グリーンハイドロジェン(グリーン水素)とは、太陽光や風力などの再生可能エネルギーの電気で水を分解して作る水素です。燃やしても水しか出ないうえ、作る段階でも二酸化炭素(CO2)を出さない、脱炭素の切り札と位置づけられています。
定義を押さえたあとに気になるのは、日本でいま何が進んでいて、どこまで「グリーン」といえるのかという点でしょう。この記事では、世界と日本の最新データ、2026年3月に動き出した国の支援認定、山梨県で稼働した国内最大級の設備を取り上げます。「低炭素水素」との違いなど誤解されやすい点と、ニュースや企業発表を読むときの見方もまとめました。
グリーン水素と他の水素はどう違うのか
水素そのものは無色透明の気体で、実際に色がついているわけではありません。「グリーン」「ブルー」「グレー」という呼び方は、どう作ったかを区別するためのラベルです。ここを整理しておくと、水素に関するニュースの意味が読み取りやすくなります。
色分けの基本
グレー水素は、天然ガスや石炭などの化石燃料から作る水素です。いまの水素供給の大半を占め、製造時にCO2が出ます。ブルー水素は、グレー水素と同じ作り方をしつつ、出たCO2を回収して地中に貯留する(CCS)ものです。グリーン水素は、再生可能エネルギーの電気で水を電気分解して作ります。
IEA(国際エネルギー機関)の「Global Hydrogen Review 2025」によると、2024年の世界の水素生産は約1億トンに達しました。そのうち低排出の技術で作られたものは1%未満です。つまり世界の水素の大部分は、いまも化石燃料由来のままです。
「グリーン」と「低炭素」はイコールではない
日本の水素社会推進法が支援の対象にするのは「低炭素水素等」です。これは色の名前ではなく、製造時のCO2排出量で決まる基準です。経済産業省の資料などによると、原料の生産から水素製造装置の出口までで、水素1キログラムあたり3.4キログラム以下のCO2排出量(CO2換算)が条件とされています。
この基準は製法を問いません。電気分解で作った水素でも、使う電気が再生可能エネルギー100%とは限らないため、グリーン水素と同じ意味にはならないのです。自然エネルギー財団は、この基準値が国際的なベストプラクティスに比べて緩いのではないかと指摘しています。一方で、欧州の基準も同じ3.4とされており、英国はより厳しい2.4とされています。
「燃やしてもCO2が出ない」を鵜呑みにしない
水素は燃やしたり燃料電池で使ったりしても、CO2は出ません。ただし、これは「使う段階」の話です。どんな電気で作ったのか、どう運んだのか、水素を別の物質に変えたのかによって、全体で見たCO2排出量は変わります。「水素だからクリーン」ではなく、「どの水素なのか」を見る習慣が大切です。
グリーン水素の作り方|水電解の仕組みと4つの方式
作り方の原理は、理科の授業で習う水の電気分解と同じです。水に電気を流すと、陰極で水素、陽極で酸素が発生します。大規模に、安定して、安く作るために、装置の方式と運用に工夫が重ねられています。
水電解装置の4つの方式
現在、研究や実用化が進んでいる方式は主に4つです。
- アルカリ水電解は最も歴史が長く、アルカリ性の水溶液を使う方式です。大型化の実績があります。
- PEM(固体高分子膜)水電解は、特殊な膜を使う方式です。出力変動に強く、再生可能エネルギーとの相性が良いとされます。
- AEM(アニオン交換膜)水電解は、アルカリ方式とPEM方式の長所を併せ持つことをねらった新しい技術です。
- 高温水蒸気電解(SOEC)は、高温の水蒸気を分解する方式です。理論上は高効率ですが、設備の耐久性が課題とされています。
PEM方式の触媒には、イリジウムなど希少で高価な貴金属が使われます。使用量の削減や代替材料の研究は、コスト低下の鍵のひとつです。
電気の「出どころ」が水素の価値を決める
水素1キログラムをつくるには、おおむね50キロワット時前後の電力が必要とされます。製造費の大部分は電気代と設備費が占めるため、再生可能エネルギーの電気がどれだけ安く、どれだけ安定して手に入るかが事業の成否を左右します。
太陽光は夜に、風力は無風のときに発電できません。電解装置を動かせる時間が短いと設備の稼働率が下がり、水素の単価は上がります。そのため世界では、日照や風況に恵まれた地域に計画が集まる傾向があります。日本は条件が厳しい面もあり、後述するように「工場の近くで作って、その場で使う」地産地消型の実証が先行しています。
なぜ注目されるのか|再エネの余剰と、電化しにくい分野
グリーン水素が期待される理由は、大きく2つに整理できます。ひとつは再生可能エネルギーの変動を吸収する役割、もうひとつは電気では置き換えにくい分野の脱炭素です。
余った電気を水素にして貯める
太陽光や風力が増えると、発電量が需要を上回る時間帯が出てきます。そのときは発電を止める「出力抑制」が行われ、九州などでは件数の増加が課題になっています。せっかく作ったクリーンな電気を捨てることになるわけです。
この余剰電力で水素を作れば、電気を水素という形で長期間貯めて、別の時間や場所で使えます。再生可能エネルギーの拡大を支える「蓄電池」のような使い方が、構想されています。再生可能エネルギー全体の動向や日本の課題は、次の記事も参考になります。
電気だけでは難しい分野の脱炭素
鉄鋼、化学、長距離の大型輸送などは、電気に置き換えにくい「脱炭素化困難分野」と呼ばれます。製鉄では、鉄鉱石から鉄を取り出す還元の工程に石炭由来のコークスを使います。ここに水素を使う「水素還元製鉄」は、国内の鉄鋼各社が研究や実証を進めています。化学分野では、アンモニアやメタノールの原料となる水素をグレー水素から切り替えることが、製品全体の排出削減につながります。
エネルギーを自前でまかなう手段として
日本はエネルギー自給率が低く、化石燃料の多くを輸入に頼っています。国内の再生可能エネルギーから水素を作れれば、輸入燃料への依存を和らげる手段になります。ただし、後述のとおり政府の目標では輸入水素も大きな役割を想定しており、「国産グリーン水素だけで賄える」という見方は現実的ではありません。自給率の現状と2040年目標は、こちらで詳しく扱っています。
世界の現在地|IEAのデータで見る2025〜2026年
数年前の「グリーン水素ブーム」と比べると、現在の評価はかなり現実的になっています。IEAの最新報告から、世界の現状を確認します。
需要は1億トン超、低排出水素はまだごく一部
IEAの「Global Hydrogen Review 2026」によると、2025年の世界の水素需要は前年から約3%増え、1億トンを超えました。低排出水素の需要は約20%増えて約100万トンに近づきましたが、全体に占める割合は約1%です。需要の大半は、石油精製やアンモニア製造などの従来用途が占めています。
2030年までの計画は縮小している
2025年版の報告では、発表済みの計画がすべて実現した場合、低排出水素の生産は2030年に年3,700万トンに届くとされていました。ただし、これは前年版の4,900万トンから下方修正された数字です。しかも、すでに稼働中、最終投資決定済み、または建設中の案件だけに絞ると、2030年に年400万トン超にとどまります。
2026年版では、2030年に向けた発表済み計画は約2,700万トンまで縮小しました。1年で約4分の1減ったことになります。計画の遅延や中止が背景にあり、IEAは、確実な買い手が見つかっていないことが投資判断を難しくしていると指摘しています。
「期待が先走った」ことの意味
こうした数字は、グリーン水素が不要になったことを意味しません。需要が育つ速度とコストの下がる速度が、期待に追いついていないということです。世界の動向を踏まえると、日本の制度は「作る側への補助」と「使う側とのセット」を重視する設計になっていると読み取れます。次の章で、その中身を見ていきます。
日本の目標と制度|水素基本戦略と水素社会推進法
日本は2017年に世界で初めて国レベルの水素基本戦略を策定し、2023年6月に改定しました。さらに2024年には、事業者への支援を法的に裏づける水素社会推進法が成立しています。
2030・2040・2050年の目標
2023年の改定では、水素などの導入量について、2030年に年300万トン、2040年に年1,200万トン、2050年に年2,000万トンという目標が示されました。この数字には、水素そのものに加え、直接燃焼させるアンモニアなどを水素に換算した量も含まれます。つまり、目標の全量がグリーン水素というわけではありません。
あわせて、水素のコストを1Nm³(標準状態の気体1立方メートル)あたり、現在の約100円から2030年に30円、2050年に20円へ下げる目標が掲げられました。また、日本企業が関わる水電解装置を、2030年までに国内外で約15GW導入することも目標です。
価格差支援と拠点整備支援
水素社会推進法の柱は、水素の価格が既存の燃料より高い部分を国が補う「価格差に着目した支援」と、輸入基地などを整える「拠点整備支援」です。対象は水素に限らず、アンモニア、合成メタン、合成燃料も含みます。認定を受けた事業者は、供給開始から15年間の支援を受けられます。その代わり、支援が終わったあとの10年間は、供給を続ける義務を負います。
この仕組みは、前章で見た「買い手が見つからない」課題への答えとして設計されています。供給事業者が利用事業者と共同で計画を作る方式にして、使う先を決めたうえで作る形にしているからです。
2026年3月、最初の水電解案件が認定
資源エネルギー庁の資料によると、2026年3月27日付で、価格差に着目した支援の対象として新たに2件が認定されました。いずれも、やまなしハイドロジェンカンパニーが水電解で作る低炭素水素を、工場の熱源に使う計画です。
- サントリーの白州工場の殺菌工程の熱源に使う案件は、供給量が年1,607トンとされています。
- ヒメジ理化の石英ガラス加工工程の熱源に使う案件は、供給量が年1,177トンとされています。
同じ日に、拠点整備支援として、米国産アンモニアを国内へ運ぶ2件(JERAなど、北海道電力・三井物産・IHI・苫小牧埠頭など)も認定されました。拠点整備支援の申請は12件だったとされています。水素の「国産グリーン」と「輸入アンモニア」の両方を並行して育てる方針がうかがえます。
日本の実践|山梨と福島に見る国産グリーン水素の最前線
制度が整うなかで、国内でも大規模な設備が稼働し始めています。ここでは山梨県と福島県の事例を、複数の企業や自治体の取り組みとして紹介します。
山梨県北杜市|16MWの国内最大級設備
NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の発表によると、山梨県のコンソーシアムは、北杜市白州にPEM水電解設備を完成させました。能力は16MWで、国内最大規模とされています。24時間365日稼働した場合の年間水素製造量は2,200トン、CO2削減効果は年1万6,000トンと見込まれています。2025年10月11日に開所式が行われました。
作った水素は、サントリーの天然水工場で、天然ガスの一部を置き換える水素ボイラーの熱源に使われる計画です。再生可能エネルギーの電気の調達から、グリーン水素による蒸気の製造までの一連のシステムは、2026年末までに実証する予定です。電気の調達、水素の製造、工場での利用を地域内でつなぐ形は、先に見た認定案件のモデルにもなっています。
福島県浪江町|太陽光から水素を作る実証
福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)は、2020年3月に福島県浪江町で開所しました。NEDOの資料によると、当時世界最大級の10MWのアルカリ水電解装置と、20MWの太陽光発電を組み合わせた施設です。これまでに1万時間以上の運転実績があるとされています。
FH2Rで培った、天候で変動する再生可能エネルギーに合わせて水素製造を制御する技術は、各地の地産地消型システムへの応用が期待されています。東京都も、こうした水素の都内での利用を進める方針を発表しています。
実証から事業へ移る段階の見方
山梨と福島は、いずれも「再生可能エネルギーが豊富な場所で作り、近くの工場やモビリティで使う」形です。2026年3月の認定は、実証が事業に近づいたことを示す一歩といえます。ただし、水素の熱源利用は、まだ工場の一部の工程にとどまります。社会全体の脱炭素への貢献度は、今後の拡大次第です。
グリーン水素の課題|コスト・需要・基準
期待が大きいぶん、課題も具体的です。ここでは3つに絞って整理します。
コストの壁
PwCの解説によると、グレー水素は炭素価格を考えなければ1キログラムあたり1〜2ユーロと安価です。一方、グリーン水素は地域によって3〜8ユーロかかるとされ、依然として数倍の開きがあります。再生可能エネルギーの発電コストが下がり、水電解装置の量産が進めば縮まっていくと見込まれますが、IEAの見通しが下方修正されたことが示すとおり、そのペースは当初の期待より緩やかです。
国内の目標である「1Nm³あたり30円」も、現在の約100円からの大幅な引き下げです。価格差支援は、その差が埋まるまでの橋渡しの役割を持ちます。
需要をつくる難しさ
作る設備が整っても、買い手がいなければ事業は成り立ちません。熱源や原料としてグリーン水素を使うと、既存の燃料より高くつきます。そのため、使う側が追加コストを負担する理由が必要です。脱炭素の価値を製品の価格や企業評価にどう反映するかが、需要拡大のカギになります。
基準づくりと透明性
先に触れたとおり、日本の低炭素水素の基準はCO2排出量で定められており、電源の種類までは問われません。国際的な基準づくりが進むなか、見直しの検討も予定されているとされています。消費者や投資家が「どの水素なのか」を判断できるように、製法や電源の情報開示が重要になります。
水素のニュースや企業発表を読むための4つの視点
最後に、読者のみなさんが日常で使える視点をまとめます。「水素を使っています」「グリーン水素です」という発表を見たときの確認事項です。
確認したい4つのこと
- 製法は何か(水電解か、化石燃料由来か、CO2回収を伴うか)
- 電気の出どころは何か(再生可能エネルギー100%か、系統電力か)
- 量は実用規模か(実証の数十キログラムか、年数百〜数千トンか)
- CO2の数字は何を含むか(製造まで、輸送まで、使う段階まで)
再エネ全体の中で位置づける
水素は、再生可能エネルギーを増やすことと切り離せません。再生可能エネルギーが十分に増えなければ、グリーン水素の原料となる電気がそもそも足りないからです。グリーンエネルギーの全体像は、次の記事で整理しています。
生活者にできること
いま家庭で水素を直接使う場面は限られています。それでも、電力会社を選ぶときに再生可能エネルギーの比率を確かめたり、自治体や地元企業の水素の取り組みを調べたりすることは、需要を育てる後押しになります。まず1つだけ、次に「水素」のニュースを見たとき、製法と電気の出どころを確認してみてください。
まとめ
グリーン水素は、再生可能エネルギーの電気で水を分解して作る、製造時にもCO2を出さない水素です。再生可能エネルギーの余剰を貯める役割と、鉄鋼・化学・大型輸送など電化しにくい分野の脱炭素という、2つの面で期待されています。一方で、IEAによれば、2025年の世界の低排出水素は水素全体の約1%にとどまります。2030年に向けた発表済みの計画も、遅延や中止で縮小しています。
日本では、2023年改定の水素基本戦略が2030年に年300万トンなどの目標を掲げ、水素社会推進法が15年間の価格差支援を用意しました。2026年3月には水電解による低炭素水素の2件が認定され、山梨県では16MWの設備が実証に入っています。ただし、制度が支援する「低炭素水素」と、再生可能エネルギー由来の「グリーン水素」は同じものではありません。
水素は万能の解決策ではなく、コストと需要の課題を抱えながら、使いどころを見極めて育てていく技術です。ニュースを読むときは、製法、電気の出どころ、量、CO2の数字の範囲を確かめると、実態が見えてきます。
- グリーン水素は、再生可能エネルギーの電気で水を電気分解して作る水素である
- 世界の低排出水素は、2025年時点で水素全体の約1%にとどまる
- 日本は2030年に年300万トンを目標とし、水素社会推進法で15年間の価格差支援を行う
- 国の「低炭素水素」の基準はCO2排出量で決まり、グリーン水素と同義ではない
- 製法・電源・量・CO2の範囲の4点を確かめると、発表内容を判断しやすい
参考文献
- IEA「Global Hydrogen Review 2025 Executive summary」(2025年)
- IEA「Global Hydrogen Review 2026 Demand」(2026年)
- 経済産業省「水素基本戦略の改定に関する資料」(2023年)
- 資源エネルギー庁「エネこれ 水素社会推進法が成立(後編)」(2024年)
- 資源エネルギー庁「水素社会推進法の計画認定の進捗について」(2026年)
- NEDO「山梨県の水電解設備の完成に関する発表」(2025年)
- 自然エネルギー財団「水素社会推進法の課題」(2024年)
- PwC Japan「グリーン水素のコスト」




