「サステナビリティ報告書を作ることになったが、何の基準に沿えばいいのかわからない」——担当者からそんな声を聞くたびに、GRIスタンダードを最初に理解しておく意味を実感します。GRI(Global Reporting Initiative)スタンダードは、企業が経済・環境・社会に与えるインパクトを透明性高く開示するための国際的な枠組みです。1997年の設立以来、世界で最も広く参照されてきたサステナビリティ報告の基準であり、今や大企業だけでなく中堅企業にも広がっています。この記事では、GRIスタンダードの成り立ちから構造、他の開示基準との違い、実際の報告書への活かし方まで、一問一答形式で整理します。
GRIとは何か、まずここから確認しよう
「GRIって聞いたことはあるけど、何をしている機関なのか正直よく知らない」という方は少なくありません。 GRIは、UNEP(国連環境計画)の公認団体として1997年に設立された非営利団体です。オランダのアムステルダムに本部を置き、世界各地にネットワークを構築しています。 その使命は、企業や組織が経済、環境、社会的影響について透明性を持って報告するための国際基準を策定することです。
GRIが提供する「GRIスタンダード」は、世界で初めて包括的なサステナビリティ報告書のための枠組みを構築したものとして知られています。現在では開示基準に関するプロフェッショナル認定プログラムや専門トレーニングの提供、ガイダンスやワークショップの実施なども行っています。 基準の策定機関としての役割にとどまらない活動を続けている点は、他の開示基準策定主体との違いの一つです。
GRIスタンダードが誕生した背景
「なぜ今、GRIが必要なのか」と問われることがあります。その答えを理解するには、1990年代後半の文脈を知っておくと腑に落ちます。当時、企業の環境・社会への影響を数値化・比較する共通の「物差し」が存在しませんでした。各社が独自の項目で報告書を出しても、投資家や市民社会が内容を横断比較できず、情報の信頼性が担保されにくい状況が続いていました。
GRIは2016年に、それまでのGRIガイドラインに代わるGRIスタンダードを公表しました。GRIスタンダードは、報告主体が経済、環境、社会に与えるインパクトを報告し、持続可能な発展への貢献を説明するためのフレームワークを提供しています。 さらにGRIは2021年10月5日に共通スタンダードの改訂版を公表しています。 この改訂版は2023年1月1日以降に発行される報告書への適用が求められており、現在の実務の基礎となっています。
GRIスタンダードの開発には企業、機関投資家、労働組合、民間団体、及び市民社会などを含む様々なステークホルダーが関わっています。スタンダードは、定期的に更新できるように、モジュール形式になっています。 この多様な関与者の存在こそが、GRIが「世界標準」として信頼されてきた背景の一つといえます。
GRIスタンダードの構造|3層のモジュール
GRIスタンダードの全体像を把握できていないと、「どこから手をつければいいかわからない」という状態に陥りがちです。まずは構造の全体像を確認しましょう。
GRIスタンダードは「共通スタンダード(1、2、3)」と「項目別スタンダード(100、200、300、400シリーズ)」、また、2021年10月から順次公表している「セクター別スタンダード(11〜)」から構成されています。3つの共通スタンダードは、サステナビリティ報告書を作成するすべての組織に適用されます。
共通スタンダード(GRI 1・2・3)
サステナビリティ報告書を作成するすべての組織に適用される、いわば「土台」となる3本柱です。
- GRI 1:基礎——GRIスタンダードの使用方法を説明し、組織がGRIスタンダードに準拠した報告を行うために満たさなければならない要求事項と報告原則について規定します。 報告書作成を始める際に最初に参照すべきスタンダードです。
- GRI 2:一般開示事項——報告組織の背景情報に関する開示事項を定めます。 ガバナンス体制、戦略、ステークホルダーエンゲージメントの方針などが対象です。
- GRI 3:マテリアルな項目——マテリアルな項目に関する組織のマネジメント手法等を報告する際の指針を示します。 自社にとって重要度の高いテーマの特定プロセスが問われます。
セクター別スタンダード(GRI 11〜)
業種ごとに特有のサステナビリティ課題に焦点を当てた基準群です。 GRI 11:石油・ガス(2021)、GRI 12:石炭(2022)、GRI 13:農業・養殖業・漁業(2022)など、順次拡充が進んでいます。 自社が属するセクターのスタンダードがすでに存在する場合は、項目別スタンダードの適用にあたりセクター別スタンダードを参照することが求められます。
項目別スタンダード(GRI 200・300・400シリーズ)
個別テーマごとの詳細な開示要求が定められたシリーズです。
- 200シリーズ(経済):経済パフォーマンス(GRI 201)、税金(GRI 207)など を対象とします。
- 300シリーズ(環境):エネルギー(GRI 302)、水(GRI 303)、生物多様性(GRI 304)、排出量(GRI 305)などを対象とします。
- 400シリーズ(社会):雇用(GRI 401)、労使関係(GRI 402)、ダイバーシティ(GRI 405)、人権評価(GRI 412)などを対象とします。
「どの項目別スタンダードを使うか」は、GRI 3で特定した自社のマテリアルな項目に応じて決まります。全シリーズを網羅的に使う必要はなく、組織のインパクトに照らして選択する設計になっています。
「準拠」と「参照」は何が違うのか
GRIスタンダードを使う際に最初に迷うのが「準拠(in accordance)」と「参照(with reference)」の違いです。実はこの2つ、要求される開示の深さがまったく異なります。
「GRIスタンダードに準拠」とする場合、組織はGRI 1で定める9つの要求事項をすべて満たさなければなりません。 具体的には、GRI 2の一般開示事項をすべて開示し、GRI 3のプロセスに従ってマテリアルな項目を特定し、各項目のマネジメント手法と項目別スタンダードの開示事項を報告することが求められます。
一方「GRIスタンダードを参照して報告」する選択も認められており、この場合は使用したスタンダードとその使い方を明記したうえで、特定の開示事項を選んで報告することができます。初めて報告書を作成する中小規模の組織や、段階的に開示を充実させていく過程の企業にとって、まず「参照」から始めるアプローチは現実的な入口です。「全部一度に対応しなければ」と萎縮する前に、自社のリソースに合った出発点を選ぶことが大切です。
GRIスタンダードの核心|「ダブルマテリアリティ」という考え方
「マテリアリティ」という言葉は聞いたことがあっても、「ダブルマテリアリティ」になると途端に難しく感じる方が多い印象です。ここはサステナビリティ報告の取材経験から端的に整理します。
GRIスタンダードが重視するのはインパクト・マテリアリティの視点です。 GRIスタンダードは、報告組織が経済、環境、社会に与えるインパクトを報告し、持続可能な発展への貢献を説明するためのフレームワークを提供します。 マイナスのインパクト(人権リスクや環境への悪影響)だけでなく、プラスのインパクトも含めて報告対象とする点が特徴です。
GRIスタンダードは、これらの多様なグローバル開示フレームワークを統合的に活用したい企業にとって重要な基準となっており、国際的な情報開示の「土台」としての役割を担っています。 ISSBが採用する「財務マテリアリティ」(自社の財務に与える影響を重視する)とは視点の軸が異なり、GRIが「社会・ステークホルダーへのインパクト」を起点とするのに対し、ISSBは「投資家視点での財務インパクト」を起点とします。両者はそれぞれ補完関係にあるため、大企業の中には両方の基準を組み合わせて開示する動きが広がっています。
GRI・ISSB・TCFD|主要3基準の違いをシンプルに整理する
「GRIとISSBとTCFDの違いが整理できない」という疑問はよく受けます。3つの視点でシンプルに比較してみます。
- GRIスタンダード——対象は経済・環境・社会全般。視点は「社会・ステークホルダーへのインパクト」。開示先は投資家・市民社会・NGO・政府など幅広いステークホルダー。
- ISSB(IFRSサステナビリティ開示基準)——対象は気候変動をはじめとするサステナビリティ関連リスクと機会。視点は「投資家への財務インパクト」。開示先は主に投資家・資本市場。
- TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)——対象は気候関連リスクと機会に特化。ISSBの気候開示基準(IFRS S2)に統合される形でその役割が引き継がれている。
「GRIは広くて深い。ISSBは財務に絞っている」と理解しておくと整理しやすいでしょう。なお、GRIとISSBは協力関係を公表しており、両基準の相互運用性を高める取り組みが続いています。どちらか一方を選ぶ「競合」ではなく、目的に応じて組み合わせるものとして捉えてください。
実際に報告書を作るとき|よくある疑問に答える
「わかった気がするけれど、実際に何から始めればいいの?」——この問いがいちばんリアルな壁です。現場でよく聞く疑問を3つ取り上げます。
中小企業でもGRIスタンダードを使えますか?
使えます。GRIスタンダードは特定の企業規模・業種を前提としておらず、「参照」による報告から段階的に始めることが可能です。ただし、サプライヤーとして大企業のサステナビリティ調達要件に対応するためにGRIへの言及が求められるケースが増えており、「大企業と取引するために必要」という文脈で検討を始める中小企業も実際に増えています。まずは「参照」の形で自社のマテリアルテーマを一度整理してみることが、具体的な第一歩になります。
マテリアリティ評価は自社だけで決めていいのですか?
自社だけで完結させることはGRIの意図と合いません。 2021年改訂版では、企業が自社活動や製品・サービスによって引き起こす社会・環境問題の評価・開示が求められており、ステークホルダーとの対話や協働を促すことが強調されています。 実務では、投資家・従業員・顧客・地域住民・NGOなど複数のステークホルダーから意見を収集し、自社への影響とインパクトの大きさの2軸でマッピングするプロセスが一般的です。「自社都合で都合のよい項目だけ選ぶ」マテリアリティ評価は、GRIの思想とも開示の信頼性とも相容れません。
第三者保証は必須ですか?
GRIスタンダード自体は第三者保証を必須とはしていません。ただし、報告情報の信頼性を高め、ステークホルダーの信頼を得るうえで第三者保証は有効です。欧州のCSRD(企業サステナビリティ報告指令)をはじめ、各国の規制でサステナビリティ情報への保証要件が強化される方向にある中、今後は「あったほうがよい」から「あることが前提」への移行が加速するとみられています。
取材現場から見た|GRIの「使われ方」の実態と落とし穴
サステナビリティ報告に関わる企業担当者と話す中で、GRIスタンダードへの向き合い方にはいくつかのパターンが見えてきます。
ひとつは「形式だけ準拠」のパターンです。開示項目のチェックリストを埋めることが目的化し、インパクトの実態と乖離した数値が並ぶ報告書になってしまうケースです。 GRIスタンダードは最新の持続可能性課題や規制要件に対応するため定期的に更新されますが、基準の更新に追いかけられながらも、マテリアリティ評価が毎年ほぼ同じ項目に固定されている、という状態の報告書を目にすることは少なくありません。
もうひとつは「戦略と連動させている」パターンです。GRIのマテリアリティ評価を事業戦略のリスク・機会の把握と重ね合わせ、報告書を「外向けの成果発表」だけでなく「内部のマネジメントツール」として機能させている企業です。ESG投資家との対話の質も、このパターンの企業のほうが明らかに高い傾向があります。
GRIスタンダードが「外向けの開示ルール」ではなく「自社のインパクトと向き合う契機」になるかどうかは、担当者がどう位置づけるかにかかっています。
今日から試せる1アクション
「GRIスタンダードを理解したいけれど、どこから手をつければ」という方に、まず1つだけ試してほしいことがあります。GRIの公式サイト(globalreporting.org)では、GRIスタンダードの全文を無料でダウンロードできます。最初から全文を読む必要はありません。「GRI 1:基礎2021」の日本語版(特定非営利法人サステナビリティ日本フォーラムが翻訳・提供)を入手し、冒頭の「本スタンダードの目的と構造」だけを読んでみてください。全体像が15〜20分で把握でき、「どこから始めるか」の地図が手に入ります。まず1つだけ、試してみてください。
まとめ|GRIスタンダードを「使いこなす」ために
GRIスタンダードは、サステナビリティ報告を「見せ方」の問題から「経営と社会のインパクトを結ぶ実務」へと引き上げる枠組みです。押さえておくべきポイントをまとめます。
- GRIは1997年設立のUNEP公認非営利団体。世界初の包括的サステナビリティ報告基準を策定した機関
- GRIスタンダードは「共通スタンダード(GRI 1〜3)」「セクター別(GRI 11〜)」「項目別(200〜400シリーズ)」の3層構造
- 「準拠」は9つの要求事項をすべて満たす必要がある。「参照」は段階的な開示の入口として活用できる
- GRIが重視するのは「社会・環境へのインパクト(インパクト・マテリアリティ)」。投資家視点の財務インパクトを重視するISSBとは補完関係にある
- マテリアリティ評価はステークホルダーとの対話なしには成立しない。自社都合の選択は報告の信頼性を損なう



