚種が拡大され、主要魚種に個別漁獲割当(IQ)制度を段階的に導入する方向性が示されています。漁業者ごとに割当量を設定することで、競い合うように「先取りする」構造から、計画的・持続的に漁獲する経営スタイルへの転換が期待されています。
また、2024〜2025年にかけてはマサバ・マイワシ・スルメイカ等の資源評価が更新され、より精緻なデータに基づくTAC設定が試みられています。漁業者・研究者・行政が三者一体で資源管理に取り組む「漁業の資源管理協定」の締結促進も、水産庁の重点施策として推し進められています。
持続可能な漁業を推進する国際認証の仕組み
消費者が「持続可能な水産物」を選びやすくするために、国際的・国内的な認証制度が整備されています。代表的な3つを整理します。
MSC認証(海のエコラベル)
海洋管理協議会(MSC)が運営する認証制度で、天然の漁業を対象とします。取得には、①魚の個体数が持続可能なレベルにあること、②漁業が海洋生態系に与える影響が最小限であること、③効果的な漁業管理体制が整っていること——という3原則すべてをクリアする必要があります。認証審査は独立した第三者機関が実施し、数年ごとに再評価されます。世界では現在500を超える漁業がMSC認証を取得しており、MSCラベルの付いた水産物は世界100カ国以上で流通しています。
MEL認証(マリン・エコラベル・ジャパン)
日本独自の水産エコラベルで、水産庁のガイドラインに基づき「一般社団法人マリン・エコラベル・ジャパン協議会」が運営しています。天然漁業だけでなく養殖漁業も認証対象とする点が特徴です。2023年にはFAOが定めるエコラベルガイドラインへの適合認定を更新し、国際的な信頼性も担保されています。地元の漁協や小規模漁業者でも取得しやすい設計のため、地産地消の文脈とも親和性が高い認証です。
ASC認証(養殖の国際基準)
水産養殖管理協議会(ASC)が運営する養殖専門の認証で、環境負荷の低減・地域社会への配慮・労働者の権利保護などを審査します。サーモン・エビ・ティラピアなど輸入養殖品に多く、パッケージに「ASC」ロゴがある場合は国際基準を満たした養殖場からの産品です。
これらの認証はいずれも「魚を選ぶ手がかり」として使えます。ただし認証がすべてではなく、認証を取得していない小規模漁業にも持続可能な実践をしている漁師は数多くいます。認証ラベルをきっかけに水産物の背景に関心を持つことが、まず大切な一歩です。
漁法と技術革新|環境負荷を下げる現場の工夫
漁業の持続可能性を語るとき、「何を獲るか」と同じくらい重要なのが「どう獲るか」という漁法の問題です。
混獲の削減
混獲とは、目的の魚種以外の生物が意図せず網や釣り針にかかってしまう現象です。ウミガメ・海鳥・イルカなどが混獲されることは、生態系保全上の重大な問題です。延縄漁業では「サークルフック」と呼ばれる形状の異なる釣り針を使うことでウミガメの混獲率を大幅に下げられることが実証されており、日本の一部マグロ漁業でも導入が進んでいます。イルカへの対策としては、漁網に音響装置(ピンガー)を取り付け、接近を事前に知らせる方法が普及しています。
ゴーストフィッシングへの対策
海に放置・紛失された漁具が生物を傷つけ続ける「ゴーストフィッシング」も深刻な問題です。世界の海に漂う漁具由来のプラスチックごみは海洋プラスチック問題の一角を占めており、生分解性素材を用いた漁網の開発や、GPS付き漁具による回収管理が国内外で実験・実用化されています。2024年には国内の複数の漁業団体が生分解性カニかご・魚かごの実証試験を拡大しており、実装段階に入りつつあります。
閉鎖循環式陸上養殖(RAS)の台頭
天然資源への依存を下げる手段として養殖業の役割も大きくなっています。閉鎖循環式陸上養殖(RAS)は、魚の排水を浄化・再利用するシステムで、海への排水をほぼゼロにできる技術です。初期コストは高い一方、水温・水質を精密に制御できるため安定生産が可能です。日本でも2024年以降、サーモンやトラフグを対象にした大規模RAS施設の稼働が相次いでいます。
気候変動と水産資源の関係
水産資源の問題は、漁業管理だけを改善しても解決しきれない側面があります。気候変動による海水温の上昇・海洋酸性化・海流パターンの変化が、魚の分布域や繁殖サイクルに影響を与えているためです。
日本近海では、サンマ・スルメイカの不漁が続いており、その一因として海水温上昇による分布域の北方移動が指摘されています。北海道沖ではブリの漁獲が増加するなど、従来の「旬の魚」の地理的な常識が変わりつつあります。2024年の水産庁の調査でも、気候起因の分布変化を資源評価モデルに組み込む必要性が強調されています。
海洋酸性化はサンゴ礁や貝類の殻形成を阻害し、食物連鎖の底辺を支えるプランクトンにも影響します。持続可能な漁業を実現するには、温室効果ガス削減という大きな課題と切り離して考えることができません。
消費者としてできる行動
持続可能な漁業は、漁業者・行政・研究機関だけが取り組む話ではありません。最終的に魚を食べる消費者の選択が、市場を通じて漁業現場に届きます。「何を買うか」「どう食べるか」という日常の判断が資源管理の後押しになり得るのです。
エコラベルを選ぶ
スーパーマーケットや魚屋でMSC・MEL・ASCのラベルが付いた商品を選ぶことは、持続可能な漁業・養殖業の経営を経済的に支えることにつながります。完全に普及しているとは言えませんが、大手チェーンでのラベル付き商品は年々増えています。まずパッケージを意識して見る習慣から始めてみてください。
旬の魚を意識する
旬の時期の魚は自然のサイクルに合わせて個体数が増える時期と重なりやすく、資源への圧力が相対的に少なくなります。また、旬の魚は味が良く、近海産であれば輸送コストも低く、鮮度も高い。「安くておいしい」と「持続可能」が一致する数少ない選択肢の一つです。地元の魚屋や漁協直売所で「今の時期に一番獲れる魚は?」と聞くのが最も確実な情報収集方法です。
食べ残しを減らす
持続可能な漁業を語るとき、見落とされがちなのが食品ロスの問題です。必要以上に買って捨てることは、不必要な漁獲を後押しする行動になります。食べきれる量だけ購入し、頭や骨まで使い切る料理スタイルも、資源利用の効率化に貢献します。
情報を集め、声を上げる
水産庁・FAO・WWFジャパン・MSCジャパンなどは、水産資源や認証に関する情報を日本語で公開しています。こうした情報を参照しながら、飲食店や小売店に「エコラベル商品を置いてほしい」と伝えることも一つの行動です。消費者のニーズが見えれば、企業は方針を変える動機を持ちます。
まとめ|海の豊かさを次の世代に渡すために
持続可能な漁業は、「魚を獲りすぎない」という単純な話ではありません。科学的な資源評価、生態系全体への配慮、公正なガバナンス、気候変動への適応、そして消費者の選択——これらが連動して初めて機能する、複層的な取り組みです。
世界の水産資源の3分の1超が危機的状況にある今、制度や技術だけで問題を解決するには限界があります。毎日の食卓での選択が積み重なることで、市場が変わり、漁業が変わる。その連鎖を信じて、まずスーパーで商品のパッケージを一つ確認するところから始めてみてください。
- FAO(SOFIA 2022)によると世界の海洋水産資源の約35%が過剰漁獲の状態にある
- 日本では2020年の漁業法改正でTAC対象魚種の拡大とIQ制度の導入が進んでいる
- MSC(天然漁業)・MEL(天然+養殖)・ASC(養殖)の各認証が「持続可能な水産物」を選ぶ手がかりになる
- IUU漁業対策として日本では2022年12月に水産流通適正化法が施行された
- 気候変動による海水温上昇が魚の分布・漁況を変化させており、資源管理の複雑化が進んでいる
- エコラベル選択・旬の魚・食べ残し削減という消費者行動が市場を通じて漁業現場に届く
持続可能な水産物の選び方については、エシカル消費の視点から掘り下げた記事もあわせてご覧ください。

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